第2話 <ダンスとかいうフラグぶっ立てました>
ローズは、料理長特製チョコチップクッキーを食べていた。……ついでに、リリーもつまんでいる。
「ねぇリリー、これって私のクッキーよね?」
「はい、そうですね」
「はい、そうですねじゃないわよ。……ど・う・し・て、リリーが食べているのかしら?」
「……毒味ですよ?」
若干目を逸らして言うリリー。
毒味なら一枚でいいじゃないの、なんで三枚目に手を伸ばしていたのかしら?……とは、言わない。言っても無駄なのは経験上わかっている。
「もう、いいわ……。それより、もうすぐダンスレッスンの時間だわ。」
「あら、そうですね。着替えましょう」
リリーはそう言って、深い青色のドレスを持ってきた。
「あら?今日は練習着ではないの?」
「……とにかく着替えますよ」
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いつものダンス練習場に行くと、先生以外の誰かがいた。
……何か、嫌な予感。
「やぁ、ローズ。今日は私も一緒に――」
その予感は的中したようだ。目に入ったのは美しい、深い青色。それはたしかに、王家の色だった。
「なななななぜ殿下がいらっしゃるのですかぁ!?」
まずい。焦りすぎて礼儀もくそもなくなってしまった。
「ローズ、〝殿下〟ではなく〝アシュガ〟と呼んでくれと言ったよ?」
「あっ、申し訳ございませ……ってそうじゃないですわ! なぜアシュガ様が?」
いつもと違わぬキラッキラな笑顔のアシュガを見てローズが言う。しかし、答えはローズの後ろから返ってきた。
「なぜって、ローズ様と交流を深めようと……」
「……あら?リリー? 知っていて、黙っていたのかしら?」
その瞬間、リリーはいつも通りの感情の見えない顔をして言った。
「では、ローズ様、私は下がらせていただきますね」
……否、逃げながら言った。
後で覚えておけ……リリー……。
「あぁ、ローズ。そのドレス、とても似合っている。着てくれて嬉しく思うよ。」
ローズの怒りを知ってか知らずか、キラッキラ~な笑顔で言うアシュガ。
……アシュガ様からのプレゼントだったんだ、このドレス……。
「ローズ様、アシュガ殿下、まずは踊ってみて下さらない?」
ローズが、顔だけは淑やかな笑みを浮かべてリリーへの恨みを心の中で延々と唱えていた時、ダンスの先生が言った。
「えっ、そ、それは……」
しまった、忘れていた!アシュガ様がここに来たっていうことは、私達は踊らないと……。
そ、そんなフラグ、ぶったてたくない!どうにかしてこの状況を――
「ローズ、是非ご一緒に。」
あっ、詰んだ。と、踊る以外の選択肢は無いとでも言わんばかりのアシュガの笑みをみてローズは思った。
ローズは死んだ魚のような目を無理矢理微笑んだ形にしながら、アシュガと踊った……いや、踊らされたのだった。
1、2、3、ターン、1、2、3、4……
緊張してステップを間違えまいと必死のローズと、いかにも楽しそうに、世の令嬢全員を撃ち抜きそうな笑顔でローズをリードするアシュガ。
――さすが、アシュガ様。ダンスが上手だわ。
少し余裕が出てきたローズは、突然、あの、憧れのアシュガと踊っているのだという事実を実感した。
「ぅあっ」
曲の最後の最後、気を抜いて躓いたローズ。
ダメ、このままじゃアシュガ様の前で転ぶ……!!
そう思った瞬間、ローズはアシュガに抱きとめられて曲が終わった。
「ローズ、気を付けて。」
耳元で囁かれ、赤面するローズと王子スマイルを浮かべるアシュガに、ダンスの先生は一言、言い放った。
「ほぼ、完璧だわ。」
ほっ、と胸をなで下ろすローズに、先生は言った。
「ただ、ローズ様。ちゃんと笑って踊りなさい!あと気を抜かないように!」
「……じゃ、ローズ。次は笑ってくれるかな?」
笑顔に黒いものが見え隠れする気がするのは、気のせいでしょうか、アシュガ様……。
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「ローズ、君はどうして頑なに笑顔を見せてくれないんだい?」
練習、というかただアシュガ様と踊るというフラグ以外の何ものでもない事が終わった後、今日も私とアシュガ様は秘密の庭のベンチに座っていた。
「ふぇ……?」
「まぁ、いいか。」
困惑するローズが返事をする前にアシュガはそう言って、目をすっと細めて笑った。
「私は君を逃がさないから」
……アシュガの微ヤンデレってローズにも発動してたのね。ゲームの裏側見てるみたいでなんか楽しいなー。あー、楽しい楽しい。
しかし、現実逃避しているわけにはいかないらしい。アシュガ様は、微笑みながらこちらをじっと見ている。
「あー……アシュガ様、本当に」
婚約は考え直して下さい、と続けようとしたが。
「アシュガ……殿下!そろそろ王宮に戻る時間だ……ですよ!いつまで話し込んでいるんですか!」
リコラス、私は毎回貴方のせいで婚約を断れないでいる。
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アシュガは、帰りの馬車でリコラスに声をかけた。
「おい、リコラス。」
「なんだ?」
本来なら王族であり、主でもあるアシュガにただの護衛であるリコラスがこのような口調で話すことを許されるわけがない。
しかし、リコラスとアシュガは歳が近いこともあり、主と従者であることと同時に友人でもあった。
「……ローズは、どうして俺との婚約を嫌がっているのだろうか?」
「は?」
腑抜けた声を出すリコラス。
「いやいや、その歳にしてお前が落とせない女の子なんていなかったじゃないか。」
「なんだその言い方、俺が口説いたみたいじゃないか。」
「違うのか」
「断じて違う!」
キッと自分を睨みつけるアシュガを見て、リコラスは顔を引き攣らせた。
「冗談だからその綺麗な顔で睨むな。とにかく、俺にはわかりかねるな。」
「俺より三歳も年上だろう、恋人の一人や二人いるんじゃないのか?」
「二人いちゃまずいと思うぞ。それにお前にずっと付いてるんだから恋人なんか作る暇ねぇよ。」
「……そうだな。」
一瞬、間があってから、アシュガは目をすっと細めて微笑んだ。
「まぁ、いいか。ローズは俺が手に入れるんだから。」
美しい、獰猛な笑み。その笑みに、ローズ嬢が逃げ切れない事を俺は悟ってしまった。
この男は、やる。権力と金と美貌と実行力があるこの男は、全てを使ってローズ嬢を陥落させるだろう。
「……どうか、ローズ嬢が無事でいられますように。」
「リコラス? 何か言ったか?」
「……いや、何も言ってない。」
そんな会話をしながら、俺達は王宮に戻ったのだった。
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