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8ー15 炎の試練2

 10年前、それは平和な時代に起こった惨劇だった。とある平和な村に闇が出現し、村と村民を惨殺した。生き残ったのはただ一人。


 だが、惨劇が起こったのと同時に奇跡が起こったのだ。それは闇に対抗するかのように聖女が誕生したのだ。


 そして、惨劇が起こったのがクプ二村であり、生き残った一人がアルクであった。


 クプ二村とはバルト王国に存在する村であり、王国警備隊と光翼騎士団によって平和が保証されていた。だが、前触れの無い闇の出現により、騎士達の対応が遅れ、光翼騎士団が村に着いた頃には全てが終わっていた。


 そんな村で生き残っていたアルクを見つけ、助けたのがヒルメティであった。


「それにしても君がこんなに強くなっているとは想像もつかなかった。やっぱりまだ復讐は出来ていないのか?」


「ああ。村を襲い、あの人達を殺したクズはまだ殺せていない」


「そうか。きっとこれから……いや。もう君は歩みを止めないだろう」


「だから炎の聖刀を回収するためにここに来た……ってのが本音だがもう一つあるんだ。それは黒暗結晶が発生していないか見に来たんだ」


「黒暗結晶か。実はこの国に来た時から騎士団員に探してくれって命令したが見つかったって報告は来ていない。多分考えている事は同じかな?」


「そうだな。炎の聖刀が闇に侵食されるのは異常事態だからな」


「だと思った。さてと……話していると増援が着てしまう。さっさと私を気絶させて炎の聖剣を回収してくれ」


「ああ。元気そうで良かったよ。それじゃあ」


 アルクは拳を遠慮なくヒルメティに叩き込み、ヒルメティを気絶させる。そして、地面に突き刺さっている炎の聖刀に近付く。


「それでご主人、この後はどうするんですか?試練って何をするんでしょうか?」


「そうだ。多分試練が始まったら俺は動けなくなる。終わるまでに俺を全力で守れ」


 リラが頷くより先に、アルクは刀を炎の聖刀の前に置く。その瞬間、地面に刺さっている炎の聖刀から大量の炎が出現する。大量の炎にリラは不安になる。


「ご主人!」


「大丈夫だ!お前は周りを見ていろ!」


 アルクはリラに周りを見張るように指示をする。


 炎の聖刀から出現した大量の炎は巨大な火の鳥へと変わっていく。巨大な火の鳥は辺りを見渡した後、アルクと刀を見る。


「なんだ?今度は貴様が試練を受けるのか?」


「お前が炎の聖刀カグツチか?そうだったらさっさと試練を開始しろ!時間が無い!」


「随分と強気だな、良いだろう!」


 巨大な火の鳥はアルクにのしかかり、アルクは炎に巻かれる。だが、アルクは悲鳴の一つも上げていない。しばらくすると、アルクを巻いている炎が全てアルクの体内へと入って行く。


 その瞬間、アルクの視界が一瞬にして暗転した。


ーーーーーーーーーーー


 炎の聖刀カグツチ。それは七つの聖具の一つであり、一振りで国を焦土に変えれる力を持っている。そして、カグツチは形を持たず、武具に取りつくことで力を発揮する。だが、所有者は今も昔も一人だけだった。


 かつての所有者がカグツチを手放してから300年。これまで多くの人々がカグツチの所有者となるべく挑戦したが、誰一人として選ばれなかった。


 その中にはマガツヒの王は何十人もいた。だが、それでも所有者は誕生しなかった。


 最初の所有者がカグツチを手放してから100年はカグツチは次の所有者がいつ現れるのか期待を胸に待っていた。だが、現れなかった。更に100年経った頃には本当に次の所有者が現れるか疑っていた。そして、また100年経った頃にはもう諦めていた。誰もカグツチに応えられるような熱い思いを持つ者が居なかった。


 そして、闇の侵食。何故、自分自身が闇に侵食されているのかは薄々理解していた。それは地中深くに封じていた黒暗結晶が、意志が弱くなったカグツチを狙ったからだ。


 カグツチはどうする事も出来なかった。人間のように自らの力を行使し、闇を消し去りたかった。だが、錆びた器と寂れた心では力を行使出来なかった。


 だが、そんなカグツチの前に一人の青年が現れた。白髪で赤い目を持つ青年、上質な器。カグツチは期待をしたが、その期待は一瞬にして失った。


 期待しすぎてしまったら、その分損を見てしまう。


 カグツチはそれほど本気にせずに、白髪の少年の精神に入って行く。すると、カグツチを驚かせた。


 人の精神は千差万別である。海の様な空間や森林、平原など多くの精神世界がある。だが、白髪の青年の精神世界は異質だった。


 それは海の様な空間でも森林の中の空間ではなく、真っ暗だった。見渡す限りの黒の空間であり、落ちているのか浮いているのか分からない程だった。そして、どの精神世界でも本人が必ずいた。だが、この空間では本人が居なかった。


 これは所有者が居なくなってから300年の間で初めての経験だった。最初の所有者でも精神世界は燃え続ける荒野だった。


「なんだよここ……。いくらなんでも黒過ぎるだろ」


 カグツチは初めて体験する黒い空間に驚きつつも、歩き始める。


「にしても本当にこれ歩けてるのか?よく分かんねぇ空間だな」


 黒い空間では歩けているのか分からなかったが、歩けていると仮定し、カグツチは黒い空間を歩き続ける。すると、どこからか声が聞こえ始める。カグツチは声が聞こえた所に走り始める。


 しばらく走っていると、白髪の子供が三角座りをしていた。


「おい、なんだこの空間は!いくらなんでも黒過ぎるだろ!」


 カグツチは黒い空間に文句を言いながら白髪の子供に近付く。だが、一つの疑問がカグツチの頭の中によぎった。それは若返っている事だ。


 あの時は大人に見える顔立ちの青年が、精神世界では子供となっている。こんな事はカグツチにとっては初めての事だった。


「お兄さん……。どうやって来たの?」


 子供らしい声でカグツチは可愛らしい子供だと思った。だが、白髪の子供が振り返った瞬間、そんな考えは一瞬にして消え去った。


 子供の手は赤い液体により汚れており、口元も赤い液体で汚れていた。そして、手には人間の目玉が握られていた。


「お前の名前はなんだ?」


「僕の名前?僕はアルク!お兄さんは誰?」


「俺はカグツチと言う。訳あってお前の精神世界に入ったんだが……その赤い液体はなんだ?」


 カグツチはアルクについている赤い液体について尋ねる。精神世界は千差万別だが、精神世界の主は本人の年齢と容姿が現在の姿として反映される。


 つまり、着ている服も傷も全て精神世界へと反映される。だが、あの時の試練を受けた人間は大人びた顔立ちの青年で、口や手には赤い液体は付着していなかった。


「これ?これはね……みんなのだよ?」


 アルクがそう言うと、カグツチの足首を何者かに掴まれる。足元を見ると、無数の血濡れた手がカグツチの両足首を掴んでいた。


「な、なんだこれは!」


 カグツチは両足首を掴んでいる手を振りほどこうとするが、放してくれない。それどころか、両足首を掴んでいる手がより一層力を込める。


「ねぇ、お兄さん……。君は何で自分だけが無事だと思っていたの?」


 地面に座っていたアルクは立ち上がり、カグツチを見つける。カグツチは足元からアルクに視線を戻すが、全身に寒気が走った。


 理由は一つ。アルクの目が憎悪に染まっていたからだ。子供の年は正確には分からないが、5,6歳だろう。そんな子供がしていい目じゃない。


「何をする為に来たの?試練でしょ?だったら早くしてよ」


 アルクはゆっくりとカグツチに近付く。アルクの踏み出すごとに、寒気がより一層増していく。


「ならばアルク!お前の思いを見せてみろ!」


 カグツチは手前まで近付いたアルクに向かって貫手を繰り出す。貫手はアルクの胸を捉え、カグツチの手がアルクの体内に入る。


 その瞬間、アルクの全ての思いがカグツチの頭の中に流れてくる。


「あ」


 カグツチは侮っていた。目の前の人間の思いに簡単に触れてはいけなかった。


 目の前の人間はカグツチが試練で見たどの思いよりも邪悪で、禍々しかった。


「ああ…… ああああああ」


 もう引き返せない。アルクの思いが全てカグツチの中へと入っていく。


「ああああああああああああああああああああああああああああああ」


 これは全てを憎んでいる。これだけは外に出してはいけない。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 カグツチは急いで試練から逃げる為に、手をアルクから抜こうとする。だが、カグツチの腕をアルクは両手で握り、抜けないようにする。


 もう無理だ。認めざるおえない。アルクこそが最も熱く、最も邪悪な思いの持ち主だ。


 カグツチは炎を身で包み、精神世界から出ようとする。視界いっぱいに炎が満たされた瞬間、カグツチの意識は消え去った。


―――――――――――


「ご、ご主人?大丈夫ですか?」


 リラの声でアルクの意識ははっきりとする。


「炎の聖刀はどうなったんだ?敵は来なかったか?」


「炎の聖刀なら新しい刀に移りましたよ。敵は来ていないので大丈夫です」


「え?」


 アルクは急いで刀を拾う。その瞬間、大量の炎が刀から出現し、再びアルクを包む。


「ハハ……本当に炎の聖刀だ」


 アルクを包んでいる炎が再び体の中に入っていく。すると、炎の聖刀の最初の所有者がどんな方法で使っていたか見ることが出来た。


 いわゆる疑似体験と言う物だ。


「なるほど。そうやって使うのか」


 そう呟いた瞬間、アマノイワトの入り口付近から騒がしかった。


「誰だ、貴様!」


 そんな声が聞こえるや否や、多くのサムライがアルク達を取り囲んだ。


「白い髪、赤い目、間違いない!闇の使徒アルクだ!」


 サムライ達は目の前にいる青年が闇の使徒アルクである事を知ると、刀を引き抜いた。

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