8ー39 甦る傲慢5
八岐大蛇には八つの首にちなんで、八つの能力がある。
一つ目は自身と同じ強さを持つ複製体の生成。二つ目は天候操作。
現時点では二つの能力が明らかになっている。だが、黒い光線と津波は八つある能力なのかはアルクは分からない。
だが、目の前で起きていることは明らかに能力の一つであると確信している。
何故なら、自身の複製体が引き起こした津波に呑み込まれながらも八岐大蛇は周囲に大量の闇を撒き散らしながら巨大な体が小さくなっているからだ。
そして、遂には八岐大蛇の体が津波に呑まれるほど小さくなる。それと同時に津波が完全に収まり、一つを除いては泥と岩しか残されてない大地があった。
だが、明らかに一つだけ異様なものがあった。
八岐大蛇が立っていた場所に大人が完全に収まるほどの大きさの闇の球体が存在していた。
アルクは嫌な予感がしたが、八岐大蛇を仕留める絶好の機会だと考えた。だが、一人でやり切る自信は無い。
遠くで木の上に登って辺りを見渡しているリラに合図を出し、ほぼ同時に闇の球体への攻撃を開始する。
金色の拳と炎の斬撃が闇の球体を襲う。小規模な爆発や衝撃が闇の球体を襲うが、壊れる気配を一切見えない。
「壊れないな……リラ!こっちに来てくれ!」
アルクは木の上で闇の球体を攻撃しているリラを呼び寄せる。
ポイントワープで飛ばした筈だったが、僅かに海の中にいたのか、体の至る所が濡れていた。
「ご主人!ずっと心配していたんですよ!それに私は獣人なのである程度は耐えれるんです!」
リラはアルクに会うや否や、すぐに津波の中で起こった事をアルクに言う。
確かに獣人であるリラは津波の中に放り込まれても大丈夫だったろう。だが、仲間を見捨てることはアルクにとっては死も同然だった。
「でも俺も死んでないからいいだろ?とにかく今はあの闇の球体だ。多分だが、八岐大蛇が闇の球体で何かしらの変化をするつもりだ」
アルクは闇の球体に嫌な思い出しか残っていない。その嫌な思い出とはバルト王国で起こった”魔物大侵攻”で襲撃した闇の魔物だ。
奴は最初はガーゴイルのような見た目の魔物だったが、戦いの中で高速で変化していった。そして、最終的には自身を闇の騎士カイルと名乗り、アルク達を襲った。
八岐大蛇の状況と闇の騎士カイルの状況が非常に似ているのだ。
アルクはリラと共に闇の球体に近付き、急いで闇の球体の周りに魔法陣を描く。
魔法陣が描き終わり、リラと共に離れた位置で闇の球体を監視する。そこへ、何か用があるのか、陰陽師もアルクの下へ訪れる。
「セーバル様から今の状況を確認しろと言われてきました!今はどんな状況なんですか?あの黒い球体は何なんですか?」
「八岐大蛇が小さくなって闇の球体に閉じこもった。俺とリラで何度も攻撃をしたが……この通り無傷だ」
アルクは今の状況の説明と、これから何が起こるのか予想だったが陰陽師に伝える。
説明を一通り聞き終えた陰陽師は、こめかみに指を当て、札を空は投げる。すると、札は細かく分かれ、四方八方へ飛ぶ。
「取り敢えずこれで今の状況とこれから何が起こるのか伝えました。私も微力ながら闇の球体に仕掛けを施します!」
陰陽師がそう言い、式神を召喚しようとした時だった。闇の球体は卵から雛が孵るようにグラグラと左右に揺れた後、球体にヒビが入る。
リラは陰陽師を掴み、アルクは魔法陣へ魔力を流す。魔法陣は短く光った後、爆発を何度も繰り返す。
だが、アルクの魔法陣の爆発は意味をなさなかった。その証拠に、周囲に八岐大蛇が撒き散らした闇が急激に闇の球体があった場所へ吸い込まれていく。
最後に衝撃波が土煙を払ったことで、闇の球体から何が生まれたのかようやく知る事が出来た。
八岐大蛇はそこには居らず、漆黒の鎧を見に包んだ騎士がいた。見た目はどこにでもいるマガツヒにいる兵士と似ていたが、どこかヴィレンの鎧と酷似ていた。たが、問題は背中から生えていた7つの首だった。
目の前の黒い騎士から溢れている闇を感じ取ったアルクはすぐに交戦態勢に入った。
何故なら黒い騎士から溢れている闇には八岐大蛇に似た魔力と、ヴィレンの闇が混ざり合っていたからだ。
(こいつもカイルと同じ系統かよ……しかもよりによってヴィレンの闇を宿してる)
アルクは八岐大蛇がヴィレンの闇と完全に融合したと確信した。八岐大蛇だったものが身に纏っている鎧はヴィレンのものと酷似している。
「――――」
八岐大蛇は声にならない雄叫びをあげた後、背中に生えている首の一つを鷲掴みにする。すると、鷲掴みにした頭を引き抜いたのだ。
ブチブチと肉が裂ける音を鳴らしながら、背中から首を引き抜く。
突然の行動にアルクとリラ、陰陽師は動かなかった。だが、次の八岐大蛇の行動で動く必要があった。
その行動とは、引き抜いた首が斧になったからだ。斧の見た目は完全にヴィレンの持っていた巨斧と酷似している。
「どうします?とても強そうに見えますが……」
「やるしかないだろ……アイツも俺らを殺す気しかないぞ」
アルクは刀を引き抜くと、目にも留まらぬ速さで八岐大蛇に斬りかかる。本当に金属がぶつかり合っているのか疑いたくなるほどの轟音が辺り一面に響き渡る。
[アレキウス神滅剣・一刀千刃]
巨斧と刀が交差している状態で、アルクは下へ刀を振り下ろす。その瞬間、大量の斬撃が八岐大蛇を襲う。
初めは意味のない攻撃だとアルクは思っていた。だが、そんな考えとは裏腹にアルクの斬撃は八岐大蛇の鎧を貫通し、肉体を斬っていた。
(こいつ……生まれた直前だからまだ柔らかいのか!)
生まれ変わった八岐大蛇の鎧がまだ柔らかいのを確認したアルクは休むことなく攻撃を続けた。
アルクの読み通り、八岐大蛇の鎧はまだ完全に固くなっておらず、刃が通りやすい状況にあった。
[獣人闘法・狼流拳]
いつの間にかアルクの隣まで迫っていたリラは、八岐大蛇に鋭い拳を叩きつける。その威力は八岐大蛇の鎧を貫き、肉の一部を抉り取っている。
アルクもリラに合わせるように、高温の刀を八岐大蛇にぶつける。だが、今まで通っていたアルクの刀は八岐大蛇の鎧に受け止められた。
つまり、八岐大蛇の鎧は完全に固くなり、鎧としての役目を完全に果たせるようになったのだ。
「吹っ飛べぇ!!」
鎧に受け止められたままの刀を力任せに振り、八岐大蛇との距離を強制的に取る。
「気を付けろ!アイツの鎧はたった今完成した!今まで通りに攻撃出来ると思うな!」
「了解です!」
アルクとリラは今まで培った絆と信頼を信じ、八岐大蛇への攻撃を開始した。
――――――――――
陰陽連本部から帰還したヒルメティは魔力の回復に専念している騎士達を見回る。
巨大な魔法陣を利用した大規模魔法を使ったせいか、騎士達の顔は心なしが青くなっていた。
「まだ魔法が使える者は今すぐに私の下へ集まれ!次の魔法の準備を始める!」
ヒルメティの掛け声に魔力が残っている騎士達は次々と立ち上がり、集まっていく。中には魔力が枯渇しかけている者も居たが、周りの騎士が引き留める。
「見ての通りだが、私達が今まで魔法を撃っていたのは八岐大蛇の複製体だった。だが奴の本体は今目の前に居る!ここが正念場だ!八岐大蛇を討伐して生きて帰ろう!」
ヒルメティの掛け声に騎士達は拳を上げ、お互い、それか自分自身を奮い立たせる。
すると、そこへ魔針治療師の騎士が帰還する。
「ただいま戻ってまいりました!帰還途中で負傷したアルクを見かけましたので治療しました!」
騎士は敬礼しながらそう言うと、アルクと八岐大蛇の状況を場にいる全員に伝える。それと同時に、一枚の紙切れがヒルメティの前に落ちる。
「どうやら既に進展があるみたいだ。ここに書かれている内容だと八岐大蛇が小さくなった後、闇の球体の中に引き篭もったらしい」
「闇の球体!?今闇の球体って言いましたか?」
ヒルメティの報告に反応したのはグラウスだった。
「闇の球体ってバルト王国で起こった”魔物大侵攻”の時と同じじゃないですか!」
グラウスの言葉で騎士達はバルト王国で起こった”魔物大侵攻”の事を思い出す。
闇の球体から闇の騎士と闇の使徒アルクが現れたことで、バルト王国内で初めて確認された闇となった。
「つまり八岐大蛇も闇の騎士かなんかに生まれ変わるのか?」
「もしかしたらの話です。でも八岐大蛇が本当に闇の騎士になったら大変ですよ」
「そうだな……今すぐに準備を……ッ!!」
ヒルメティは海岸線から強烈な闇が放たれたいることに気付く。これには疲れ切った騎士達も嫌でも気付く程だった。
騎士達はヒルメティの合図を待たずに、魔法陣の準備を始める。
「ヒルメティ様。これを使えば八岐大蛇の様子を見ることが出来ますが……既に戦っている者がいます」
「本当か!?見せてくれ!」
ヒルメティは騎士から水晶を奪うように受け取ると、水晶に映し出されている内容を見始める。
そこには闇の騎士となった八岐大蛇を相手に、アルクとリラが戦っている姿が映し出された。
「もう戦っているのか……クソ!私も行く!この場はグラウス、お前に任せた!」
ヒルメティは騎士達の指揮権限をグラウスに簡単に告げると、八岐大蛇と戦っているアルクの下へ行くことにした。
海岸線に着いた頃には、水晶で見た戦闘よりも激しい戦いが繰り広げられていた。アルクとリラ、八岐大蛇の一撃は人を簡単に殺せる程の威力を待ち合わせ、それをお互いに振るっている。
この戦いの中に介入することは即ち、死を意味している。だが、ただ見ているだけでは何も進展しない。
ヒルメティは戦闘に介入せず、騎士達が何をしようとしているのか、アルクに伝えることにした。
「アルク君!我々光翼騎士団は魔法の準備を始めている!合図を出したら八岐大蛇から急いで離れてくれ!」
ヒルメティの言葉はアルクに届いてるのか不安だったが、僅かにアルクの目線がヒルメティに映る。声が届いたと確信したヒルメティは、魔法陣の進捗状況を騎士達に確認しながら、アルク達の戦いを見守った。




