8-8 刀匠と怨嗟の鉱石
翌日、アルクとリラは太陽が昇るよりも早く起き、聖騎士達と鉢合わせない様に旅館を後にした。まだ太陽が昇り切っていないにも関わらず、多くのマガツヒ人は何かしらの作業を始めていた。
「まだ太陽が昇ってないのに凄いですね」
「そうだな。話に聞いた通り勤勉だな。これから行く店は名前だけ知ってるから場所はマガツヒの人に聞いてみるか」
アルクは予定にあった新しい刀を打ってもらうため、とある鍛冶屋へ向かう事にした。鍛冶屋の名前はアルクの父親が言っているのを覚えていた。
その鍛冶屋の名前とは禍神刀屋と呼ばれる鍛冶屋である。
アルクはとにかく目に入るマガツヒ人に禍神刀屋の場所を聞き始める。だが、声を掛けた全てのマガツヒ人はその鍛冶屋の場所どころか名前すら知らなかった。
「誰も知らないですね……。一応聞きますが、その鍛冶屋の名前を聞いたのはいつなんですか?」
「いつだったかな?確か……12年前だから……俺がまだ5歳の時だな」
「こんな事言いたくないですけど。もしかしたら潰れたんじゃないんですか?」
「だよな……。でも一応老人にも聞いてみるか。もしかしたら分かるかもしれない」
アルクはまだ鍛冶屋が存在していることを信じ、今度は老人を中心に声を掛け始める。
「ほう。お主……禍神刀屋を知っているのか」
何と、最初に声を掛けた老人は禍神刀屋を知っていた。
「はい。父がその鍛冶屋を勧めていたので」
「ほうか。禍神刀屋は50年前から存在している鍛冶屋じゃが……今はもう店を畳んでしまってな。じゃが安心せい。店主は今も生きておる」
老人は禍神刀屋の場所をアルクに教える。アルクは感謝の言葉を老人に述べ、鍛冶屋がある所へ向かって行った。
禍神刀屋はタカマガハラに存在している三つの区画の内の一つである、刀剣区の一番端に存在している。
アルク達が現在いる所は観地区であり、そこから歩くとなれば結構な時間が掛かってしまう。
だが、手段を選んでいる暇は無かった。
アルクはリラと共に人目のつかない所へ移動すると、汎用魔法で飛行と透明化を同時に発動し、禍神刀屋へ向かって行った。
老人に教えられた場所へ向かっていると、それらしい鍛冶屋を見つけた。
やはり既に鍛冶屋を畳んでいるのか、蔦は窓を塞ぎ、屋根まで伸びていた。
だが、幸いな事に住居は鍛冶場に近いと教えられていた。その為、アルクとリラは周囲を探索する事にした。
刀剣区の一番恥という事もあり、草木が生い茂り、後方にはマガツヒを囲っている城壁が聳え立っていた。
アルクはもう少し周囲を細かく観察する。すると、所々に溜め切りをしていたのか、木で出来た人型の人形が転がっていた。それらの殆どは泥や草を被っていたが、いくつかは新しい物があった。
恐らく鍛冶屋を畳んだ今でも店主が試し切りをしているのだろう。
すると、少し離れた所でリラの声が聞こえた。
「ご主人!家を見つけました!」
「分かった!今行く!」
アルクは急いでリラの下へ向かう。すると、リラの言う通り家を見つけ、幸いなことに人の気配がある。
いきなり扉を開けるほど礼儀知らずではないアルクは、扉を叩き、中からの返答を待つ。だが、何も返事が無いどころか物音一つもしない。
「ここに禍神刀屋の店主が居ると聞きました!居るなら返事を下さい!」
アルクは大きな声を出したが、それでも中から音が何もしない。
ここまで、物音一つもない状況で最悪の展開が頭をよぎった。アルクは気が引けつつも扉を無理矢理開ける。
すると、扉を開けた先には一人の老人が倒れていた。
「お、おい!大丈夫か!」
アルクは急いで老人を抱え、息をしているか確かめる。幸運なことに息はあり、生きていることを確認する。
「だ、誰か居るのか……」
老人は目が覚めたのか、震える腕を天井に上げる。
「じいさん、大丈夫か!?何があった?襲われたのか?」
アルクは家の中を見渡すが、荒らされた形跡も殺し合った形跡も何もない。
「め、め……」
「め?」
「飯を……恵んで……くれんか……」
老人は腹から大きな音を鳴らす。どうやら空腹による飢餓状態で倒れたのだろう。
アルクは収納魔法から液体状の食料を取り出し、老人に無理矢理流し込む。
「これで腹一杯になるだろ。足りなかったらもう少し出すぞ?」
「もう十分だ。飯を恵んでくれて感謝する。所でなんでこんな所に来たんじゃ?」
老人は畳の上に座り、液体状の食料を飲み干す。
「それなんだがな。あんたに刀を打って欲しいんだ」
「刀か……。なんで老いぼれた俺なんぞに頼むんだ?今の時代はどの刀匠も良い刀を打てるぞ」
「確かにそれもそうだな。でもあんたにしか頼めないんだ」
「それじゃあ理由にーーー」
「黒赤刀とラペーター。知らないとは言わせないぞ、スサル」
黒赤刀とラペーター。それはアルクにとっては切っても切り離せない存在だ。それはスサルもそうだ。
「どうしてそれを……。待て。アイツには息子が居たな……。お前さんが!」
スサルはアルクを一瞥すると、立ち上がる。
「そうだ。ラペーターは俺の父親の名前だ。それだけで刀を打ってもらう理由は分かったな?」
昔、アルクが4歳の頃、ラペーターは一年間、クプ二村を離れていた。帰ってきた後はいつも通り暮らしていたが、何をしていたのか気になったアルクは、何をしていたのかラペーターに聞いた。
クプ二村を離れて1年間、ラペーターはとある鍛冶屋の下で刀を打っていたと答えた。
「それにしてもラペーターの倅がマガツヒに来るとはな。それでどうしたんだ?お前には黒赤刀があるだろう?」
「それなんだがな。黒赤刀、盗られちまった」
「は?」
「だからーー」
「なんてことをしたんだ!あれは俺の最高傑作なんだぞ!」
スサルは顔を真っ赤にしてアルクに掴みかかる。
「どうして無くした!アレは常人に扱いきれない物だ!」
「落ち着いてくれ!説明するから離れてくれ!じゃないとリラがアンタを蹴っちまうぞ!」
スサルはリラのいる方向を見る。リラは助走をつけ、いつでもスサルを蹴り飛ばせる構えをしていた。
「す、すまん。遂にカッとなってしまって」
「説明してないこっちも悪い」
「それで?何故あの刀を盗られたんじゃ?」
「そうだな。アンタは外の国で闇はなんで言われているか知っているか?」
「闇か……。確かラペーターは世界の敵だと言っていたな」
「そうだ。俺もこれになっちまったから世界から狙われてるんだ」
アルクは微量ながらも体から闇を発生させる。闇を見たスサルは少し驚いたのち、懐からタバコを取り出し、火を付けた。
「それで狙われたって事か……。外の国は不便じゃな。マガツヒでは多くの神が存在している分、ある程度闇に寛容なのに」
マガツヒではバルト王国やドラニグル、アニニマと違い、大量の神を崇めている。その分、闇にはある程度の警戒はしているが、確認次第殺すようなことはしていない。
「そうだ。現にミリス教会の奴らに狙われて右腕が切り落とされた……ほら」
アルクは魔封じの布を外し、血で作っていた義手を解除する。すると、固まっていた血は煙の様になり、右手が消える。
「外の国も大変じゃな。ラペーターはミリス教の奴らには狙われてないのか?聞いた話によると家族も捕まると聞いたが」
「父さんなら10年……11年前に死んだよ」
「は?」
スサルは口に挟んでいたタバコを畳の上に落とす。今から11年前、つまりアルクがまだ6歳の頃に闇の魔物の襲撃に会い、クプ二村とアルクの両親が殺された。
だが、その事はスサルは全く知らなかった。
「そうか……。気が利かなくてすまん」
「気にするな。それで?刀は打ってくれんのか?」
「勿論だ!だがそれより黒赤刀がどこにあるのか把握しておるのか?」
「この世界の召喚された勇者が持ってるぞ。アイツら曰く『神の鉱石で作られた刀は勇者が持つに相応しい』って」
「神の鉱石?あれが?馬鹿か奴らは!」
スサルは畳に落ちたタバコを広い、口を大きく開けて大笑いする。
「あれは神の鉱石でも何でもない!ありとあらゆる怨嗟を詰め込んだ呪いの鉱石なのにな!」
怨嗟を詰め込んだ呪いの鉱石と言う言葉に、リラは反応する。ミリス教の教えではレッドクリスタルは神の鉱石として、教えられていた。
だが、スサルの話だと神の鉱石とは程遠い鉱石となっている。
「なんだ嬢ちゃん?レッドクリスタルを知らんのか?なら教えてやるよ」
スサルはレッドクリスタルについて、リラに説明し始める。
レッドクリスタルとは簡単に言えば大量の血がこの世に漂う魔素と反応し、クリスタル化した物と言われている。それだけなら問題無いが、現在に至るまで見つかっているレッドクリスタルの殆どが光の民と闇の民との戦争、光闇大戦で作れらたものと言われている。
光闇大戦はお互いが戦争の優位を取るために、様々な実験をしていた。その中の一つがレッドクリスタルの人工的な生成だ。闇の民はレッドクリスタルを人工的に作る為に、多くの光の民の死体と血液を使った。そして、硬度を増すために、生きたまま血液を抜かれた者もいる。
その結果、レッドクリスタルを知る者から見れば、怨嗟の鉱石と言われている。
「そうなんですね……ご主人はそんな危険な刀を使ってて無事だったんですか?」
「ん?最初の三年間は悪夢を見てただけだから大丈夫だったぞ」
「どこが大丈夫なんですか!全然危険じゃないですか!」
「慣れは大事!それで刀についてなんだが必要な物があれば調達してくるぞ」
スサルは刀を作るのに必要な物を紙に書き記し、アルクに渡す。
「俺は工房の準備をする。街にある鋼屋に行けば書かれてる鋼がある筈だ。それじゃあ頼んだぞ」
アルクは刀を打つのに必要な鋼を買うために、街の方へ向かって行った。




