8-20 厄災の予兆
スサルの家に泊まることになってから一夜が経った。マガツヒの首都タカマガハラでは既に炎の聖刀が抜かれた情報が出回っていた。諸外国へ情報が回り始めるのも時間の問題だろう。
アルクはこのままクプ二村へ戻るか、そのままアマノイワト内で発生した闇の調査をするか迷っていた。
元々は炎の聖刀の回収だけを命じられていたが、闇の出現についてはクラシスは特に何も言っていなかった。
炎の聖刀を侵食するだけの力を持つ闇は見逃せば、後々面倒なことになる。しかし、これ以上、国の問題に首を突っ込めば、これも後々面倒なことになるのは目に見えている。
しばらくこれからの事について真剣に考えている内にリラ、スサルの順番で広間に来た。
「おはようさん。どうしたんだ?随分と難しい顔をしているが……」
スサルはアルクに挨拶をした後、水を軽く飲み始める。
「スサル……。これからどうしようかと思ってな」
「もしかしてこのまま国に帰るか、アマノイワトで出てきたって言う闇の処理についてか?」
「そうだ。俺とリラがマガツヒに送られた理由はこれの確保だ。だから目的は完了したが……闇の処理も積極的にいろんな国でやってるんだ」
「だったらこのまま闇も処理すればいいじゃねぇのか?」
「そう言うと思った。俺が外国でどう言う立場でどう言う身分なのかは昨日教えたはずだぞ」
「あ……べ、別に忘れてた訳じゃねぇぞ!確か外国だと闇を使ってる奴らは問答無用で殺されるんだったよな?」
「大方当たりだな。それで昨日敵対してる騎士達に正体がバレた上に、マガツヒの兵士共にも正体が知られた。これ以上マガツヒに居ると面倒な事に巻き込まれるのは目に見えてんだよ」
アルクの言葉にスサルは納得する。その瞬間、巨大な揺れがスサルの家を襲う。最初は小さい揺れだったが、次第に大きくなり、立てない程の揺れとなった。
最初は魔法かなんかの攻撃なのではないかとアルクは考えた。だが、どこを探しても魔法を使った形跡も、魔力も感じなかった。
「リラ!」
「居ない!人の気配も何もしません!」
「何してんだ、お前ら!さっさと外に出るぞ!」
スサルは激しい揺れの中で、アルクとリラを抱えて家の外に出る。しばらくすると、スサルの家が音を立てて崩れた。
アルクは周囲を警戒するが、それでも魔力や人の気配が一切感じられない。
「よりにもよって地震が来るとはな。こんな古い家じゃあ崩れるのは当たり前だが……工房は運良く無事な様だな」
スサルは完全に崩れた家に近付き、使えそうな資材や道具を集め始める。一方、アルクとリラは何が起こったのか理解出来ないでいた。
「な、なにが起こったんだ?こんな大きな揺れが起きたのに魔法も魔力も感じなかったぞ……」
「そりゃあこれは魔法でも何でも無くて自然が起こした災害だしな。もしかして外国じゃあ地震は珍しいのか?」
「俺は初めてだな……。こんな大きな揺れが自然災害なんて凄いな……」
「マガツヒじゃあ地震は珍しい事じゃないぞ。だが、こんな大きな地震は久しぶりだな」
すると、倒壊した家を漁っていたスサルの下へ柱が倒れる。リラは瞬時に反応し、倒れた柱を受け止めた。
「助かった……出来ればその柱は持ったままでいてくれ。他にも使えそうなものを見つけたいんだ」
そう言うと、スサルは身の危険を顧みず、倒壊した家の探索を続ける。すると、スサルは大きな箱を取り出した。
「ふぅ……。ちゃんと保管しといて良かったぜ。リラ嬢、助かったぜ。ありがとうよ」
大きな箱を安全な場所へ移した後、重そうに地面に降ろす。アルクは箱の中身が気になるのか、箱の近くに寄る。
箱の外見は赤い素材が使われており、強度を上げるために鉄らしき物で周囲を固めている。
「なんだ、それ?」
「俺が今まで集めた絵画だ。どれも価値の高い物だから誰にも見せないし誰にも触れさせない」
スサルは今まで以上に真剣な顔で言う。
その後、3人は臨時で寝泊まり出来る鍛冶場を清掃し、回収したものを置く。
すると、再び地震がマガツヒを襲った。しかも、今度の揺れは先程の揺れより大きい物だった。
「また地震か?勘弁してくれよ」
スサルは地震に嫌気が差しているのか、ブツブツと独り言を呟く。
アルクはそんなスサルを無視しながら作業をしていた。だが、腰に刺している刀が邪魔になり、地面に置くために刀に触れる。
その瞬間、何回目かの真っ暗な空間へと飛ばされた。
『アレク、どうしたんだ?もしかして何かやるのか?』
アルクは自身の闇の根源であるアレクを呼ぶ。だが、アルクの前に現れたのは炎に包まれた一人の男だった。
『誰だ?それにアレクはどうした?』
アルクの問いに男は反応しない。だが、体から出している炎と威圧感は只者では無かった。
『その辺にしてやれよ、カグ』
アルクの警戒が最高潮に達した時、アレクが現れ、男の肩を叩く。カグと呼ばれた男は体を包んでいた炎を消し、威圧感を弱めた。
『すまんな。久しぶりの俺の所有者だったもんで意地悪したくなったんだ』
瞬間、真っ黒な空間は姿を変える。床は黒いままだったが、天井は赤く染まった。普通の人ならば居るだけで、頭と目がおかしくなりそうな空間へと変わった。
流石のアルクも新たな空間に顔をしかめた。
『まぁいいや……。それで?アレクの隣に居るお前は誰だ?』
『こいつは炎の聖刀カグツチだ。お前試練受けただろ?』
『カグツチ……はぁ!?お前は刀に宿っただろ!何で精神空間に居るんだよ!』
炎の聖刀カグツチはアルクの予想通り、決まった形ではなく、武具に宿る精霊である付喪精霊に似た物であった。だが、カグツチが宿ったのはあくまでも刀であり、精神空間に干渉するのはあり得なかった。
『何でって……こいつは炎の聖刀なんだぞ?どこにでもいる付喪精霊と常識が違うんだ。それに俺がこいつを無理矢理ここに引っ張って来たんだ。少しは俺に感謝しろよ』
アレクは偉そうに言うが、アルクは面倒ごとが増えたと感じていた。何故なら前の所有者が死んでからアルクが来るまで誰一人として次の所有者が現れなかった。つまり、カグツチは頑固者であるとアルクは考えていた。
だが、そんな考えは一瞬で吹き飛んだ。
『すまんな、突然ここに来ちまって!アレクも悪気が無いんだ。それに色々とお前に言いたい事があったんだ』
『そうか。だったら話したいが……このまま床に座って話すか』
3人は床に座り、カグツチの話を聞く事にした。カグツチの話はどれも衝撃的なものが多く、理解するのに時間が掛かった。
『話は終わったようだが……少し整理させてくれ。情報が錯綜してる』
アルクを驚かせた情報。それは大きく分けて二つある。一つ目はアルクの闇の根源であるアレクが炎の聖刀カグツチの最初の所有者で会った事。二つ目は近い将来、大きな地震が闇によって引き起こされ、マガツヒが壊滅するという事だ。
どれも初耳の情報だったが、印象に残った情報がこの二つだった。
『ちょっと待てよ……。整理するぞ。お前の最初の所有者はマガツヒの初代国王であるオダ=ノブナガではなくアレクだったのはどういう事だ?』
アルクはずっと炎の聖刀カグツチの最初の所有者がオダ=ノブナガだと思い込んでいた。それはアルク以外の人間、獣人、竜人も同じ考えだろう。
だが、カグツチの言っていた話が本当なら、歴史が全て崩れる。
『ちなみにノブナガとか言うクソ野郎は俺を無理矢理使ってただけだ。でも最後の最後に俺を地面に突き刺した時は力を少し貸した程度だったな。だから……もう何千年も所有者は見つかってない状態だったな。もしかしてどういう風にアレクが所有者になったのか聞きたいのか?』
『それは長くなりそうだからやめてくれ。それで次に闇によって巨大地震が来るってどういうことだ?』
『そのまんまの意味だ。ノブナガは闇が危険な物であると同時に利益を齎す物であると認識した。そして、闇を使えるマガツヒ人を集めて様々な実験を行った。最初こそ順調だったが実験が行き詰った。その時に外の国から闇の扱いに長けた一人の男が実験を手助けした。その結果、闇は際限なく膨張し、男は消えた。ノブナガは責任を取るために俺を使い、闇をアマノイワトの地面に封じた』
『ふーん。つまりはここでも闇を対処しないといけないのか……。アレク、アマノイワトにある闇はどれぐらいの規模だと考えている?おおよそで頼む』
『そうだな……封じ込めた年数と闇の膨張具合、一瞬だけだが溢れ出した闇で考えると……ドラニグルの倍はあるかもな。だが、黒暗結晶なのかは分からん』
その瞬間、空間にひびが入った。どうやら限界が来たようだ。
『それじゃあアルク、今回も頑張れよ。俺も何とか闇を対処する。カグ、アルクを助けてやれよ』
視界が再び暗転したのと同時に、目の前にリラとスサルが現れる。どうやら精神空間から帰還したようだ。
二人は心配していたのか、アルクの顔を覗いていた。
「人の顔を覗いてどうしたんだ?」
「だっていきなり遠い所を見てたからよ。つい気になっちまって」
「そうですよ!いきなりどうしたんですか?」
アルクは精神空間で起こった事を一つを除いて二人に伝えた。話を聞き終えたリラとスサルは予想外にも冷静だった。
「それじゃあ結局闇を対処しないといけませんね」
「だな。大地震が起きる前に闇を対処する。だからアマノイワトに行って闇を強制的に対処しよう」




