閑話 <アシュガ視点のローズ>
今回はアシュガ視点で、1~4話をさらっと流していきます。
読まなくても本編に支障はないはずです。
初めて見た時、胸がドクンと鳴った気がした。
衝撃、だった。
今まで感じたことの無い気持ち。色目を使ってくる令嬢達なら嫌という程見たが、その誰にも感じなかった。
――彼女が、欲しい。
未知の感情に怖くなって、自分を納得させようとした。これは、一時的なもの。目の前にいるネーション公爵令嬢は、やりたい放題の我が儘娘だという。そんな女を、王妃にはできない。
……しっかり、見極めなければ。
わざと甘い雰囲気を出してみたり、妃になって欲しいと言ってみたりしても、彼女は頑として笑顔を見せず、返事もしなかった。
……何故?
思えば、この時には既に、俺は彼女という存在に囚われてしまっていたのかもしれない。
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「ぅあっ」
曲の最後の最後だった。
小さな声と共に、ローズがバランスを崩す。
――危ないっ!!
そう思った瞬間、自分の体が勝手に動いて、彼女を抱きとめていた。
「ローズ、気を付けて。」
耳元で囁くと、彼女はわかりやすく顔を真っ赤にする。
なんて可愛いんだ。
しかし、彼女は俺に笑いかけない。
それがなんだか腹立たしい。
「……じゃ、ローズ。次は笑ってくれるかな?」
有無を言わせぬ口調で言うと、彼女は表情を引き攣らせる。
その後のダンスの最中は、目の奥が笑っていなかった。
――いつになったら俺に笑いかけてくれるんだい?ローズ。
「ローズ、君はどうして頑なに笑顔を見せてくれないんだい?」
今日も俺とローズは、薔薇で四角く囲われているスペースにあるベンチに座っていた。
彼女曰く、〝秘密の庭〟というらしい。
「ふぇ……?」
「まぁ、いいか。」
困惑するローズが返事をする前に、アシュガは笑う。
「私は君を逃がさないから」
確信と、宣言。ローズ、君は逃がさないよ。
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帰りの馬車でリコラスに声をかけた。
「おい、リコラス。」
「なんだ?」
従者であり友人であるリコラスなら、答えを
しっているのだろうか。
「……ローズは、どうして俺との婚約を嫌がっているのだろうか?」
「は?」
腑抜けた声を出すリコラス。
「いやいや、その歳にしてお前が落とせない女の子なんていなかったじゃないか。」
俺が? ローズ以外に、欲しい女なんていない。
「なんだその言い方、俺が口説いたみたいじゃないか。」
「違うのか」
「断じて違う!」
キッとリコラスを睨みつけると、リコラスは顔を引き攣らせた。
「冗談だからその綺麗な顔で睨むな。とにかく、俺にはわかりかねるな。」
「俺より三歳も年上だろう、恋人の一人や二人いるんじゃないのか?」
「二人いちゃまずいと思うぞ。それにお前にずっと付いてるんだから恋人なんか作る暇ねぇよ。」
「……そうだな。」
一瞬だけ間があって、俺は笑う。
「まぁ、いいか。ローズは俺が手に入れるんだから。」
ローズは、なんとしてでも逃がさない。
……それほどに、俺はローズに惹かれてしまった。
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なぜここまで惹かれてしまったのか、まだ理解できない。
――しっかりしろ、王太子ともなるものが相手をちゃんと見もせずに恋に溺れてしまってはだめだ。
そう自分に言い聞かせて、けれど今日もまた彼女に会いに行く。
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ローズが、リコラスに笑って「ありがとう」と言った。
――何故?
俺には一切笑顔を向けないのに、何故、何故他の男には笑う?
気が付けばローズの手を掴んで、ベンチまで引っ張っていた。
そして、問う。笑顔の威圧を与えながら。
真っ赤になって悶えるローズ。
可愛すぎて、頬が更に緩む。
「ねぇ、ローズ。なぜ私に笑顔を向けてくれないのかな?リコラスには笑顔を向けるのに?」
「あ、アシュガ様……」
「なに?」
「お……お茶が、冷めてしまいますわ。」
頑張って話を逸らそうとしているんだね、ローズ。
でも、ごめんね。
「水よ、我が意に応えよ。保温魔法」
カップの中のお茶がふわりと紫色の光を放った。
「さぁ、もうこれで冷めないよ。」
にっこりと笑いかけると、彼女は何故か遠い目をした。
しかし、不意にハッとして俺の顔を見た時、耐え難いとでも言わんばかりにギュッと目を瞑った。
――可愛い……。
その刹那、ローズが緑色の光を放ち、膨大な魔力と共に雷が轟く。
この魔法を使ったのは、ローズ……?
「何ですのこれはっ!?」
「ローズ、とにかく家の中に入ろう」
戸惑うローズの手を握って、家の中に避難させる。
ほんの少しの間だったのに、両方ともずぶ濡れだ。
突然、どちらからともなく笑い出した。
「くっ……ふはっ……」
「あはははっ……」
そうか、多分ローズは魔力持ちだ。そう思うと喜びが溢れて仕方ない。
「どうしたんですか突然っ」
笑いを抑えきれないまま問うローズ。
「ろ、ローズこそ突然笑い出してどうしたんだい?」
今にももう一度笑い出してしまいたいが、ローズに質問を返す。
「なんだか、ずぶ濡れのアシュガ様を見ていたら笑いたくなってしまって……」
……それは、どういう意味だ……?
「どういう意味だ?」
「……王太子様でも、こんな風になるのかと。」
目をすっと逸らすローズ。
……やっと、俺の前で笑ってくれたのに、目を逸らすなんて……。
ローズの顎に添えて、クイッと持ち上げ、無理矢理ローズの目線を合わせる。
「ふぁ!?」
「やっと俺の前で笑ってくれたのに。」
ローズが、可愛い。
「あの、アシュガ様……」
「なに?」
「……そろそろ、お湯に浸からないと風邪をひいてしまいますよ。」
俺はどうでもいいが、ローズには風邪なんてひいてほしくない。
「あぁ……風よ、我が意に応えよ。熱風魔法」
「魔法って、凄いですね!」
目をキラキラさせて言うローズ。
「私はまだ簡単なものしか使えないよ。」
「それでも充分すごいと思います」
「ふふっ、ありがとう。さぁ、そろそろ公爵に話にいこう。」
そう言いながら、もう一度呪文を唱えて、自分の体も乾かす。
「はい、そうですね」
そう言った瞬間、扉が開いてネーション公爵が出てきた。
何やら慌てているようだ。当たり前か、あんなに大規模な魔力だ。下手するとこの邸一つくらい吹っ飛ばしかねないのだから。
「アシュガ殿下、ローズ、大丈夫か!?」
「私たちは大丈夫です。公爵も感じたのですか?」
「えぇ、殿下。」
「うん? ローズは感じなかったのかい? 大きな魔力の奔流を。」
ローズは訳が分からなそうな顔をしている。
「ローズって、瞳は綺麗な翡翠みたいな色だよね。」
「え? はい、そうですが……」
「あぁ、ローズは魔力持ちなんだね。」
これで、何の障害もなくローズを妃に迎えられる。
「雷が鳴る直前、翡翠色の光が見えたから。」
ぽかんとするローズ。その後、時間が来たから帰るぞと急かすリコラスと共に馬車を出そうとしたのだが、馬が突然体調を崩してしまったらしい。
ネーション公爵に馬を貸してもらえるよう頼もうとしたその時、声が聞こえた。
「きゃあぁぁぁ!!」
これは、ローズの傍にいる侍女の声か……?
すると、連続して叫び声が聞こえる。
「何をなさるのですかぁぁぁ!?」
……ローズが、危険に晒されている?
そう思うと居ても立ってもいられず、全力で声がした方向に走りだす。
「ちょっ、まて!」
リコラスが追いかけてくるが、待たずに話し声がする扉を開ける。
まさかのヒットだった。一発でローズがいる扉を開けて、
「どうしたっ!?」
「ちょ……おまっ、はやすぎんだろ……。ってかおい、お前、ノックくらいしろよっ!?」
その一言で、我に返った。
しまった、女性の部屋をノックもせずに開けるなんて。
必死になるあまり、そんな簡単なルールすら頭からすっぽりと抜け落ちていた。
「あの、アシュガ様……?」
「ロ、ローズ、いや……侍女の悲鳴が……その、済まなかった、突然部屋に押し入って……」
その時、ローズの手元が目に入る。
「というか、本当にどうした? 何故カップに手を……?」
「えぇと、私は水属性の魔法も使えるのかなと思いまして」
当然の事のように言うローズ。
「「ぶっ……」」
思わず、吹いてしまう。
「ちょっ……どうして笑うのですか!」
「いやぁ、まさかローズが紅茶に手を突っ込むとは思って無くて……ふはっ……」
適正があるかどうかみるために、紅茶に手を突っ込む公爵令嬢がこの世界に何人いるだろうか。
「いや、アシュ……殿下、もう時間ないですって。今度こそ帰りますよ。」
「あぁ。じゃ、ローズ、またね。」
もっと話したかったのに。
涙目になったローズが本当に可愛くて、頭を一撫でしてから、扉に向かう。
「っ~!!」
顔を真っ赤にして何も言えないでいるローズを一瞬だけ見て、アシュガはウインクをした。
俺はこの日、ますますローズが気に入った。
彼女と居ると退屈しないだろう。なんとなく、そんな予想が付く。
もっと彼女を知りたい、彼女と一緒に居たい、彼女を、自分のものにしたい。
もう、妃にするなら彼女以外考えられなくなっていた。
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