8ー11 刀への情熱
スサルによって刀の製作が始まった翌日、アルク達は再びスサルの下を訪れていた。
まだ昼前にも関わらず、スサルの工房からは黒い煙が煙突から絶え間なく出ている。
工房のドアを開けると湿気と熱気が溢れ出し、アルクはじんわりと汗をかく。
「アルク、来たのか」
工房の扉が開かれ、冷気が工房内を冷やした頃、スサルはアルクが来た事に気付く。
昨日から一睡もしていないのか、目の下には隈が出来ているが、身体中が汗まみれとなっている。
「まぁな。刀の方はどうやってる?」
「大体の形は完成している。お前にはこの4振の刀を使ってもらう」
スサルは壁に立てかけられている四本の刀に目を移す。四本の刀はそれぞれ長さも太さも違う。
「こいつらを使って体に合うように刀の長さと太さを調整する。そうでもしないと最大限の技が出そうにも出せないからな。分かってらさっさと始めるぞ」
スサルはそう言うと、四本の刀を持ち、工房の外に出る。
「それじゃあ一番長い刀から使ってくれ。装置は俺が直接動かす」
アルクは自身の身長と同じぐらいの長さの刀を渡される。渡された刀は大太刀と呼ばれる巨大な刀だ。そして、スサルは工房の隣にある木に近寄り、何かをいじる。
その瞬間、その木から無数のナイフが飛んでくる。
「ちょ!危ねぇ!?」
アルクはギリギリの所で躱す事が出来たが、通常の冒険者なら簡単に死んでしまう。
「スサルてめぇ!殺すつもりか!」
「調整だって言っただろ!次行くからさっさと体を整えろよ!」
スサルはいつの間にか大量の縄を両手に掴んでいた。アルクは大量の殺意の高い仕掛けが来るのを瞬時に理解し、刀を構える。だが、刀の長さに問題があった。
刀身がアルクの身長と同じという事もあり、長さと重さによって取り回しが悪い。そのせいで大量の仕掛けを刀を使わずに躱してしまう。
「おい!刀を使わないと調整出ないだろうが!」
「てめぇわざとだろ!こんな長い刀使えないって見て分かんねぇのかよ!」
「知るか!この国だとその刀を使う奴らも居るんだぞ!」
「知るかはこっちが言いてぇよ!取り敢えず次の刀を寄こせ!じゃないとこっちが怪我しちまう!」
アルクは体を捻り、刀をスサルの方へ投げる。スサル本人は慣れた手つきで投げられた刀を受け取り、二本目の刀をアルクに投げ渡す。
だが、二本目の刀も問題があった。何故なら刀身がアルクの前腕しかない。そのせいもあって、仕掛けを防ぎきれずに何回か喰らってしまう。
「だからよ!ちゃんとした刀を寄こせよ!黒赤刀はこんなに短かったか!?」
「あ!?それもちゃんとした刀だ!脇差って言う物だ!我慢して大人しく調整されておけ!」
スサルは嫌な顔をしながら脇差を振っているアルクをよく観察する。今までは足と同じ長さの剣を使っていたのか、長さが足りずに防げるような仕掛けを防げないでいた。
「よくやった!次はーー」
「おいゴラァ!やっぱり今でも刀打ってんじゃねぇか!」
スサルは次の刀を投げようとした瞬間、野太い声が響き渡る。今までアルクを襲っていた仕掛けも全て止まり、アルクは声が聞こえた方向に顔を向ける。
そこには30人程の刀を持った男達が居たが、風貌が明らかに穏やかではない。
体の至る所に古傷があり、先頭にいる男に関してはドクロの被り物をしている。
「誰なんだあいつらは?」
「マガツヒで名の知れた山賊でな。去年からずっと俺に刀を打て刀を打てとうるさいんだ。でも俺も死にたくないからすぐ折れる鈍を打って渡したんだ」
スサルは山賊達の方を見ると、何人かは折れた刀を見せつけるように持っていた。
「何のようだ、ドウズ!俺はもう刀を打たないって言っただろうが!」
「嘘は良くねぇぞ!現にそこのガキに刀を作ろうとしてるじゃねぇか!」
「それはコイツなら正しい使い方をしてくれるって思ったからだ!だけどお前らみたいな自分の事しか考えない山賊に刀を打つつもりはねぇよ!」
「そうかよ!だったら殺してある分の刀全部奪ってやる!お前ら!やれぇ!」
ドウズがそう叫ぶと、山賊達は一気にアルク達の下へ走ってくる。
「マズイ!流石にこれだけの数は凌げそうにない!逃げるぞ!」
スサルは逃げようとするが、アルクは逃げる素振りを見せない。寧ろ脇差を構えて、山賊達を殺すつもりでいる。
「何してんだよ!流石にこの数相手は無理だろう!」
「何言ってんだ?俺の刀を打つために色々と調整したいんだよな?だったら丁度いい肉人形共が大勢居る。続きをやるぞ」
アルクはそう言うと脇差を持ったまま山賊の大群に突撃する。突撃したのがたった一人だったという事もあり、山賊達は油断していた。だが、その油断のお陰で瞬きの間に五人を斬り殺した。
「な、なんだこのガキ!?強いぞ!」
「一人だからって油断するな!全力で切りかかれ!」
山賊達はアルクの強さを再認識し、全力で襲い掛かる。だが、アルクの前では有象無象であった。脇差の刀身の長さでは中々殺しきる事は出来ないが、それでも有効打である事に変わりない。
「スサル!さっさと三本目の刀を用意しろ!」
スサルはアルクの剣技と体捌きに見とれていたが、アルクの要望により正気に戻る。そして、そのまま三本目の刀をアルクに投げる。アルクは刀を受け取ろうとしたが、高齢のスサルにとっては刀を投げるには無理があった。
刀は飛距離が足らず、アルクではなく山賊達の真ん中に落ちてしまう。
「下手くそ!ちゃんと投げろ!」
「年寄りを労われ!」
アルクは文句を言いながらもスサルが投げた刀を探す。だが、山賊が多いせいか中々見つからなかった。
「ご主人!右の茶色の服を着てる山賊が持っています!」
リラの声が聞こえ、アルクは右方向を見る。リラの言う通り茶色の服を着た山賊が刀を拾っていた。アルクは高く飛び上がり、刀を拾った山賊の首に脇差を突き刺し、刀を回収する。
「奴は袋のネズミだ!全員でかかれ!」
刀を回収した場所は山賊達の大群が居た中心地。つまり四方八方に山賊が居る状態だ。山賊達は千載一遇のチャンスを見逃さず、一斉に襲い掛かる。
だが、アルクが三本目の刀を掴んだ瞬間、周囲の空気が変わった。
[アレキウス神滅剣ーー]
アルクは魔力で作った鞘にしまい、抜刀の構えを取る。
[辻風・天穿]
アルクは低い姿勢を取り、刀を勢い良く振り下ろす。その瞬間、竜巻の様な辻風が発生し、襲い掛かる山賊達を切り刻んでいく。
砂や草を巻き込んでいた辻風は山賊の血により赤く染まる。
辻風が止んだ頃には、アルクの足元には山賊だった物が転がっていた。
「ひ、ヒイィアア!こんなバケモノに勝てるわけない!」
生き残った山賊達はドウズの指示に従わずに逃げる。だが、それをドウズが許す訳もなく、逃げるためにドウズの側を通った山賊を斬り殺す。
「仲間を殺すなんて正気か?」
「仲間?俺の命令を聞けない奴らは仲間じゃねぇよ」
ドウズはそう言うと、刀を構える。アルクの殺戮と戦闘を見てなお戦う気があるようだ。
「退くなら俺は追わないぞ?」
「退くだと?バカか?こいつらは俺の足元にも及ばない雑兵だ!つまりどういう事か分かるよな!」
「お前一人が俺と同等以上だって言いたいのか?」
「同等?ハッ!俺の方が強いって事だよ!」
ドウズは二本の刀を引き抜き、アルクに襲い掛かる。
いつものアルクなら簡単に対処できる単純な攻撃だったが、今回は違った。何故ならドウズはアルクが苦手とする二刀流の使い手だったからだ。
二刀流ならば刀の速さは減衰するが、それを埋めるように手数が多くなる。つまり、警戒する攻撃が増えてしまう。
「どうした!さっきまでの威勢はどうしたんだよ!」
中々反撃しないアルクにドウズは叫びながら、二本の刀を振るう。外から見れば不利なのはアルクだ。だが、リラはアルクの不利な状況はわざとなのでは無いかと考えていた。
理由は簡単、アルクは刀ではなく、ドウズの足を見ていたからだ。
「シネェェエエ!」
ドウズはアルクを仕留めようと、大きく踏み込む。その瞬間、アルクは身を屈め、ドウズの足を切断する。
予備動作の無いアルクの反撃と切断された激痛により、ドウズは体勢を崩し倒れる。
「いでぇ……いでぇよ……」
足を切断されたドウズはアルクから離れようと、地面を這いずる。だが、アルクは見逃す訳もなく、体を引きずっているドウズに近寄る。
「や、やだ!命だけは!そうだ……金銀財宝を全てお前にやる!だからいの――」
命乞いをしたドウズだったが、アルクは静かに刀を振り、ドウズの首を切断する。
ドウズの頭部は静かに胴体から分かれ、地面に落ちる。
アルクは生き残っている山賊を殺そうと周囲を見渡す。だが、ドウズと殺し合っている時に逃げたのか、誰一人として居なかった。
「すげぇ……すげぇじゃねぇか!アルク!」
山賊に見つからないように隠れて居たスサルは、初めて見るアルクの剣術に感動していた。
「戦える事は知っていたがここまでとはな!それならこの刀の長さで打ってやるから待っててくれ!明日には完成させる!」
アルクの剣術に感動したスサルは少しでも早く刀を持たせるために、山賊の死体を気にせずに鍛冶場へと戻って行った。
それとは対照的に、アルクは山賊の死体処理に頭を悩ませていた。
「ご主人?私も死体を集めるのを手伝いますよ?」
「それは助かる。適当に集めてくれ。そうすれば俺の炎で死体を燃やす」
リラはアルクの言う通りにし、死体を一か所に集める。その後、アルクは集まった死体に炎魔法を放ち、死体を灰にした。
「それにしてもご主人楽しそうでしたね」
「そうか?俺は自覚無かったが……もしかして久しぶりに体に合う刀を持ったせいか無意識に楽しんでたんだろう。それにしても刀を返す隙逃しちゃったな」
「大丈夫じゃないですか?それに収納魔法に刀を仕舞ってたら聖騎士達は気付かないと思いますよ」
「それもそうだな。それじゃあそのまま炎の聖刀の保管場所に行ってみるか」
二人はまだ昼間という事もあり、そのまま炎の聖刀が保管されている場所へ向かう事にした。
――――――――
炎の聖刀の保管場所であるアマノイワトに着いた二人だったが、少し困った事が起こった。
何故ならアマノイワトの中に聖騎士が4人居たからだ。
「なんだ、お前ら?ここは聖騎士達が使っているんだ。用がないからさっさと帰りな」
聖騎士の一人がアルク達を帰るように促す。だが、アルクは帰る気が最初から無い。
「折角ここまで来たのに手ぶらで帰るなんて無理ですよ。お願いですから炎の聖刀を一目ぐらい良いでしょ?」
聖騎士は後ろに居る仲間に目をやる。聖騎士の仲間は肩を竦めると、頷く。
「分かった分かった!だが見るだけだ。分かったな?」
「はい!ありがとうございます!」
聖騎士はアルクとリラを身体検査したあと、二人を祠の前に案内する。
恐らくこの祠の中に炎の聖刀が保管されているのだろう。
アルクは炎の聖刀とはどのような見た目をしているのか楽しみにしていたが、祠の扉が開いた瞬間、アルクの楽しみが落胆へと変わった。
何故なら炎の聖刀は刃毀れが酷い上に錆びていたからだ。
「ほら。もう良いだろ?約束通りさっさと帰れ」
聖騎士は二人を無理矢理アマノイワトから追い出した。
「それにしても炎の聖刀はなんか違いましたね」
「やっぱりお前もそう感じたか。まぁ闇に侵食されたせいでああなってるんだろう。多分また行っても同じ対応されるだろうし帰るか」
アルクとリラはこれ以上進展が無いだろうと考え、マガツヒを散策した後に旅館へと帰っていった。




