第11話 <目の死んだご令嬢その1>
先に部屋へ帰るか、それともここでアシュガ様を待つかでかなり迷ったが、私は廊下で待つことにした。
今はリコラス等護衛もいないし、学園内であろうと一人にならないようアシュガ様に言われている。一人になって迷惑を掛けるよりは、いつになるかわからなくてもここで待っている方がずっと良い。
もし何かあっても、ここで叫べばアシュガ様に聞こえるだろう。
そう判断してから、シーンと静まり返った廊下で待つこと暫く。多分、まだほんの少ししか経っていないだろうが、一人で何もしないで待っていると長く感じる。
こういう時間は、色々な事が頭を過って物思いに耽っては、またすぐにふわりと別の事が頭を過っていくものだ。
例えば、あの目の死んだご令嬢達。
確か、それなりに高貴な人達だ。夜会やお茶会で見かけた記憶がある。
そんな人が、何故リスクを冒してまで、しかもあんな人目の多い場所で私を襲う?
こんなイベント、フラワー・キスにあったかしら……?
ダメだ、曖昧な記憶に頼るよりもっと真正面から推理した方が良い。ここは紛れもなく現実の世界なのだから、全てがゲーム通りというわけではない。
その筆頭が、私……に、なろうとしているのだから。
あそこで私を襲うのは、あまりにもおかしい気がする。確かに、放課後の方が警備は厳しいかもしれない。授業中に襲えば、少なくとも手練れに止められる事はないが……
その時、ぐらりと体が後ろに傾いて、お腹がスッと持ち上がるような感覚――ジェットコースターに乗っている時のような――が襲ってくる。
――え、落ちてる?
「うぁっ!?」
「っ、ローズ!?」
次の瞬間、アシュガ様の腕の中にいた。
どうやら気が付かない内に、うっかり生徒会室のドアにもたれ掛かって考え事をしていたらしい。
は、恥ずかしい!!
素早く体勢を立て直してアシュガ様の腕から抜け出す。
「ご……ごめんなさい、アシュガ様、その、このような姿を」
「いや、ローズが怪我しなくてよかったよ」
ほっとしたような笑みを湛えてアシュガ様は言う。
「さ、ローズ、行こうか」
さり気なく腰に手を回され、寮まで向かった。
「そういえば、今日はローズの部屋へ行っていいんだよね」
「あ、そうでしたね」
昼食の時にアシュガ様を蔑ろにして、怒ったアシュガ様がそんなことを言ってた気がする。
「このまま行ってもいいかい?」
「勿論です」
今日は何のクッキーがあったか。
紅茶は何にしよう?私が淹れようかな?
そんな何気ない日常の、幸せな事を考える。
今日は考えてばかりだなぁ……
「ローズ、何考えてるの?随分楽しそうだけど」
「ふふっ、今日は何のクッキーをお出しして、何の紅茶を淹れようかしらと考えていたのです」
「そっか、楽しみにしているよ」
幸せだ。
こんな日常が続けばいいのに、と思ったその時だった。
「うふふふっ……ローズ様、お久しゅうございますわ……」
「っ……お前は。牢から抜け出して何故こんな所にいる」
……え?牢から抜け出したの?
初耳すぎる。
目の前にいるのは、目の死んだご令嬢その1だ。私に火の槍を仕掛けてきたご本人。
「ねぇ、ねぇ、ローズ様、私の為に死んで下さらない?」
にっこりと、それはそれは歪な笑みを浮かべて言うご令嬢。
私はチラリとアシュガ様を見てから、挑発するように言った。
「嫌ですわ。そもそも、何故私が貴女ごときの為に命を失わなくてはならないの?理由を聞かせて下さる?」
「っ……勿論、私こそがアシュガ王太子殿下に相応しいからですわ。貴女が死ねば、アシュガ殿下は私を見るようになるのです。それに、元々アシュガ殿下は貴女の事なんて嫌っているのですわ」
夢見るように言う令嬢。私は、少しだけ考え込んでから、ゆっくりと言う。
「あら。私が死ねばアシュガ様が貴女を好きになると、そう言いたいの?……まさか。アシュガ様は、貴女のような低俗な犯罪者を視界に入れることはありませんわ。」
ここまで煽ると、流石にこめかみに青筋を立てるご令嬢その1。
ふふっ……ホンモノの悪役令嬢をなめないでちょうだ――って、ダメだ。悪役令嬢になっちゃダメなんだった。
「うるさい!!とにかく私の為に死になさいよっ!火よ、我が意に――」
その時、アシュガ様はずっと伏せていた顔を漸く上げて、一言呟いた。
「――転移」
令嬢が王家の色の光を纏い、そこには元々何もなかったかのように地面だけがある。
「あぁ、疲れた。ローズが無事で、本当によかった……!ギリギリ間に合わないかと思って肝を冷やしたよ。ごめんね。」
先ほどチラリとアシュガ様を見たとき、アシュガ様はただ一言『時間を稼いで』と口パクで言った。
だからローズはアシュガ様から目を離させ、かつ時間を稼ぐ方法として挑発することを選んだ。
……もちろん、腹が立ったからというのもある。
「それにしても、あの魔法は……あんな魔法、見たことがありません。」
そう、ファンタジーな世界だというのに、ここには転移魔法のような瞬間移動でる魔法が存在しないハズなのだ。少なくとも、今世で見たことはない。
多分、それがあると馬車でのデートが出来ない等の問題が出てくるから、ゲームでは出てこなかったのだろう。
デートが瞬間移動じゃ、味気ないもんね。
「あれはね、王家に伝わる魔法なんだ。だから魔力の色は王家の色だっただろう?詠唱に時間がかかるから、詠唱している間に攻撃されると弱かったんだ。」
確かに、アシュガ様は魔法の詠唱としては長すぎるくらい顔を伏せていたし、アシュガ様の魔力の色は紫にも関わらずさっきは深い青色だった。
「まぁ、今使えるのは私だけなんだけどね。」
……え?
そりゃ、見たことないわけだ。だって、一人しか使えないんだもん。
「昔は、歴代の王みんな使えたみたいなんだけどね。今はあの魔法を使えるだけの魔力量がない王が殆どらしくて」
なるほど、乙女ゲー攻略対象あるあるのチート魔力のおかげで使えたというわけか……。
「そうなのですね」
「うん。でももう疲れたよ。ローズ、癒して?」
蕩ける笑みでそんなこと言われてしまう。
つくづく思う、アシュガ様はずるい。
☆.。.:*・゜*:.。..。.:+・゜:.。.:*・゜+
「ようこそ、アシュガ殿下。」
「お邪魔するよ」
約束通り私の部屋にきたアシュガ様。
ソファに座るや否や、アシュガ様は私を腕の中に囲い込んだ。
「んー……ローズ、可愛い。」
「なっ、突然言わないで下さい!?」
何回も何回も言われている。
……でも、照れる!!
「ふぅ……ちょっと癒された。それじゃ、本題に入ろうか」
本題?
さっきの令嬢の話だろうか?
「ローズをやたら狙ってる奴だけど、もう目星は付いた。だから、この状態がずっと続くんじゃないかとかそういった心配はいらないよ。ただ、大元を捕まえるまでは、もう暫くこのままでいてほしい。」
少し困ったように目尻を下げて笑いながら告げるアシュガ様。
私はふ、と息をつく。
「よかったです。ですがアシュガ様、無理はしないで下さいね?」
学園生活に生徒会が足され、ますます忙しくなっているというのに、更に私の事件まで考えているなんて、このままじゃアシュガ様が倒れるんじゃないか。
「ローズが癒して。」
ニヤリと笑うその美しい顔。
……そんな表情をしても美しいのだから憎たらしい。
でも、愛おしい。
「わ、私ができる範囲でなら。」
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小ネタというか本編で語られていないのですが、昔の国王はあの指輪があったから転移魔法が使えたんですよね。
アシュガ君、まさかの指輪超えでした。
てことはヒロインちゃんもローズちゃんも指輪超え……!?
あの三人、思ってたより凄かった。