9-8 魔都ヘルン2
魔都ヘルンは魔人族の国であり、魔人族を統べているのが魔王である。魔王は魔人族の中で強大な力と知力を持っている。だが、それは魔王の話であって、魔人族でも力や知力は個人差がある。
まさに顕著に表れているのがイレナ達三人の前で行われている殴り合いだった。イレナ達の前にいる魔人族は雪国である筈なのに裸となり、瓶や斧、剣を投げ合っていた。
「そこの魔人族……あいつらは何をしているんだ?」
「あれか?あいつらが言うには雪合戦で誰でも参加は許されているらしいが……あんな馬鹿なことに参加するほど他は馬鹿じゃねえよ」
「そ、そうか……ところで聞きたいが、ここら辺に泊まれる施設は無いか?旅をしていてついさっき魔都ヘルンに着いたんだが、宿が一切見えなくてね」
「やっぱり!見たことのない魔人族かと思っていたら、竜人族だったのか!遠くまでよく来たなって言いたいところだが残念だったな。宿はほんの一週間前に潰れて残ってねぇよ」
魔都ヘルンに着いた三人は宿を探していたが、宿がどこにも見当たらない。そもそも魔都ヘルンは雪国であり、周辺には強力な魔物は多く生息している。そんな危険な街道や山を通り抜け、魔都ヘルンに行こうとする物好きは限られている。
そんなこともあってか、魔都ヘルンには泊まれる施設が無いに等しい。
雪合戦という名の危険な戦いをしていた魔人族から離れ、再び宿を探し始める。
そして、遂に太陽が沈み、夜が訪れた。ヘルンにいるからと言って寒さは改善されない。太陽が完全に沈んでから命の危険を感じるほどに気温が下がっていった。
「イレナさん……とりあえず何かしらの建物の中に入りませんか?私はご飯が食べれるところが良いと思います」
「私もそう思う……最悪イレナの龍の火で温まれば良いけど流石に大問題になるよね?」
「アナンシの言う通りです。この際どこでも良いのでお店の中に入ってお願いすれば一晩は泊めてくれると思いますよ?」
「確かに……リラとアナンシの言う通りね。あ!あそこはまだ明るいからあそこに入ってみましょう!」
イレナ達はまだ明かりのついている建物に入る。運良く店だったが、誰もいない。良く見ると床には埃が積もり、ネズミが徘徊していた。
イレナ達は嫌な予感をしつつも、足を進めると、店の奥のほうから慌ただしい足音が聞こえてくる。店の奥から出てきた魔人は絵本に書いてあるような魔女の帽子を被っていた。
「い、いらっしゃいませ!魔術本のお買い求めですか?それならこちらがおすすめです!」
店の奥から出てきた魔人は一冊の本を握りしめながら、イレナ達に押し売ろうとする。だが、手入れされていない店内を駆けていた魔人は何かに躓き、盛大に頭から転んだ。
「う、うへぇ……また失敗しちゃった……やっぱり私は無能なんだ……う、うぅ……」
勝手に押し売り、勝手に転んだ魔人は急に泣き出した。さすがの急展開に三人はどう接すれば良いのか分からなかった。だが、アナンシが進んで前に出て、転んだ魔人に手を差し出す。
「どうしたの?話聞くよ?」
「本当でずか……それじゃあ……」
魔人はアナンシに促され、今まで貯めていた不満や怒りを初対面であるイレナ達に放った。
魔女の帽子を被った魔人族の少女の名はミアーチと呼び、吸血鬼だ。吸血鬼は魔人国ヘルン建国に力を貸した古き魔人族であり、力も強大だ。だが、ミアーチは吸血鬼が使えるはずの血液魔法が使えない。その結果、家族から縁を切られ、今は細々と魔術本の販売で生計を立てている。
だが、魔人国ヘルンの首都である魔都ヘルンでは魔術本を買わなくとも国立図書館に行けば誰でも魔術本を読むことが出来る。つまり、収入はほぼ無いと言える。
「今日も……というかここ2週間以上お客さんが来なくて……お金ももう無いんですよ!ですからお願いします!魔術本を買ってください!そうすれば一週間は持ちます!」
「ま、待って!生活が困窮してるのは分かったけど……その魔術本は……」
イレナはミアーチが持っている魔術本の題名を見る。その題名とは『誰でも使える初級炎魔法~入門編~』だった。だが、この本は市場価値的にはゴミに等しい。
「そうですよね……こんな魔術本は価値無いですもんね……ハハハ……死のうかな……」
「待て待て待って!一晩泊めてくれるならお金を払うわ!前払いで!」
背を向けて店の奥に戻ろうとするミアーチにイレナは泊めてくれるよう懇願する。すると、”お金”と”前払い”という言葉に反応したのか、振り返り、先ほどの涙が嘘のような満面の笑みを浮かべた。
「本当ですか!?お金を払ってくれるなら何日でも泊っていって下さい!今すぐに三人分の布団を用意しますね!部屋は一緒になりますが我慢してください!」
ミアーチはイレナ達を自身の部屋に案内する。歩くたびに軋む廊下を進んだ先にミアーチの部屋があった。扉はボロボロで隙間からリラは一瞬だけ汚い部屋が見えたが、見間違えだと考えた。
だが、それは見間違えではなく本当だった。ミアーチの部屋は大量の本と瓶で埋め尽くされ、足の踏み場がなかった。
「す、すみません!今すぐ片付けますのでドアの前で待っててください!」
ミアーチはイレナ達を扉の前に残し、部屋の片付けを始める。かなり急いで部屋の掃除をしているのか、瓶が割れる音やミアーチの情けない声が聞こえてくる。
しばらくすると、息を切らしたミアーチが扉を開け、イレナ達を部屋へと案内する。さっきまでのゴミ部屋は嘘のように綺麗になっており、床には布団が綺麗に三つ並べられていた。
「それではお先に料金のほうを……」
「もちろん!このぐらいでいいか?」
イレナは普段宿で泊まるのと同じ感覚で銀貨2枚渡す。
「こ、こんなに!?皆さんはもしかして貴族かなんかですか!?」
「え?違うよ、私たちは世界中を冒険している物好きなだけよ。それにこれは相場の価格だからそんなに驚かない」
「わ、分かりました……それでは私は廊下で寝ますね」
ミアーチの予想外の言葉にイレナ達は驚き、なんとか引き留めようとする。
「廊下で寝たら風邪ひくから!ミアーチはいつも通りベットの上で寝なさい!」
外に出ようとするミアーチを引き留め、ベットの上に寝かせる。
「皆さん優しいのですね……明日からは金持ち生活……うへへ」
ベットに横になった瞬間、ミアーチはすぐに眠りに入った。
何とか夜を過ごせそうな場所を探すことに成功した三人は魔都ヘルンでどう動くか相談し始めた。
「それでどうしますか?吸血鬼は見つけましたが、協力してくれる方ではないですよね?」
「どう考えてもそうね……アルクと知り合いって話だったらきっとその吸血鬼も戦闘好きよ」
「とりあえずもう寝よう。新しい場所で疲れてるから……じゃないと明日から動けないよ」
アナンシの言葉は正しい。ただでさえ新しい土地と慣れない気候で体力が減りやすい環境にある。
イレナ達はアナンシの言葉に素直に従い、布団に横たわり、目を閉じる。すると、アナンシの言う通り、イレナ達はすぐに眠りに入った。




