8ー43 甦る傲慢9
アルクの刀から赤黒い炎が放出される。その瞬間、八岐大蛇の中に知らない感情が生まれる。それは体の底から寒気が溢れ、体が震える謎の感情だった。その感情の正体は恐怖だった。
目の前の人間の皮をかぶった化け物と、刀に纏う邪悪な炎。それを見るだけで、八岐大蛇は戦う勇気が削られていった。
その証拠に、アルクが一歩、また一歩進むたびに八岐大蛇の恐怖が段々と強くなり、遂には後退りをしてしまう。
これは八岐大蛇にとって屈辱的だった。
八岐大蛇は生まれて間もないが、それでも自身は圧倒的強者で、目の前にいる人間は虫と同等の下等生物だと認識していた。
つまり八岐大蛇は今でも誇り高く、傲慢に満ちた魔物であった。そんな魔物が下等生物である人間を化け物と認識し、恐怖心を抱き、後退りをしたのだ。
それは無意識で体が勝手に動いていた。だが、自身の動きを自覚した八岐大蛇は己に激しい怒りと、アルクに対して強い憎しみが生まれた。
「ふざけるな!俺を見下すな!俺を侮辱するなぁ!」
八岐大蛇はアルクを化け物と認識し、恐怖心を抱いたことを否定するかのように叫ぶ。そして、震えている足を叩き、アルクと向き合う。
アルクを見失わないように、瞬きもせずに睨み続ける。だが、それも無駄だった。
歩ていたアルクの体は霧になり、姿が消える。だが、すぐ隣で重圧を感じ取ることが出来た。
本能に任せ、八岐大蛇は体を傾ける。すると、目の前に赤黒い刀が振り下ろされる。
体は無傷だった。そう、体だけは。
問題は背中に残された6つの頭部だ。刀が掠ったのか、1つの頭部に切り傷が走り、傷からは赤黒い炎が発生していた。八岐大蛇は赤黒い炎を消そうとしたが、消えるどころか燃え広がっていた。
「消そうとしても無駄だ。その炎は俺の憎しみが消えない限り決して炎は消えない。お前に残された時間はただ静かに死を待つだけだ」
八岐大蛇はアルクの憎しみの炎を何度も消そうとしていたが、アルクの言葉通り消すことが出来なかった。だが、八岐大蛇の次の動きは誰もが驚愕した。
その動きとは燃えている頭部を自らの巨斧で切り落としたのだ。これはアルクも予想外だったのか、目を見開いていた。だが、すぐに視線を八岐大蛇に戻し、刀を振ろうと距離を詰めた。
擦れば死を待つだけの技だが、厄介なことに何度も刀を振っている。八岐大蛇は避けることしか出来なかった。
だが、そんな八岐大蛇にも好機が生まれた。それはアルクの動きが止まり、片膝をついたからだ。突然片膝を地面についたのかは謎だったが、考えるよりもアルクの息の根を確実に止めようと体が動いていた。
―――――――――――
リラがアルクの下を離れ、海岸へ向かっている頃、アルクは自身の闇であるアレクと対話をしていた。
獣人王朝アニニマから2ヶ月ぶりに自身の精神世界に入ったアルクは変わり具合に驚いていた。
何故なら、2ヶ月前までは真っ黒な空間が青空と黒い大地に変化していたからだ。それに加えて、何処からか小鳥の囀りとそよ風も感じれる。
「アレス、出てこい!何でこんな穏やかな空間になってんだよ!」
アルクは自身の闇であるアレスを探す。すると、仰向けの状態のまま、アレスは姿を現す。
ふざけた事に、アレスはリンゴを齧っていた。
「一体何があったんだよ?前に来た時は真っ黒で何もない空間だったろ?久しぶりに来たと思えば何でこんな……ゆっくり暮らすには丁度いい空間になったんだよ!」
「なんでって……お前の闇が膨張してるからだよ。知ってるか?精神空間において闇や光が強くなれば強くなる程豪華になるんだよ。事実ここはゆっくり暮らすには丁度良い空間に変化したろ?」
「だったらなんで俺が出せる闇は前と変わってないんだ?まだ片翼のままだし」
「それはお前の体の問題だ。」
「体の問題?俺がまだ子供だって言いたいのか?一応16歳……17歳になったんだぞ?」
アルクは竜人王国ドラニグルで戦いの最中で誕生日を迎え、16歳から17歳となった。だが、クプ二村に戻り、クラシスに言われるまで、自身が17歳になっている事には気付かなかった。
だが、アルクが住んでいたバルト王国では18歳になれば成人としてみなされるが、数々の死線を潜り抜けた。
アルク自身は既に大人であると考えていた。
「子供とかそういう問題じゃなくて純粋に体が闇に追いつけてないんだ。闇を全て引き出すとお前の体は耐えきれず崩壊する。お前も何度かそれを見たことがある筈だ」
アレスの言葉にアルクはとある出来事を思い出す。それはアルクがまだ冒険者として活動していたころだった。
当時のアルクは金に困っており、効率の良い依頼を探し求めていた。その時にゴブリン討伐にも関わらず、破格の報酬の依頼があった。結果的には一匹残らず討伐することに成功したが、問題はゴブリンの指揮を執っていたゴブリンナイトにあった。
見た目は普通のゴブリンナイトであったが、驚くことに闇を扱っていた。当時のアルクは技術も知識も未熟であり、討伐に時間がかかったが、どうにかして討伐することが出来た。だが、戦っている最中でゴブリンナイトの体の一部が崩壊していたのだ。
文字通り岩のように崩れていたのだ。
「つまり、俺も岩のように崩れて死ぬのか?」
「そうだ。まぁ、すぐに崩れて死ぬ訳でもないが……」
「だったら別に問題無いだろ?」
「はぁ……どうせ無理だって言ってもお前は無理矢理やるだろ?だったら俺は何も言えないが……無理をするなよ?俺は大昔に一度死んだが二度も死にたくないんだ」
「俺だってまだ死にたくない」
アルクはそう言うと閉じていた目を開ける。いつの間にか八岐大蛇がいた海岸まで来ていたようだ。
闇を全て解放したアルクは八岐大蛇を相手に常に優勢を取っていた。アルクの奥の手である”不倶戴天”も扱えるようになり、いつでも八岐大蛇を殺すことが出来るようになった。
だが、もう少しで八岐大蛇を殺せるという所で時間が来てしまった。
闇に体が耐えきれず、膝が崩壊し始めていた。
地面に膝をついたアルクは迫り来る八岐大蛇を相手に身動き一つ取れなかった。だが、慌てる必要はない。
何故なら、アルクが信頼している仲間が助けに来るからだ。
[獣人闘法・獣牙]
強い衝撃と共に八岐大蛇が吹き飛ばされる。
「ご主人!大丈夫ですか?」
八岐大蛇を吹き飛ばしたのはリラだった。アルクが戦っている間に休息を取ったのか、足取りは軽かった。
「俺は大丈夫だ。アイツの首と闇をある程度は奪ったから前よりは戦える筈だ。俺は足の治療に専念する」
「分かりました!」
リラは八岐大蛇に攻撃を仕掛け、戦いを見ていた騎士達もそれに参加する。
アルクの言う通り、八岐大蛇はリラの攻撃と魔法を対処出来ていない上に、鎧が脆くなっている。
「アルクさん!大丈夫ですか!」
聖騎士の指揮をとっている筈のシエラがアルクの下に降りてくる。急いでいたのか汗を流し、息切れをしていた。
だが、ここにシエラが来ることはアルクにとって予想外だった。
「そんな……足を治療します!」
「馬鹿!お前がここにいると奴が――」
アルクは言葉よりも先に体が動き、シエラを突き飛ばす。その瞬間、アルクの義手が切断される。
「シエラ……シエラ=スキルニング!!貴様だけはここで殺してやるぞ!」
八岐大蛇は魔法やリラの攻撃など意に介さず、シエラだけを執拗に狙う。だが、残った闇で義足と義手を作り、シエラを庇う。
闇を全て解放した反動で身体中に激痛が走っていたが、戦いに支障をきたす程でない。
八岐大蛇の隙をつき、鎧を砕いていく。闇を八岐大蛇から奪ったおかげか、強固だった鎧は簡単に砕け、肉体を切る事が出来ていた。
だが、アルクにも限界が来ていた。
そもそも、闇の全解放はアルクにとっては未知の領域であり、反動がどういうものなのか理解出来ていない。
アルクは体の崩壊だけかと考えていたが、実際はそれだけでは無かった。
「どうした、人間?お前の闇も魔力も感じれないぞ?」
闇の全解放の反動は、闇と魔力の減衰だった。事実、闇で作った義足と義手は脆くなり、魔法の威力も下がっていた。
「それにしても俺がシエラ=スキルニングを狙うとよく分かったな?もしや闇の記憶を見たのか?」
闇の記憶。それはヴィレンが八岐大蛇に与えた闇にある。
闇を全て解放している際に、八岐大蛇の闇を奪い、記憶を覗き見た。そこにはシエラを殺すと言う強い思考があった。
何故シエラを狙っているのかは分からないが、闇の記憶通り、八岐大蛇はシエラを執拗に狙っていた。
だが、シエラの光と魔力はまだまだ余裕がある。つまり、必死になって守る必要がないと言う事だ。
アルクが刀を構え、八岐大蛇に斬りかかろうとした時、高速で何かがアルクの横を通り過ぎた。
[[[百目剣・獣型・猪突]]]
3つの人影と3つの突きが八岐大蛇を襲う。八岐大蛇もそれに反応し、闇で身を守る。
八岐大蛇に突きを放ったのはキンとギン、シュノウの3人だった。
耳障りな衝突音が辺り一帯に響き渡りながら、八岐大蛇を大きく後退させる。そのおかげで、アルク自身の闇と魔力を回復する時間が出来た。
「気を付けろよ……八岐大蛇はこれからお前を執拗に狙う。自分の身ぐらい守れるように覚悟を決めろよ?」
アルクはそれだけ言うと、八岐大蛇へと向かっていく。
さすが、剣聖と弟子と言うべきか、八岐大蛇の攻撃を受け止める事なく、一方的に攻撃をしている。
「八岐大蛇!今日がお前の命日だ!死ぬ覚悟をしておけ!」




