8ー46 剣聖の後始末
二人の剣聖とその弟子がタカマガハラに着いた頃には、すでに濃い血の匂いが充満していた。少し進めば更に血の匂いは濃くなり、遂には兵士の死体が見え始めた。
兵士の死体は何かに食いちぎられたような傷跡が残っているほか、首を絞められたような跡が残っている。
この傷跡を見たキンとギンはタカマガハラを襲った者の正体を瞬時に見抜いた。これはシュノウも同じだった。
「師匠。これって鬼狒々じゃないですか?奴らは殺した獲物をその場で食らう習性がありますから。でも何でこんなところまで鬼狒々が来ているんでしょうか?」
「恐らくは八岐大蛇の闇の影響でここまで来たんだろうね。鬼狒々の生息地である富剣山と八岐大蛇と戦った海岸はちょうど一直線だからね」
周りの状態を確認していると、民家の中から猿のような鳴き声が聞こえた。鳴き声の主は鬼狒々であると判断し、鳴き声が聞こえた民家へ複数の斬撃を飛ばす。
短い悲鳴とともに液体が滴り落ちる音が聞こえてから、三人は静かに民家の中に入る。そこには兵士の死体を食い漁っていたのか、口や両手を真っ赤に染めた鬼狒々が居た。
「それにしても闇で鬼狒々がここまで来るなんて……師匠達は知ってるんですか?」
「知ってるも何も、魔物は闇を本能的に求めるんだよ。これは子供でも知ってるよ」
ギンの言葉にシュノウは疑問が浮かぶ。
魔物が闇を本能的に求めるのならば、鬼狒々は普段から富剣山ではなく、人口が多いタカマガハラを集中的に狙う筈だ。
だが、鬼狒々はタカマガハラではなく、富剣山の頂上で暮らしている自分達を狙っている。
シュノウが何を考えているのかを見抜いたのか、キンは魔物について付け加える。
「ギンの言っていることは大体はあっているが、魔物は魔物でも個体差があるんだよ。闇を好んで求める奴も居れば、自身の欲望の為に闇ではない物を求める奴も居る。鬼狒々の場合は闇ではなく、人間の肉なのさ。でも、何で魔物が闇を求めているのかは私達でも知らないんだよ」
「そうだったな。すまん、適当な事を言った」
民家を出ようとしていたキンだったか、多くの足音が3人の居る民家を取り囲んだ。
足音や気配からして、10や20程の優しい数ではない。恐らく1000体以上の鬼狒々が一つの民家を取り囲んでいるのだ。
「こりゃあ山に居る猿共が居るな」
「そのようだね。まぁこれはいつもと変わらないから何も思わないが……シュノウは何か感じたか?」
「感じた事ですか?そうですね……腹の中で何かが渦巻いているような感じがします。それに腹の渦が早ければ早いほど身体中が熱くなって、力が湧いてきます」
シュノウがそういった瞬間、二人のシュノウを見る目が変わる。それは子供が新たな玩具を手に入れたかのような目だった。
「それは魔力だね。待ちなよ……角があるのに何で魔力を体内に有しているんだい?」
キンの指摘にシュノウは何を言っているのか理解出来ない。シュノウは角付きのマガツヒ人であり、外気から魔素を取り込み、角で取り込んだ魔素を微量の魔力に変換して生きている。
そうする事でマガツヒ人が魔素中毒で死ぬ事を防いでいる。
それはシュノウも同じ筈だ。もちろんシュノウの体内にも微量の魔力が宿っている。
だが、ここまで大量の魔力を宿している事は角が付いてマガツヒ人ではあり得ない事だ。
その証拠に、シュノウの角からは魔力が溢れ出している。
「し、師匠!?これはどう言う状況ですか!?角を切り落とした方がいいですか!?」
自身の角から魔力が溢れ出した事に慌てるシュノウに対して、キンは冷静だった。
そして、何かを思いついたのか、角を切ろうとするシュノウの手を掴む。
「多分シュノウの体の中に魔力を作る機能が出来たんだ。だけど、作られた魔力が溢れ出しているだけだから心配する必要はないよ」
「じゃ、じゃあ角から出てる白い煙はどうすればいいんですか?寝る時もご飯食べる時でもこのままなんですか?」
「魔力をある程度使えばなる筈だよ。適当に魔法でも撃ってみたらどうだい?」
キンの無茶振りにシュノウは拳を握りしめる。このままだと本気でキンを殴ると判断したギンはシュノウとキンの間に立とうとする。
すると、痺れを切らしたのか、鬼狒々が扉や窓から突撃する。
応戦しようと刀を構えるキンとギンだったが、鬼狒々はいつの間にか胴体が切断されていた。
「いつの間に切ったんだい、キン?」
「いや、私じゃないよ!」
鬼狒々を切断した事を否定したキンだったが、残る可能性としてはシュノウのみとなった。
最初はその可能性を否定したかった。何故なら、技術が未熟なシュノウが剣聖が追いつけない程の速度で刀を振ったのだ。
だが、胴体が切断された鬼狒々にはシュノウと全く同じ魔力が感じることが出来た。
つまり、本当にシュノウが剣聖ですら追いつけないほどの速度で刀を振ったことになる。
「シュノウ!今から鬼狒々を全て斬り殺せ!溢れ出る魔力の使い方を戦いで教えてやる!」
ギンの突然の提案にキンとシュノウは呆気に取られる。
特にキンは不安だった。理由は簡単だ。
それは二人とも魔法についての知識が皆無に等しい事だ。
それなのに、戦いで教えるはあまりにも無理がある。
キンはどうにかしてギンを止めようとする。前に進み、ギンに話しかけようとすると、いつの間にかセーバルが真横に立っていた。
それも満面の笑みでシュノウを見ながらだ。
突然のことに体の防衛本能が瞬時に反応し、セーバルを切ろうとする。だが、ギンがキンの腕を掴み静止させる。
「お前は何かあったら刀で切るのはやめな!ただでさえ短い寿命が更に縮んじまうよ!」
「そうだぞ!俺は金の卵を見つけたから来ただけで殺される筋合いは無い!」
何故かセーバルも加わり、キンを責めている。だが、直ぐにキンからシュノウへと話題が変わる。
「魔法の使い方は俺が教えよう!剣聖の技と陰陽師の技が同時に使える存在はマガツヒ以来初めてと言っても過言ではない!善は急げだ!早速やるぞ!」
セーバルは3人の返答を聞かずに民家の扉を開ける。その瞬間、視界一杯に埋め尽くされた鬼狒々が飛び込んでくる。
「まずは基礎中の基礎である守りだ。これは魔力を硬質化させて体の周りに展開する。そうする事で外敵から身を守ることができる」
セーバルは襲いくる鬼狒々を使って魔力の使い方と魔法を教えていく。
シュノウはセーバルの言っている事が理解出来ていなかったが、見よう見まねで魔法を使っていく。何度も失敗をしたが、遂には魔力で自身の身を守ることが出来るようになった。
その後も、鬼狒々を使って魔法を教えてもらい、ついにはタカマガハラで暴れていた鬼狒々が居なくなった。
「あとは忘れないようにひたすら反復練習をするだけだ。わかったな?」
一気に魔法や魔力の使い方を教えられたが、シュノウは何とかすべて使えるようになった。だが、どれも不完全であり、失敗する確率が高かった。それも含めて、セーバルは反復練習をするように言っているのだろう。
最後に鬼狒々がタカマガハラから一掃できたことを確認したあと、セーバルは振り返ることなくどこかへと去った。
「私らもさっさと山に帰るよ。そんでもってシュノウを更に鍛えてやらないと!」
「その前に祝杯だろう?生きて五体満足で帰れるんだ!少しぐらいは酒盛りしてもいいだろ!酒に関しちゃあ私よりキンのほうが詳しいだろ?」
「それじゃあ買っていくよ……って、酒を売ってる店なんて今はもう無いと思うんだが」
「一つだけあるじゃないか!確か……”万神店”って言ったかな?あそこは陰陽連だったり外人の騎士に物資を売りつけているから酒もあるはずだよ」
「だったら行ってくるよ!酒に関しちゃあ私が好きに選んでも文句はないだろ?」
キンはそれだけ言うと、ギンやシュノウの返答を聞かず”万神店”がいるであろう陰陽連本部へ走った。
「それじゃあ私達は先に山に帰るかね。ちなみに帰りの途中で負傷者や死体が転がっていると思うが気にしないで帰るよ。じゃないと後々面倒なことに巻き込まれちまう」
「え?でもそんな事をしたら死人がもっと増えますよ?きっと悲しむ人も……」
「わかったわかった!良心に訴えかけるのはやめてくれ!助かる者だけ助けてやる!これで良いだろ!」
ギンはそう言うと、シュノウと共に被害の多い食天区を中心に、タカマガハラ全てを駆け巡った。
鬼狒々が一箇所に集まったおかげか、隠れていた兵士や負傷した兵士が次々と表に出てくる。
だが、中には動かないほどの重傷を負った兵士もいた。その場合は、止血などの軽い治療を行った後、手が空いている兵士の下へと移していく。
全てが終わった頃には疲れ切ったギンとシュノウが富剣山の頂上へと着いた。
「これで満足か、シュノウ?助けることができる奴は全員助けたぞ」
「ありがとうごさいます、師匠」
「そもそもなんでこんなに面倒なことをするんだい?」
「他人にやった事はいつか自分に帰ってるんですよ。良い意味でも悪い意味でもね」
「面倒な弟子だね」
二人が話している間に、両腕いっぱいに酒瓶を抱えたキンが帰ってきた。既にいくつか飲んだのか、顔は赤くなり、酒臭かった。
「おい、キン!誰が先に飲んでいいって言ったんだよ!これは勝ち残った私達3人のための酒と飯なんだよ!」
キンは先に楽しく酒を飲んでいるギンを叱りながら、キンの持っている酒と飯を取っていく。
「さっさと家の中に入って飯の準備をするんだ!シュノウもだよ!」




