8ー37 甦る傲慢3
八岐大蛇が目覚める少し前に、ヒルメティはセーバルに瞬間移動の魔法を教えていた。戦いにおいて瞬間移動はとても役に立つが、魔法陣を描き、長い詠唱が必要となる。
それに加えて、少しでも魔力の流れや魔法陣、詠唱に少しの乱れがあった場合、予測以外の位置や最悪の場合、体の一部が失う可能性だってある。
だが、面倒な過程も瞬間移動を理解し、実践を積むことで、魔法陣や詠唱を省略して素早く発動することが可能となる。
アルクが扱う”ポイントワープ”もナイフに小さな魔法陣を仕込み、詠唱無しでいつでも使うことが可能となっている。
だが、セーバルが使った瞬間移動は完璧だった。それどころか、魔法陣のみの詠唱無しの瞬間移動だ。これは直接セーバルに教えていたヒルメティが一番驚いた。
ヒルメティがセーバルに瞬間移動を教えていたのは、日付が変わる前。つまり、セーバルは一夜で瞬間移動の魔法陣や詠唱を理解したのだ。
「どうしたんだ、ヒルメティ?セーバルは頭領なんだから瞬間移動が使えるのは当たり前じゃないのか?」
「ち、違う……昨日の夜中に瞬間移動を教えたんです。つまり、セーバルは瞬間移動を一夜で扱えるようになったんですよ……」
ヒルメティの言葉にアルクとシエラは驚きの声を上げる。アルクでさえ、瞬間移動を完全に扱えるようになったのは三年だ。それを一夜で扱えるようになれたら、それは才能どころの話ではない。
ありえないとアルクは思ったが、とある商店を訪れた際に、そこの店主がマガツヒ人について何と言っているのか思い出した。
『マガツヒ人を信用するな。奴らが出来ないと言ったものは出来ている』
店主は高齢だったため、耄碌したと考えていた。だが、本物のマガツヒ人を前にして店主の言葉は嘘ではないと今になって気付いた。
「アルク。お前の紫の炎魔法はまだ使えるか?」
「無理だ。あの魔法は大量の魔法陣が必要だが……また一からやるとなると絶対に間に合わない。騎士達も魔力に限界が来てると思うぞ」
アルクはヒルメティとシエラに視線を移す。
「アルクさんの言う通りです。そもそも八岐大蛇の複製能力は全てが終わった後に解読出来たんです。それまで聖騎士の皆さんは魔力を大量に使っていて、まともに戦えるのは四人もいるかどうかです」
「光翼騎士団の方も同じ状況です。魔力量には個人差もありますが期待しない方がいいです」
今の騎士達の現状を聞き終えた後、部屋の中に暗い空気が漂った。だが、諦めてしまえばそれこそ本当に全てが終わってしまう。
「全員の調子が良くなるまで八岐大蛇は俺に任せろ。死なない程度にあいつの足止めをする。多分だけど剣聖達も同じ考えだと思う」
アルクはそういった瞬間、八岐大蛇が居る砂浜方向で金属が激しくぶつかり合う音が聞こえてくる。急いで襖を開けると、空を飛びながら八岐大蛇に襲い掛かっている二人の剣聖がいた。
マガツヒ人には魔力が無いはずだ。それにも関わらず、キンとギンは高濃度の魔力を放出しながら空を飛んでいたのだ。
「剣聖とは半分人間であり、もう半分は魔物でもある。これは死にも至るほどの激しい人体改造と地獄に等しい戦闘訓練で手に入れたマガツヒ人の新たな姿とも言える」
セーバルは剣聖がどのようにして誕生するのかアルク達に説明した。
マガツヒに住む剣聖はもともとはどこにでもいるマガツヒ人と同じだった。だが、ありとあらゆる毒物、魔物の血や内臓を取り入れることで体を強制的に変化させる。その上でマガツヒで魔物の生息数が一番多い富剣山に三日三晩置いていく。
そして、生き抜いたものが初めて剣聖の弟子となることが出来る。キンとギンも死ぬ寸前まで何度も追い込まれた結果、先代剣聖の弟子となることが出来た。
「つまり剣聖が高濃度の魔力を放っているのも人体改造によって手に入れた感じか?」
「そうだ。だが、国内で差別や偏見が酷くてな。半端者とか人の皮をかぶった化け物だと色々と言われてたんだ。極めつけは三個前のマガツヒの国王が剣聖の弾圧を始めたんだ。勿論弟子も弾圧対象だった。そのせいでただでさえ少ない剣聖がさらに少なくなったんだ」
セーバルが剣聖のことを話している間にも、キンとギンは八岐大蛇を相手に戦っている。途中で金色の氣を纏ったリラが八岐大蛇に襲い掛かっているところを見つける。
「俺は先に八岐大蛇のところに行ってくる。二人は騎士達の状況を見ながら魔法を撃ってくれ」
アルクはそう言うと、飛行魔法で部屋から飛び立ち、砂浜へ向かった。
「それじゃあ私は聖騎士達の状況を確認しに行きます。最後まで諦めないで頑張りましょう!」
「セイラ様を気を付けてください。おそらく奴はまだ能力を複数隠しています」
ヒルメティとシエラはほぼ同時に瞬間移動を発動し、それぞれの騎士がいる場所へ帰っていった。部屋に取り残されたセーバルは一枚の札を取り出し魔力を流す。すると、札の色は赤く染まる。
(予想以上に陰陽師達の総魔力が無いな……やっぱり阿形吽形を召喚したのが握手だったか)
八岐大蛇の前に突如として現れた二体の巨人。それは陰陽師達が召喚した式神だったが、召喚には大量の魔力が必要となる。だが、召喚してしまえば後は任せればよかったはずだった。
阿形吽形は別名として金剛仁王像と呼べるほど体がとても硬い。あらゆる攻撃にも怯まない胆力と筋肉を持っているが、八岐大蛇の黒い光線の前ではそれらは全て無意味だった。
(こうなるぐらいだったら不動……いや、今更考えたってもう遅い。陰陽師は陰陽師でやれることをしよう)
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アルクが八岐大蛇の目前まで迫ったころ、二人の剣聖の猛攻はまだ続いていた。遠くにいたせいでどうなっているのか分からなかったが、近付いたことで二人の剣聖がどやって戦っているのか知ることが出来た。
二人の体から絶えず溢れ出ている魔力で身体強化を使いながら戦っていた。だからこそ何がどうなっているのかアルクには理解出来なかった。
(身体強化魔法だけで普通空飛べるか?)
キンとギンは身体強化魔法だけを使っていた。つまり飛行魔法など使わずに空を飛んでいたのだ。アルクですら身体強化魔法だけで空を飛ぶのは不可能だ。
だが、マガツヒの剣聖なら何でも出来るから大丈夫だと自分に言い聞かせ、剣聖達の加勢に入る。
「遅れてすまん!手伝うぞ!」
「いいところに来た!では少しだけ時間を稼いでおくれ!その隙に私達は魔力を回復させる!」
「了解!リラも死ぬ気で頑張れよ!」
「はい!」
リラはようやく自由に戦えることが嬉しかったのか、今まで以上に元気に満ちた返事が返ってきた。そして、リラの体を包んでいる黄金の氣はより一層輝きが増す。
[獣人氣法・金狼]
黄金の巨大な狼が現れ、八岐大蛇に襲い掛かる。アルクも黄金の狼の動きに合わせて、八岐大蛇の懐に潜り込み、攻撃を始める。
八岐大蛇は黄金の狼を消そうと黒い光線を放とうとしていた。だが、黒い光線の正体が闇の凝縮体であることを見抜いたアルクにとって妨害は簡単だった。
八岐大蛇の口元に集まっている闇を逆に奪ってしまえば、黒い光線を吐くどころか、時間を無駄にすることも出来る。そして、八岐大蛇の体内に残っているヴィレンの闇も少しずつ削ることも出来る。
そうと決まれば、あとは素早かった。アルクはわざと八岐大蛇の口に近付き、集まっている闇を吸収し始める。だが、流石のアルクでも残りの七つの口を回る余裕は無かった。
口の近くにいるアルクには意を介さず、そのまま七本の黒い光線を黄金の狼に向けて放った。近距離にいたため、黒い光線は全て黄金の狼に命中した。だが、黒い光線は狼の足に当たっただけで、頭部や胴体には一発も命中しなかった。
「リラ!そのまま攻めていろ!」
アルクも援助から攻勢に行動を移す。炎を纏った刀は何の迷いも無く八岐大蛇へと向けられる。
騎士達の魔法だけでは傷すら付けられなかった八岐大蛇の甲殻だったが、アルクとカグツチの前では無意味だった。
アルクが刀を振るたびに八岐大蛇の闇に染まった黒い甲殻が溶けていく。それに加えて、黄金の狼が溶け、肉が剝き出しになっている所に追い打ちを仕掛ける。
ここでようやく八岐大蛇はアルクに視線を移す。アルクの姿が八岐大蛇に完全に映った瞬間、八岐大蛇は巨大な咆哮を上げる。そして、体中から闇を放出し、アルクを中心に攻撃を仕掛ける。
最初はただ目に映ったものから順番に攻撃をしているのかと思っていた。だが、ひたすら攻撃をする黄金の狼もリラには目もくれず、執拗にアルクだけを狙っている。
「なんだ?複製体を焼いた俺が許せないのか?それともただの八つ当たりか?惨めだな?」
アルクは煽るように笑いながら、攻撃の手を一層激しくする。だが、八岐大蛇は何をすることはなく、アルクの攻撃を受け続ける。八岐大蛇が何もしてこないことに不信感を抱きつつも、最後に強力な炎の斬撃を放とうとする。
だが、隠れて闇を溜めていたのか、一本の黒い光線がアルクに命中する。空中で態勢を崩したアルクだったが、持ち前の反射神経で地面に墜落する前に態勢を立て直す。
すると、アルクの額に冷たい何かが落ちてくる。額についたものは水滴だった。そう認識すると、突然の豪雨が襲った。
(雨?おかしいだろ……さっきまで雲一つない綺麗な青空だったんだぞ)
八岐大蛇との戦闘が起こる前までは、アルクの言う通り雲一つない晴天だった。だが、気が付けば、晴天は黒い雲で覆われ、豪雨と雷が降っていた。だが、ほんの僅かに振り続けている雨や雷に闇が混ざっている。
つまり、気候操作も八岐大蛇がやったことになる。
「マジかよ……これも複数ある能力の一つかよ」
八岐大蛇の能力の規模の大きさにアルクは困惑より、面倒な気持ちが強かった。何故なら始祖神龍であるクラシスも修行の一環として良く気候操作に限りなく近い魔法を用いている。
つまり、気候操作がどれほど面倒で、厄介なのかは誰よりも知っているつもりだ。
そして、アルクの予感は的中した。呼び出された雷雨は激しく地上に降り始め、周囲に甚大な被害を与える。
だが、それだけなら何も危険性はない。むしろ、アルクにとっては好条件だった。
アルクは再び攻撃を始めようとしていたが、三つの首が天を仰いでいるのを発見する。
八岐大蛇が咆哮を上げた瞬間、八岐大蛇の頭上で雷と雨粒が集まり始める。それに加えて、自身の口から炎と風を吐き出し、頭上に集める。
そして、一個の球体が完成する。黄色や赤色が混じり合った一つの球体はアルクが立っている足場に高速で放たれる。
アルクは辛うじて反応でき、球体から逃れることが出来た。だが、問題はその後だった。
球体が地面についた瞬間、激しい爆炎と共に、周囲に雷とつむじ風が発生する。
そして、ようやくアルクは気付いた。
八岐大蛇が完全に力を発揮していないことに。




