8ー19 グラウスからの報告
旅館に戻った騎士達は大忙しだった。アマノイワトから闇が溢れ続ける件もあるが、一番は炎の聖剣が闇の使徒アルクに奪われた事だ。
今回、騎士達が派遣された理由は炎の聖剣を侵食している闇の浄化だ。だが、浄化も出来なかったうえに、炎の聖剣が闇の使徒に奪われた事が諸外国に知られてしまえば、ミリス教や光翼騎士団の信頼や立場が危ぶまれてしまう。
それだけならまだ良いが、最悪の場合、迫害される可能性もある。
騎士達は闇の動向やマガツヒの兵士や人々に知られないように情報集めや、これからの事について会議をしていた。
「ヒルメティ様!これは非常にまずい状況です!」
「黙っていろ!そんな事はヒルメティ様もシエラ様もとっくに気付いている!」
余程焦っているのか、ミリス聖騎士と光翼騎士団員同士に言い争っている者も居た。だが、ヒルメティとグラウスだけは冷静だった。
「それで副団長、これからどうするんですか?このまま本国に戻っても色々と面倒ですよ」
グラウスは周囲に聞かれないように小さな声でヒルメティと話す。
「そうだよな~。つい流れでアルク君に上げちゃったしどうしようか」
ヒルメティは外から見れば慌てているように見えているが、内心はそれ程慌てていない。何故なら炎の聖剣を持っていったのがアルクだからだ。
「もう話し合いが始まって夜ですよ。良い加減に収束させないと面倒なことになりますよ」
騎士達が無意味な話し合いを始めてから随分と経ち、太陽はすでに沈んでいる。
「そうだな。私がこの場を落ち着かせるしかないか。グラウスは旅館の外に居てくれ。話したそうな人がいるから」
「話したそうな人?まぁ命令なら仕方ないですけど……」
グラウスはヒルメティの言っている事はあまり分からず、取り敢えず旅館の外に出る。
太陽は沈んでいるが満月ということもあり、夜でも影が出来るほど明るかった。それに加えて、旅行客や多くの人々が行き来しており、賑やかだった。
「よっ!昼ぶりだな、グラウス」
声を掛けられ隣を見ると、満月の光を反射しながら長椅子に座っている白髪の青年が居た。
それはかつての学友であり、闇の使徒と言われているアルクだった。
「副団長の言ってた人ってお前だったのか」
「そうだ。ヒルシュラミス……あぁ……ヒルメティだけ気付く程度の闇を放ってたからな。まさかお前が出てくるなんて思わなかった」
「悪かったな俺で。それで何の用だ?騎士達はお前と炎の聖剣の話で持ちきりだ」
「そうだろうな。ちょっと気になって来たんだ。今お前達の方はどんな方向で話し合いが進んでるんだ?」
アルクはどこかで買ったのか、串に焼けた鶏肉が刺さっている料理を食べ始める。
「全体的に悪い方向に進んでるよ。そもそも俺達はマガツヒからの要請でここに来てんだ。そんで内容は炎の聖剣を侵食している闇の浄化。でも主役の炎の聖剣がお前に奪われたんだ。それで――」
グラウスは旅館で話された内容を話し始める。時折、アルクからマガツヒの料理を貰い、腹を満たす。
「まぁ、この事が外国に広まればミリス教も光翼騎士団の国際的な地位や信頼が失墜する。何とかしてお前から炎の聖剣を取り返そうと躍起になる」
グラウスはあらかた話し合えると、渡された料理を全て胃に流し込んだ。
「だろうな。俺もミリス教や光翼騎士団とは本格的に敵対……いや、もう敵対しているか。とにかく俺にとってミリス教も光翼騎士団もまだまだ表立って動いて欲しいんだ」
「じゃあどうすんだよ。お前のせいで活動が制限されるんだぞ」
「だから旅館まで来たんだよ。ほらこれ」
アルクは一振りの刀をグラウスに雑に渡す。それも刀身むき出しの状態で。
突然、刀身をむき出しの状態で適当に渡られた刀を受け取ったグラウスは思わずアルクの胸倉を掴んだ。
「てめぇ……。もし手が切断されたらどうすんだよ?」
「何の説明も無くいきなり渡したのは悪かったよ。でもその刀をよく見ろ」
グラウスはアルクの胸倉を離し、渡された刀を見る。一見普通の刀に見えるが、魔力を流した途端、刀は別の形に変わった。
刀身には魔法陣に使われる文字が刻み込まれ、それをなぞった瞬間、刀は炎に包まれた。
「それは炎の聖刀カグツチの炎で作った偽の聖刀だ。だが、ミリス聖騎士と光翼騎士団員に気付かれないように本物の聖刀の炎を使っている。滅多なことが無い限りバレることは無い」
「つまりお前から奪い返したって事にすればいいんだな?」
「そうだ。でもグラウス、お前が奪い返したって言っても誰も信じないだろう」
「なんだと?って言いたいところだがそうだ。俺の実力は下の中だしな。まぁ副団長が一人の時に話して刀を渡す」
「助かる。それじゃあ俺はまた身を隠す。もしかしたらまた会えるかもな。ぞれじゃあ!」
アルクはそう言った瞬間、その場から見えた。恐らくどこかにポイントワープを仕込んだナイフがあったのだろう。
グラウスは刀を誰にも見られないように旅館の自室へと運んだ。後はアルクと話した内容をヒルメティに話せば、グラウスの役目は終わりだ。
だが、案外にもヒルメティはすぐに一人になった。恐らく旅館の女将から何か言われたのだろう。
大広間から出て来る騎士達は誰も彼もやつれているように見えた。
「副団長、少し時間良いですか?」
「お腹が空いたが……食べながらで良いなら」
ヒルメティの部屋に案内されたグラウスは、遅めの夕食をとっているヒルメティにアルクとの会話を全て伝えた。
「自分の心配だけじゃなくて私達の心配をしてくれるとは……まぁ利用価値があるからだと思うが、賢い子だな。それでまだ刀は持っているかい?」
「これです」
偽の聖剣をヒルメティに渡す。ある程度、偽の聖剣を見た後に、収納魔法に仕舞う。
「ありがとう。頃合いを見て偽の聖剣を取り返した演技をする……なんか揺れてない?」
旅館内が揺れているのをヒルメティは気付く。それはグラウスも同じだった。
「もしかして地震と言う物ではないでしょうか?なんかマガツヒの外交官が地震がこの国では起こるって言ってませんでした?」
「そうだったのか?あまり外交官の話を聞いていなかったら分からなかった。取り敢えず明日は私は適当な理由をつけて単独行動をする予定だ」
「分かりました。それじゃあ俺はいつも通りの業務に戻らせて頂きます。もちろんアルクとのやり取りは墓場まで持っていくので心配しなくていいです」
グラウスはそう言うと、そのままヒルメティの部屋を退出した。ヒルメティはグラウスの報告をよく考えながら、夕食を取り続けた。
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アマノイワト。それは炎の聖刀の保管場所であったが、現在では闇の発生地となっていた。今ではヒルメティの光魔法により、闇の放出は塞がれているが、それも無限ではない。
陰陽師達はいつ闇が放出しても対応出来るように、多くの陰陽師が配置されていた。その中には陰陽連頭領の阿部=セーバルも居た。
「セーバル様。今は外国の騎士のおかげで闇は封じ込めています。ですが、騎士の話によると闇はいつ溢れ出してもおかしくないとの事です」
「だろうな。結界師達も呼べるだけ呼んでくれ。それと祓い師も呼んでくれ」
「了解しました」
陰陽連は陰陽師だけでは無い。マガツヒ全土から魔法が扱える者が集まっている。結界に長けた結界師、祓いに長けた祓い師など多種多様な者が居る。だが、陰陽師が5割を占めている上に、陰陽連の設立者がとてつもない人気があったせいで、民衆から陰陽連と呼ばれ始めた。
(それにしても本当に光と闇は水と油のような存在なんだな。やっぱり実際に見ると実感が沸くな)
セーバルは光と闇が争い合っている場面に遭遇したことが無かった。だが、アマノイワトで起こった出来事で、本当に闇は忌み嫌われていると再認識した。
しばらくすると、闇を封じるための結界師、闇に侵食された兵士達を助けるための祓い師がやって来た。
だが、人が集まらなかったのか、結界師は一人、祓い師は三人だけだった。
「こんばんは、しばらく会ってなかったが元気そうだな」
セーバルは人数は少ないが、救援に駆け付けてきてくれたことに感謝しながら、声を掛ける。結界師は老人で表情を変えていなかったが、祓い師は新人なのか三人とも若く、表情が硬かった。
「そっちも相変わらずの様で。他の結界師は皆出払っておりまして」
「来てくれるだけでもありがたい。それにしても結界師の長が来てくれるとは心強いな」
「ほっほっほ!だが、祓い師達は新人の様だから大目に見てやってくれ」
結界師はそう言うと、アマノイワトの入口へと向かう。祓い師達は緊張しているのか、セーバルの前に立ったまま会話の一つも無かった。
「そんなに緊張する必要は無い。気楽に行こう。それにまだ闇に侵食されている者はいないからゆっくりすると良い」
セーバルはそう言うと、祓い師を緊張を解すために肩を叩き、アマノイワトへ向かった。
アマノイワトでは既に結界師により、二重の障壁が作られていた。だが、何か起きたらの為に、結界師は更に結界を重ねて展開する。
「随分と結界を貼ったな。体の方は大丈夫なのか?」
「安心しなされ。この年になっても現役の老骨。このぐらいで根を上げては若いもんにすぐに抜かれてしまいますぞ」
「それもそうだな。俺も新人にすぐに抜かされないように頑張るか」
セーバルはそう言うと、短い呪文の後、全身を魔力で覆う。そして、そのままアマノイワトに貼られている障壁を通り抜き、アマノイワトの中へと入って行った。




