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8ー32 穏やかな夜

「ふう……。とりあえず必要最低限の準備はできたが……不安だな」


 そう呟いたのは陰陽連頭領の阿部=セーバルだ。八岐大蛇の対策でキヨナ城の会議が終わってから夜になるまでずっと指揮を出していた。不安だった物資不足も”万神店”の手助けにより解決した。


 だが、問題は八岐大蛇の情報が足りないことだ。陰陽連の書庫に存在している魔物について書かれた書物を読んでも、八岐大蛇の情報は皆無に等しかった。


「お疲れ様です、セーバル様」


 座布団に座って緑茶を飲んでいたところに、シエラが声をかけた。


「そっちも随分と忙しそうだっただ…もしかして知らないうちに鳴き声が聞こえたのか?」


「特には聞こえてないです。こちらもある程度の準備ができていて、残りは念のための準備をしています。ヒルメティ様はまだまだ迎撃の準備が長引きそうだったので私が先に来ました」


「なるほど。立っているのもあれなんで座布団に座ってて求刑しててくれ。ヒルメティが来るまでゆっくりと茶を飲んで待っているか」


 セーバルはシエラを茶を出すと、適当に会話を始めた。迎撃で何をすればいいのか、どんなことをするのか軽く話していると、ヒルメティも陰陽連の本部に到着した。


「ところでアルクはどこに行ったんですか?誰かを説得しに行くとだけ聞いたんですけど……」


 ヒルメティはアルクがどこでなにをやっているのか気になった。ヒルメティとシエラは会議の後から連絡の一つもない。それどころか会ってすらない。


「アルクには剣聖の説得に向かってもらった。奴は剣士としての誇りもあるだろうしうまくいくだろう」


「剣聖?この国にも剣聖がいるんですか?もしかすると団長のレイラー=ブラウンと同じ実力だったりしませんか?」


 ヒルメティは初めてこの国にも剣聖がいることを知った。ヒルメティにとって剣聖とは剣術と魔術、知力がどれも長けているものだと考えている。


「居るっちゃ居るが……騎士団のところの剣聖様とは比べても無駄だぞ。なんせマガツヒの剣聖は魔法が使えない単純な剣術だけの存在だからな。でも昔に魔物の大群が現れた時に一瞬で壊滅させてタカマガハラに被害を出さなかったんだ」


「剣術だけの存在……でも魔法も使わないで多くの魔物と対峙できる存在ならかなりの戦力の向上に繋がりますね。ヒルメティ様はマガツヒの剣聖についてどう思いますか?」


「私ですか?そうですね……魔法が使えないマガツヒで魔物の大群を壊滅できるほどの実力を持っているなら安心ですね」


 三人がしばらく話続けていると、大量の食事が目の前に運ばれた。セーバルは何事だと思ったが、大量の食べ物を運んでいる人物が目に入った瞬間、口を開く気が消え失せた。


 大量の食べ物を運んだ人物とは”万神店”の店長であるメグヤだった。


「なに休憩してるんですか?暇だったら夕飯を食べてください。食べれるときに食べないと本番は失敗しますよ!えーと……腹が減っては戦は出来ぬです!皆さんもお腹が減ったらドンドン食べてくださいね!」


 メグヤの声に休憩なしで動き続けていた陰陽師達は屍のように体を起き上がらせ、”万神店”が運んだ食べ物に食いついた。


「あと離れて作業している聖騎士さん達にも食事を運ぶように頼みました。おそらくもう食事が届いている頃なので安心してください!だからほら!貴方達もじゃんじゃん食べちゃってください!」


 メグヤの眩しい笑顔に惹かれ、三人とも陰陽師達と同様に、食事を次々の口に運ぶ。大陸では普段食べないような食べ物が数多く並べられ、新鮮な気分だった。だが、シエラは食べ物を口に運んでから違和感を覚えた。


 それはいくつかの食べ物のうち、初めて食べた気がしないものがあったのだ。


「あの……この白くて四角いのと……粘り気のある豆はなんですか?なんか昔に食べた気がして」


 シエラは目の前に置かれている白くて四角いチーズのような食べ物と、粘り気と匂いがある豆をメグヤに聞く。


「これですか?白いのは”豆腐”で粘り気のある豆は”納豆”と言う物です。どれも豆を使って作られているので安心してください」


「そうなんですか?でもこの”納豆”と言う物は……腐ってませんか?」


「納豆なんですから腐ってるのは当たり前じゃないですか」


「腐って!?え!?」


 シエラは何を言っているのか分からない顔をしていたが、見かねたメグヤの部下によって”納豆”の説明を始めた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 時は少し遡り、アルクの動向を遠くで見ていた人物がいた。その人物とはアルクやリラにとって師匠とも呼べる存在である、レイリンとクラシスだった。


「どうやらあの二人……剣聖の下で修行するつもりのようね」


「修行!?何を言ってるんだよ!そもそもヤマタノオロチはあんたの後処理が下手すぎて後世の奴らが対処しなきゃいけなくなったんだろ?」


 レイリンはクラシスの適当な後処理と楽観的な考えに思わず怒ってしまった。


「そ、それはそうだけど……」


「だったら今からでもヤマタノオロチを殺しに行け!」


「そうしたいのは山々なんだけど……あの方が定めた契約と約束のせいで無理なのよ」


「ったく。神ってのは面倒な縛りがいくつもあるんだな」


「ごめんね、レイリン。でもアルクなら行けるわよ。知っているでしょ?あの子は天才だって」


 天才という言葉を聞いたレイリンは思わずにやけ、クラシスを見た。


「珍しいな。お前がアルクを天才だって呼ぶのは。お前の中で天才って呼んだのはこれで……三人目か?」


「そうね。でもあの子は二人の天才とは違った物を持っている。それはあなたも知っているでしょ?」


「当たり前だ!確か無限に近い成長性だろ?」


「そう。一人目はすべての分野にて最高峰であり、私を一度負かした。二人目は無尽蔵の魔力にて私を負かした。アルクは無限に等しい成長性で私を負かす可能性がある。でもあの子は自身の成長性に気付いていない」


「でもあんたの想像でアルクはどのぐらいの成長性なんだ?」


「そうね……本に例えると、普通の者は30枚の紙で構成された本だとする。でもアルクは1万枚の紙で構成されている辞書の様な存在よ。しかもまだまだ半分が白紙の状態」


「恐ろしいな。でもあいつが完全に成長した姿が楽しみだ」


「私も同感よ。さて、話はここまでにして……イレナとシロの教育を始めるわよ!お酒は飲まないでちゃんと教育するのよ!」


「んなこたぁ分かってる!舐めんな!」


 二人は崖下でお互いに打ち合っているイレナとシロの元へ向かっていった。アルクとリラがマガツヒに行ってから、二人はずっとレイリンとクラシスの下で厳しい鍛錬の日々を送っていた。


 特に魔物から魔人に進化したシロは初めは不慣れな二足歩行となったため、最初の数日は幼児と同様の鍛錬をしていた。だが、元々持っていた才能なのか、二足歩行はすぐに克服し、今では魔法を使いながら得意な糸を使った戦闘を行えるほど成長していた。


「シロも良く動けるようになったな。それじゃあシロは儂と一緒に戦闘の訓練じゃ」


「イレナは私と一緒に龍魔法と光魔法の使い方の特訓よ。今日は厳しめに見るから気合い入れて頂戴ね」


 アルクの様子を見たせいか、二人はどこかやる気があった。イレナとシロは嫌な予感を感じつつも、抵抗するだけ無駄だと判断し、おとなしく鍛錬に付き合うことにした。


ーーーーーーーーーーーーーー


 剣聖の下で修業することになったアルクは危機感を感じていた。何故なら目の前の二人の剣聖がくだらないことで喧嘩をしていたからだ。


「だがらよ!キンの方が魚大きいだろうが!わざとか?」


「気のせいだよ!客人を前に下らなことで突っかかってくるんじゃないよ!」


 二人の剣聖は夕食に出されている料理のことで喧嘩をしていた。喧嘩の内容はおかずの魚がギンの方が少し大きいからと、酒問題で喧嘩していたアルクもびっくりの内容だった。


 元々料理していたのはキンだったが、配膳はギンがやっていた。


「そもそも魚は個体差があって見極めるのが大変なんだよ!それにこれでも大きい方の魚を選んだんだよ!」


「あああ!これじゃあうまい飯も不味くなっちまうよ!表出な!」


 ついに本格的な喧嘩が始まろうとしたとき、シュノウが二人の間に入った。


「喧嘩はやめてください!二人とも私の数倍は生きているのにこんなくだらないことで喧嘩しないでください!」


 シュノウの言葉に殴り合い寸前まで行っていた二人はお互い目を合わせ、静かに床に座った。


「みっともないところを見せてすまなかったね。私とギンは飯のことになるとつい熱くなっちまうんだ」


 キンとギンはシュノウとアルク、リラに謝罪をして食事を続けた。その時だった。


『グアアアアァァァァハハハハァァァ』


 何かが叫ぶような、笑うような不思議な鳴き声が辺り一面に響いた。


「もしかして……八岐大蛇か!?」


 アルクは響き渡った鳴き声らしきものを、八岐大蛇の鳴き声ではないかと考えていた。だが、その考えを剣聖達は否定した。


「違う違う。それは富剣山に古くから住まう化け物、鬼狒々の鳴き声だ」


「鬼狒々……そうか。もうそんな時期か。それじゃあシュノウも刀を持って死合いの準備だ」


「わ、分かりました!」


 いつの間に食べ終えたのか、キンとギンの食器は空となっていた。


 シュノウも急いで食べ終わり、刀を持って二人の後を追った。


「どうしたんでしょうね?」


「さぁな?俺達も急いで後を追うか!」


 アルク達も三人の後を追うために、急いで食べ終わり、剣聖の家の外へと出た。

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