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8ー9 刀の歴史

 刀の材料となる鋼を買いに行ったアルクとリラを見送り、スサルは12年前の出来事を思い出す。


 今から12年前はアルクの父であるラペーターがマガツヒを訪れた時期だ。当時のスサルは刀鍛冶として多くの刀を打っていた。当時のスサルの打った刀は切れ味が良く、頑丈という事で評判があった。


 そして、何十人、何百人の人々が弟子入りを頼み込んできたが、スサルは全て断った。そしてある日、白髪のマガツヒ人ではない一人の人間がスサルの下を訪れた。それがラペーターだ。


 ラペーターも弟子入りを申し込んできた。勿論、ラペーターが弟子入りを申し込んでも断るつもりだった。だが、ラペーターがスサルに渡したとある鉱石で、ラペーターを弟子として迎え入れた。


 渡した鉱石こそがレッドクリスタルだった。当時のスサルにとってレッドクリスタルとはどのような鉱石なのか知っており、危険性も把握していた。だが、鍛冶師としてはやらねばならないと言う本能に負けた。


 ラペーターを弟子として迎え入れてからは怒涛の日々だった。レッドクリスタルから放たれる太古の人々の怨念で悪夢を毎日見ていた。それ以上に刀は玉鋼と言われる鋼を使って刀を打つが、レッドクリスタルは全く違った。玉鋼とは違う加工法に苦戦し、加工も違えば鍛える事も難しい。刀の形状にする事が出来たが、簡単に折れてしまう。


 一時期は諦めようと考えていたが、とある日を境にレッドクリスタルの加工法から鍛える方法が全て浮かんだ。理由は分からないが、レッドクリスタルに長く触れたせいだろうとスサルとラペーターは考えた。


 そして、遂にスサルとラペーターは刀を作り上げる事に成功した。それは鍛冶師歴65年のスサルが最高傑作と言える業物だった。


 それと同時にスサルは恐れた。もしこの刀が邪な心を持つ者が持った場合、この国にどんな災いを齎す事か。


 スサルは刀を半ば押し付けるようにラペーターへ渡す。ラペーター自身は刀は必要なさそうにしていたが、せっかく作り上げたのだからとスサルに諭され、ラペーターは刀を持ち、マガツヒを出た。


「それにしてもラペーターが死んだとはな。アルクのあの様子からするに十中八九復讐だろう。ラペーターの面倒な性格が似ておる」


 スサルは独り言を呟くと、刀を打つために鍛冶場に向かった。刀鍛冶を辞めてから10年間、一度も鍛冶場を訪れなかった。そのせいか、道具には埃が被り、床からは雑草が生えていた。


 そして、壁にはスサルがこれ売りに出さなかった四振りの刀。


「手入れしないとこうなるのは当然だな。二人が帰ってくる前に最低限も片付けるか」


 スサルは扉の横にあった藁箒をカマを持ち、鍛冶場の掃除を始めた。

ーーーーーーーーーーーーーーーー


 スサルの頼みにより、アルクとリラは玉鋼を買うために、街の中にいた。


 アルク達の居る場所は刀剣区の中心地であり、周囲から鉄の匂いと火薬の匂いが漂っていた。


 しばらく歩いていると、一つだけ寂れた店があった。これこそがスサルの言っていた玉鋼を売っている店だ。


 アルクは店の扉を開けたが、明かりは付いておらず、薄暗かった。


「誰だい?こんな寂れた店に用なんて」


 店の奥から一人の老婆が歩いてくる。腰は曲がっており、老化のせいか髪は白く、皺だらけだった。


「スサルに頼まれて来たんだ。これを読んでくれるか?」


 アルクはスサルから渡された紙を老婆に渡す。紙を受け取り、目を通した老婆の顔は輝いていた。


「あいつめ!やっと面倒な鋼を取りに来たのか!良いだろう。付いて来な!」


 老婆はアルク達を連れて、店の奥へと進む。そして、その先には鎖により何重にも結ばれた箱が置かれていた。


「これを持って行かな。だけどここで開けるんじゃないよ。開けるんならあの馬鹿タレの所で開けな」


 老婆はそう言うと、何処かへ行ってしまった。アルクは箱の中身が気になったが、箱に触れた瞬間、何故老婆がここまで言うのか理解出来た。


 箱に触れた瞬間、アルクは一瞬だけ激しい憎悪に襲われた。だが、その後すぐに憎悪は消えた。


 もし、これ程までの憎悪を溜め込んだ箱の中身を開けてしまった場合、刀剣区は無残な状況となるだろう。


 老婆の言いつけを守り、スサルの下で箱の蓋を開けようと決め、箱を持ち、スサルの下へ戻って行った。


 アルク達がスサルの鍛冶場へ帰ると、鍛冶場の煙突からは黒い煙が発生していた。そのままアルクは箱を持ったまま、鍛冶場の中へと入って行く。


 スサルは椅子に座り、砥石を磨いていた。


「帰ったぞ!」


「おう!玉鋼はここに置いててくれ……。なんだ?その箱?」


「何言ってんだ?お前が教えてくれた店に行ったらこの箱を渡されただけだぞ」


「まさか!あのババアまだ持ってやがってたのか!」


 スサルは立ち上がり、アルクから箱を奪い取り、鎖をすべて解いて行く。アルクはスサルの突然の行動に驚きながらも、箱の中から何が飛び出しても良いように、剣を構える。


 それとは反対に、スサルはおもちゃ箱を開けるような動きで箱の蓋を開ける。


「やっぱりあったな。要らないなら適当な所に売ればいい物を」


 スサルは箱に手を伸ばし、一つの鉱石を取り出す。見た目の太陽の様に赤く輝いている。


「これはヒヒイロカネって言う金属でな。この国では希少価値が半端なくあるんだ」


「これがか?俺がその箱に触れた瞬間に憎悪が全身を襲ったんだぞ」


「それは窃盗対策に箱に呪いが入ってるんだよ。現に何人かはヒヒイロカネを手に入れようとした奴が居るからな。これを使ってお前用の刀を打つが……火力は任せるぞ」


「今からやるのか?火力なら大丈夫だが、どれぐらいの炎が良いんだ?」


「今のお前が出せる炎を頼む。そうでもしないとこいつ(ヒヒイロカネ)は加工出来ねぇ。それに魔力は鍛冶場の外に漏れないように建てている!やるならさっさとやるぞ!」


 スサルはヒヒイロカネを炉の中に放り投げ、炭を大量に入れる。


 その後、スサルの合図で炉に青い炎を放つ。だが、何か不満だったのか、スサルは不満な顔になる。


「炎が足りないぞ!これだけじゃヒヒイロカネは加工出来ねぇぞ!」


 どうやら火力が足りないようだった。


「そうかよ!だったら後で文句言うなよ!」


 アルクは青い炎から黒い炎へと変え、炉に全て放つ。すると、炉の中から何かが弾ける音がする。


「十分だ!」


 アルクは黒い炎を止め、スサルは真っ赤に染まったヒヒイロカネを炉から取り出し、金床で叩き始める。


 この工程を三度繰り返した後に、もう一つの玉鋼を同じように加工する。


「ふう。ヒヒイロカネは話に聞いてた通り最初のみずべしが大変だな。それにしても黒い炎は初めて見た。それが闇か?」


「そうだ。火力に関しては一番だったろ?」


「ああ。後はこの二つの玉鋼を一つにして、刃を研いでいくが、ここからは俺だけで大丈夫だ。明日までには形だけでも仕上げておく。俺は集中するからな」


 スサルはそう言うと、加工した二つの鋼を割り、鉄の延べ棒に置き、紙で包んだ後に再び炉の中へと入れた。


 アルクは鍛冶場にいると邪魔になるだろうと判断し、鍛冶場を後にした。外は既に日が沈んでおり、虫の鳴き声が聞こえてくる。


 外ではリラが折れていた刀を拾って、振っていた。


「剣術に興味あるのか?」


「ご主人。少し興味があって試しに振ってみたんですけど……。私は拳の方が良いですね」


「そうか。今日はお前の拳に付ける道具を買って宿に帰るか。どうせ炎の聖刀はちゃんとした刀が無いと何も出来ないしな」


「はい!」


 アルクは刀剣区に向かうために、スサルの鍛冶場から離れた。少し離れていても、金属を叩く音が辺り一面に鳴り響いていた。


(リラにはずいぶん待たせてしまった。買うなら良いものにしよう)


 刀剣区の中心街に着いた二人は多くの武具を取り扱っている店に立ち寄った。だが、どれも刀や剣、鎧の物で拳に付ける武具が見当たらなかった。


「全然見つからないですね」


「そうだな。似たようなものがあれど鎧の籠手が多いしな」


 この国、この世界で拳を使った戦闘はあれども、実用的なものは刃物により一撃だ。


 だが、リラの場合は話が違う。単純な破壊力ならばアルクよりは上だ。


 7件目の武具屋を訪れ、遂に探していた物を見つけることが出来た。


 拳から手首まで覆い、手の甲の中心には魔石を嵌め込む用の穴が空いている。硬度も十分であり、大きさもリラの拳と丁度あっている。


 アルクはガントレットを持ち、金を払おうとするが予想以上に安い。店主の話によれば買い手が見つからず、破棄しようと考えていたらしい。


 店を出ると、早速リラはガントレットを両手に付ける。


「どうだ?硬いか?」


「少し硬いですけど……慣らしとけば全然使えます。買っていただきありがとうございます」


「良いものが見つかったな。後でそれに付ける魔石をいくつか用意するよ」


 その後、二人は軽く夕飯を取り、旅館へと戻る。すると、旅館の前に大勢の人が居る。


「あれがご主人の言っていたミリス聖騎士と光翼騎士団ですか?」


「そうだが……マズいな。あそこに居られると旅館の中に入らないんだが」


「大丈夫じゃないですか?ご主人がスサルさんの所で闇魔法を使ってても誰一人来ませんでしたから」


「なら良いんだが……。取り敢えず観光客のフリをして旅館の中に入るか」


 アルクはなるべく楽しい雰囲気を出しながら、聖騎士達の下へと向かっていく。


「済まないがここを通してくれないかい?」


「ん?あーすまない。邪魔だったな」


 聖騎士達は何もする事なく、アルク達を通してくれた。だが、旅館に入れる直前で何者かに肩を掴まれる。


「ちょっと!何ですか?」


「すみません。角が無いのが気になりまして。失礼ですがどこから来たんですか?」


 肩を掴んだのは、光翼騎士団第五団副団長であるヒルメティだった。


 アルクは出来るだけ心を冷静に保ち、ヒルメティと向き合う。


「そうですよ。マガツヒは料理が素晴らしいって聞いたので妹と来たんですよ。あなた方も外の国から来たんですか?」


「私達はバルト王国の考古学者です。マガツヒの陰陽連から色々とお手伝いの依頼が来てて」


「学者先生なんですね。という事は聖剣の話も耳に入っているんですか?」


「実はここだけの話そうなんですよ。内緒ですよ?」


「勿論ですよ。それじゃあ俺達は明日も色々と楽しむために部屋に戻りますね。何かの縁があったらまた会いましょう」


 その後は特に何も起こる事なく、アルク達は旅館の部屋へと帰って来れた。


「ふぅ……。流石にバレたかと思った」


「私もですよ。取り敢えず軽く明日の予定を決めます?」


「明日は炎の聖刀の所に行くか」


 二人は翌日の予定を決めたのち、温泉に入り、眠りに入った。

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