第25話 <暗転>
ローズ達、ヴィリディ1年生の出番は刻一刻と近付いていて、それを感じるほどにローズの心は重たくなる。
ステージでは、煌びやかなシャンデリアに照らされた上級生がヴァイオリンとピアノの演奏をしている。流石貴族が集まる学園と言ったような美しい演奏だが、ローズはあまり集中できていない。
(さすがに、演劇の途中に私が何か濡れ衣を着せられることはないだろうけど……)
前後はそうもいかない。演劇が始まるまでは、できるだけアシュガ様と行動を共にするようにしていた。
「ローズ? 緊張しているの?」
「い、いえ。そういうわけではありませんわ」
心配そうにこちらを覗き込むアシュガを見て、ローズは慌てて笑顔を作る。
「本当に……?」
「出演するヴィリディの生徒は控室に入るように。」
係の先生から声が掛かる。
ほぅ、と息を吐いて、心を落ち着ける。
(大丈夫よ、ローズ。きっと何も起こらない。)
そんなことを胸の中で唱えていると、気が付けば幕が上がる直前だった。
開幕直後はローズの出番はないが、舞台袖から光魔法を使って演出をする仕事になっていた。
「……光よ、我が意に応えよ。光雨魔法」
「氷よ、我が意に応えよ。氷雪魔法」
隣ではアシュガ様は真剣な顔をして魔法を使っている。
このクラスに氷魔法を安定して使えるのはアシュガ様だけなので、魔法の雪を降らせるのはアシュガ様の役割だった。
幕が上がる直前の舞台は静かで、とても幻想的な光に満たされていた。
そして、幕がゆっくりと上がり始める。
『むかしむかし、あるところに――』
今回の演劇の脚本は、アザミが書いている。
シンデレラをモチーフにしたが、後半からの展開が違う。また、その展開のため、姉は一人になっている。
本来のシンデレラとは違い、シンデレラの姉……つまり私の演じるキャラが、悪い魔女に取り憑かれてシンデレラを襲うところで王子が助けに入る。
そして二人で魔女と戦い、結婚する、というラストになっているのだ。
魔法使いの魔法でドレスを変化させるシーン、ダンスパーティーのシーン、そして悪い魔女との戦闘シーンがメインで描かれる脚本になっている。
「ローズ、そろそろ出番だね」
「はい。それでは、いってまいります」
「うん。お互いに頑張ろう」
にやりと笑いながら、小さな声でこそこそと話す。
舞台袖でこっそり話すのがなんだか楽しく感じるのは、私だけだろうか?
……とにかく、今は目の前のことに集中しなければ。
屋敷でシンデレラを虐めるシーンだ。
つい先ほどまで舞台上は暗かっただけに、煌々と輝くシャンデリアがとても眩しく感じる。
『さっさと片付けなさい、シンデレラ! どうしてそんなこともすぐにできないのかしら?』
『お母様、お城で舞踏会ですって!』
『何をしているの、シンデレラ? 貴方は留守番でもしていなさい。』
力を入れているのはこの後のシーンなので、ここまでのシンデレラの姉のセリフは随分と少ない。
それでもセリフを噛みも飛ばしもしなかったことに安堵しながら、ローズは舞台袖に戻る。
「ふふっ、名演技だね、ローズ」
「っもう、アシュガ様。この演技を褒められても嬉しくありませんわよ……?」
なんて軽口を叩きつつ、もうすぐ始まる見せ場、魔法使いによるドレスの変身シーンのために、もう一度頭の中で手順を繰り返す。
ここは少し集中しなければならない。
『可哀想なお嬢さん、私が願いを叶えてあげよう。(水よ、我が意に応えよ。水布魔法)』
魔法使い役の生徒が杖を振ると、シンデレラのみすぼらしい服が眩いばかりの光の粒に包まれて行く。
光はキラキラとシンデレラの周りを渦巻き、シンデレラの不思議な瞳が美しく次々に色を変えてゆくのがよくわかる。
……が、そんなファンタジックな光景とは対照的に、ローズは暗い舞台袖で眉間に皺を寄せて、必死に魔力を操っていた。
このシーンは、かなり苦労したのだ。
いくら魔法とて万能ではない。何もないところからドレスを創造する魔法なんてものは、まさに神の領域である。
ならばどうしたのかというと、神業の裏側はこうだ。
アナベルは、服を二重に着ている。外側のみすぼらしい服は、魔力を持つ水に触れると溶ける魔法の布で作られていて、魔法使い役の生徒の水魔法で溶ける……のだが、その様子はあまり見栄えがよくなかった。
そのため、ローズによってエフェクトを付けて、神秘的なシーンを演出している。
……ちなみに、パニエを中に着ることも不可能なので、シーンが切り替わるまではアシュガ様が風魔法でドレスをふんわりとさせることになっている。
『わぁっ……! ありがとうございます、優しい魔法使いさま!』
『シンデレラは美しいドレスとガラスの靴を身に着け、馬車に乗り込みました。』
「ふぅ……ローズ、お疲れ様。とても良い魔法だったね。それでは私は行ってくるよ」
「ありがとうございます、アシュガ様。いってらっしゃいませ!」
流石にそろそろ疲れてきた。
この後の魔法の使用はもう無かったはずだが、その代わりにダンスパーティーのシーンが終わると出演が多くなる。
けれど、このシーンは目に焼き付けておきたい。
ここは、ゲームの一枚絵になっているシーンなのだ。
『――是非、私とファーストダンスを。』
『はいっ、もちろんです!』
輝くシャンデリアとアシュガの蕩けるような笑顔で、アシュガを見慣れたローズでさえ惹き込まれる。
音楽に合わせてくるくるとターンするシーンでは、舞台袖からレン様の風魔法で軽やかに回る。
(悔しいけれど、流石乙女ゲームのヒロインというだけあって映えるわね……)
突如、重たい鐘の音が鳴り響く。
「っ!」
危ない、自分の出番を忘れるところだった。
次のシーンは、セリフは一言しかないが、表情が重要になってくる。
ローズはふぅ、と深呼吸をして、舞台上へと駆け出した。
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『私の姫、必ず見つける。』
階段に跪く王子の後ろ姿を見て、シンデレラの姉は立ち止まる。
そして、美しいどこかの姫が身に着けていた透き通る靴を手にする王子の言葉を聞いてしまった。
『っなんですって……許せない!』
憎々し気な表情で、けれども静かに、シンデレラの姉は呟くのだった。
『シンデレラの姉は、自分が選ばれなかったことを知り、怒り狂いました。』
そして舞台は暗転する。
ローズは、真っ暗な舞台の、馬車を真っ二つに割って中身が見えるようにした大道具の中に座り、再び明るくなるのを待った。
そして暫くして、ガタゴト、カラカラ、と馬車の走る音が流れ出し、ガタンという音と共に止まる。
『全く、何よ!早く動きなさいよ!』
『おやぁ、お嬢さん。王子を横取りした相手を知りたいのかい?』
先ほどよりも明るく、けれども薄暗い舞台で、真っ暗な衣装を着た魔女が現れ、不気味な声でシンデレラの姉に問いかける。
『えぇ、そうよ! 私が選ばれるはずだったのに、私の王子なのにっ……』
『ならば、教えてやろう……その代わり』
『きゃあぁぁぁっ!』
そして、舞台は次の場面へ映る。
数回、暗転と明転を繰り返しながら続くシーンで、これまでよりも激しい虐めが数日に渡り続いたことがわかる。
『――そして、とうとう最後に、王子がシンデレラの家に向かっています。しかし――』
魔女の囁くままにシンデレラの部屋から靴の片割れを見つけた姉は、鬼気迫る表情でシンデレラを問い詰めます。
『シンデレラ!! お前が舞踏会で私の王子と踊っていた泥棒猫なのかしら!?』
『お姉さま、やめてくださいっっ……!』
『殺してやる……殺してやる!!』
本当にシンデレラを殺そうとするほどの勢いでした。
壁際に追い詰められ、絶体絶命のシンデレラ。
その時、シンデレラから眩い光が迸り、聖なる結界が張られました。
『そのとき屋敷の外に居た王子は、迸る光を見て何事だと思い、屋敷の扉を開きました。』
王子が屋敷に入ると、美しいがみすぼらしい身なりをしたシンデレラを、ゴテゴテと着飾った姉が襲い掛かっている姿が目に入りました。
そして、姉が持っている、キラリと輝く靴は。
王子は、支離滅裂な姉の叫びから、靴がシンデレラのものだと悟り、どうして姉がシンデレラを襲っているのか理解しました。
『っっ! その靴は……私の姫はそなたなのか……!』
『うるさいうるさいうるさい!! 王子は私のものよ……!殺してやる、シンデレラ!!』
『魔女めっ……私の姫から離れろ!』
王子は剣でシンデレラの姉……魔女に斬りかかりました。
ですが、斬っても魔女は倒れません。
魔女の魔法で王子が深手を負ったそのとき、シンデレラの手から聖なる光が溢れ出し、
『お姉さま……ごめんなさい。』
というセリフとともに、魔女は倒れる――
――はずだった。
「……風刃魔法」
ほんの小さな、誰の耳にも届かない詠唱。
瞬間、シャンデリアの光が失われ、辺りが一気に暗くなる。
「っローズ!危ない!!」
「え?」
見上げると、重たいシャンデリアが、ローズに迫っていた。
(ああ、今世は長生きしたかったのにな)
そこで、ローズの視界は暗転した。
読んでいただきありがとうございます。
演劇のシーンを書いてたら楽しくなってきてめっちゃ書いてたらちょっとだけボリューム多めになってしまいまして……。
~演劇裏話~
劇中の魔法使いが杖を使うのは、昔の魔法使いは簡単な魔法でも杖を使っていたから。今杖を使うのは難しい魔法や補助があったほうが有利な場合のみ。
ローズとアシュガがめっちゃこき使われているのは、魔法が得意だから。ちなみに、劇中のシンデレラの結界はヒロインが自ら使っている。
学園祭の演劇ということで、アザミの脚本では三つの見どころ以外は凄く薄い内容になっている。シンデレラあるあるの、カボチャ持ってこいとかネズミ持ってこいとかもカット。
シンデレラ変身シーンでは、はじめ水布魔法だけを使っていたが、なんというか……みすぼらしいドレスに無色透明の、ただの水がペタッと張り付いて、下からじわじわ綺麗なドレスが見えてきて、なんというか……気持ち悪かったため、アザミは頭を抱えた。
ローズの演技は超上手だった。悪役令嬢の血がきっちり活かされた。
アシュガは感情を殺しに殺して王子スマイルを浮かべて演技していた。ただ、ダンスパーティーのシーンだけは、ローズとのデビュタントを思い出していた。
アナベル(ヒロイン)は、やっぱり演技上手。
アザミは脚本を書くとき……だけでなく、稽古中も、なんなら本番中も、隠れて舌打ちをしていた。ローズが主人公だったら良かったのにって。
☆.。.:*・゜*:.。..。.:+・゜:.。.:*・゜+
アザミ「次回投稿は明日、8月2日の21時です。」
アシュガ「普通に言われたんだが……!?」
アザミ「アシュガ殿下。勝手にあの女を主人公にして……」
アシュガ「……。意見を聞かなかったのは謝る……」