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8-29 登山隊

「富剣山はこれまで様々な剣士さん達が登って、新たな剣の道を切り開いたと言われた山なんです!それに加えて頂上まで登る事が出来れば無病息災が叶うと言われているんです!」


 刀を腰に携えた幼い少女は、まるで自分の所有物を自慢するかのように、富剣山の事を話す。


 少女は慣れているのか、疲れている事に気付いていないのか、険しい山道をグングンと進んでいく。だが、反対にアルクとリラは重くなった足を必死に上げながら、少女に追いつこうと頑張っている。


「何をしているんですか!まだまだ半分なんですよ!その調子だと師匠と会うまでに日が暮れちゃいますよ!急いで急いで!」


 少女は山を登るのが遅い二人に呆れながらも、急ぐように手招きをする。


「なんで……こんな事に……」


 アルクは何故自分達がマガツヒで一番標高がある富剣山を登っているのか思い出す。


―――――――――


 事の発端は、アルクとリラが陰陽連本部に立ち寄ってからだ。


 陰陽師達は八岐大蛇の対策により忙しそうに動いていた。それはセーバルも同じだった。セーバルは必要な物資をそれぞれに分け、何をすべきなのかを的確に陰陽師一人一人に伝えていた。


 アルク達は邪魔をしてはいけないと判断して、セーバルが暇になるまで隅により、時間を潰した。だが、セーバルが暇になる時間はすぐに来た。


 陰陽師達に指示を出す為に、高い台に登っていたセーバルは降り、隅にいるアルク達に近寄る。


「どうしたんだ?もしかしてさっきの会議で分からない事でも?」


「違う違う。俺達に何か出来る事は無いか聞きに来たんだ。八岐大蛇の対策ってのは分かるんだが……闇も魔法を使えるのが俺だけなんだよ」


 アルクは今の現状を簡潔に伝える。二人の現状を聞き終えたセーバルは何か考えたあと、紙と筆を取り出し、何かを描き始める。


「実はノイアー様に頼み事がされてたんだ。その頼みってのは富剣山に住んでいる剣聖どもを説得して、戦闘に参加させろって言うだ」


「説得!?俺が?」


 アルクは陰陽連本部に来た事を後悔した。それは交渉、説得と言った言葉を巧みに使うのが苦手だからだ。


「無理だぞ!それに剣聖ってのも俺は何も知らないんだ!どうやってやんだよ?ってか頼まれたのお前だろ?」


「もちろん既にやったさ!だけどあの変人達はどうしても首を縦に振らなかったんだよ……。まぁ、俺が剣士のあんたるかを知らないのが問題なんだがな」


 セーバルは遠い目をし、明後日の方向を眺める。


「別に難しい話じゃない!まずはあの山の頂上まで登って剣聖に会う!そうすれば後は流れに身を任せるだけ!簡単だろ?」


「ただ面倒な物を押し付けただけだろうが……。はぁ……分かった。それじゃあ富剣山の頂上まで飛んでくる」


「飛ぶのは無理だぞ。だってあの山は妖術……魔法に必要な魔力が使えなくなっちまう。説明するには限界だから実際に麓まで行ってこい!」


 セーバルが何を言っているのかよく分からなかったが、取り敢えず富剣山の麓まで向かう事にした。山は辺りを見ればどこにでもあったが、一際高い山があった。


 アルクはそれが富剣山だと判断し、取り敢えず飛行で近づく事にした。


 魔法が使えなくなるとセーバルは言っていたが、物は試しだ。


 アルクは飛行魔法を維持したまま、富剣山の頂上を目指す。しばらくは何の問題もなく飛行が出来ていたが、中腹辺りを越えてから異常が起こった。


 それは魔力操作が出来なくなったのだ。普段のアルクは普段から多くの魔法を使用しているため、魔力操作は得意だった。


 だが、富剣山中腹を越えてから魔力操作が一切出来なくなったのだ。

 

 このまま飛行を続けてしまえば、抱えているリラごと地面に落とされると判断した。飛行魔法がギリギリ出来るまでの高度まで降りると、そのまま富剣山に降り立った。


「仕方ない。そのまま富剣山を登るしかないが……リラは行けそうか?」


「問題無いです!」


 リラの心意気を聞いたアルクは富剣山を登り始めた。二人が降り立った所は木々が生い茂り、鳥の鳴き声が良く聞こえていた。


 しばらく歩いていると、山道で何かが横たわっているのを発見する。


 殺意は感じられなかったため、無警戒で横たわっているの物体に近付く。


「ん?女の……子?」


 山道に横たわっていたのは少女だった。初めは行き倒れているのかと考えたが、その考えはすぐに消えた。


 何故なら腰に刀を携えている上に、所々に血飛沫を浴びたような汚れがあるからだ。


「起きろ!ここで寝てたら風邪引くぞ!」


 アルクは少女を起こそうと、肩を揺らそうと手を伸ばした。その瞬間、少女から鋭い殺気を感じ、咄嗟に体を後ろに反らす。


 アルクが体を反らした直後に、刀がそこを通った。


 視線を下に移すと、鞘から刀を引き抜き、振っていた少女が居た。少女から転がるようにして、アルクから距離を取り、刀を構える。


「あなた達は誰ですか?山賊?それとも暴漢ですか?」


「そんなわけないだろ!俺達はただ剣聖に会いに来たんだよ!そっちこそ何だよ?」


 アルクは敵意がない事を示す。少女は初めは警戒していたが、本当に敵意がない事に納得したのか、刀を鞘に納めた。


「それで?何故あなた方が師匠に会いに来たんでしょうか?」


「師匠?まぁいいや。セーバルに……セーバルってのは――」


「陰陽連頭領の阿部=セーバルですね。前にも会ったことがあります」


「本当か?それなら話が早い!今すぐに剣聖に協力してくれるように言ってくれないか?このままだとマガツヒは海に沈むんだ」


 アルクはマガツヒが直面している危機を少女に話す。


「それは既にセーバルから聞いています。ですが話をするならば師匠に直接会って下さい。話はそこからです。案内しますので着いてきてください」


 少女はそう言うと、山道を登り始めた。



――――――――


 そして、今に至る。既に三人は中腹を越え、眼下には雲が広がっている。


「てかいい加減名前を教えてくれよ……。ずっとお前って言いづらくて仕方ないんだ」


「………分かりました。そうですね……”イネ”とお呼び下さい」


 明らかに偽名だったが、気にしないようにした。


 しばらくすると、イネを上を指差す。指差された方向を見ると、何か人工的な建物があった。


「見えましたよ!頂上にある家が私と師匠達が住んでいる所です!もう少しなのでここからは走りますよ!足元に注意してください!」


 イネはそう言うと、軽快な動きで山道とぐんぐんと登って行った。アルクはイネに追いつこうと身体強化魔法を使おうとするが、魔力操作が出来ない事を思い出す。だが、例外があった。


 その例外とはリラの氣だ。


 どうやら、この山は器用にも魔力と氣の違いが分かっているようだった。


「良かったら背負って上まで行きましょうか?」


「嬉しい提案だがやめておく。それにリラも結構疲れているだろ?今は自分の事を考えててくれ」


「分かりました……。それじゃあ頂上で会いましょう!」


 リラは疲れているアルクを気遣いながらも、頂上を目指すために、氣を体に纏い登って行った。


「それにしても……はぁ……。こんな山に住んでるって中々の変人だろ。それに……なんか呼吸がしづらいな……急がないと」


 アルクはそう呟くと、力を振り絞り、山を登って行った。



ーーーーーーーーーーーーーーー


 富剣山の頂上には一軒家がある。立地も最悪な上に環境も最悪だ。


 頂上であるが故に道のりが遠い上に、頂上には土がなく岩で足場が出来ているだけだ。それだけならまだ良いが、常に風が吹き続けているため、毎日が寒い。


 だが、そんな環境でも頂上に住んでいる物好きが居た。


「着いた!師匠、お客さんだよ!」


 一足先に家に着いたイネは居るであろう師匠を呼ぶ。しばらくは家からは何の物音もしていなかったが、何かを掻き分ける音を立てながら二人の老婆が出てきた。


 片方は金髪で口元を仮面のような物で覆っている老婆。もう片方は銀髪で目元を仮面のような物で覆っている老婆だ。


 違いはそれだけで、体格も身長も、杖の使い方も多少の違いはあるがほぼ同じだ。


「なんだいなんだい?私らに客だって?」


「そうだよ!こんなババアに客なんて物好きもいるもんだね。それで?客はどこに居るんだい?」


 イネは客の人数と見た目、どこにいるのかを伝える。


「まさか……客人を置いて来たのかい?」


 口元を仮面らしき物で覆っている老婆がイネに質問する。老婆の質問にイネは頷いた瞬間、イネに拳骨が飛んできた。


「客人をほったらかしにして帰ってくるなんて何考えてるんだい!」


「ごめんなさい……でもキン師匠!これでも足並み揃えた方なんですよ!」


「だったら最後まで付き合うのが筋ってもんなんじゃないのか?」


「落ち着きなさいよ。イネも悪気があって置いていったんじゃないのよ」


 キンの隣にいる老婆がキンを宥める。


「でもギンさんや。こうやって甘やかしたら碌な子にならないって知っているだろ?それにこの子は私達の弟子なんだから厳しくしないと」


「今は鍛錬の時間じゃないからある程度は優しくして良いじゃないか。それにもう来てるじゃないか……ほら」


 イネはまさかと思い、後ろを振り返る。そこには山道を全力で登ったのか、滝のように汗をかいている獣人が居た。


「あと一人だけ……今登っているので待ってて下さい」


 獣人はそう言うと、岩だらけの地面に横たわり呼吸を整え始める。


「残りの一人は私が迎えに行ってくるとしますかね。キンさんはそこの女子をよろしく頼むよ」


 ギンはそう言うと、本当に老婆なのかと思うほどの身軽な動きで山を下り始めた。

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