8ー28 備えあれば憂いなし
島国であるマガツヒの地下深く。そこには一匹の巨大な魔物が眠っていた。
その魔物は太古に滅ぼされていたとされていたが、何の因果か、生き残っていた。そして、今。魔物は目覚めつつあった。魔物の種族名は八岐大蛇。
太古は五体の八岐大蛇が存在していたが、神の怒りを買い、滅ぼされた。だが、滅ぼされる直前に、二体の一体の八岐大蛇が卵を産み落とし、地中深くに隠した。幸運と呼ぶべきか、八岐大蛇を滅ぼそうとした始祖神龍は、産み落とされた卵に気付かなかった。
その生き残りがマガツヒの地中深くで眠っている八岐大蛇だった。長い年月の中で、卵は孵り、活動を始める。だが、運が良いのか悪いのか、八つの頭部は同時に目覚めることは無く、大した被害も影響も無かった。それでも力は強大であり、頭部が地表に出現した際には甚大な被害を与えた。
今回も地震で八つある頭部の内、いくつか目覚めるはずだった。だが、巨大な力を秘めた一つの球体が八岐大蛇に触れた。
八つある頭部の内、既に五つ眠りから覚めていた。目覚めている五つの頭部は何とかして地表に出ようとしているが、体が思ったより動かない。
眠りから覚めたばかりで意識がはっきりしていなかったが、それでも本能で目覚めが足りないと分かっていた。既に目覚めている頭部は相談し合い、今はただ、全ての頭部が目覚めるのを待つ事にした。
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陰陽連本部に帰ったセーバルは、多くの陰陽師達に指示を出していた。指示の内容は津波に対する防護策、八岐大蛇の出現範囲予想、八岐大蛇の迎撃方法などなど。
数多い陰陽師の中には、光翼騎士団の団員やミリス聖騎士も情報共有や準備の経過など、報告すために駐在していた。
「キビキビ動け、お前ら!あと三回鳴き声が聞こえたら八岐大蛇が襲ってくるんだ!徹夜してでも動けよ!!寝てる奴が居たら燃やす!」
セーバルの脅しにも近い言葉に、気が緩んでいた陰陽師は気を引き締めた。そこへ陰陽連副頭領であるドーマンがシエラとヒルメティを連れてきた。
「客の案内は別の奴らにやらせてくれよ……こっちは迎撃準備で忙しいって言うのに」
「すまんな、ドーマン。持ち場の状況だけ教えてくれ」
「良いぞ。既に壁用の式神から攻撃用の呪術は粗方用意したが……それでも心許ないから追加でドンドン用意してる」
「それは助かる。こっちも追加で持って行くように手配しておく」
「じゃあ俺は持ち場に戻る」
ドーマンはそう言うと、姿を消した。何の予備動作も詠唱の様子も無かったが、微かに魔力の痕跡が残っていた。
「ようこそ!陰陽連本部へ!既にこっちはこっちで準備を始めているが……そっちはどうなんだ?」
「これからそれについて説明しようと考えてました。取り敢えずこっちの方ではそれぞれの隊を半分に分けて、旅館の方に残して作業させています。残りのもう半分は陰陽師の方々と共同で作業させるつもりで連れてきました」
「それは良い考えだな。それじゃあ早速一緒に作業させよう……そこのお前!騎士団達と一緒に作業をしてくれ!」
セーバルは偶然、近くを通りかかった若い陰陽師を捕まえる。
「了解しました!担当などはどうしましょう?」
「半分は前線で迎撃の準備、もう半分は物資支援でやってくれ」
「了解です!それでは騎士団の皆さん!僕に付いて来てください!」
若い陰陽師は本部に来ていた光翼騎士団団員とミリス聖騎士を連れて行った。
「まさか会議をしたその日に本部に来てくれるとは思わなかった!よく来てくれた!」
セーバルはヒルメティとシエラと握手をした後、今まで何をしていたのか説明をし始める。だが、二人への説明だけでなく、困っている陰陽師を見かけると的確な指示をする。
「とまぁここまでやっていた訳だが……正直に言うとこれは失敗する前提で準備を進めている」
「そうでしょうね。昔から存在している光翼騎士団ですら、あんな大きな魔物と対峙するのは初めてですから。聖騎士の方はどうでしょうか?」
「こちらもあれ程の規模を持つ生物と対峙するのは初めてです。半年前にバルト王国を襲ったグラニュートですら聖騎士達は何も出来なかったのですから」
シエラは半年前にバルト王国を襲った魔物大侵攻を思い出す。聖騎士達は様子見のみで、魔物大侵攻については手すら貸してくれなかった。
「ですが安心して下さい。ミリス聖騎士の方では過剰と言える程の準備を進めているつもりですが……必要な物資量が少し不安です」
「それは光翼騎士団も同じです。転移魔法で物資の輸送を頼んでいるんですが……本国との距離が遠くて時間が掛かりそうです」
シエラとヒルメティの言い分は最もだ。マガツヒから一番近い国であるバルト王国ですら船で一月半も掛かる。転移魔法でも5日掛かる。
追加の物資が届く頃には、マガツヒは海の藻屑となっているだろう。物資不足の可能性が見え始め、二人は焦りを感じる。
「それなら私達に任せな!」
心強い女性の声が三人に届く。セーバルが振り向くと、高そうな着物を着込んだ二人のマガツヒ人が立っていた。
兄妹なのか、兄らしき男が女性を肩車していた。
「トモヤとメグヤ!?どうしてここに!?既に避難は始まっているんだぞ!」
「どうしてって……なんか金の匂いがしたから来ちまったんだ!」
「私も同じ意見だ!例え国の一大事でも金稼ぎの気配があったら行くしかないよ!」
トモヤとメグヤと呼ばれた二人はこんな非常事態にも関わらず、商売をしに来たのだ。
「それで……貴方達が旅館の女将が話した外国の騎士様ですね。初めまして、万神店の店長であるトモヤと申します。貴方達が寝泊まりしていた旅館は、妹のメグヤが経営している数多くの施設の一つです」
トモヤはそう言うと、深々と頭を下げた。見た目は若く見えるが、今度は二人は騙されなかった。マガツヒに来てから、マガツヒ人は若く見えるのが普通となっていた。
「先程物資不足が問題と小耳に挟みまして。よろしければ物資を提供いたしましょう。それも無償で」
トモヤの提案は、二人にとってはありがたい物だった。万神店と言えば、マガツヒで一番の商会であり、遠く離れたバルト王国でも有名な商会だ。
そんな有名な商会が物資の提供を無償でしてくれるのだ。
だが、心配事もある。それは代価だ。
光翼騎士団とミリス聖騎士が欲しい物資量は、不測の事態も考え、相当な量の物資が必要となる。それに加えて、必ずも八岐大蛇を撃退出来るとは限らない。こんなリスクだらけの事に無償で物資提供はいくら何でも、話が上手すぎるのだ。
「安心してください。兄さんの言った事は本当ですよ。そもそも祖国が滅ぶと言うのに何もしない商人が居ると思いますか?」
「え?でもお前ら金の匂いって言ってなかったか?」
「それは売り文句だ。真に受けんなよ頭領様?」
「んだよ、紛らわしい。ってか無償で物資提供してくれんなら陰陽連にも提供してくれよ。あと人員も」
「別途金額が掛かりますがよろしいでしょうか?」
「な!?さっきと言っている事滅茶苦茶だぞ!」
「冗談だ。勿論無償で提供するから安心しろ」
トモヤはヒルメティとシエラ、メグヤはセーバルを相手に必要な物資と不足している物資を相談し始めた。
しばらく話し合った後、シエラはアルクが何をしているのか気になった。
会議の後、会議室に残った二人は今まで何をしていたのか話し合っていた。その後、アルクは刀剣区の山に向かって行ったのは見届けた。
だが、最後にその姿を見ただけだ。
「心ここに在らずの顔をしていますが……何か気になることでも?あ!もしや想い人などですか?」
トモヤはシエラを煽るような口調で話しかける。
「そ、そんな事はありません!いや……まぁ気になる人は居ますが……」
「それは本当ですか!?それはどこの貴族ですか?」
「そういう意味ではありません!ただ見てないから何をしているのか気になって……ちなみにアルクの事ですよ?」
「なるほど……確かに最後にあったのは会議をしていた頃ですね。まぁ、会議をしたのは本当に昼過ぎなので気にする必要は無いと思いますよ?」
「そう……ですよね!流石に気にしすぎですね!物資の話を続けま――」
「アルクならお前達が来るよりも先に来てたぞ」
セーバルはヒルメティとシエラにそう言う。
「そんで一つ頼み事をしたんだが……上手くいくか分からないんだよな」
「頼み事とは何ですか?」
ヒルメティはアルクの頼み事が気になる。
もし、アルクが暇ならば、魔物を拘束する魔法陣を描かせようと考えていた。通常の魔法使いならば、八岐大蛇を拘束する魔法を作るのは不可能だ。
だが、アルクの魔力は膨大であり、この魔力量ならば、八岐大蛇を拘束出来る可能性もあった。
「剣聖の説得なんだが……剣聖って知っているか?」
剣聖と言う言葉に、ヒルメティとシエラは真っ先に一人の人物を思い浮かんだ。
その人物とは光翼騎士団団長のレイラー=ブラウスだ。
だが、現在のレイラー=ブラウスは別の国の闇の浄化により、バルト王国に居ない。
「ちなみに光翼騎士団団長のことじゃ無いぞ?この国に存在している純粋な剣の達人でマガツヒで最強なんだが……どいつもこいつも変な奴らで困ってるんだよ」
「”変な奴ら”?つまり複数人も剣聖が居るんですか?」
「そうだ。子供を攫って育ててないんならまだ6人だ」
不吉な単語にシエラは反応したが、文化を否定してはいけないと考えた。
「こ、子供を!?ま、まぁ訳がありそうですから気にしないでおきましょう」
「剣聖どもに頼み事をするには実際に死合って勝つしか無い。だが、この国では剣聖より強い人間が居ないんだよ」
「つまり、アルクに剣聖と戦わせて言うことを聞かせると?」
「その通りだ、ヒルメティ。少し不安だが、アルクなら大丈夫だろう」




