第5話 <初のお出かけは波乱の予感>
昨日の事があったせいなのか、私はアシュガ様の夢を見ていた。
朧気にしか覚えていないけれど、ゲームの中のアシュガ様だったような気がする。
ここまで考えて、昨日の事を思い出してまた顔を真っ赤にするローズ。
今日で何回目だ、とそれを見たリリーは呆れかえった。
「ローズ様、またアシュガ殿下の事を思い出してるんですか」
「ど、どうしてわかったのかしら!?」
「それで自覚なしですか。 殿下も大変ですね」
何を言っているのかわからないリリーは置いといて、そういえば次にアシュガ様が来るのはいつだったかな、と考える。
と、そこまで考えて、またもや顔を真っ赤にしながら
「いや、アシュガ様来ちゃだめじゃん!」
と突っ込んだ。
最近、アシュガ様は婚約の話をしないから調子が狂う。しかも、ローズとアシュガの婚約に関してはゲームではそこまで描写されていない。唯一ある情報と言えば、アシュガは嫌々ローズと婚約したということ。しかし、今のところそうは見えない。
……どうやったら断れるのか……。
「あ、そうか。」
私が断れないなら、向こうから断らせればいいのだ。どうしてこんなに簡単な事も思い付かなかったのだろう?
そうと決まれば、私が王太子妃にどれだけ相応しくないかアシュガ様にそれとなくアピールしなければ!
「……ローズ様、何かやっちゃいけないことを考えていません?」
「え?そんなわけないわよ」
「怪しいですね、大体ローズ様はいつもいつも――」
あぁ、リリーのお小言が始まってしまった……。
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最後にアシュガ様に会った日から数日。
アシュガ様も私も、本格的に暑くなる前に避暑地へ避暑に行くことになっている。そのため、暫くするとふた月程会う事が出来なくなってしまうらしい。
アシュガ様からの手紙には、その他砂糖を吐けそうな程甘い言葉と共にそう書いていた。
その手紙を見ながら、ローズが真っ赤になっていたことは言うまでもない。
……その後、枕にボフったことは、もっと言うまでもない。
「行きたい所? というかアシュガ様とはどこにも行きたくないなぁ……断る?」
ボフり終わってから返事を書こうとすると、避暑に行く前にどこか行きたい所はないか、と書いていることに気が付いた。
つまり、お出掛けのお誘いである。
「あぁ、ローズ様。ローズ様が大好きな小説が演劇になったみたいですよ?……あの小説がまさか演劇になるとは思っていませんでしたが……。 旦那様も奥様もお忙しいそうですし、まさかローズ様一人で王都へ行かせてくれるわけないですし。このままじゃ」
「わかったわよ! 行くから!」
どうしても行かせたいらしいリリー。
仕方ないから行ってあげるわよ……!!
……あと、あの演劇を見ないなんて考えられない。
ふふっ、早く見たいなぁ。
「……ほんと、なんであんなのが演劇になったんですかねぇ……」
というリリーの呟きは、浮かれるローズには聞こえていない。
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そして、お忍びで街歩き(リリー曰くデート。その呼び方は断固反対だが。)に行く当日。
ちょっとだけ裕福な商家の娘風のコーデ(命名:目をギラギラさせている侍女軍団)でアシュガ様と共に街へ出ることになった。
水色のスカート、真っ白なブラウス、ショートブーツにメガネ。髪は、ポニーテールと三つ編みで侍女軍団が真っ二つになったが、お母様の鶴の一声で麦わら帽子×三つ編み軍が勝利を収めた。
「とーっても可愛らしいですわ!」
「最高ですわお嬢様……」
「私のローズは世界一可愛いわっ!」
「むむ……三つ編みもこれほど良いなんてっ」
「次こそポニーテールに……」
……うん、ポニーテールに未練がある侍女は置いといて、ローズが性格が歪んだ理由がなんとなくわかる気がする。
ここまで毎日べた褒めされちゃあ、誰だって性格歪んじゃうわ。
「ローズ様、そろそろですね」
「えぇ、そうね!」
そうして、アシュガ様(いつになくラフな格好だが溢れ出る王族オーラは消せないようだ。どうみてもお忍びの貴族の坊ちゃんにしか見えない。)と、少し離れた場所についているリコラスと共に、王都へ繰り出したローズだった。
「あ、町中で殿下やアシュガはまずいから、私の事は……シラーと呼んでくれ」
「シラー、ですか?」
「あぁ、私のミドルネームだ」
「わかりました、シラー様」
「様付けは禁止。」
そんな会話をしつつ街に出て5分、早くもローズに試練が降り掛かる。
何を隠そう、前世の記憶が戻ったローズは、メガネをかけて三つ編みをして、屋敷を脱走し、偽名を使って街へ出ていたのである。
……それも、かなり頻繁に。
「おお、ロロちゃん!今日は寄ってかないのかい?」
「あ、おじさん!ごめんね、今日……は……」
しまったぁぁぁぁ!!!
これは紛れもなく町娘スタイルだった……!
「……ローズ? いや、ロロちゃん?」
「は、はひ」
動揺のあまり噛む始末。これでは普段から街へ出ていることがバレてしまう……!
それがバレてしまえば、これから街へ出ていくことは難しくなるだろう。
それは、困る。この庶民の雰囲気で息抜きしないと、前世ド庶民の私は……!
左手の指に髪を一房、巻き付けながら考えるローズ。
……でもこれ、もしかしてチャンスなんじゃない?『街へ出る娘なんて王族に相応しくない!』ってなって、婚約話は白紙……なんてことにならない?
今こそ、相手に断らせるチャンス!?
「そ、そうなのです! 私、普段から街へ出ておりまして。ですからとっっっても残念なのですが、こんな娘はシラーの婚約者に相応しくないと思います!」
「いや、普段から民のいる街へ社会勉強に行くのは素晴らしいんじゃないかな?」
アシュガ様!! それは違うのではないかと思います!
「いや――」
「ローズ、そろそろ劇場に行かないと。上演が始まってしまうよ。」
「そ、そうですね」
にっこり、と黒い笑みを浮かべられて、反論などできようか。
答えは、否である。
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「あぁ、ロミーオ! ……あなたはどうしてハシビロコウの羽を頭から被っているの!?」
「おぉ、青ずきん!それは……お前を食べる為だよ!」
感動でハラハラと涙を流すローズ嬢。そして、ローズ嬢を、一国の王太子とは思えない、緩んだ表情で見つめるアシュガ。
アシュガはずっと、コロコロと表情が変わるローズ嬢を眺めるのに忙しそうだ。
上演開始からずっとローズ嬢しか見ていない。
……俺は一体どこからツッコめばいいんだ?
演劇の内容か?そしてこの笑いしか起こらない場面で感動して泣いているローズ嬢か?それとも我が主であり友であり、この国の王太子でもあるアシュガの表情か?
……もう、どうしたらいいんだ……?
リコラスは、これからの苦労に思いを馳せ、小さく溜め息を吐くのだった。
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「シラー、とっても良かったです!連れて来てくれてありがとうございますっ」
「あぁ、そうだね、とても素晴らしかったよ。また一緒に出掛けようか」
「……ローズ嬢しか見てなかっただろ」
最後の一声は、言った本人にしか聞こえていなかった。
「ローズ、まだ時間はある。次は何所へ行こうか?」
「うぅん……シラーは、行きたい所はありますか?」
「ローズと一緒なら、どこでも楽しいよ」
「っ!」
赤面するローズ。
そんな時、不意に声が聞こえた。
「おい、黙れ」
「やめて下さいっ!」
低い男の声と、少女のような、高い声。
「……ローズ、リコラスと一緒に居て」
「え? ですが、シラーも危険では……っ」
「私は大丈夫だから。リコラス、剣を」
「はっ」
リコラスから愛用のレイピアを受け取るなり、アシュガは路地へと駆けていった。
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