第13話 <温もり>
悪夢を見た次の日、アシュガ様とリリーが結託して私はベッドの中に押し込められていた。
「ローズ、まだ休んでて。」
「そうですよ、ローズ様はベッドの中で大人しくしてて下さい」
……もう、登校してもいいと思うのだけれど……
「ええっ、でももう熱は下がって」
「「いいから休む!!」」
「……はい。」
言うだけ無駄なパターンだ。
というわけでこの日は、一日何も無かった。
ひたすらにベッドの中で暇を持て余していた。
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その次の日、漸くお許しが出たので制服に着替え、アシュガ様と共に登校する。
「ローズ、本当に大丈夫?体調が悪くなったらすぐに言うんだよ。わかったね?」
「わかりましたから、アシュガ様、私は大丈夫ですわよ。」
かれこれ三回目のやりとりだ。
アシュガ様が過保護スキルを発動させている……。
チラと視界に映る銀髪。
反射的にそちらを見ると、横にいるのは……レン様?
ゲームと違って、アシュガ様ルートでもレン様とハッピーエンドを迎えられるのかしら。
それとも、断罪イベントのための好感度上げ……?
「――い、ローズ?」
「……っ、なんでしょうか、アシュガ様。」
「大丈夫?やっぱり休んだほうが……」
「ただの考え事ですわ!!」
きっと大丈夫、断罪イベントなんて起こらない。
だってほら、アシュガ様が悪役令嬢をこんなに心配しているわけがないもの。
「ローズ?」
「いえ、アシュガ様と一緒に居られるのは幸せだと思っていただけです」
「……ローズ、やっぱり休もう。俺の部屋で。」
真顔。アシュガ様、目が怖い。
あと一人称変わってるよ!!
「……だ、だめです。」
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「ローズ!」
「アザミ!」
ここ最近、アザミと会わない日はなかったので嬉しく思う。
「風邪ひいてたんでしょう?もう大丈夫なの?」
「ええ、一日熱が出たけれどすぐに良くなったわ。私がいない間、学校はどうだった?」
その瞬間、アザミの顔が一瞬引きつったように見えた。
「い、いいえ、特に何も起こってないわ。授業では――」
そうして、二日間の授業の様子を話してくれたのだった。
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放課後。
あまりよく知らないご令嬢に、生徒会室に呼ばれていると伝言が来た。
アシュガ様も色々忙しいみたいなので、一足先に生徒会室に居るようだから、一人で生徒会室に向かう。
人気のない廊下。そう言えば一人になるのは久しぶりだな……なんて考えていた時、声が聞こえた。
「ローズ・ネーション」
反射的に振り向いた先にいたのは、レン様……レンデュラ・シユリだった。
その後ろにはさらさらとした銀の髪が見えている。
なんだろう……今は、アシュガ様もいないのに……。嫌な予感がする。
「……? レンデュラ・シユリ様、何か御用ですの?」
「……彼女に謝ってくれ」
敵意をむき出しにして、それでも静かな声。
……え? なんで?
「どうして私が謝らなくてはなりませんの……?」
心底訳がわからなくて、純粋にその声の持ち主にきく。
「決まっているだろう、君がアナベルを虐めるように指示したんだから謝るべきだよ。」
静かな怒りをぶつけるレン様は、ヒロインを背に私を見ていた。
これは、レン様のイベントだ。
本命はアシュガ様なのだろうが、このゲームでは他のキャラの好感度も上げなければならない。しかし、『あれ? アシュガ様ルートを選んだけど、他の人とのエンドも行けるんじゃない?』なんて考えて他の人の好感度を上げると、ノーマルエンドにしか辿り着かないのだが……
「嫌がらせ……? 私は、そんな指示はしていませんわ。」
「証言があるんだよ。君が学園に来ていない間、彼女に嫌がらせをした者が君からの指示だと言ったんだ。」
そう、このイベントは……
『っ、やめてっ!!』
『平民のくせに、ローズ様に歯向かうなんて!』
『そうよそうよ!』
アナベルを池に突き落とし、彼女達は嘲笑う。
『ふふふっ、酷い様ね!』
『平民は汚い池がお似合いよ!』
「聞いているのか? ローズ・ネーション。」
「っ!」
「アナベルに謝れと言っているんだよ。」
「ですから、私は謝る理由が無いと言っているのです。」
「だから――」
その時、酷く冷たい声が間に割って入る。
「レン? 私のローズに何をしているんだい?」
アシュガ様だ。
知らぬ間に入っていた肩の力がふっと抜けた。
「アシュガ、何故ここに――」
「アシュガさまぁっ!」
レン様が何か言いかけた時、レン様の背から銀髪にオパール・アイの少女……ヒロイン、アナベルが飛び出してきた。
「違います、アシュガさま! そこのローズ様が指示をして、私が虐められたんです!レン様を責めないで下さい、ただ罪を償ってもらおうと――」
「そうだよ、その女が全て悪いんだ、アシュガ」
レン様が私を指差す。
「その女? 私の婚約者を、その女呼ばわりするのか?」
更に冷気が増した声で言うアシュガ様。
公爵家の嫡男であるレン様は、そもそも王太子のアシュガ様に逆らうことはできないが、それを除いても今のアシュガ様に逆らうのは無理だろう。
「なんの言いがかりを付けているのか知らないが、これ以上私のローズにおかしなことを言うな」
そう言って私の肩を抱いて出口に歩き出そうとした時、焦ったようなレン様の声が後ろから飛んでくる。
「で、でも、アナベルを虐めたそいつが悪いだろう!?」
その瞬間、アシュガ様は振り返って、そのアメシストの目に冷たく、静かな魔力を乗せてレン様を睨みつけた。
「レン、これ以上馬鹿げた事は言わないでくれるかな。」
レン様は、その若葉の瞳に明らかな怯えを浮かべて、アナベルと共に立ち去った。
アシュガ様が助けてくれるなんて展開、ゲームにはなかったと断言してもいい。
この世界の運命はちゃんと変わっている……?
「ローズ」
そう言ってアシュガ様はぎゅっと私を抱きしめた。
暖かい。アシュガ様の体温も、冷えていた心も。
「ごめんね、私が一人にしたばかりに怖い思いをさせて……」
その時、初めて自分が震えていたことを自覚する。
「いえ、大丈夫、です」
「大丈夫じゃないでしょう? 震えている。可哀想に……」
ほんのちょっとだけ、甘えてもいいだろうか。
そんな気持ちで、私はしばらくの間黙ってアシュガ様の体温を感じていた。
評価、感想、ブックマークありがとうございます!
大変な時期ですが、この小説がほんの少しでもみなさんの心の癒やしになればと思います。