9ー2 神の目
「これから色々と名付けをしていくわよ!最初にクプニ村跡地!何て名前にする?」
イレナによって広間に集められた5人は突然のことに困惑しながらも大人しく話を聞いていた。
「ねぇアルク……イレナはどうしたの?いきなり名づけとか」
クラシスはイレナの奇行の訳をアルクに尋ねる。
「それが昼頃に白蜘蛛に新しい名前を付けろって言われて……それでダラダラ考えてたらいきなり怒り出して……」
下らない理由にクラシスは面倒に感じながらも、イレナの行動に文句の一つも言わない。何故なら自身の末娘のやろうとしていることに興味があったからだ。
「誰も手を上げないなら指名するわよ!最初にお母様!クプニ村跡地の新しい名前はどうするの?」
「わ、私から!?そうね……無難に龍拠でどうかしら?龍の拠点で龍拠。どうかしら?」
「無難すぎる。でも候補に入れておくわ。次に師匠!何かいい名前はある?」
「そうじゃな……じゃあウェルーー」
「却下!そもそもそれは師匠の好きなお酒の名前でしょうが!」
そうしている内にアルクの番となった。だが、いい名前が思い浮かばない。そもそも、アルクには名付けの才能がない。
加えて、白蜘蛛の名前も一向に良い名前が思い浮かばない。
「そうだな……聖なる拠点で聖拠……単純すぎるな……あ!聖なる龍の花園で聖龍園でどうだ?この村はクラシスの影響のおかげで花畑が広がってるかいいんじゃないか?」
「なんか公園のような名前だけど……候補に入れるわ。それじゃあ全部出し切ったけど……良さそうな名前はある?ちなみに師匠と白蜘蛛のふざけた名前は除外して、今は龍拠、花園、聖龍園があるけど、どっちにする?」
イレナは考える時間を与えようとしていたのか、少しの間黙っていたが、クラシスがすぐに口を開いた。
「聖龍園が良いわ。アルクの説明を聞いて悪い気がしなかったから」
「私もクラシス様と同じく聖龍園にします」
「決まったわ!今日からクプニ村跡地は聖龍園になったわ!」
イレナがそう宣言すると、レイリン以外が拍手をして話が終わり、そのまま夕飯となった。
夕飯が終わり、訓練で疲れたのかリラとイレナ、白蜘蛛は寝室に入っていった。アルクは白蜘蛛の名前を考えているのか、夜空を眺めていた。
「白いアラクネ……魔王の子供……ダメだ!良い名前が思いつかない!そもそも魔人族は何を基準にして名前を付けてるんだ?」
魔人族の名付けはアルクにとって未知の物だった。アルクにも冒険の中で仲間になった魔人族が居たが、名前の由来は一度も聞いたことがない。
「確かマリグランテはヘルンの言葉で蜘蛛の王だったはず。蜘蛛の王の娘をヘルン風に言えば……”アナンシ”だったかな?良し!それにしよう!」
白蜘蛛の新しい名前をようやく決めることができた。そこへ、クラシスがアルクの隣に座る。
「アナンシ……良い名前じゃない」
「聞いてたのかよ……だったら丁度いい。魔都ヘルンはどんな国なのか教えてくれないか?1年中雪が降っていて強力な魔物を従えているってことしか知らなくて」
アルクは魔都ヘルンについて何も知らない。昔に教えられたような気がするが、とっく前に忘れている。
「やっぱり言うと思ったわ。まぁ心優しい私が大雑把に教えてあげるから、ちゃんと聞くのよ」
クラシスはそう言うと収納魔法から地図と灯りを取り出し、床に敷く。
「魔都ヘルンは魔人の国なのは誰でも知ってるけど、数多くの魔人がいる。吸血鬼やネクロマンサーなど色んな魔人が居るわ。でもそれだけ多ければ争いごとも当たり前にある。そのせいで内戦が続いていたの。でも魔人族最強の魔人が全員を降伏させ支配下に置いた。それが魔王の始まりよ」
クラシスは水を飲み一呼吸を置いて、再び話し始める。
「そこから多くの魔王が生まれた。考えや種別が違うけと共通したのが、力による支配。そして、それを誇示するかのように領土拡大の為に殺戮の限りを尽くした。でもとある魔王が生まれたことで終わりを告げた。その魔王こそが――」
「マリグランテか」
「そうよ。マリグランテは他の魔王と違って領土拡大をしない魔王だった。その代わり国内政を中心に始めた。魔王軍幹部は弱い魔王だって決めつけて、魔王の座を狙おうとしたけど返り討ちになってる。そして300年が経って代替わりしても今の魔王はマリグランテと同じ考えを持っている。つまり平和主義の魔王ね」
「平和主義の魔王ね……相当な実力者なんだろ?マリグランテと今の魔王は?」
「当たりよ。マリグランテはこう言う言葉を残してるの……『平和主義とは力のある者が唱えてこそ実現する!』ってね」
クラシスはそう言うと立ち上がり、出していた地図をアルクに渡した。
「これはマリグランテが生きていたころに渡されたヘルンの地図だけど、参考程度に見ておいてね。出発は明後日になるけど夜更かしは体に悪いから早めに寝るのよ」
それだけ言うと、クラシスは巨大樹の中へ戻った。アルクはゆっくりと夜空を眺め続ける。すでに冬が過ぎ、春に近づいているのか暖かい風が体を包む。
こうしていればただただ平和だが、徐々に平和が崩れているのが実感できる。
(きっとこの先は殺しばかりの日々になるかもしれない……でも一度受け入れたんだから躊躇わずに進むしかない!)
アルクは心に決め、巨大樹の中に戻り眠りに入った。
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目を覚ましたアルクは特訓としてリラと戦っていた。陽喰族としての力を解放したリラは優位を取っていた。だが、それもすぐに逆転した。
闇を解放した途端、あらゆる面でリラを上回り、すぐにアルクが優位に立った。
(ダメだ……こんなんじゃ足りない!ファタンのように力強く、無慈悲に!)
リラがそう願った瞬間にあることが起こった。それはあらゆる景色の流れが遅くなり、どこが弱いのか見えるようになったのだ。
自身の目に従い、アルクの攻撃をすべて躱し、弱い部位を勢いよく殴る。激痛に顔を歪めるが、気合で体勢を立て直し、攻撃を続ける。
だが、リラはそれらの攻撃を全て防御した後、アルクと蹴り飛ばした。突然の変化にアルクは戸惑うが、その戸惑いは驚愕へと変わった。何故なら、リラの鎖骨に目らしきものが出現していたからだ。
「お前……それは……クソ!!」
アルクが鎖骨にある目らしきものを確認した瞬間、短い詠唱の後に闇を全て開放する。白髪から銀髪となり、背に4枚の翼が生える。それに加えて”羅刹”も解放したのか、魔力で形成された角が額に生えていた。
外で見ていたイレナとアナンシは初めて見る光景に驚いていたが、それ以上にリラが異質だった。
目が合わなくとも圧倒される威圧感、全身に鳥肌が立つほどの殺意にイレナとアナンシは恐れた。だが、アルクだけは違った。
「待って!あんた殺す気でしょ!相手は仲間だ!」
「黙っていろ、イレナ!本気でやらないとこっちが死ぬんだよ!」
アルクはそう叫ぶと、解放した全ての闇を刀に宿すのと同時に、カグツチの炎を全て刀に纏わせる。
[アレキウス神滅剣・不倶戴天]
切ったものを塵にするまで燃やし続ける憎しみの刃をリラに向ける。だが、リラの瞳はアルクや刀ではなく何処か明後日の方向を見ていた。これはアルクにとっては侮辱と同義だった。
アルクは殺意の込めた刃をリラに向かって振る。だが、アルクの刀は何かに弾かれ、鳩尾に強い衝撃が走る。
人間にとって弱点と言える部位に強い衝撃を受けたせいか、目の前に火花が散るような感覚に陥り、気絶しそうになる。だが、奥歯をか噛みしめて気絶するのを何とか耐える。
アルクは倒れそうになっている体勢から無理矢理刀を切り上げる。
何もしなければ、アルクの刀をリラを切り、憎しみの炎で体が塵になるまで燃やされ続ける。
リラは覚悟を決め、目を閉じる。だが、いくら待っていても、刀が体を切ることがなかった。
何かあったのではないかと思い、リラは目を開けると異様な光景が広がっていた。その異様な光景とは、目の前に自分自身の背中が見えていたのだ。
突然のことに理解が追い付かず、自身の背中に触れようとする。だが、リラの手は自身の背中を通り抜ける。
「どうなってるの……もしかして、私はもう死んだの?」
「いや、君はまだ死んでいないよ」
呟きに誰かが反応する。リラは敵の攻撃だと疑い、声が聞こえた方向に攻撃を仕掛ける。だが、目の前に更にありえない光景が映り込んだのだ。
「マ……マ?」
目の前には帝国兵に連れ去られた筈のリラの母が立っていたのだ。
リラは敵の幻覚かと疑ったが、すぐにその疑いは消え去った。何故なら目と髪の色、そして匂いが全て母の物だったからだ。
「ふむ……誰も彼も最も愛している者の見た目になるのか……まぁ良い!取り敢えず座ってお茶でも飲もうか」
母らしき者がそう言うと、目の前に椅子とテーブル、紅茶一式が突如現れる。
「安心しろ。私はお前の敵ではない」
「だったらこの空間はなんですか?なんで貴方が母の姿をしてるのですか?」
「この空間は神の領域に足を踏み入れた者のみが入れる特殊な空間だ。ここだと時の流れが限定的だが止まる。そして、私のこの姿だが……これは心の奥底から会いたい人物が映し出される。恋人や兄弟、リラのように家族の誰かになってしまう。これで十分かな?」
母らしき者がそう言うと、リラは何も言わずに椅子に座る。
「それじゃあ自己紹介から始めよう。私の名はヌル=ノヴァと言う。数多くの肩書きがあるが一番有名なのは全能神だ。まぁ君の場合はノヴァの姓だけで私が何なのか分かるだろう?」
ヌルの質問にリラは頷く。始祖神龍であるクラシスにも”ノヴァ”と言う姓がある。
「色々と聞きたいですが……神の領域って言いましたよね?それって私が神の領域に触れたってことで良いんですか?」
「そうだよ。実際君にも第3の目が出現したじゃないか?ほら、鎖骨にあるだろ?」
指摘されると、リラは自身の鎖骨を触る。すると、ぬるっとした感触が確かに鎖骨にあった。
「で、でもなんで私なんかが神の領域――」
「待て待て!君の質問に答えたんだから今度は私の番だ!良いかい?」
ヌルの言葉にリラは思わず頷いてしまった。だが、反論する勇気がリラには無かった。
「私が神の領域に足を踏み入れた者達にいつも聞いている質問をする。生物が生物である為に必要なものは何だと思う?」
「そ、そうですね……闘争心……ですか?」
リラがそう答えると、ヌルは大きな笑いと共にリラの答えを紙に書き記す。
「君みたいな慈愛に満ちていそうな者が闘争心と答えるのか!これは予想外だ、面白い……良し!私の聞いたいことはもう無い。今度はリラの番……と言いたいが、時間的に次が最後になる。慎重に考えろよ?」
ヌルは次の質問をちゃんと考えるように釘を刺す。そのせいか、リラは少し考えた後、纏まったのか口を開いた。
「何で私が神の領域に足を踏み入れたのでしょうか?本来ならば始祖神龍の娘であるイレナやご主人であるアルクが先だと思うんですけど……」
「確かに、君にとっては謎だよね。だったら寛大な私が教えてあげよう!まず、君が神の領域に足を踏み入れたのは陽喰族本来の力のおかげだ。それは元々は始祖神獣であるファタン=ノヴァの力だ。それもあってか比較的神の領域に足を踏み入れやすいんだ。それはイレナも同じだ。次にアルクなんだが……あの子はとっくの昔に神の領域に足を踏み入れているんだ」
衝撃の言葉にリラはヌルのこれ以上の言葉が入らなかった。思考が上手く纏まらずにいると、ヌルに頭を撫でられる。
「そろそろ戻る時間だけど……2つ程良い知らせをしてやろう。まず、1つ目はアルクは本気で君を殺そうとしている。全力で迎え撃て。2つ目は君の母と父は生きている。それじゃあ達者を祈る!」




