第4話 <悪役令嬢が無駄にハイスペックだった件>
この世界では、初めて魔力が発現するときに何かしらの魔法が発動する。
それは属性により異なるのだが、風属性の場合、カップが浮くだとか、吹き飛ばされるだとか、水属性なら水が動き出すとか、雫が出現するとか。その程度の可愛いもののはずだ。
……しかし、私はなぜか嵐を呼んでしまったのだ。
「なーんーでー!!」
「ローズ様、淑女としてあるまじき行動だと思いますよ」
昼間だというのに部屋に帰った途端ベッドに飛び込み、枕に顔を埋めてジタバタしながら喚く主に、リリーは呆れかえった。
「だって! このままじゃあなにがなんでもアシュガ様の婚約者にされちゃうのよ……!!!」
魔力が発現する時に発動する魔法の規模は、平たく言うと〝魔法の才能〟に直結する。
〝魔法の才能〟とは、魔力量、魔力のコントロールのセンス、魔力の質……等を諸々考慮したものである。
いや、そういえばなんで私のスペックがやたら高いの。美人だし、魔力もあるし、地位もある。こんなにハイスペックだったら、ヒロインを虐めていなければ幸せになれたというのに、何やってるんだローズ。
……まぁ、そういう完璧で性格が悪い女を蹴落として幸せになるっていうのがスカッとするのかもしれない。
「どうして、殿下と婚約したくないのですか」
リリーがまるで不可解だ、とでも言いたいような表情をして聞く。
とは言っても表情の変化はほとんどないが。
アシュガ様と婚約したくないのは、もちろん、死にたくないっていうのが大きいけれど……
「王族になりたくないから……かしら?」
まず、私は処刑されるから悪役令嬢になりたくない。つまり、アシュガ様と婚約はしたくない。
でも、これが没落や国外追放なら悪役令嬢を演じ、アシュガ様と婚約しただろうか?
答えは、否。
前世でド平民だった私が、公爵令嬢ですら荷が重いと思うのに、その上王太子の婚約者になるなんて、ますます覚悟が決められない。
「……リリー、クッキーと紅茶もってきてちょうだい。」
なんとなく気分が重くなってきた。こんな時は、クッキーと紅茶に限る。
「わかりました」
そういえば、私のステータスはどうなっていたか。
今考える限り、かなりハイスペックだと思う。
魔法に関してはかなり上、見た目は、小動物のような可愛さは無いものの、かなりの美形だと思う。地位も充分、能力は……多分、大丈夫。少なくとも礼儀は欠けていないと思いたい。
問題は性格にあるが、それはゲームの悪役令嬢の話。今の私は……まぁ、一般的?
とにかく、ヒロインや攻略対象達に関わらなければ大丈夫。そう思いたい。
「ローズ様、お待たせ致しました」
一方で、ヒロインのステータスは?
魔法はたしか、全属性使えたはず。その中でも特に秀でているのが光属性。ただでさえ少ない光属性の派生である聖属性すら使いこなせていた。それ故に学園を卒業すると聖女と呼ばれることになる。
「……ローズ様」
見た目はもちろん可愛らしい。なんとも庇護欲をそそる小動物系の見た目だったはずだ。たしか、銀髪に見る角度によって色が変わる、綺麗な瞳。
地位は平民、どの攻略対象とも、この身分の壁が立ちはだかる。能力は……懸命に努力して全てを追い抜かすタイプ。これがまた健気。でも弱気になったりもして、攻略対象達の庇護欲をそそる。性格は言うまでもなく、健気に正義を貫いて、どんな困難にも負けず、明るい性格だ。つまり最高。
「…………ローズ様」
……うん、地位以外はヒロインが遥かに上回ってるね。
じゃあ安心だ、周囲も彼女を認めるだろう。
彼女とアシュガ様が結婚することが認められば、私はアシュガ様と結婚しろと言われなくて済む。
他の攻略対象を狙う可能性もあるが、多分大丈夫だろう。他の攻略対象のルートに入った時点で、悪役令嬢はその攻略対象の婚約者になる。
今回はアシュガ様との婚約になりそうだから、ヒロインはアシュガ様ルートに入るのだろう。
……ということは、ヒロインとアシュガ様は、出会いイベントは終えたということ?
いつ?どこで?
入学前の出会いイベントがあったのは覚えているけれど、内容が思い出せない……!
「ローズ様、クッキー、全部食べてしまっていいんですね」
「え? ダメよ!!」
クッキーときいてようやく我に返ったローズに、リリーは冷めた目をする。
「三回もお呼びしました。……紅茶が冷めてしまいましたよ。淹れ直してきます」
そう言って紅茶を取り上げたリリーに、ローズはふと思う。
私は、何属性を持ってたっけ。
幾つかの属性の魔法が使える場合、魔力が発現する時の魔法は、一番適性のある属性の魔法が発動するはずだ。つまり、私の場合は風属性。しかし、そもそも二つ以上の属性を使えるのかも、使えたとして何の属性が使えるのかも、まだわからない。
「あ、ちょっとだけ待って。」
「ローズ様、これは冷めて……」
困惑するリリーに、ローズは言った。
「いいの、だからちょっと待ってちょうだい」
カップに手を翳し、魔力を手に集中させる。
……何も感じない。むしろ、紅茶に手を突っ込んだほうが……
悲鳴を上げるリリーを無視して、ローズは紅茶に魔法をかけようとした。
しかし、一向に魔法がかかる気配はない。
「むぅ、水属性はないのか……」
「何をなさるのですかぁぁぁ!?」
その時、扉がバーンと開かれた。
「どうしたっ!?」
「ちょ……おまっ、はやすぎんだろ……。ってかおい、お前、ノックくらいしろよっ!?」
その向こうにはアシュガ様と、肩で息をしているリコラスが立っていた。
どうやら、二人とも全力疾走してきたらしい。……それにしてはアシュガ様が息一つ乱していないのは何故かしら……。
そんなことを考えながらも紅茶のカップに手を突っ込んだままのローズはアシュガを見る。
「あの、アシュガ様……?」
「ろ、ローズ、いや……侍女の悲鳴が……その、済まなかった、突然部屋に押し入って……」
どうやら、今更女性の部屋に押し入ったことに気付いたらしい。ゆらゆらと視線を彷徨わせている。
「というか、本当にどうした? 何故カップに手を……?」
心底訳がわからなそうに言うアシュガ様。
「えぇと、私は水属性の魔法も使えるのかなと思いまして」
当然の事のように言うローズ。
「「ぶっ……」」
リコラスとアシュガが同時に吹くのを見て、ローズは涙目になって言う。
「ちょっ……どうして笑うのですか!」
「いやぁ、まさかローズが紅茶に手を突っ込むとは思って無くて……ふはっ……」
涙が出るほど笑っているアシュガにもう一言くらい文句を言ってやろうと思った時、リコラスが言った。
「いや、アシュ……殿下、もう時間ないですって。今度こそ帰りますよ。」
「あぁ。じゃ、ローズ、またね。」
そう言った時、私の頭をすっと一撫でして去っていく。
「っ~!!」
顔を真っ赤にして何も言えないでいるローズを一瞬だけ見て、アシュガはウインクをした。
――その後、ローズが枕に顔をボフっと埋めたことは、言うまでもない。
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