8ー26 準備と休息
伝説の八岐大蛇が目覚める。これはマガツヒ全土に広がった。
貯えのあるマガツヒ人は荷物を纏め、外国へ逃げる準備を始めていた。それとは反対に貧しい者やマガツヒに愛着のある者は逃げる事はしなかった。
マガツヒの国王であるノイアーもその一人だ。ノイアーは周辺島の上の者や兵士の指揮官、陰陽連頭領を城へ呼び、緊急会議を開いていた。
既に陰陽連は行動に移していたのか、地震により被害や津波の被害予想を纏めていた。それに加えて、八岐大蛇の出現予想時期と場所を予想していた。
陰陽連の動きの速さに感心している中、兵士の指揮官はとある事に言及した。
「外国の援軍の方はどうなっているんだ?奴らは炎の聖刀の浄化どころか、襲撃に来た闇の使徒も仕留められなかった挙句、炎の聖刀が奪われたそうだ」
「それについては俺が説明しよう」
兵士の指揮官にセーバルは抗議の声を上げる。
「彼らは炎の聖刀の浄化は完璧な物だった……だが、襲撃に来た闇の使徒は二人だったんだ。それに加えて、実力も我らのさらに上を行っていた。聖女と光翼騎士団副団長、マガツヒ兵と陰陽連、騎士達の力を以てしても全て無駄だった」
「それは単純に実力不足だっただけだ。それにその時はセーバル、お前も居たそうだな?貴様が居ながらこの様だ。やはり陰陽連は頭だけの役立たずの集団だな!」
始めはこの指揮官が何を言っているのか分からなかった。だが、指揮官やその取り巻きが卑しい顔をしている事から、軍部の思惑はある程度理解した。
マガツヒの兵を纏める軍部は昔から陰陽連を毛嫌いしていた。理由は分からないが、軍部の上層部の顔を見れば明白だった。
それに過去には、陰陽連が地震予想術の資金調達をした際にも、商人などに圧力を掛け、妨害をしていた。
「それはそちら方も全く同じことが言えるのではないか?二回も闇の使徒との戦いに何の対策も言わずに防寒を続けた。俺達陰陽連が無能なら、お前達軍部も同じ無能だろ?」
「口を慎め化け物……ふむぅぅ……うがあぁ!」
指揮官の取り巻きはセーバルを牽制しようとした。だが、さっきまで開けていた口は、何者かに抑えられているのか、開けなくなっていた。
「ノイアー殿。これこらの作戦についてお話ししてよろしいですか?」
「諸々の罰は後回しにしよう。それでどうする予定なんだ?伝承にある通り八岐大蛇が目覚めれば、マガツヒは海の底に沈む」
「その通りです。現状のマガツヒではどう足掻いても奴には勝てません」
「ならどうする?大人しくマガツヒと共に海に沈めと言いたいのか?」
セーバルは睨んでいるノイアーを軽く鎮める。
「今のマガツヒでは勝てる見込みが無いだけです。でも今のマガツヒには援軍が居るじゃないですか」
「つまり外国の騎士達と協力すると言う事だな?」
「はい。それに運が良いことに鬼の族長も全面的に協力してくれるようです」
セーバルの言葉にノイアーだけでなく、会議に出席していた人々も騒ぎ始めた。
鬼は必要最低限の協力しかしない。その為、マガツヒ人も鬼の生態や文化も何も知らない。傭兵も金を稼ぐための、必要最低限の協力だ。
ある者は鬼を閉鎖的な生き物、ある者は頑固者の集まりだと言われている。
そんな鬼が全面的に協力すると言っているのだ。
「陰陽連、鬼、聖騎士達が力を合わせれば、かの厄災も消せる筈です」
「そうか……何もしなければ死ぬだけだ……。良いだろう」
ノイアーは短く息を吐き、吸い込む。
「これより!全ての指揮権限を阿部セーバルに移す!もう伝承に怯える日々は終わりだと臣民に告げよ!」
ノイアーの声は会議室だけでなく、城に響き渡る。宣言を聞き終えた者達は続々と会議室を後にし、戦いの準備をセーバルの指揮の下、始める。
国王の命令であるため、陰陽連を適していた軍部の指揮官も嫌々、セーバルの指揮を聞く。全員が会議室を後にし、セーバルとノイアーだけとなった。
「セーバル。最後に一つだけ頼みがある」
「頼みとはなんでしょう?」
「タカマガハラから北にある山に剣聖と呼ばれる三人の男が住んでいる。説得してくれないか?」
「俺がですか?何故俺が説得を……俺より貴方が適任ではないのですか?」
「知らないとは言わせないぞ。奴らは頑固で偏屈で変わり者の集まりだ。俺も何度も説得を試みたが駄目だった」
「貴方が無理なら俺も無理じゃないですか?」
「それは分からん。お前は妖術を扱う。もしかしたら行けるかもしれない」
「まぁやっときますよ。それでは」
セーバルはそう言うと、会議室を後にした。
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旅館に戻った騎士達はアルクの言う通り、昼食を取ることにした。既に旅館に泊まっていた観光客たちはマガツヒから逃げたのか、誰も居なかった。
だが、意外にも旅館の従業員や女将は残っていた。
「おかえりなさいませ。昼食の準備をさせていただきますので少々お待ちください」
女将は慌てる素振りを一切見せずに、騎士達の接客をする。その様子に、騎士達は関心と尊敬の意を込めた。
「それじゃあ昼食が来るまでにこれからの事について話すか。大広間に移動するぞ」
ヒルメティは騎士達を連れて大広間へ移動する。所々に地震で崩れた装飾が散乱していたが、建物自体にはヒビすら入っていない。
マガツヒの建築技術にヒルメティは感心しながらも、大広間に着いた。
「先に文句のある者は居るか?」
何の脈絡も無しに、ヒルメティそれだけ言う。突然の事に騎士は何も言えずにいた。
「ん?誰も居ないのか?それじゃあーー」
「ま、待ってください!言って良いのなら言いますよ!」
そのまま話を続けようとしたヒルメティだったが、騎士の一人が急いで口を開いた。
「なんだ?言ってみろ?」
「なんで闇と協力するのですか!奴は敵の筈です!」
騎士の言い分は最もだった。闇は全ての存在の敵であり、光翼騎士団だけでなく、ミリス教にとっても抹殺しなければいけない存在だ。
だが、ヒルメティやシエラが率いるミリス聖騎士が闇と手を組むと言ったのだ。
これには騎士が反発しても仕方がない事だ。むしろ、反発するのが当たり前の行動なのだ。
「確かに、君が言っていることは当たり前だ。ただ私は筋を通したいだけなんだ」
「どう言うことですか?」
「君達は知らないと思うが、君達が気絶していた頃に、もう一人の闇が現れたんだ」
ヒルメティの言葉を聞いた騎士達は動揺し始めた。
「初めはアルクの仲間だと思った。だが違ったんだ。奴は見境なく攻撃し始めた。気絶していた君達やマガツヒ兵、アルクも含めてだ。私も抵抗したが、奴はとてつもなく強かった。全力の防壁も紙屑当然に破った。だが、アルクは敵である私達を助けたのだ。これは紛れもない事実だ」
闇の使徒であるアルクに助けられた。これは騎士達にとっては衝撃的だった。
騎士達は幾度もアルクの命を狙っていた。その証拠に、アルクの左腕を切断したのも光翼騎士団の仕業だ。
にも関わらず、アルクは騎士達を助けたのだ。
だが、それだけではアルクと協力する理由が見当たらない。そもそも、アルクが協力のフリをして裏切るか可能性だってある。
「ヒルメティ様の言葉が本当なら確かにアルクは我々の命の恩人です。でもいつ裏切るか分からないじゃないですか」
「それについてはシエラ様が説明してくれる」
騎士達への説明をヒルメティからシエラに移す。
「まずは私達の話を聞いてくれてありがとうございます。早速ですが闇の使徒アルクは私達を裏切る可能性はありません!」
ミリス教にとって闇は絶対悪であり、話し合いや交渉すらも禁止とされている。聖女でありミリス教の最高権力者であるシエラが、アルクは裏切らないと宣言したのだ。
この事には騎士達はもちろん、聖騎士も驚きを隠せなかった。
「根拠としては一つだけあります。それは、私が学生時代の頃に護衛になっていた時期があります。僅かな時間でしたが、優しく真面目でした。あれは紛れもなく飾り気のない本当のアルクだと信じています。あとは……まぁ勘です」
シエラが言い合えた頃には、反発する騎士達は居なかった。
いや、反論しようにも出来なかった。
相手は聖女シエラ。この場では副団長であるヒルメティよりも権力がある。そして、一番権力がある者がアルクを信じると言っているのだ。
これ以上、反発してみれば後が無い。
騎士や聖騎士は何も言えなくなったのを確認したヒルメティは騎士達に指示を出す。
「飯を食って腹を満たしたら陰陽連の者達と合流する!その時に八岐大蛇について話し合う!分かっていると思うがもちろんそこにはアルクも居る!全て……とは言わないが出来るだけ奴にも耳を傾けろ!以上!」
ヒルメティはそう言うと、合わせる様に女将や従業員が昼食を運びに来る。運ばれる料理はどれも盛り付けが完璧であり、地震の影響を全く見せなかった。
「お客様。申し訳ありませんが、明日からはお食事が少し質素になると思いますが、ご了承くださいませ。それではごゆっくり」
女将はそう言うと、大広間を後にした。騎士達は戦闘を行った影響か、次々と料理を口に運び始める。ヒルメティも空腹だったのか、いつもは余裕をもって口に運んでいたが、今は騎士達と同じ速さで料理を食べ始めた。




