9ー5 白銀の世界
子供のように雪で遊んだリラとアナンシは疲れたのか、雪の上に寝転がっていた。
「初めて雪に触れましたがこんなに気分が上がるんですね……」
「私も驚いたわ。アルクと一緒に冒険した時以来の感覚よ」
リラとアナンシは雪の降らない地域で生まれ育った。そのせいもあってか、初めて触れる雪に興奮したのだろう。
雪の上で息を切らしながら寝転がっている2人とは正反対に、イレナは上空から魔都ヘルンへ向かう方向を考えていた。
アルクの転移魔法陣は確実に魔都ヘルン周囲の森に指定されていた。だが、街どころか、街道すら確認できないほどの場所にいた。
だが、僅かに遠くで魔力が蠢いているのを確認することができた。
イレナは地上に戻り、雪の上で寝転がっている2人にこれからの行動について説明をする。
「とまぁそんな感じだけど……雪であまり遊びすぎなちように!あと魔都ヘルン周辺の森には強力な魔物が住んでるって言われてるから警戒もちゃんとするように!」
イレナはリラとアナンシに命令する。初めはあたり一面雪景色で、魔物はすぐに見つけることが出来ると思っていた。だが、3人は雪山と過酷な環境で生き抜いた魔物の怖さを知らなかった。
それは遠くで魔力を確認することが出来た場所に向かい始めたころの出来事だ。転移魔方陣から離れ、歩き始めたころは魔物に出会わず、平和な道のりだった。だが、すぐに異変が訪れた。
何もないはずの雪原で突然雪が噴き出したり、抉られ始めた。明らかにこちらを狙っているかの事象に3人は身構える。
噴き出す雪と抉られる雪が3人に迫る。だが、見えない何かによって3人は吹き飛ばされる。イレナとアナンシは姿が見えない魔物に対して広範囲の攻撃を仕掛ける。だが、それらは意味がなく、再び見えない魔物に攻撃される。
「皆さん!敵は雪の中じゃなくて木です!あの白い鳥、やつが魔物です!」
リラの言葉に従い、指さされた木を見る。そこには今まで雪だと思っていたが、赤い目をした大量の白い鳥が止まっていた。
姿を見られたと悟ったのか、白い鳥は一斉に鳴きだし、上空へと羽ばたく。初めは逃げていると思っていたが、白い鳥の群れは上空で魔方陣のような形となり、白い姿から黒へと変色していく。
強大な魔法を放ってくると感じ取ったイレナは大量の白い鳥に向けて炎を吐き出す。
白い鳥の苦しむ鳴き声が周囲に響き、聞こえなくなったころには辺り一面に鳥だったものの残骸が広がっていた。
「はぁ……はぁ……危なかった……」
イレナは黒く焦げた鳥を掴み、よく観察する。一見すればどこにでも居そうな普通の鳥だが、瞳が魔石で作られていた。
「こいつら……マジックバードだ。急いでここから逃げるぞ!奴らは一匹見つければ百匹は居ると思ったほうがいい!既にここは奴らの縄張りだ!」
イレナの言葉は正しかった。遠くで大量の鳥が飛び立った音がしたと思えば、空を埋め尽くす程のホワイトバードの群れが現れた。
大量の群れにイレナは再び炎を吐こうとする。だが、今回はマジックバードが多く、全て焼き殺すことが出来なかった。
生き残ったマジックバードは空中で魔方陣を形成し、3人に強大な魔法を放とうとする。だが、アナンシはイレナを抱えて、何かに乗せる。
「これは……ソリか?」
イレナが乗ったのはアナンシの糸で作られた即席のソリだった。そして、ソリを引き始めたのはリラだった。
「リラ、走って!」
「了解!」
リラは勢いよく地面を蹴る。ソリを引いているのかと思うほどの速度でソリは進み、あっという間にマジックバードの魔方陣から抜け出すことが出来た。その瞬間、さっきまで3人が居た場所に巨大な氷柱が出現した。
もう少し抜け出すのが遅ければ、3人は氷柱に氷漬けされていただろう。
「危ない危ない……それにしてもあんなに小さい鳥があんな魔法を撃つなんて……イレナも龍なんだからあれぐらい撃てるようになったら?」
「無茶言わないでよ。私は兄や姉と比べるとまだまだ赤ん坊みたいなものだし、それに龍の炎を全力で吐くにはまだまだ喉が未熟なのよ」
イレナの姉と兄達は悠久の時の生きていた龍である。その過程で鱗は強固となり、体は自身の力に耐えれるように変化していった。だが、イレナは生れ落ちてから十数年と日が浅い。そのせいもあってか、イレナの体は龍本来の力に耐えられないのだ。
2人を乗せたソリの速度は更に上がる。このまま上手くいけば、どこかで魔族が住む集落に着くだろうと考えていた。
だが、その考えはすぐに消え去った。
ソリを引いていたリラは疲れたのか、次第に速度が下がり、最後には止まった。
「ごめんね。少しここで休憩しよう!火を起こすから待っててくれ!」
転移魔法陣で雪山に着き、マジックバードに狙われてからリラはずっと走っていた。むしろ、良くここまで持ってくれたと褒めたいぐらいだ。
リラのために休憩しようと、イレナは乾いた枝を集め、火をつける。
それでも風は冷たく、焚き火だけじゃ体は温まらない。
イレナはクラシスに教えてもらったことを思い出しながら、雪山での過ごし方を考える。そして、何かを閃いたのか、雪を集めたかと思えば、中に空洞を作る。
「雪山は夜になるのが早い。今日はもうここで朝になるまで耐えよう。確かこれは雪山で簡単に作れる小屋みたいなもので……確かかまくらと言うものだ」
イレナの言う通り、明るかった空は既に太陽は沈み始めていた。
3人はかまくらの中に入り、食事の準備を始める。初めは寒いと思っていた3人だったが、かまくらの中は意外と暖かいことに驚いていた。
「かまくらの周囲は糸で囲んであるから安心して。魔物とかさっきみたいなマジックバードが近付けば、糸で知らせてくれるよ」
「本当?それなら安心して眠れそうだね。明日は本格的にこの雪山を進むから体力を回復しておこう」
イレナの言葉に2人は頷き、すぐに眠りに入った。
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「旦那様!緊急の手紙です!差出人はアルクです!」
1人の魔族が息を切らしながら、扉を開く。扉の先には複数の魔族と戦闘訓練をしている吸血鬼が居た。
魔族は木刀や槍を使っているのに対して、吸血鬼は拳のみでやっていた。既に多くの魔族との訓練をしていたのか、吸血鬼の後ろには多くの魔族が倒れていた。
「アルクからの手紙か?手紙を送るぐらいなら直接会えばいいのに……それで?どんな内容だ?」
「手紙の内容は簡潔に書かれていて。内容は『3人の仲間がヘルンに向かった。手を貸してやれ』と書かれています」
「3人の仲間?あいつはヘルンに来ないのか?」
「手紙ではそれしか書かれていなく……どうしましょうか?」
「どうするもなにも、3人の仲間とやらが来るまで待てば良いだけの話だ」
「了解しました。次の領土の作物の収穫量ですが……」
「収穫量がどうしたんだ?前に視察に行った時には畑が緑に染まっていて豊作に見えた」
「実は……雪山からとある魔物が下りてきて……その……」
「作物を食い荒らしたんだな……狐の仕業か?」
「はい……狐の仕業です」
「なら俺が直接対応しよう。そのほうが早い」
吸血鬼はそう言うと、防寒具を着る。そして、窓から飛び出し、報告があった雪山へと向かった。




