第8話 <不穏>
肩で息をするリコラス、その近くで白目を剥いている男、部屋の真ん中で抱き合うローズとアシュガ。
カオスである。
「あー……ローズ嬢、ご無事で?」
「この状況を見られていることに対して全く無事ではありませんわ!!」
「どうして?私はずっとこのままでも……」
とんでもないことを言いだす婚約者を無視して、とりあえずここから出たい。
「あーはいはいアシュガ、いいから出るぞー。こいつ騎士団まで引っ張っていかないと」
「……わかった」
「ローズ嬢は誰かに邸まで送ってもらおうか」
「俺が送るから。リコラス、こいつを騎士団まで頼む」
「お前だけ楽するなぁ……」
「……お前、俺をなんだと思っているんだ?俺、王太子……」
「あーもーわかったからいけ」
しっし、という音が聞こえてきそうだ。
……バカップルに人権は無い、とでも言いたげな顔。
……バカップルじゃないもん。
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馬車に揺られている最中、ローズは俺にずっとくっついていた。
小動物みたいで、可愛い。
肩に頭を預けている状況を申し訳なく思ったのか、ローズは言った。
「アシュガ、様、ごめんなさい。でも、もうちょっとだけ……」
なんだか泣きそうな声だった。
怖かっただろうに、謝ることなんかせずに、俺に黙って甘えてくれればいいのに。
何も言わずに頭をなでなでする。
ローズの髪の柔らかい感触にずっと触れていたくて、そのまましばらくなでなでしていたのだが、気が付いたらローズは眠ってしまっていた。
「むにゃ……アシュガ様ぁ……」
……ローズ、君は俺を殺す気かな……?
抱き締めたくなる衝動を必死で抑えて、ローズを撫でるだけに留めているのだが。
……ローズはすり寄ってくる。
俺の忍耐を試しているのか……?
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アシュガ様になでなでされている内に、私は寝てしまっていたらしい。
完全に覚醒した時には、私達は学園の、ヴィリディの学生寮のホールにいた。
すると突然、アシュガ様が抱きついてくる。
「あ、アシュガ様……!?」
「……ローズ、可愛い。もう、誰にも渡さない。」
運良くホールには誰にもいないが、
「ローズ様、お帰りなさいませ。」
「り、リリー!? アシュガ様、離してくださいませ!!」
前言撤回、リリーがいました!
「アシュガ殿下、学生の内は節度あるお付き合いを、とネーション公爵家からの伝言でございます。」
「はは、勿論だよ。君のご主人は大切にさせてもらう」
「ふふ、ありがとうございます。」
ははは、ふふふ、と意味深な笑い方のお二人。
一見なんでもない普通の会話の裏で行われているであろう壮絶な睨み合いに、ローズは身震いをした。
「……で、アシュガ様、いつ離してくれるんですか?」
「抱き締めるくらいならいいだろう?」
にやり、と笑うアシュガ様。
はうっ!そのなんだか腹黒そうな笑い方がドストライク……って違う!!
「っ、だ、だめです!人前ですよっ!」
「チッ……」
「なんで舌打ち!?」
「仲が良さそうで安心致しましたが、ローズ様はお疲れでございますので、そろそろおやめになって下さいませ。」
絶対零度の声。
いや絶対、安心致してない。
「そうだね、ローズ、また明日。色々あったけど楽しかったよ」
「わ、私もです。本当に色々ありましたけどね……」
そうして、ローズの長い長い一日は幕を閉じたのだった。
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ローズの誘拐については、極秘扱いになったらしい。
誘拐の実行犯は、自白しようとした瞬間に何らかの呪いによって息絶えたとか。
それを聞いた時には、本当にびっくりした。
「国でもその呪い、解けなかったんですか……?」
「いや、解けなかったというよりは気付かなかったんだ。存在自体が巧妙に隠されていたというか……そもそも、あれは本当にただの呪いだったのか……」
「なるほど……」
一連の出来事は、なんだかあのイベントに似ている気がする。
悪役令嬢の誘拐イベントだ。
自作自演、というオチだったのだが、悪役令嬢が誘拐されてヒロインのせいにするという幼稚なイベント。
このイベント、かなり証拠が雑に造られていたため、ヒロインが犯人では無いことなど明白だった。だが今回はそんな証拠は出てきていない。
まぁ、当たり前だ。私の自作自演ではないのだから。
「ローズ?着いたよ?」
「……っあぁ、ちょっと考え事をしてました」
「あんまり難しい事は考えなくていいよ、そういうのは私達の仕事だからね」
「アシュガ様も無理しないで下さいね?」
そして、今日もいつもと変わらぬ日常が始まる……はずだった。
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「――であるから、とりあえずやってみろ。」
ラベンダー先生の授業は、かなり雑な説明の後に実践をさせるという形式だ。できた者から報告して授業は終了。
ローズ、アシュガ、アナベルを含む少数の生徒は毎回成功するが、その他はまちまち。
今回は『属性の槍を創る』というお題で、アザミも苦戦していた。
「アザミ様、これは水をまず棒の形にするのですわ。それから、先端を尖らせて……」
一発で光と風の槍を創造したローズは、他の生徒に教えてまわっていた。
「っ、こうかしら?」
「そうそう!上手ですわ、アザミ様。」
先端がまだ丸く、攻撃力はあまり高くなさそうな水の槍を前に、アザミは顔を歪ませている。
「はぁっ……。実戦では、これを動かして相手に攻撃しないといけないのですね……。」
あっという間に霧散する水の槍。
「そうですわね。でも、アザミ様は攻撃よりも防御や回復が得意でしょう?それぞれ得意分野があるのですから、落ち込まなくていいのではないでしょうか?」
「はぁ……でも、水の回復魔法はそれほど強力じゃないじゃないですか……?」
「それでも回復魔法の使い手は少ないのですから、重宝されますわよ」
「……たしかに、そうですね。頑張ります!」
「えぇ!」
2年生になると、森や魔術大会での実戦が出てくる。
それに向けて、ヴィリディでは実戦で使える魔法の練習が活発だ。
「ローズ様、ローズ様。私達にも教えて下さいませ」
目が死んでいる令嬢達。
ほんの少し違和感を覚える。
「え、えぇ。いいわよ。」
「ありがとうございます、さすがローズ様ですわ」
これだけでさすがなの……?
というか、物凄い棒読みね……
「そう、そんな感じですわ。」
「ローズ様のおかげでできました」
「私もですわ」
「ありがとうございます」
ここまで褒め称えられると、何か裏でもあるんじゃないかと思ってしまう。
その瞬間、火でできた槍がくるりと方向転換し、私に向かってきた。
「っ!?」
これは、私を攻撃しようとしている。
「ローズっ!?」
アシュガ様の声。
あぁ、気付いてくれたんだ。でも、多分間に合わない。体が動かないな……
熱い火が目の前に迫ったその時、切羽詰まったような叫び声が聞こえてきた。
「あぁっ! 水盾魔法ッ!」
ジュッという音と共に、熱さが感じられなくなった。
結界が、私の前に現れていたからだ。
「ローズ様……よかった……」
「アザミ様? 助けてくれたのですか、ありがとうございます!」
その時、後ろからタックル……ではなく、抱擁を食らった。
「うえっ」
「ローズ、ローズ……びっくりした」
蛙が潰れたみたいな声が出てしまった。
抱擁の犯人は、アシュガ様だ。
目の前を見ると、目が死んだ令嬢ズはいつの間にか水の縄で縛られていた。
「ローズ様、捕獲しておきましたよ!」
「し、仕事が速いのですね……」
驚くほどの仕事の速さ。
「とりあえずラベンダー先生に報告しないと。行ってきま」
「ダメだよ。ローズは暫く私の隣に居てくれ」
うぅっ、そんなことをアザミの前で!
「……あ、あの、私が行ってまいります」
空気をしっかり読んだアザミ。
「あぁ、頼んだ。感謝するよ」
そしてアシュガ様は、くるりと私のほうに向き直った。
「ローズ、話がある。私の部屋へ一緒に来てくれ」
「わかりました」
話というのは、この事件に関連があるのだろうか?
このタイミングで言うのだから、さすがにそうだろうとは思うのだけれど。
「なんで、サポートキャラが悪役令嬢を助けてるのよ……?」
目を丸くして棒立ちになっている少女を見ている者は、誰もいなかった。
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