9ー7 魔都ヘルン1
もう何回死んだか思い出せない。
レイリンとの修行が始まってからはアルクはずっと死んでいる。だが、死ぬたびにレイリンの精霊魔法で強制的に生き返され、強制的に殺し合いが再開する。
死に方も体験できるものは全て体験できた。体中を切り刻まれ、内臓を殴りつぶされ、剣術で死すら認識できないこともあった。常人が耐えきれない技をアルクは一身で受け止め、多くの死を経験した。
だが、それでもレイリンの修行は終わらない。終わる方法はただ一つ。それはレイリンを一度殺し、精霊魔法を強制的に解除させることだ。
死から目を覚ましたアルクは再び立ち上がり、レイリンと向き合う。すでにアルクの血で白い髪と髭は赤く染まっていた。
「休憩は終わりか?ならさっさと刀を構えろ!お前の心が死ぬまで何度も何度も殺してやろう!」
レイリンはそう言うと剣を縦に振る。その瞬間、アルクの視界は半分に割れる。いや、アルクの体が縦に両断されたのだ。
アルクは薄れく意識がレイリンが発した言葉をはっきりと聞いた。
「お前は考えすぎだ。余計は考えは捨てて目の前のことだけを考えろ。そうすれば少しはまともに戦えるようになる」
レイリンの言葉をアルクは理解できずに、見慣れた暗黒の空間へと意識が移る。暗黒の空間にはアレスとカグツチが立っていた。
「今回はどこまで行ったんだ?」
「無理無理。今回は目が合った瞬間に縦に両断されて死んだよ」
「そりゃあまた嫌な死に方をしたな……それで?何か思いついたか?」
「何にも思いつかない……でも考えすぎだって言ってたな」
レイリンとの修行が始まり、何度も死ぬことで何度も何度も暗黒の空間に訪れることになった。その過程でアレスとの対話が続き、今はこうしてレイリンの対策を相談し合うほどになっていた。
「余計なこと?それは先生にも言われたことがある。『お前は敵との戦いで雑念が多すぎる!敵を前にして余計な雑念は死を意味する!』って」
「先生?それって闇の王国時代のころの話か?」
「そうだ。そんでもって雑念とか余計な考えを全部捨てて、相手のことだけ考えると集中出来るようになったんだ」
「集中か……カグツチはどう思うんだ?」
「そんな難しい話は知らん!ただ一つ言えることは己の直感を信じろ!」
「適当だな……お?そろそろ戻るころだ。それじゃあアレスの助言通りに雑念とか無駄は考えは捨ててみるよ」
「そうしろ!それじゃあ幸運を祈る!」
レイリンの精霊魔法により強制的に生き返されるとき、暗黒の空間に必ず亀裂が走る。そのおかげで戦う覚悟が毎回できる。だが、今回だけは覚悟などせずに、ただレイリンを切ることだけに集中してみることにした。
今までのアルクはレイリンの手足、目線から予測を立てて行動しようとしていた。だが、今回は無駄な考えを捨てて、自身の直感だけを頼りに戦うことにした。
レイリンを相手に初めて無駄な考えを取り払うと、そこら中から寒い感覚が迫りくるのを感じた。だが、一箇所だけ僅かに暖かいところだけあった。
アルクは本能的に暖かい場所に移動すると、先程までいた所に無数の斬撃が襲い掛かった。
生き残ったと思ったも束の間、アルクの視界は4つに割れ、再び暗黒の空間へと戻される。
「お前よ〜一度だけ避けれたからって油断するか普通?」
「仕方ないだろ!あのジジイと修行が始まってからはずっと何もできずに殺されてるんだ!避けれたら油断ぐらいするだろ!」
「そうかよ。それで?何かつかめたか?」
「もう少しだ。もう少しで何かがつかめる気がする」
「マジか!?だったらお前は天才だぞ!」
「もし俺が天才だったら力不足で悩んでねぇよ。それじゃあもう少し試したいから早めに戻るわ」
意識が強制的に戻され、アルクは血に染まった花畑へと戻される。目の前には無制限に殺すことが出来て喜んでいるのか、口角が上がっているレイリンがいる。
「何か掴めたようじゃな……けどよ……使いこなせることが出来ないなら無意味なんだよ!」
レイリンは刀をアルクに向けて振る。今回も直感に任せ、刀を横に振る。すると、重い衝撃が刀からアルクの体に伝わり、吹き飛ばされる。
「防ぐだけではワシを殺すことは出来んぞ!」
「知ってるわそんなこと!黙って俺に切られろ!」
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光翼騎士団と同行を始めたイレナ達は魔物と戦っていた。ヘルン周辺は防衛や訓練のためと称して多くの魔物が徘徊し、それを使って魔人族は力を付けてきた。
光翼騎士団の協力もあってか、魔物を殺すのは比較的楽になっていた。それでも、ヘルン周辺に住まう魔物は強力であり、苦戦を強いられることは多かった。
イレナ達は順調に進んでいき、遂には魔都ヘルンの城壁と思わしき城壁が見えてきた。
荘厳と言うべきか、魔都ヘルンの城壁は黒い岩石で作られているのか、全て黒く、魔物の侵入を防ぐために壁には棘や返しなど様々な仕掛けが施されていた。
「お前たち!もうすぐで魔都ヘルンだ!このまま馬車を進めるからしっかりとついて来いよ!」
指揮官はそう言うと、馬車の速度を上げる。少しずつヘルンに近づくにつれて、魔物の数は減っていき、遂には遭遇することもなくなった。
もう少しでヘルンに着くと思ったその時、ヘルンの上空から翼の生えた魔人が降りてきた。
「止まれ!この国の魔人ではない者がなぜここに来た!理由をすぐに言え!少しでも変な動きをすれば千の魔法が貴様たちを灰にするだろう!」
鳥のような翼に鳥のような足を持つ魔人ハーピーはそう言う。光翼騎士団の団員たちも敵襲だと思ったのか、剣や槍を構え始める。
「待たんか馬鹿者め!バルト王国から客人が来ると将軍様に言われていただろ!奴らの旗を見るだけで分らんか!」
ハーピーの魔人に髭を生やしたもう一人のハーピーが頭を殴る。
「きゃ、客人ですか!?あの旗は……本当だ……失礼しました!私の確認不足で不快な思いをさせて申し訳ありません!」
「部下の失敗は私の責任でもあります。どうかお許しください」
若いハーピーはそう言うと、光翼騎士団に頭を下げる。
「こちらも不用心過ぎた。改めて我らはバルト王国の光翼騎士団だ」
指揮官はそう言うと、手を指しお互いに握手をする。
「今後は余計な誤解を生まないように私たち二人がヘルンまでの道中を案内しよう。それじゃあついてきてくれ」
二人のハーピーの魔人の案内の元、光翼騎士団はヘルンへと向かっていく。ヘルンに近づくにつれて、魔人とすれ違う回数が多くなっていった。
「魔人族も獣人族と同じでいろんな種族が居るんですね」
リラは初めて見る魔人族に獣人族と姿を重ねる。ヘルンには魔物から魔人に進化した者しか入ることが許されない。逆を言えば、魔人に進化さえすればヘルンに入れるということだ。
「そうだ。魔人族は常に新しい種族が生まれている。最近だとコウモリの魔人が新たに生まれたんだ。ヴァンパイアとは全く違うコウモリの魔人だ」
魔人族の最大の特徴は常に新たな種族が生まれていると言うところだ。魔物の種類に比べ、魔人族の種類は比較的少ない。
だが、力が強大であるのと同時に、新たな種族が生まれて続けているのは脅威的と言える。
そうしている間に、光翼騎士団は門へと着いた。賓客を迎えるためか、多くの魔人族の兵士が待っていた。
「お待ちしておりました。我らが魔王がお待ちです。私達について来てください」
魔人族の兵士達は馬車を取り囲むように動き、魔王が住まう城へと案内する。
「お前達はここまでだな。お前達の戦いは見事なものだった!縁があればまた会えるだろう」
イレナ達はヘルンまでの同行と言う約束のもと、光翼騎士団と分かれた。
「それじゃあ私達は協力してくれるヴァンパイアを探すが……どうれば良いんだろう?」
「とりあえずヘルンを探索しましょう。じゃないとこんな寒い国で宿が無かったら酷い目に合いますよ」
リラの提案で、3人は宿を探すことにした。




