8ー31 剣聖達の暮らし
涼しい風と共に、アルクは目を覚ます。知らない木製の天井を眺めていると、どこからか木を当てる音が聞こえてくる。
まだハッキリしない意識を無理矢理叩き起こし、上半身を上げる。体中に剣聖であるギンとの戦いで負った傷が治療されており、体中に包帯が巻かれている。だが、痛みは何一つ感じなかった。
アルクは布団から立ち上がり、家の扉を開ける。そこには木刀で稽古しているイネと口元を隠した老婆が居た。お互い集中しているのか、起きたアルクに気付いていなかった。アルク自身も邪魔をしてはいけないと思い、座れそうな石を見つけ、そこに座る。
幸いにもアルク達が居る所は頂上なのか魔力が体中を流れているため、体調には問題が無かった。
「どうしだ、シュノウ!ここまでの修行の成果はこんなものなのかい!」
「まだまだ本気じゃないです……よ!」
イネは木刀は勢いよく老婆の木刀に当てる。本当に華奢な少女と老婆の稽古なのかと思う程の衝撃が周囲に放たれる。
「む?どうやら客人が目を覚ましたようだね。今日の稽古はここまでにしよう」
「はい!ありがとうございました!それでは近くの川で汗を流してきます」
イネは老婆に深くお辞儀すると下って行った。イネが見えなくなるのを確認すると、老婆は座っているアルクへ向き直る。
「目を覚ましたようだね?妹のギンは手加減できなくてね。首と体はまだ痛むかい?」
「体の痛みはもう無い……です。首の方はまだ居たいですけど」
「随分と頑丈な体だね?普通ならまだまだギンに斬られた所は痛むはずだよ?」
「そうなんですね……。あ、自分はアルクと言いますけど……もう一人の獣人の女は見ませんでしたか?」
「獣人……リラちゃんかい?その娘ならギンと夕飯の調達に行ってるよ。そう言えばまだ名乗ってなかったね。私はキン=ヤシャ。名前から分かると思うけどギンの姉だよ」
「ギンの姉……という事はあなたも剣聖って呼ばれてるんですか?」
「そうだよ。もちろんあんた達がこの山に来たのかも聞いたよ。どうやら八岐大蛇が目覚めるみたいだね。大変そうじゃないか。頑張りなよ!」
キンはアルクに対して励ましこの言葉を投げかける。どうやら八岐大蛇の討伐に協力してくれる気は無いようだ。
「それにしてもこの時期に八岐大蛇の復活か~。大陸はあんたの対策だったり闇の対策で忙しいのにね~」
「そんなに言うんだったら協力してくれよ!」
「だったら私達を納得させるんだね。別に一回しか機会を与える訳じゃあ無いんだ。だが、期限は設ける。八岐大蛇が目覚めるまでに私達を納得させろ。それが出来なかったら私達はマガツヒと共に死ぬだけだ」
キンはそう言うとイネが使っていた木刀をアルクに渡す。どうやら稽古をつけてくれるようだ。
「あんたが納得させる相手は妹のギン。私はあんたの稽古をつけて強くする。分かったらさっさと立ちな!」
キンの声にアルクは反射的に立ち上がる。
「まずはあんたの流派と体の動かし方を見る。合図と共に私に殺す気で襲い掛かれ……来い!」
キンはそう言うと、アルクはいつも通りの戦い方でキンに襲い掛かる。身体強化を施した状態のアルクは素早い動きでキンを翻弄していた。だが、アルクの木刀は全てキンに防がれる。
「ふむ……中々に好戦的な流派だな。体の動かし方も良いが……魔法に頼っている部分が多すぎる……。良し!今度は魔法を使わないで襲って来い!」
アルクの猛攻を涼しい顔で全て受け流しているキンは、アルクに身体強化を使わない状態を要求した。少し警戒しながらも常に発動していた身体強化を解除し、純粋な身体能力でキンに斬りかかる。
だが、これも全てキンに防がられて、有効打を与えることが出来なかった。キンの方はアルクから視点を一切外さずに、アルクの動きをずっと観察していた。
「ここまでにしよう!」
キンはそう叫ぶと、アルクに渡した木刀を奪い取る。
「そうだな……。流派は専門外だから特にいう事は無いが……体の動かし方に無駄があったな。魔法を使っている場合はある程度は誤魔化せていた。だが、魔法を使っていない状態だと無駄が部分が顕著に表れた。全部言うと日が暮れるから特に気になる所しか言わないからよく聞くことだね」
キンはアルクの無駄な動きについてドンドン話していく。
最初に力の入れ方に問題があった。人間の筋肉は他の種族と比べて弱い。だからこそ魔法で優位性を取っていたが、マガツヒ人は違う。生まれつき体内に魔力を有していない者は己の体一つで魔物や魔人とやり合わなければならない。
「で?つまり何が言いたいんですか?筋肉を鍛えろと言いたいんですか?」
「そう言う事を言ってるんじゃないよ。簡単に言うともっと体全体を使えと言ってるんだ」
「そんな事をしたら長期戦だとこっちが不利になるじゃないですか?」
「ギンと短期戦をして負けたあんたが言える事なのかい?」
キンに痛い所を突かれてしまった。だが、キンの言っていることは正しかった。アルクの使っている剣術は長期戦を見越している戦い方だ。体の一部の筋肉だけを使い、出来るだけ体力を温存しながら長期戦へと進めていく。
実際にそれで何度も殺し合いに勝っていたため、誰にも指摘されてこなかった。
そもそも、この戦い方はアルクの師匠であるレイリン=アレキウスから教わった。
「それに私達はもうババアなんだから力で押せば優位なのはアルクの方なんだ」
確かにキンの言う事も一理あった。アルクの戦い方は一人を相手に対しても長期戦へと持ち込ませる傾向が高い。だが、相手がキンやギンの老人であれば単純な力押しであればそれだけで勝てる。
「でも剣聖相手に力押しはむしろ逆効果じゃないですか?」
「まぁそれはそうだ。だけど長期戦は危険なことが多い。これからは短期戦を意識した体の使い方をしろ。次に無駄な所は……どうやらギンとリラが戻って来たようだね。話は後にしよう」
キンは話を途中で区切り、階段の方向を見る。しばらくすると、大量の魚を脇に抱えたリラと、山菜を採ったのか、背中の籠一杯に山菜が詰まっていた。
「お?どうやら起きたみたいだね。あの時は済まなかったね。流石にあの規模の爆発は見逃せなくて気絶させてもらったよ。首はまだ痛むと思うけど直ぐに治るよ……魚はあそこの桶に入れておいて。あとで捌くから」
「分かりました」
リラは脇に抱えている大量の魚を桶の中に入れ、アルクの方に駆け寄る。
「目が覚めて良かったです。いきなり意識がないご主人が運ばれてビックリしましたよ。体の痛みはどうですか?」
「首以外は痛みは無いけど……俺はどのぐらい寝てたんだ?」
「ご主人がここに運ばれてから……2時間程度ですね。その間は特に鳴き声も何もありませんでした」
「それなら良かった……どうする?しばらくここに留まると思うんだが」
アルクはさっきまでキンと話していた内容を伝えていく。少し考えた後、リラもアルクと共に剣聖の下に留まる決断をした。
「取り敢えず一緒に剣聖達相手に何回か挑んで無駄な所を治していく必要があるな」
「そうですね……あ!この後ご飯みたいですよ。私達はキヨナ城で会議をしてから何も食べていなかったので良かったですね!私は何か手伝える事があるかギンさんに聞いてきますね!」
リラはそう言うと、魚を捌き始めているギンの下へと寄って行った。しばらくすると、川で汗を流してきたイネが帰って来た。
「目を覚ましたみたいですね。それで師匠と戦ってみてどうでしたか?」
イネは煽るような口調でアルクに話しかける。少しはムカついたアルクだったが、大人の対応を見せる。
「強かった。正直老婆だからって油断していた部分もあったが……それを除いても単純な剣術や体術で勝てる気がしなかった」
「当たり前です!だって魔力を使わないでこの国一の剣士に同時になったんです!きっと大陸暮らしで魔力依存の剣聖よりも実力はあると思います!」
イネはアルクにそう言う。だが、すぐに自分が言ってはいけない事を言ったと自覚した。
何故なら、イネの師匠であるキンとギンから強い殺気が放たれているからだ。
ギンは魚を捌きながらイネを睨んでいたが、キン口を開いた。
「何度も言っている筈だよ、シュノウ?あった事もない剣士に憶測や先入観で語るなと何度も言っている」
「だ、だってそう思うじゃないですか!そもそも魔力を使って剣聖って呼ばれるのはおかしいじゃないですか!」
「聞き分けのない子だねぇ……お前が傷つくから言わなかったけど、アルクはお前の何十倍も才能があるよ」
「私よりも!?魔力に頼らないと満足に打ち合えない様な剣士が私よりも?」
イネ――シュノウはキンの言葉に反発し、遂には口喧嘩が始まった。
流石のアルクもこれからの事を考えると考えると悪影響だと判断し、間に割って止めようとする。だが、リラと共に魚を捌いていたギンはアルクを止める。
「こんなみっともないところを見せちまってすまないね。だが、これは当たり前の事なんだ」
「そうなのか……って、俺も思い返してみれば同じ事をしてたな」
「同じ事って……あんたの師匠と何回もアレと同じことしてたのかい?」
「まぁ……してたっちゃしてたが……大体が酒の飲み過ぎを注意してそこから発展してたんだ」
アルクは師匠であるレイリンとの昔にあった喧嘩の発端をギンに話す。話を聞き終えたギンは余程面白かったのか、腹を抱えて笑っていた。
「酒好きの師匠がいるとそれはそれで大変だねぇ!でも下らないことからの喧嘩は面白そうだ。こっちは大体が礼儀から喧嘩が起こるから処理が大変なんだ……そろそろやめさせないとね!」
ギンはそう言い、口喧嘩をしているシュノウとキンに近寄る。すると、何をしたのか分からないが、二人の口喧嘩はすぐに終わった。
そして、軽く二人と会話した後、再び魚を捌きに来た。
「な、何を言ったんだ?あんなに激しく口喧嘩してたのに?」
「私はね……料理が超が付くほどド下手なんだよ。それで今日の夕飯は私が作るっと言ったらすぐに終わった」
「下手……あっ……。そうか」
アルクはギンの料理の話はまずいと判断し、何も言わずに魚を捌くのを手伝った。




