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9ー3 死への覚悟

 憎悪に燃えた黒い刃がリラに直撃しそうになる。もし刃がリラを切ってしまえば、リラは黒い炎に包まれ死んでしまう。


 だが、そんな単純な話ではなかった。どんな方法で刃を弾いたのか不明だが、アルクの手から刀が弾かれていた。


 そして、アルクに一瞬で拳を叩きつけ、吹き飛ばされ、崖に激突する。その衝撃は離れていたイレナとアナンシが感じる程だった。


 突然強くなったリラに興味を示したイレナ達だったが、どこか違和感を感じていた。何故なら、リラが頭を抱えて何かを抑えていたからだ。


「あぁ……ぁ……あああ!!!」


 リラは発狂したと思えば、崖にもたれかかっているアルクを襲い始める。


 これ以上は危険だと判断したのか、イレナとアナンシはリラを止めようと動く。


 リラに近付けば近付くほど、イレナ達は死が向かってくるのを感じている。


「来るな、お前達!リラは俺が止まるから心配するな!」


 アルクはリラの猛攻を闇を使って身を守っていた。だが、体が限界なのか、頬や左腕に亀裂が走っていた。


「無茶言うな!このまま死ぬよ!」


 イレナはアルクの言葉を無視し、前へ進もうとする。すると、リラの目線がアルクからイレナに移動する。


 その瞬間、クラシスに睨まれているような感覚に陥る。


 目線が外れたことを見逃さなかったアルクは、闇を鎖骨にある第3の目に突き立てる。


"神技・神喰"


 アルクが魔法を使った瞬間、リラの体から黄金の光が放たれる。しばらくすると、鎖骨にあった第3の目は消え、アルクの胸に倒れ込む。


 だが、アルクも限界なのか、左腕は石のように崩れていた。


「大丈夫か、アルク!アナンシがお母様を呼びに行ったから耐えてくれ!どこか痛い所はないか?」


「身体中が痛い……揺らさないでくれると助かる」


「分かった……取り敢えずリラは横に寝かせるから、アルクはゆっくりしてて」


 イレナはそう言いつつ、扱いきれてない回復魔法をやりながら、アルクを最低限の治療をする。


 だが、崩壊した左腕と頬にある亀裂は治る気配が全く無かった。

 

「あの闇は何だったんだ?あんなとてつも無い闇は初めて見たぞ」


「言ったかも知れないが……今の俺の体では全ての闇を完全に解放することが出来ないんだ。もし闇を完全に解放した場合、今みたいに体が崩壊してしまう。今回も短時間だったからこの程度で済んでいるが……クラシスが来たようだぞ」


 クラシスは急いで来たのか、龍の翼が生えたまま地上へと降りる。そして、クラシスの背にはアナンシが乗っていた。


「よりによってリラが第3の目を開くなんてね……アルクは今から腕と頬を治すから耐えてね」


 クラシスはそう言うと、崩れた左腕と頬に手を添える。


「なんだ?クラリスはリラが第3の目を開くって知ってたのか?」


「当たり前よ。だって陽喰族はファタンの力を宿してる。つまりその気になれば神の領域にだって足を踏み入れることだって出来る」


「だったら先に言って欲しかったな……力を制御しきれてなかったぞ」


「誰だって身の丈に合わない力を手に入れれば暴走するわよ……良し!腕の頬は治したわよ。問題はリラなんだけど……もしかして”神喰”を使った?」


「当たりだよ。あんたから教わった魔法を使えてなかったらリラに頭部を潰されて死んでた」


「だったら私に感謝してね。あんた達は今日の特訓は終わって休んでいなさい」


 クラシスはそう言うと両脇にアルクとリラを抱えて、一足先に巨大樹へと帰っていった。未だに理解が追い付いていないイレナとアナンシはお互いに顔を見合わせた後、どちらが巨大樹へ先に着くかの競争を始めた。


ーーーーーーーーーーーーーーー


 クラシスに抱えられたアルクとリラは絶対安静と言われた。だが、そんなことを言われる前から今日一日は休もうとアルクは考えていた。


 闇を全て開放したことにより激痛と疲労が体に残っていたが、眠気は全くなかった。むしろ、一つの考えがアルクの思考を埋め尽くしていた。


(このままだと俺はあいつらの足を引っ張ることになる……一緒にヘルンに行っても邪魔をするだけだ……計画変更だな)


 アルクは全員の足を引っ張るのを防ぐために、クラシスが居るであろう広間に向かう。すると、そこにはリラを介護しているクラシスが居た。


「絶対安静って言ったはずよ。そんなに思い詰めた顔をしてどうしたの?」


「イレナ達と一緒にヘルンに向かうのはやめるつもりだ。仮に一緒に行ったとしても足を引っ張ってしまう」


 アルクは寝室で考えたことをクラシスに伝えた。初めはリラの方向を向いて聞いていたが、いつの間にか、体をアルクに向けていた。


「つまり、あなたはここに残って特訓だけするつもりなの?」


「そんな訳ないよ。アンタにやるなって言われた特訓をするよ」


「特訓……もしかして、レイリンの!?ダメよ!あれはいつ死んでもおかしくない特訓なのよ!」


「そうやって自分の身可愛さにやるやらないの話じゃなくなったんだよ。これは俺の為でもあるけど、アンタらの為でもあるんだ!誰が何と言おうとあの特訓は必ずやる!」


 クラシスは止めようとするが、アルクの瞳に何も言えなくなった。


「もう止まらないのね……分かったわ!でも今日は絶対安静で体と精神を休ませる事!分かった?」


「ありがとう……それじゃあ残りの3人に簡単な説明よろしくな。それじゃあ俺は少し寝る」


 アルクが寝室に戻り、広間に残されたクラシスは頭を抱えた。


(アルクもレイリンのあの特訓をするのね……レイリンのアレは厳しいとかそんな次元の話じゃない。実際にレイリンはそれでアルクとイレナ以外の弟子を殺した)


 クラシスはリラの力が暴走しないように、再びリラの介護を始める。


「一体いつまでそこで立っているのかしら?話を聞いていたのは気付いているわよ」


 クラシスはドアの前に立っている何者かに声をかける。


「あぁ……やっぱり気付いてた?」


「アルクと話し始めた直後にはね。アルクのことは心配しなくてもいいわ。必ず近いうちに立ち直って肩を並べるから。あの子は私が認めた数少ない天才の1人だから」


「そうなのね……ところで、禁止された特訓って何なの?聞こえた話だと殺されるとか……」


 イレナは扉越しで聞こえた事を質問する。レイリンにはイレナでさえ知らない特訓があることに興味を持っていた。


「禁止した特訓は命のやり取りをする危険なもの。実際にそれでレイリンが殺した弟子が大勢居る。だから、私もレイリンもその特訓は禁止することにしたのよ……もしかしたら、アルクも命を落とすかも知れないけど、本人の頑張り次第ね」


 クラシスのどこか暗い表情にイレナは何も言えなくなった。


 しばらくは、広間になんとも言えない空気が流れていたが、どうにかして、この気まずい広間から抜けだろうと、アナンシはイレナを連れて、特訓を再開した。

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