8ー35 甦る傲慢1
八岐大蛇が目覚めてから、騎士達は必死に魔法を唱えていた。飛んでいる魔法はどれも中級以上の魔法であり、通常の魔物ならば一瞬にして死んでいる。
だが、目の前の化け物は中級以上の魔法が効いてる素振りを見せない。それどころか進行が速くなっているように見える。
「クソ!あの化け物は無敵か!?なんであれだけの魔法を食らって前に進んでいるんだ!」
「嘆いている暇があったら黙って魔法を撃て!そもそも俺達はちょっとした時間稼ぎをすればいい!あとは上の人達がやってくれる!」
騎士の言う通り、現在まで八岐大蛇に飛んでいる大量の魔法は八岐大蛇の時間稼ぎが目的だ。本命はマガツヒの各地で構築された魔法陣と陰陽師、剣聖達の技だ。
魔力が完全に尽きる前に魔法を撃てるだけ撃ってあとは退避するだけ。それでも騎士達にとって八岐大蛇は異質な存在として恐怖を感じていた。
八岐大蛇が進めば進むほど、海岸線沿いの環境が激変していく。波は荒れに荒れ、至る所で渦潮が巻いている。
すると、騎士達の後ろで何が強烈な光が放たれる。それを見た騎士達は一斉に退避を始めた。
その瞬間、巨大な爆発がいくつも発生し、八岐大蛇を襲う。瞬きをするだけで10を超える爆発が起きている。
それだけじゃない。陰陽連本部からは巨人が現れ、青い槍が八岐大蛇に向かって投げられている。
遂に各地で構築された魔法陣や陰陽師による攻撃が始まったのだ。流石の猛攻に八岐大蛇は驚いたのか、痛みを感じたのか進行が止まった。
だが、それでも攻撃は止まない。それどころか八岐大蛇の動きが止まった事により、狙いやすくなったのか、今まで外れていた攻撃も当たるようになっている。
時間稼ぎをしていたのは新兵だったが、初めて見る大規模な攻撃に、退避を忘れ、釘付けにされていた。
だが、それがダメだった。
八岐大蛇は止まっている騎士達に向かって黒い光線を吐き出した。なんの予備動作のない唐突な攻撃に反応出来る新兵は少なかった。
もし、援軍としてヒルメティが居なかったら確実に死んでいた。だが、今はヒルメティが居る。
新兵達に向けられた黒い光線は純白の盾により消滅する。だが、脅威が去った訳ではない。新兵達は再び退避を初めて、指定されている箇所へ向かった。
その間にも八岐大蛇へ過剰とも言える程の攻撃があったが、流石に限界だったのか、攻撃が次第に緩んでいった。
攻撃が来ない事を確認した八岐大蛇は再び進行を始める。そして、遂に八岐大蛇の足がマガツヒの砂浜に触れる。
その瞬間、二体の巨人が現れる。片方は口を開け、もう片方は口を閉じている。バルト王国では見たことのない筋骨隆々な体に額に角があることから、騎士達は陰陽師が召喚した式神であると理解するには時間がかからなかった。
召喚された二体の巨人は息の合った動きで八岐大蛇を攻撃していく。
目の前に突如現れた筋肉質な二体の巨人のいきなりの攻撃に驚いたのか、それとも攻撃が通っているのか分からないが、初めて八岐大蛇の叫び声が響いた。
この瞬間を好機と見たのか、ついにヒルメティが姿を現す。そして、光を展開した後、光の盾が八岐大蛇を取り囲むように出現させ、巨人ごと閉じ込める。そこへ、事前に打ち合わせをしていたかの様に、海面から水の竜が現れ、八岐大蛇に襲い掛かる。
だが、神龍を怒らせるほどの傲慢の魔物と言うべきか、笑い声のような雄叫びが聞こえた後、八本の黒い光線が無差別に放たれる。
幸運なことに新兵達は全員退避していたおかげで怪我人も死人も出なかった。代わりにマガツヒの大地が穿っただけだった。
黒い光線が止んだころには、囲っていた盾も二体の巨人も消えていた。そして、再び八岐大蛇は歩み始めた。
―――――――
二体の巨人が八岐大蛇の目の前に現れた頃、キンとギン、シュノウの三人は八岐大蛇を見下ろせる崖上に居た。
八岐大蛇が現れてからは何もせずに、傍観を続けていた。だが、八岐大蛇が黒い光線を吐き終わってからようやく動きがあった。
後ろの方で積まれていた荷物からいくつかの小瓶を取り出す。
中には紫や緑、青色といったいかにも怪しい液体の薬が入っていた。
「シュノウ、この小瓶はなんだと思う?」
ギンは後ろで控えているシュノウに質問する。いきなり話しかけられたシュノウは動揺しながらも口を開く。
「その小瓶は霊薬と言われてて……魔物の種類や戦い方によって飲む霊薬が変わる……でしたか?」
「そうだ。霊薬は剣聖の戦闘の際に補助を目的として作られた薬だ。霊薬によって配合されるものは変わるが、共通として激毒が使われている」
ギンは霊薬についての情報を次々と口に出していく。
霊薬は魔物から剥ぎ取った内臓の一部と魔石、そして大量の薬草を使って作られる。もし、剣聖ではないただの人間が摂取した場合、胃に入れた時点で死んでしまう。
霊薬は剣聖だからこそまともに扱える薬なのだ。
「霊薬の効果は多くある。筋力を増大させるもの、五感を強化させるものなど、効果は多岐に渡る。その中でも異質を放っている霊薬が一つだけある。それが何だか分かるかい?」
「えっと……確か魔力を短時間だけ増大させるでしたか?」
「当たりだ。私達剣聖は訓練の過程で死と隣り合わせだった。そして、その過程で怪物の血肉を己の体に取り込んだ。その結果、剣聖の体の中には砂粒程度だが魔力を有することが出来た」
ギンはそう言いながらキンと同時に黒い霊薬を飲み込む。しばらく唸ったあと、二人の角が赤く発光する。
「そして剣聖の技には一つだけ魔力を使うものがあった。それこそが”百目剣”の奥義であり、最強と言われる所以だ」
二人は刀を引き抜き、キンは上段の構え、ギンは脇構えをする。それと同時にマガツヒ人ではありない程の大量の魔力が二人から放たれる。
その魔力量には遠く離れている八岐大蛇でさえ歩みを止め、二人を睨むほどであった。
魔力の高まりが最高潮に達した瞬間、体から溢れていた大量の魔力は二人の体へと全て収まった。
[百目剣・人型・鬼人討滅斬]
二人の剣聖は重いものを引き抜くかのようなゆっくりとした動きで刀を引き抜く。刀を完全に姿を現せてからは何もかもが早かった。二人の刀はいつの間にか場所が逆転していた。キンの刀は地面に当たっており、ギンの刀は天を仰いでいた。
だが、シュノウは何が起こったのかはっきりと見ることが出来た。二人の刀には赤黒い何かが纏われていた。二人が振るう刀には必ず優しさが常に感じられていた。だが、今の二人からは信じられないほどの憎しみが感じられていた。
『ギャアアアアアアアアアァァァァ!!!?!』
八岐大蛇から悲鳴が聞こえる。シュノウは八岐大蛇を見ると、頭部はいつの間にか六頭になっており、残りの二頭は足元に落ちていた。
「ふぅ……流石にこの技は老体に堪えるねぇ」
「そうだな。やるべきことはやったし、あとは見てるだけで良いんじゃないんかい?」
キンとギンは体の骨を鳴らしながら地面に胡坐をかく。
「え?でも八岐大蛇は全然元気ですよ?それどころかこっちを殺そうと口に何か溜め込んでますよ?」
シュノウの言う通り、頭部を二頭も切り落とられた八岐大蛇は三人を殺そうと、再び黒い光線を吐こうとしている。だが、二人の剣聖は焦っている素振りを見せない。それ以上に笑っている。
そして、遂に八岐大蛇から黒い光線が放たれる。シュノウは二人を守ろうと前に出るが、キンによって静止される。
死を覚悟したシュノウだったが、八岐大蛇の光線が何かによって弾かれる。
「全く。アルクって奴の守備範囲はどれぐらい広いんだい?流石の私でもここまで守り切れる自信がないよ」
どうやら八岐大蛇の光線を弾いたのはアルクのようだが、どうやって弾いたのかシュノウは何も分からない。
「何も見てるだけじゃないよ。八岐大蛇にはもう一つ気を付けなきゃいけないのがあるんだよ」
「気を付けなきゃいけないこと?」
「そうさ!八岐大蛇には多くの能力がある。だけどアイツはまだ黒い光線しか能力を見せていない」
「それってわざとやっているんですか?」
「さぁね?魔物の考えていることは分からないよ。もしかしたら黒い光線しか使えない木偶の棒、もしかしたら能力を隠しているかのどっちかだと私は読んでいるよ。ギンはどう思う?」
「全くもって同意見だよ。そもそも頭が八つもあるくせして黒い光線しか使えなかったら私は本気で怒るよ」
二人が何を考えているのかようやく理解したシュノウは次の戦いに向けて体力を温存することを優先にした。




