8-25 傲慢の生き残り
ヴィレンの凶悪な一撃から逃れたアルク達は、タカマガハラの最も栄えている3区の一つである、食天区の中央にワープしていた。
いつもは美味を求めた観光客で賑わっている食天区だったが、巨大地震の影響で賑わっている様子は皆無だった。むしろ、崩れた民家や店、瓦礫の撤去を協力し合っていた。
だが、大勢の兵士や騎士、陰陽師が突如現れた事により、瓦礫の撤去をしていた人々は目を丸くしていた。
「こ、ここはどこだ!?」
セーバルは突然周囲の景色が変わった事に驚き、周囲を見渡した。始めは見覚えのない景色だったのか、警戒していたが、食天区に移動したと理解した。だが、思い出の中にある賑やかで常に食べ物のいい匂いがしていた食天区とは思えない程の変わり具合に動揺していた。
「大丈夫か、セーバル?」
「あ……あぁ。ここの変わり具合に少し驚いていた……」
「だったら早く切り替えろ。一人でも多くの人を助けるためにキリキリ動け!」
「わ、分かった!」
アルクに言われた通り、セーバルは騎士達の怪我の治療を始める。流石、陰陽連頭領と言うべきか、二体の式神を召喚し、治療を始めた。
「ご主人も治療しないと危ないですよ!」
「これぐらいカグツチと闇で治る」
「それでも心配なんですよ!私も氣を流すので治療に専念してください!」
腹の傷があるまま動こうとしたアルクだったが、リラが静止させ、治療に専念させる。
しばらく治療をしていると、二人の騎士を背負っているヒルメティとシエラがアルクの下へ合流した。
「見つけるの遅くないか?もう少し遅かったら俺もリラもセーバルも死んでたんだぞ?」
「許してくれ。二人共魔力も気配も消して潜伏してたんだから」
「まぁ……助かったからとやかく言うつもりは無いよ。シエラは騎士達の治療をしてくれ」
「はい、分かりました!」
シエラは何が起こっているのか分かっていなそうな顔をしていた。だが、ただ立っているよりもアルクの言う通り治療をした方が最善だと判断し、治療を始めた。
「それにしてもヴィレン相手に被害が少なくて良かった……と言いたいところだが……。死んでいったマガツヒ兵には申し訳ないな」
アルクはヴィレンに挑んでいったマガツヒ兵を思い出す。
精鋭部隊だったのか、剣術も動きも連携も良かった。奴らが狙っていたのがアルクだった場合、アルクは無事では済まなかった。
では、何故負けたのか?それは相手が悪かった。それだけだ。
アルクにとって、ヴィレンと真正面からやり合い、生きて逃げれたのは奇跡に等しい。
「それで、アルク君。先程の敵……ヴィレンと言う奴は有名なのか?」
「黒の王国時代は知らない者は居なかった。純粋な戦闘能力は闇の王を除いて一番だった」
「君がそれだけ言うのならそうなんだろう。君はもう逃げたほうがいい。じゃないと色々とまずい事になる」
「俺もある程度の目的は達成したが……演技は得意か?」
「演技?私は騎士であって舞台役者じゃない」
「でもある程度演技は出来るだろ?もう少しでグラウスが一芝居打ってくれる。ヒルメティそれに合わせろ」
「君がそう言うなら私も合わせてみるか」
ヒルメティはアルクの言う通り、グラウスが一芝居打つのを待つ。
少し待っていると、剣を構えたグラウスが登場する。
初めは目が覚めたばかりで、警戒をしているのだと考えていたヒルメティだった。だが、グラウスの目からは殺意が溢れ出ていて、本当に警戒だけしているのか不安になってくる。
「闇の使徒め!ヒルメティ様に何をした!」
どこからどう見ても、グラウスはアルクを敵視している。これにはヒルメティも予想外だった。だが、先程までのアルクとの会話で、グラウスは演技をしているのだと理解した。
「今すぐにヒルメティ様を操っている闇を解除しろ!そうすれば寛大な処置をしてやる!」
「お前が俺を殺すのか?やれるものなら――」
アルクは立ち上がり、闇を周りに放出する。あまりの闇の多さに地面も揺れる。
「やってみ……ろ……?何で揺れてんだ?」
演技を続けているグラウスは、闇の放出と共に起きた地面の揺れも演技の演出の一つだと思っていた。だが、地面の揺れはアルクにとって予想外だった。
先程までの演技をしていたアルクが突然止まり、地面を見始める。
何が問題が起こったのか不安になったヒルメティは、周りに聞こえないような声でアルクに声をかける。
「ア、アルク君?これも演技の一つなんだろ?続けないと怪しまれるぞ」
「違う……これ演技の一つじゃない……ッ!地震だ!お前ら気を付けろ!!」
静かだった食天区に、アルクの怒号が響く。元からマガツヒに住んでいるマガツヒ人は、すぐに建物から離れる。
マガツヒでは年に何回も地震が起きる事がある。だが、それは人が感じれるか感じられないかの境目であり、生活には無害だ。
だが、建物が崩れる程の地震は珍しい。
「一日に二回も巨大地震ってどう言う事だよ!クソが!」
二回目の巨大地震にセーバルは八つ当たりのような声を上げる。その他にも悲鳴を上げる者や荷物を持って逃げる者も居た。
だが、ヒルメティとシエラは冷静だった。まだ、目が覚めていない騎士達を一か所に集め、瓦礫が当たらないように魔法で守る。シエラは騎士達が一か所に集まった事を確認すると、広範囲の回復魔法を発動させ、騎士達の治療を一気に進める。
そうしている間にも揺れは大きくなっていく。リラも今まで以上の地面の揺れに耐えきれなく、地面に膝を付いた。
だが、アルクは違った。何かを恨むような顔で地面を睨んでいた。
「こんな事までするのか!ヴィレン!」
アルクは怒り任せに叫ぶ。何故なら、地中深くからヴィレンの闇を感じ取ったからだ。
『ハアアァァァァアアアアァァァァ』
誰もが普通の地震だと思い込んでいた。だが、何かの唸り声が食天区中に響き渡る。アルクは遠くに居る魔物か何かの叫び声が響いているのだと思っていた。
アルクは唸り声が聞こえる場所を特定しようと、周囲を見渡す。だが、いくら探しても遠くに魔物の姿も魔力も見られない。最後の可能性として、アルクは地面を見る。
最初は魔力の流れが一切見えなかった。だが、それはあり得ない事だ。
この世界では魔素と言う劇毒に対抗するために、ありとあらゆるものに魔力が流れている。生物はもちろん、土、草木、岩にも僅かに魔力が存在している。魔力が存在しない物質は瞬く間に崩れ、生物は死んでしまう。
だが、地面にある筈の魔力の流れが一切見えなかったのだ。
再び唸り声が食天区に響き渡る。だが、アルクは見逃さなかった。一本の魔力の束が渦を巻いていた。それはまるで蛇のように。
魔力の渦を見たアルクは始めはただの蛇がとぐろを巻いているのだと思い込んでいた。だが、近くに七つの魔力の渦を更に発見する。
「地中から唸り声……そんな……嘘だろ?」
セーバルはこの現象が何かを知っているようだった。それ以外にも周囲に居るマガツヒ人だけは顔を青ざめていた。
「だ、旦那様……これって伝説の……」
「今すぐ荷物と財産を纏めろ……この国を出るぞ!死にたくない奴らも急いで逃げろ!!」
「うわあああぁぁぁぁぁ!!!」
「い、いやだ!!死にたくねぇぇ!」
マガツヒ人はこれから何が起こるのか知っているのか、皆港の方へ逃げて行った。アルクは何故慌てているのか知る為に、セーバルの肩を揺らす。
「セーバル。何でこんなに力はててるんだ?何か知っているのか?」
「マガツヒではこんな伝説があるんだ……。”地震と共に地中が鳴く時、八ツ首の怪物が災厄を振りまく”、と」
「八ツ首の怪物?グラニュートの事か?」
首が多い怪物として、アルクは真っ先に腐敗竜グラニュートを思い出した。かつて、バルト王国に魔物大侵攻を引き起こした元凶であり、踏みつけた物全てを腐敗させる。
アルクにとってグラニュートの討伐は二度と経験したくない。
「ぐらにゅーと?なんだそれは?俺が言っているのは八岐大蛇だ」
セーバルの言葉を聞いたアルクは、全てが嫌になる思いになった。
八岐大蛇と言えば大昔に五体程存在していたと言われる魔物であり、炎、水、氷、雷、風、地、重力、闇の八つの魔法を扱える怪物だ。純粋な力もあり、龍と互角と言われていた。
だが、傲慢な事に始祖神龍に取って代わり神になろうとした。勿論、この行動は始祖神龍の怒りを買った。始祖神龍であるクラシスは、五体の八岐大蛇を徹底的に叩き潰し、この世から消滅させた。
そう。消滅させた筈だったのだ。
「クラシスの野郎……卵か幼体ぐらい確認しろよ……」
アルクはクラシスに対して怒りと殺意が湧いた。
今からでもクラシスに念話を飛ばして、八岐大蛇を消滅させた方が良いと判断した。だが、どう足掻いても、何度試しても、クラシスに繋がらない。
「決めた……。村に戻ったら、仕事ぐらいちゃんとしろ。って言って殴り飛ばしてやる……」
これからやる予定を考えたのち、魔力を回復させることに専念する。
「お、おい!八岐大蛇を殺るつもりなのか!?無理に決まってる!アイツは50年前にも目覚めて、一本の首で国に甚大な被害を与えたんだ!」
「でもここまで復興出来ただろ?全員で力を合わせればやれる……多分……」
「本当か?だったら光翼騎士団もそれに乗ろう!」
アルクの話を聞いたのか、ヒルメティは目が覚めた騎士を連れていた。だが、流石にヒルメティの判断に反発する騎士も居た。だが、次の瞬間には反発していた騎士も黙らされた。
「ミリス聖騎士も協力しましょう!」
なんと、闇を絶対悪と定めていたミリス聖騎士が協力を申し出たのだ。
「良いのですか、シエラ様?闇に協力してしまえば信頼も権威も全て失ってしまいますよ?」
ヒルメティは警告する。だが、シエラは警告も意に介さず、毅然とした態度で話を続ける。
「そんな物は知りません!他国の一大事におめおめ尻尾を巻いて逃げる程、私達は弱くありません!それに良く言うじゃないですか?敵の敵は味方だって」
シエラだけでなく、聖騎士達も毅然とした態度で立つ。それを見た光翼騎士団の面々は何も言えなくなる。
「それで?これからどうするんだ?指示を寄こせ、闇の使徒アルク」
ヒルメティはアルクに指示を仰ぐ。アルクも自身が指示を与えるとは思わなかったのか、しばらく考える。そして、一つの指示を出す。
「まずは腹を満たせ!それだけだ!解散!」
アルクの指示に光翼騎士団と聖騎士は呆然としたが、ヒルメティとシエラは頷き、旅館に戻る。騎士達もそれに追従し、旅館へ戻って行った。




