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僕の可愛い妹を至高の悪役令嬢に育てよう  作者: 猫屋敷みい子
一章 妹を普通の“令嬢”に育てたい
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王宮追放された王女


【side: ルカ・セシル(10)】



その少女が現れたのは、月も無く、冷え込む夜だった。


僕が呼ばれて行くと、すでに屋敷中の侍女や執事が、応接間にひしめいていた。


「ヴィオラ王女様だ。今日から、お前の…妹になる」


父・セシル公爵家当主のモーリス・セシルは“新しい妹”を紹介しようとするが、当の彼女は俯いているというか、もはや首が折れそうな勢いでうなだれている。只ならぬ空気だ。


「えっと、妹?!王女様がどうしてうちに?」


驚いて聞き返すと、父は口籠った。額に汗をかいている。彼女に付いて来た侍女達も、落ち着かない様子だ。ふうん。僕は勝手に察しをつけた。


お人好しの父は、厄介ごとを真っ先に押し付けられる。事情があって、王宮にいられなくなった王女様だろう。にしても、ヴィオラ王女など、お茶会で見たこともなければ、噂に聞いたこともないが。


「お初にお目にかかります、ヴィオラ王女。僕はセシル公爵家長男の、ルカと申します。年齢は、只今10歳です」


と、差し当たって失礼の無いようにお辞儀をする。が、


「…………」


全くの無反応だ。お化けのように、ボサボサの長い髪で顔を隠している。よほど大変なことがあって混乱しているのだろうか。


後ろに控える侍女の方が慌てて、


「ルカ様。大変申し訳ございません。ヴィオラ様は、お疲れのご様子で…」


と、無理に取り繕った。父モーリスも気を使って、


「いきなり公爵家の養女といわれて、混乱しない方がおかしい。お疲れでしょうから、お休みになっては?」


と、ヴィオラに言うが、無視だ。遠くでカエルの鳴く声がする。時計の針の進む音が、応接間に響き渡った。


(この子、口が聞けないのか?! まぁ、どうでもいいか。どうせ王宮から付いて来た侍女達が面倒を見るのだろう)


と、僕は適当に口実をつけてその場を去ろうとした、その時だ。


「兄妹は、要らない。嫌い。私がこの家に住むなら、お前、出てって。嫌いだから」


「え?!!」


「な、何をおっしゃいますか、ヴィオラ様?! も、申し訳ありません、ルカ様。私の教育が至らずに…」


と、侍女が泣きそうになりながら謝る。しかし、僕は彼女の失礼な台詞とは別のことで、驚愕していた。ビリビリと雷が身体中を駆け巡ったような衝撃。


それは、彼女が顔を上げ、長く伸びきった髪を耳にかけたために起こった。初めて露わになった顔に、何故か見覚えがあったのだ。


こちらをじっと睨む、凶悪な目つき。キイっと吊り上がった狐目。その世界を焼き尽くさんばかりに燃える、赤い瞳に対し、強烈な既視感がある。


「えっと、今日からうちの養女になるのなら、君の名前って、ヴィオラ・セシル公爵令嬢、ということになるよねー」


僕はブツブツ呟いた後、大きく息を吸って、父と従者が固唾を吞む中、叫んだ。


「ヴィオラセシルだって?!!!!!」


ヴィオラ・セシル公爵令嬢は、前世で人気のあった乙女ゲーム『ときめき♡ロイヤルロード』に登場し、強烈な印象を放つ悪役令嬢だ。


「ちょ、ちょっと待って、ヴィオラセシルのいる世界ってことはもしや…」


僕はこの後、皆が困惑する中、大慌てで自室へ走った。鏡の前で立ちすくみ、自らの顔や髪を触りながら入念に確認した。


ブロンドのクルクルのくせっ毛に、あめ色の瞳。やや眠たそうな平行二重のまぶたに、ツンとして上向きの鼻。ゲーム開始時よりかなり幼いが、間違いないだろう。


僕も、乙女ゲーム『ときめき♡ロイヤルロード』に出てくるキャラクター、攻略対象の一人だ。


「そうか、僕はヴィオラセシルの義兄であの…」


と、考えるより先に口が動いた。頭が痛い。額を手で抑えた。



元々、前世で9歳という若さで死んだせいなのか、所々前世の記憶はあった。


だがまさか僕が今生きている世界が、乙女ゲーム『ときめき♡ロイヤルロード』だとは思いもせず、ヴィオラセシルに会うまで気づかなかった。


前世の僕には、血の繋がった妹がいて、乙女ゲームが好きだった。妹といつも一緒だった僕は、このゲームもよく知っていた。交通事故で死ぬ前の晩も妹がプレイしているのを見ていた。


特に、そう、悪役令嬢ヴィオラセシルは強烈だった。勿論、悪い意味で。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



一度、乙女ゲーム『ときめき♡ロイヤルロード』について説明しなければならない。


舞台になるのは中世風ファンタジーの世界だ。隣接する三つの国[ナイル帝国、シャングリラ王国、メリー公国]は国土を奪い合って数百年の争いを続けていたが、現在は休戦状態にある。


僕らの住むシャングリラ王国は、“黄金の楽園”という異名があるほどに資源が豊富で経済的に豊かだ。反面、最も軍事的な水準が低く、人材不足が目下の課題だった。


そこで、国内外から優秀な人材を集めて育成したり、自由に才能を競わせる目的で、三つの国の中立地帯を作った上で、莫大な費用をかけ士官学校を建設した。


こうして、三つの国の王族、貴族の子息、優秀な平民が招待される名門の士官学校[ロイヤルロード学院]が誕生した。


この[ロイヤルロード学院]に平民ながら国王の命を救った経緯で推薦され、入学して来るのがヒロインだ。学院内で、王子や貴族含む五人の攻略対象に求愛される。(どうやら僕もヒロインに恋する運命にある内の一人みたいだ)


と、そういうストーリーなのだが、先ほど僕の義妹になったヴィオラは五人のどのルートでも、ヒロインを執拗に苛め抜く役として出てくる。


最も酷いのは、隣の強国・ナイル帝国出身の皇太子フィオネルのルートだった。ヴィオラは、ゲーム開始前から彼の婚約者という設定のセシル公爵家の令嬢。


僕が子供ながらに衝撃を受け、覚えているのは、この一幕だ。


ヒロインとフィンセンが相思相愛になり、婚約解消の危機に瀕したヴィオラは、暗黒魔法で彼女の両目を抉り取って、飼い猫に食わせようとする。


目を無くしたヒロインが、どうしてこんなことするのかと尋ねると、ヴィオラは、


『わたくしには夢があります』


と、悠々と切り出し、


『それは、皇太子妃になってあの方のお隣でずっと笑って暮らすことです』


と、落ち着き払った声で言いながらも、


真っ赤な瞳で、焼き殺さんとばかりに、何も見えずに狼狽えるヒロインを睨みつける。


結果、遅れて駆けつけたフィンセンや義兄のルカに見つかり、裁判に掛けられたヴィオラは身分剥奪の上、赤い両目を抉られて島流しに遭う。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



僕は、部屋に鍵を掛け、カーテンを閉め、盛大にため息を吐いた。


(待て待て待て、今日からあいつと同じ屋敷で暮らすなんて嫌だよ、勘弁してよ)


ゲーム上でも、ヴィオラとルカの兄妹関係は最悪だったが、この先現実で体験していくと思うと、先が思いやられる。さっきの態度も、傲慢で高飛車な元王女だと思えば我慢出来なくも無いが、ヴィオラセシルだと思えば恐ろしい。


(大体、元シャングリラ王室の王女という設定は前世のゲームには出てこなかったけれど、王女なのに王宮を追放されるって、もしやすでに相当の悪事を働いている…?!)


と、考えれば考えるほど疲れ、ベッドに倒れこんでそのまま眠ってしまった。




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