第2話 <木っ端微塵>
貴族社会において、人脈とはとても大事なものである。
様々な思惑により、身分の高い者とは仲良くしたい者が多い。
……つまりこの国の筆頭公爵の令嬢、しかも将来王太子妃、そして王妃になるローズには、人が山のようだ!と言いたくなるほど人が集まっていたわけで。
「……アシュガ様、予想はしていましたが、ここまで毎日追いかけ回されるとは思っていませんでしたわ……。」
「あはは……私は慣れているからなんとも思わないけれど、やっぱり辛いよね。けれど、ローズとの時間を奪う奴にはちょっと消えてもらいたいな」
にこりと腹黒い笑みを浮かべてとんでもないことを言うアシュガ様。
いや、やりかねない……そしてできる権力があるから怖いんだこの人は。
「い、いえ、アシュガ様との時間はちゃんと……」
「うん、わかってるよ。でないともっとずっと甘やかして、ローズが嫌という程」
「おいアシュガ、まじでローズ嬢に嫌われるぞ」
「……嫌われたらローズが死ぬまで塔から出られないようにして、」
「おいだからやめろ。」
アシュガ様、ヤンデレ加速してる気がします。
「つーか授業あんだろ、はやくいかないと間に合わないぞ」
「……そうだね、ローズ、行こうか。」
「はい。リコラス、また後で」
「リコラスには話しかけなくていい」
「おい!?」
そして、私達は、この日最後の授業へ向かった。
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「おい、お前ら。ヴィリディってことは魔力量は多いんだろ。だがな、魔法とは魔力量が全てじゃねぇ。それに、教科書を読んでできるもんでもねぇ。途方もない努力と、少しの才能が全てだ。わかったな?」
なかなかに男らしい口調で演説をするのは、入学試験の時のラベンダー・ダリア先生。
私達の担任で、魔法全般の先生らしい。
「おい、返事はきっちりしろ!」
一喝。
「「「は、はい!」」」
クラス中が慌てて返事をした。
「例えば……風よ。」
スッと手を前に出したラベンダー先生。
その時、全員分の教科書がふわりと持ち上がる。
そして、ラベンダー先生はニヤリと笑う。
「っ……!」
その途端、ローズの頭の中には何故か、彼女が魔法によって行おうとしていることが浮かんでくる。
……先生は、全員の教科書を木っ端微塵にしようとしている。
何故そんなことをしようとしているのか、どうして先生の思考が……魔力の意味がわかるのか、そんなことはローズの頭から抜け落ちていた。
ただ、日本に居たローズは、
(教科書を木っ端微塵なんてとても許される事じゃない!)
という思いから、反射的に魔法を使っていた。
「ダメっっ!!」
風に対抗するには風で。
風の魔力を集め、教科書に対する主導権を奪い取るようなイメージで。
……ただし、一番端の教科書だけは間に合わなかった。
ラベンダー先生は、指をパチリと鳴らした。
刹那、教科書の破片が舞う。
「は……不発?ひとつしかできてねぇし……」
しかも、その端の教科書は、運の悪いことにヒロインのものだった。
ぶつぶつと何故だ……と呟くラベンダー先生は自分の世界に入ってしまっている。
こうなっては、まるでローズがヒロインの教科書を破壊したように見える。
――しまった。
これは教科書を破るいじめイベントと同じ効果を発揮するんじゃ……!?
「ロ、ローズ……?なんで……」
アシュガ様も困惑したような声を出している。
――アシュガ様に、疑われている?
「違っ……」
頭が、真っ白になる。
違う。ただ、私は。
「私の……教科書、なんで……こんなっ……酷いですっ!!謝って下さい!」
今にも泣きそうな声が、教室の端から聞こえた。
「……違……」
そう言いかけた時、
「あの子、ローズ様に怒鳴るなんて……」
「きっとあの子が悪いのよ……」
「ローズ様は悪くないんだわ……」
そんな声が教室中から聞こえてきた。
しかし、黙っている者はこう思っているのだろう。
『力のない人を虐めて、権力でもみ消す傲慢な貴族』
と。
でも、『教科書を先生が木っ端微塵にしようとしていたので』なんて言って、誰が信じるのか。
私は、どうしたら……
「……うるさい。全員帰れ」
思考の世界から、この喧騒で強制送還されてきたらしいラベンダー先生が言った。
途端に教室は静かになる。
「二度言わせるな。帰れ。」
……どうやら本気で思考の邪魔らしい。
帰っていいなら、帰りたい。
そうして、気が付いたらふらふらと教室の外へ出て行っていた。
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心を落ち着けるには庭が最適だ……と思って、教室を出たその足で中庭へ向かったのだが、残念なことにまた令嬢達に見つかってしまったらしい。
「ローズ様、あんな娘に謝る必要なんてないと思いますわ」
「身の程を弁えればよろしいのにね」
「あんな娘がローズ様に話しかけるなんて!」
思ってもないことをいけしゃあしゃあと。
本当にうんざりだ。
「皆様、私は一人になりたいのです。少し離れて下さる?」
「し、失礼いたしましたわ。」
そう言って、集まっていた令嬢達はそそくさと離れていった。
「はぁ……」
たくさんの植物が辺りにある中庭は、噴水の音以外は静かだった。
邸や王宮の庭を彷彿とさせる。
こういう場所では、今自分が悩んでいる事が次々と浮かんでくる。
じっくりと悩みについて一人で考える時間はローズにとって大事な時間だった。
思い浮かぶのは、ゲームのこと、ヒロインのこと、失われた国宝、あの指輪のこと。
もしもあの指輪をヒロインが持っているなら、アシュガ様を攻略されてしまう確率が桁違いに跳ね上がる。
それに、イベントだ。
どれだけ気を付けていても、起こってしまうのだろうか?
イベントが起こる度、ローズへの信頼は地に落ちていくだろう。それと反比例して、ヒロインへの好感度は上がっていくのだ。
そして、最後には――
そこまで考えて、ローズは嫌な考えを追い払うように、ふるりと頭を振った。
「弱気になってどうするの。運命なんかに負けないわ。」
気合いを入れるために、ローズは呟いた。
「ローズ!」
ハッと振り返ると、アシュガ様が居た。
「ローズ、どうしたんだい?」
何に対して、だろうか。
「……どれの話ですか?」
「全てだよ。ローズ、何故君はそんなに怯えているの?」
怯えている?
「君は、あの日からずっとだ。何かに怯えている。だから私と婚約しなかったし、デビュタントの時は走り去った。街へ出ていた時もだ、ローズ、君を不安にさせるのは何?」
確信を持った言い方だった。
でも、言うことはできない。頭がおかしいと思われて終わりだろう。
だからローズは、無意識の内に左手の指を髪に巻き付けて言う。
「私は不安になったりしていませんよ。ただ、今日は少し動揺してしまって……迷惑を掛けてごめんなさい。」
アシュガの目が左手を追っているのに、ローズは気付かない。
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