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9ー4 初めての雪

 イレナ達が魔都ヘルンへ転移する日に、アルクはレイリンを探していた。


 理由は単純だ。それは修行をする為だ。


 レイリンの修行はどれも過酷なものが多いが、一つだけ飛び抜けて危険なものがある。


 その修行ではかつて大勢居たレイリンの弟子を、レイリン自身が殺した危険なものだ。そして、それに挑戦した弟子は1人も居ない。


 それもあってか、レイリンと事情を知ったクラシスはその修行を禁止した。


 しばらく探していると、クプニ村を見渡せる崖に、レイリンは座り酒を飲んでいた。


「やっと見つけたぞ!こんなところで何酒を飲んでるんだよ?」


「お主から逃げる為じゃ……クラシスから聞いたぞ。本当にアレをやる気なのか?今ならまだ引き返せるぞ」


 いつの間にか、クラシスからレイリンに話が行っていた。だが、アルクは迷わずに口を開いた。


「そうでもしないとアイツらの足手纏いになる……だったらここで死ぬ覚悟でアイツらに追いつくしかない!」


「腹は決まったようじゃない……良いだろう。なら儂について来なさい。死に場所に連れて行ってやる」


 レイリンはそう言うと、崖を飛び降りる。アルクも急いで跡を追うと、そこには沢山の精霊と大量の墓があった。


「ここにはかつての弟子の骨を埋めておる。そしてお前の骨も下手をしたらここに埋まる」


 周囲に居た精霊はいつの間にかレイリンに集まっていた。


「それでは始まるとしようか。頼むからすぐに死なんでくれよ?儂も十分楽しみたいからの!」


 レイリンはそう叫ぶと、精霊を一箇所に集めると呪文を唱える。


[精霊魔法・命の花園]


 一箇所に集めた精霊を地面に叩きつけると、足元に大量の花が咲き乱れる。一見すればただの花に見えるが、触れてみると体の底から力が湧いてくる。


 精霊魔法とはエルフや限られた者にしか扱えない魔法だ。精霊魔法には主に結界を展開するものが多い。


「儂は昔から精霊魔法が苦手でのう。唯一これだけが使えるんじゃ。この領域ではあらゆる傷が再生する上に、飢え、喉も渇きも全て無くなる。つまり一生戦える」


「だったら何で前の弟子は死んだんだ?」


「体は治せても心は治せん……心が完全に壊れ、死を願うまで追い詰めた結果がこれじゃ!これが最終警告じゃ!本当にやると言うじゃな?」


 レイリンは一本の刀を警告するようにアルクに向ける。だが、そんな事で止まるアルクではない。


「武器を構えろ!俺はもう進むしかないんだ!」


「良かろう!来い、武器庫よ!」


 武器庫、その単語だけでアルクはレイリンがどれほど本気なのか理解した。


 レイリンの武器庫は数多くの武器が入っている。中には一振りで数万の命を奪う事ができる武器が存在している。


 そう考えている内に、上空から武器が一本、また一本と降ってくる。そして、豪雨のような勢いで大量の武器が降ったのち、手近にあった武器をレイリンは掴んだ。


「それじゃあ始めるとしよかの!死が訪れるまで存分に斬り合おうぞ!」


 こうして、レイリンとアルクの命を賭けた修行が始まった。


――――――――


 アルクとクラシスが描いた転移魔法陣の上にイレナとリラ、アナンシが立っていた。この3人はこれから魔都ヘルンへ向かい、何処かに眠っている黒暗結晶の浄化に向かうところだ。


「困ったときは魔都ヘルンに住んでいる吸血鬼のヴァルナタスを頼りなさい。アルクの仲間だってことを伝えれば色々と手助けしてくれるはずよ」


「分かりました……ご主人はどうしたんですか?」


「アルクならしばらくレイリンと修行してから合流するつもりよ。必ずヘルンに行くって言ってたから心配しなくても良いわよ」


 アルクが修行でクプニ村に残ったのは自分のせいだと思っているのか、リラはどこか気が沈んでいた。それを見かねたのか、クラシスは更に言葉を付け足した。


「あなたが思ってるほどアルクは弱くないわ。ちょっとだけアルクよりも強くなったからっ油断したらすぐに足元を掬われるわ。それよりも今はヘルンでどう動くかを考えたほうが良いわよ」


「わ、分かりました」


 リラの顔が少し晴れたのを確認したクラシスは、全員に転移魔方陣の上に載るように指示をする。すでに、魔方陣には魔力が流れ、いつでも転移できるようになっている。


「この転移魔方陣はアルクが描いたものだから精度は心配しなくていいわ。今は無傷でヘルンにたどり着けるように準備しなさい……それじゃあ転移を始める!幸運を祈るわ!」


 最後に上手くことを祈ったクラシスはリラ達をヘルンに転移させる。全員を無事に転移させることが出来たクラシスは、飛び上がり、とある場所へ向かった。


 とある場所とは今現在、レイリンとアルクが修行している場所だった。すでに何度も殺され、再生しているのか、花や墓に大量の血痕が飛び散っていた。


 そして、金属と金属がぶつかり合う音と共に、肉が切れる音も聞こえる。


 目線を音が聞こえた方向に向けると、レイランと血塗れのアルクが居た。


(今回はどのぐらい続くのかしら……早めに終わらせないと死ぬわよ)


―――――――――


「アルクが居ない今、指揮はしばらくの間私が取ることになったけど……どうすれば良いのかしら……」


 イレナは魔都ヘルンに着くまでの間、指揮をどう取れば良いのか分からなかった。


 今までの場合は、アルクが訪れる国の情報を良い、即興で作戦や指揮を取っていた。だが、今回はアルクが居ない為、そんなことは出来なかった。


「取り敢えずヘルンの近くに着いたら、ヘルンに向かいましょう。クラシス様が吸血鬼に頼れば良いと言っていたので」


「そうだったな。確か……ヴァルナタスだったな」


 転移される直前にヴァルナタスという吸血鬼を頼れと言われた。だが、ヴァルナタスと呼ばれている吸血鬼がヘルンのどこに住んでいて、どんな見た目なのか何もかもが不明だ。


 だが、考えているよりは何か行動したほうがいいと判断したイレナは二人を集めた。


「とりあえず、転移魔方陣から抜けたらヘルンに向かおう!そうすればある程度は進むはずだ」


「そうですね。でも問題は魔都ヘルンに入れるかどうかが問題です。この転移魔方陣はご主人が描いたので心配はいりませんが……ヘルン周辺の森には強力な魔物が多く生息しているとよく聞きます」


「それはそれで面白いから私は楽しみだよ。最近まではイレナとしか戦ってなかったから魔物相手にどれほど通用するか試したいんだ」


 クラシスの心配とは裏腹に、リラとアナンシは意外と冷静だ。アナンシに関しては魔物と戦えることを楽しみにしていた。


 そうしている間に緑色だった風景が白に変わっていく。雪山に突入したと理解した3人はいつでも戦えるように準備をする。高速で流れる風景が止まった瞬間、肌に突き刺さるほどの冷気が流れ込む。


 転移魔法陣を覆っていた結界が破けると、視界に銀世界が広がった。


 それ以上に、雪に初めて触れる3人にとって刺激的なものだった。


「冷たい……これが雪なのか?」


 太陽の光を反射し、目が痛くなりながら、イレナは恐る恐る雪に触れる。


 冷たい感触が手のひらを伝い、イレナを驚かせる。


「これが雪……寒いって聞いたけど全然寒くないね。何でだろう?」


「恐らくこの結界のおかげでしょう。ご主人が作った転移魔法陣は凄いですね」


 アルクの描いた転移魔法陣には外敵、気候から身を守る結界も組み込まれている。


「とりあえずここで場所の確認をしよう。それからヘルンに向かえば良い」


 イレナはこれからの事について考えていると、リラとアナンシの楽しい声が聞こえる。


 視線を移すと雪で遊んでいるリラとアナンシが居た。

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