第20話 <思い出せないイベント>
試験も終わり、夏休みまでに残る大きなイベントは学園祭だけ。
……ただ、その内容は全く思い出せない。
思い出せるのはアシュガ様と、ドレスを纏ったヒロインが幸せそうに微笑むスチル……いや、これは結婚式イベントだったか?
何をするのか、思い出せる気配すらない……。
「リリー、紅茶とクッキーを頂戴」
「わかりました」
もう、疲れた。
もしかすると学園祭の出し物が決まれば何か思い出せるかもしれない。
思い出せないことを延々と考えるよりも、もっと建設的なことをするべきだ。
「紅茶とクッキーです。今日はアールグレイのアイスティーと、プレーンクッキー、チェリーの砂糖漬けです」
「わぁ、美味しそう。チェリーの砂糖漬け美味しいのよね……」
「はい、美味しいですね。とっても。」
リリーは砂糖漬けを口に放り込む。
「ねぇ、リリー。前々から言おうと思っていたのだけれど、というか言っているのだけれど、普通毒味って主人の前でやらないからね……?」
「いえ、私が作ったので毒味の必要はありません」
「……。」
シレーっと言うリリー。
私の砂糖漬けを食べないでよ……!!
とりあえずこれ以上取られないように全部食べてしまうことにする。
「もぐもぐ……こくん。それはそうと、リリー。昨日は何してたの?」
昨日、突然アシュガ様と出掛けることになってしまった。
つまり、リリーは急に予定が空いてしまったはずなのだ。申し訳ない。
「リコラスに告白してからクッキーとこの砂糖漬けを作ってました」
「ふーん……ん?え?一番最初なんて!?」
「ローズ様、耳を診てもらいましょうか」
「丁寧な口調で嘲るのやめましょうリリー!?」
いや、いっそ耳がおかしいのならそっちのほうがましかもしれない。
「……リコラス、に、こ……告白?したって?聞こえたんだけど?」
「そう言いましたからね。」
「えぇぇぇぇ!?」
私達が暢気に海なんかに行っている間に、とんでもないことが起きていた!!
「え、ど、どうなったの?」
「キスしました」
「は!? リコラス、意外と積極的なのね……」
と、ローズの脳内では、リコラスがリリーの唇を奪った映像が流れて悶そうになっていたのだが。
「いえ、私からです」
リリーの一言でその映像は跡形もなく打ち砕かれた。
「ぶっ……げほっ、げほっ……」
「令嬢としてあるまじきお姿ですね、ローズ様」
「こほんっ……」
涙目のローズ。
「リリー……やっぱり怖い……」
「何か言いましたか?」
「いえ!何も!!」
リリーって、やっぱり、やっぱり怖い。
リコラス、頑張って。
そう祈るローズを、リリーはやはり無表情で見ていた。
☆.。.:*・゜*:.。..。.:+・゜:.。.:*・゜+
「はぁ!?」
放心するリコラスと、口をあんぐりと開けるアシュガ。
アシュガは部屋に帰った瞬間、椅子に座って目が死んでいるリコラスを発見した。
どうしたのかと問い詰めると……
「つまり、リリーがリコラスを襲ったのか?」
「どうしよう。俺、もう男として生きていけない……」
酷く落ち込むリコラスになんと声をかけようかと思案して、アシュガは首を傾げた。
「でもお前、リリーと恋人になれたんだろ?」
そのことに対する喜びはないのか。
そもそも、自分ならローズからキスを仕掛けてきたらとてつもなく可愛くて思わず抱き締めてしまうだろうな、と思う。
「……あ、そうか。」
「いやお前忘れてたのかよ!?」
一番重要なことではないのか。
好きな人に同じ気持ちを返されたのだから。
「あぁ……衝撃的過ぎて。」
「……同情はする。」
「ふふ……リリーが俺の彼女……」
「リコラスお前怖いぞ」
ニヤニヤする顔は緩みきっている。
王太子の従者がこんなのでいいのか……
はぁ、と額に手を当てるアシュガの横で、リコラスはその日が終わるまでニヤニヤしていた。
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「やぁローズ、久しぶり」
「おはようございます、アシュガ様。私の記憶違いでなければ一昨日会いましたよ」
海デート翌々日。
試験終わりの解放感を味わう休日は早くも過ぎ去り、授業が始まる。
ローズにとっては、これから学園祭という断罪フラグが立っているので一層気分は下がる。
「うん、知っているよ。でもなんだか久しぶりのような気がするんだ……」
ふ……と遠い目になったアシュガ。
ローズはその目に既視感を覚え……思い当たって頬をひくりとさせた。
「ま、まさか」
「うん……リコラスがリリーに襲われたと……」
少し離れたところで護衛しているはずのリコラスをちらっと見る。
至って普通に見えるが。
「それはもう昨日一日大変だったよ……」
なんと声をかければいいのかと考えているうちに、教室に着く。
「アシュガ様、着きましたよ。」
「あぁ。ローズ、今日も頑張ろうね」
ふわっと笑みを浮かべるアシュガ。
「はい。頑張りましょう」
席に着くと、ホームルームが始まる。
「今日のロングホームルームは学園祭のことについて話す。それと――」
学園祭、の一言。
ローズはぴしりと固まった。
幸いにもローズのおかしな挙動は誰にもばれていないが。
「ローズ! 行きましょ、今日は……」
「っ、え、えぇ。」
動揺し過ぎだ。
アザミがこちらに来たことも気付かなかった。
……落ち着け。
☆.。.:*・゜*:.。..。.:+・゜:.。.:*・゜+
「学園祭の出し物を決めろ。決まったら報告にこい。」
という短い言葉と、教室のドアが閉まる音で始まったロングホームルーム。
ラベンダー先生、どれだけ授業したくないんだ。
……あれ、そういえばヒロインがいない。
どこに行ったんだろう……?
「それじゃ、私がまとめようか」
パチリとローズにウインクし、席を立つアシュガ。
はぁ、かっこいい。
「みんな!」
アシュガのその言葉だけで、クラスはシンとした。
「何か案があったら、手をあげて言ってくれ。っと、誰か書記をしてくれないかい?」
そう言った瞬間――というよりは言い終わる前に――シンとした教室に響く扉の音と、甘い声がした。
「はぁい! アシュガ様ぁ、お手伝いします!」
その声の主を見た瞬間、アシュガ様の表情が凍りつく。
しかしその氷も一瞬で溶けてしまう。すぐに王子スマイルにすり替わった。
「あぁ、よろしくね。――では」
「きゃあぁっ!」
黒板消しを手にとり、何も書いていない黒板の上の方を何故か消そうと試みていたヒロインの叫び声と、黒板消しが床と衝突する音が響く。
クラス全員の生徒が反射的にヒロインを見ると、そこにはチョークの粉で真っ白なヒロインがいた。
「てへ……やっちゃいました」
上目遣い、ぺろっと舌を出し、小首を傾げる。
「……うん、黒板を消す必要はないよ。」
こんなイベント、あったっけ……?
ううん、思い出せない。
上目遣いのヒロインに、アシュガは指を向ける。
そこまで見て、ローズの頭にはふわりとある光景が浮かび、息を飲む。
「っ……!」
これはイベントだ。たしか、チョークを魔法で払ってもらって……それからお礼にと、手作りのお菓子をあげる。
ちょっとした好感度上げのイベント。
だが、このイベントはちょっとした好感度上げに留まらない。お礼のお菓子から、デートの約束を取り付けることができるのだ。
と、ローズはそこまで思い出して目の前を見る。
しかしそこには、面食らうヒロインと、ベランダを指差すアシュガの姿があった。
「とにかく、ベランダで払っておいで。書記は代わりの人にやってもらうよ。ローズ、手伝ってくれないかい?」
王子スマイルではなく、ローズにだけ向ける本物の笑みを浮かべるアシュガ。
クラスの令嬢達のきゃあっという黄色い声は、ローズの耳には届いていない。
ローズの意識に入ってくるのは、アシュガの笑顔だけ。
その姿を、ヒロインはヒロインらしからぬ鬼の形相で見ながら、忌々しそうに呟きを漏らした。
「……わからせてやる。」
評価、感想、誤字報告、ブックマークありがとうございます!
漸く登場ヒロインちゃん!
そして久しぶりにちゃんと一話を書けました……笑
これからも頑張ります、特に感想はモチベーションに直結するので、感想いただけると嬉しいです笑
いつも嬉しい感想、ありがとうございます!