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8ー33 剣聖と陰陽師

 剣聖の家を出たアルクとリラは眼下に広がる光景に驚いていた。外はすでに夜であり、月明かりもそこまで良いわけではない。だが、それでも分かるほど何かがうごめいている物体を目視できた。


 アルクは周りがよく見えるように目に魔力を集中させる。その瞬間、うごめいている何かから小さな明かりが、一つ、また一つと増えていく。


 初めは何かの明かりだと思っていたが、それが生き物の目だと分かった瞬間、アルクは身構えた。


「安心しな!客人はそこで見てるだけでいいよ!それにこれは日課のようなものだから!」


 キンはそう言うと、眼下に広がる何かを確認した後、刀を引き抜き、一気に山を下っていく。その後、すぐに何かが叫ぶ音と共に肉を切断する音が聞こえてくる。


「ご主人……もしかしてアレ全部魔物かなんかですか?」


「そうらしいな……それにしても多いな……。”魔物大侵攻(スタンピード)”って言われても信じるくらいには多いな」


 アルクとリラがそう会話している間にも、キンとギン、シュノウはその刀で魔物を殺していく。それは蹂躙そのものだった。 


 最初は誰かのいたずらではないかと考えたが、息遣いや足音、威圧感からキン達が戦っている魔物であると判断した。


「伏せろ!」


 アルクの叫び声と共に、リラは伏せる。その後すぐに炎の斬撃が後ろにいる魔物に直撃する。だが、感触がおかしかった。


 いつもは筋肉の筋が切れる感触が剣を通じて伝わる。だが、筋肉の筋が切れる感触が無い。それどころか鉄を拳で殴ったような感触だけが残っている。そして、雲で隠れていた月が姿を現し、辺りが少しだけ月明かりで明るくなる。


 ここでようやく魔物の姿を見ることができた。猿のような外見だが、背は高く、尾と角が生えていた。だが、一番の特徴は毛皮の上からでも分かるほどの筋肉量だ。


 しばらく見合った後、猿の魔物は甲高い方向を挙げ、アルク達を襲った。


 だが、運が良かった。雲に隠れていた月は姿を現したおかげで、魔物の動きは全て見える。


 魔物の攻撃はどれも力任せの攻撃で対処はしやすかった。だが、長い手足と尾を使い、様々な体勢や方向から攻撃が繰り出されている。


 だが、アルクの前ではそれは全て意味をなさなかった。


 同時に繰り出された拳を全ていなし、地面に魔物の両手をつかせる。そして、四つん這いの状態となった魔物の首を切り落とした。


 猿の魔物は単体ならばそれほど驚異的ではないが、それが群れた場合は危険度が段違いに違うだろう。そして、眼下にうごめいていたものは猿の魔物の群れだ。


「ご主人……これ手助けした方が良くないですか?」


「俺も分かってるけど……手助けなんか要らなそうだぞ?見てみろよ」


 リラはアルクが指差した方向を見る。そこには大量に襲い掛かる猿の魔物を簡単に一振りで屠っていく。だが、それはキンとギンだけが出来る事だけで、彼女らの弟子であるシュノウは猿の魔物一匹の対処でも手こずっている。


「シュノウ!アンタはまだ戦えない!さっさと客人達と私らを見ていろ!」


「そんな!私だって戦えます!」


 シュノウはまだ戦えると主張したが、キンとギンにとってそれは余計なお世話だった。本当なら無理矢理シュノウを投げ飛ばし、戦いに集中したかった。だが、猿の魔物が行く手を阻み出来なかった。


 そんなやり取りを見ていたアルクはシュノウを無理矢理連れてくるために山を下る。


「どうしてここに!?」


「戦いの邪魔になるから俺達と一緒に上に戻るぞ」


 アルクはシュノウを襟首を掴むが、逃げようと抵抗する。必死にもがいているシュノウだったが、アルクは闇で無理矢理手足を縛り、山の上へと戻った。


「何をするんですか!もう少しで師匠達の役に立てたんですよ!」


「無理に決まってるだろ!上から見ててもあの二人が奴らに傷をつけられる姿を想像するのが難しい!でもお前は猿一匹にあれだけ時間をかけてる!役に立つどころか足手まといになってるんだよ!」


 アルクは山の下に戻ろうとするシュノウを全力で制止している。何故なら山の下から”止められなかったらどうなるか分かってるよな?”と言っているような威圧感を感じていたからだ。


 アルクがシュノウを止めていると、左右から再び猿の魔物が現れた。今度は一匹だけでなく五匹以上居る。


「いいか?聞けよ。あの二人に少しでも戦闘で役に立ちたいと言うのなら少しは協力しろ。俺は右の猿を殺る。だからシュノウは左の猿を殺れ。この程度が無理だったらこれからお前のことを無能って呼ぶ」


 脅しに似た言葉を吐いたアルクは、宣言通りに刀を引き抜き右の猿の群れに突撃した。シュノウも地面に落ちている刀を急いで回収し、左の猿の群れに突撃する。


 一度戦ってしまえばあとの対処は簡単だった。猿の攻撃を全ていなしていく。時には協力し合って攻撃するような猿もいたが、アルクの刀の前には全て無意味だった。


 確実に仕留めるために、全ての猿の首を切り落とした。生き残っている猿がいない事を確認したアルクはシュノウの状態を確認する。


 既に三匹を仕留めているが、まだ四匹残っている。


 猿達はシュノウが劣勢である事を知っているのか、悪意のあるにやけ面をしている。だが、その油断が命取りだった。


 シュノウは油断している猿にゆっくりと刀を横に振る。何も起きないことに遂に猿は笑い始める。


[百目剣・花型・彼岸花]


 その瞬間、四匹の猿は何の音もなく首から大量の血を噴き出し、絶命していく。


 生き残っている猿がいない事を確認したシュノウはゆっくりと息を吐きながら、刀を鞘に収める。


 シュノウに話しかけようとしたアルクは、いつの間にか地面に座っているキンとギンを見つける。山の下に目をやると、大量の猿の死体だけが残されていた。


「決めたよ!私達は八岐大蛇の討伐に力を貸す!」


 突然の協力宣言にアルクは何も反応出来ない。そもそも、何を見てそう判断したのかも知らない。


「呆けている暇はないよ!さっさと荷物をまとめて陰陽連の本部に行くよ!さぁ早く!」


 ギンはそう言うとシュノウを回収して、キンと共に家に帰っていく。しばらく待っていると荷物を詰めた風呂敷を背負った三人が家から出ていく。


「このまま一気に降るからシュノウとリラは私の背中に上がりな!アルクはギンの背中に上がってて!」


 キンの言う通りに三人はそれぞれキンとギンの背中に上る。すると、強い衝撃と共に内臓が浮くような感覚を感じる。隣では二人の女の子の悲鳴が聞こえたような気がするが、空耳だと思い込み、考えないようにした。


 しばらくすると、今度は重力が体中を襲った。アルクは目を開けると暗くなっていて自身がどこにいるか分からなかったが、建物と寄ってくる人の服装からして陰陽連の本部だと理解するには時間がかからなかった。


「な、何者だ!ここが陰陽連本部だと知っていての狼藉か!」


 襲撃だと思ったのか、多数の陰陽師が札を手に持ちながら警戒の態勢に入る。これには流石の剣聖も予想していなかったのか、慌てて説明に入るが誰も信じようとしない。


 確かに刀を携えた二人の老婆がそれぞれ背中に人を乗せたまま、国の防衛の大部分を担っている陰陽連本部に突撃すれば、誰でも敵だと思うのは当たり前だ。


「待て待て!俺はセーバルからの頼みで剣聖の説得に行ったアルクだ!この人達は本当の剣聖だ!信じられないならセーバルを呼んで来い!」


 アルクはギンの背中から降り、陰陽師達の説得を試みる。だが、誰も警戒心が高く、耳を傾けてくれない。


(警戒心が高いのは感心するが、せめて仲間の顔は覚えてもらいたい)


 アルクはそう思っていると、騒ぎを聞きつけたのか、高い役職に居そうな陰陽師が駆けつけてくる。


「なんの騒ぎだ!誰か説明をしろ!」


「ド、ドーマン様!実は不可解な老婆が……」


 陰陽師が何があったのかをドーマンに説明する。説明を聞き終えたドーマンは何かを話した後、急いでアルク達の方に駆け寄り、頭を下げる。


「連絡が行き届いてなくて申し訳ない!私は陰陽連副頭領のドーマンと申す者。今からセーバルの居るところに案内するから着いてきてくれ!」


 ドーマンはそう言うと、先導するように前を歩く。アルク達もドーマンの後を追い、陰陽連本部の建物の中へと入っていく。


 木造建築特有の匂いを浴びながら、広い通路を進んでいくと、一つの部屋へと辿り着く。


「セーバル。剣聖達が来てくれたぞ。入るぞ」


 ドーマンは友達に声をかけるような声音で部屋の扉を開く。部屋の中にはセーバルの他にシエラとヒルメティが居た。


「アルク!良くやってくれた!まさか一日で説得が出来るなんて思わなかったぞ!どうぞここに座ってくれ!」


 セーバルに座るように促されたアルク達は、床に敷かれている座布団の上に座った。そして、セーバルの口から各地で行われている迎撃準備や、八岐大蛇のことについて何も知らない剣聖達に話していく。


 話を聞いているうちにキンは口を開いた。


「八岐大蛇のことについてだが……私達は単独で動く。お前達陰陽連の下にはつかない。この条件を吞めなかったら協力はしない」


 キンの唐突な要求にアルクは驚いた。言い返そうとしたが、キンとギンから放たれる殺気に口が開けなかった。


「お前達陰陽連が今まで剣聖の名を冠する私達に何をしたのか知らないわけじゃないよな?」


「そうだったな。最初にそれを言うべきだった……。今まで、今日に至るまで数々の無礼と敵対行動のすべてに対して謝罪致す!面目次第も御座らぬ!」


 セーバルはそういうと、両膝と両手を床に置き、額を床につけた。この行動にドーマンはもちろん、護衛として部屋の中にいた陰陽師達も目を見開いた。


「今更謝られても失ったものは戻ってこない。だが、これで過去の怨恨は帳消しはならんが多少な無しだ。それで?私ら剣聖のやることは?」


「そうだな……ってか残りの四人の剣聖はどうしたんだ?」


「あいつらはとっくの昔に病気やら寿命やらで死んでる。残ってる今の剣聖は私とギンの二人だけだが……剣聖候補はもう居る」


 キンは隣に座っているシュノウの頭を乱暴に撫でる。


「私らは私らで自由にやる。そっちの方が無駄に周りを巻き込まずに全力を出せる。話はこれだけだ!そんじゃあ私らは準備をするから」


 キンはそういうと、ギンとシュノウと共に陰陽連本部の建物を後にした。


ーーーーーーーーーーーー


 何もない闇の空間へ、マガツヒでの戦闘を終えたヴィレンがゆっくりと腰を下ろし、休憩する。そこへヴィレンをマガツヒへ送り込んだ張本人であるラルバドルが寄ってくる。


 ラルバドルは何も持っていないで地面に座って休憩しているヴィレンを見ると訝しげな顔をする。


「ヴィレン……もしかして何も成果が無かったの?」


「そうだ!炎の聖剣も闇も全部盗られちまった!けどよ……地下深くで面白いものを見つけたんだよ!知りたいか?」


「面白いもの?なに、それ?」


「それはな……太古の昔に滅んだと言われたヤマタノオロチなんだよ!」


 魔物の名を聞いた瞬間、ラルバドルは目を見開いた。闇の王国が存在している時から生きているラルバドルでさえも、名ばかりの存在の魔物が本当に実在していたとは思わなかったのだろう。


「その子はどこに!もしかしてまだ眠っているんですか?だったら今すぐに行かないと!」


 ラルバドルは闇の空間に亀裂を入れ、マガツヒへ行こうとする。だが、ヴィレンは興奮しているラルバドルと引き留めた。


「その事なんだが……実は目覚めさせちまった……」


「てめぇマジで晒し首にして一生消せない恥をその身に切り刻んでやろうか?」


 ラルバドルの本気の警告に流石のヴィレンも身の危険を感じ、闇の空間から姿を消した。

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