8ー5 食の素晴らしさ
マガツヒの首都であるタカマガハラへ入ったアルクとリラは、食べ歩きをしていた。
島国と言う特徴もあり、大陸続きの国とは違う文化が溢れていた。
それは食べ物にも影響を与えている。何より二人を驚かせたのは生魚だった。
アルクが長い間、暮らしていたバルト王国でも魚を食べる機会は山程あるが、生魚を食べる事は無かった。
「ねぇおじさん。これって何ですか?」
「なんだい、嬢ちゃん?もしかして外から来たのか?」
「うん。この魚って生で食べる物なの?」
「そうだぜ。これは寿司って言うんだ。試しに食べてみるか?」
露店の店主は慣れた手つきで生魚を白い何かの上に乗せ、リラに差し出す。
「ついでに兄さんも食っていけよ」
アルクにも寿司を一つ差し出してくれた。
リラは初めての生魚と言うこともあり、口に運ぶのを躊躇っていた。だが、アルクは初めてではない様な気がしていた。
どこかで食べた様な覚えがあるが、中々思い出せない。
だが、それよりも寿司を食べるのが先だと判断し、アルクは何の躊躇いもなく口に運ぶ。
「美味しいぞ、リラ。早く食っちまえよ」
「い、いや!私が食べます!」
リラはアルクに急かされ、寿司を口に運んだ。初めての生魚と言うこともあり、最悪を考えていたが、予想以上に濃い味が口に広がった。
「ほわぁ……美味しい……」
「そうか!それは良かった!折角だし安くしておくよ。外の国の人達にはもっとこの国の食べ物を知ってもらいたいからな!」
露店の店主の口のうまい商売にアルクは感心しながらも、いくつかの寿司を購入した。
「ご主人!ここの食べ物全部美味いですね!」
リラはここまでの食べ物を思い出す。それらは全て初めて食べる物ばかりだったが、どれも美味しい物だった。
それはアルクも同意見だったが、もう食べ歩きしている余裕は無かった。
何故なら、いつの間にか太陽は完全に沈み、月が昇っている。そして、未だに見つからない宿。
「リラ?分かってると思うが宿を取らないと野宿になるぞ?」
「の、野宿だけはどうにかしないといけませんね……。何とかしないと」
野宿はアルクとリラにとってはどうにか避けたかった。魔力量が膨大であるアルクでも丸一日魔法を使っていると魔力欠乏になってしまう。それに加えてリラが使っている魔道具もいつ止まってもおかしくない。
取り敢えずアルク達は人通りが多い所で歩くことにした。そうしていれば宿の客引きに遭遇する可能性が高い。
人通りが多い所を歩いていると、周囲の人々の視線に気が付く。良く考えてみれば周りはマガツヒ人ばかりで、額に角が無いアルクとリラは目立っていた。
しばらく歩いていると、誰かと肩がぶつかる。アルクは軽く謝り、宿を探すのを継続する。
「てめぇ待ちやがれ!」
アルクの肩にぶつかった一人のマガツヒ人がアルクを止める。すると、今まで騒がしかった周囲が静まり返る。
「貴様……。俺に当たるとは無礼だぞ!」
男は鎧の様な物を着ており、腰には刀を刺していた。その風貌と特徴的な頭髪から、マガツヒに昔から存在しているサムライだと判断した。
「角が無いな。外から来たのか知らんがマガツヒに居るならマガツヒの決まりを守って貰おう!」
サムライはそう言うと、腰に刺した刀を引き抜き、アルクに切りかかる。アルクは少し迷ったが、反撃をしようと剣を取り出そうとした。
その時、一人の少女が三人の大男を引き連れてアルクの前に飛び出してくる。突然の少女にアルクは斬りそうなったが、ギリギリで止める事に成功した。
「何してんだあんた!死ぬぞ!」
「それはこっちのセリフよ!侍様を斬ろうとするなんておかしいんじゃないの!?」
「はぁ!?」
アルクの目の前の少女が何を言っているのか理解出来なかった。
先に手を出したのはサムライの方で、アルクは正当防衛として剣を抜こうとしただけだ。
「侍様!どうかここは私の顔に免じてくれませんかね?いくつか安くしておきますので」
「安くだと?誰に向かって……待て。その着物と手飾り……『万神店』の副店長か?」
万神店。それはタカマガハラに入る前に知り合ったトモヤが店長の店だ。
「そうだよ。うちの商品が安く買えるなんて滅多にないんだ。刀を仕舞うだけで侍様に良い事しか起こらない。だからどうか刀を納めておくれよ」
サムライは考える素振りも見せずに刀を鞘に収めた。
「そこの男。メグヤに救われたな」
サムライはそれだけアルクに言うとその場を後にした。
メグヤと呼ばれた少女は振り返り、アルク達を眺める。
黒目黒髪で身長はリラより少し高いが、額には緑色の角が二本生えていた。
「ふぅ。ところであんたらはトモヤ兄の言っていた外の人間かい?」
トモヤ。それはアルクとリラに服を見繕ってもらい、『万神店』の店長と自称する男だ。
「あんたらの事はトモヤ兄から聞いてるよ。それにトモヤ兄の言う通りだったよ」
「言う通り?」
「そう!当ててやろう!さっきまではタカマガハラで食べ歩きをしていた!でも気付いたら夜になって宿を探そうにも中々見つからない!そうでしょ?」
メグヤの言葉にアルクは驚いた。言っていることは全て正解だ。
だが、食べ歩きをしていた頃に付けていた者はいなかった。
「トモヤ兄は先見の明で数々の偉業をこなして来た。それにアルクさんの動向も当ててしまった。信じるしかないんだよ」
先見の明とは、事が起こる前にそれを見抜く見識だ。だが、ここまで来れば予言となんら変わらない。
「それで?万神店の経営する宿を紹介しようか?」
メグヤの提案は素晴らしい物であった。事実、現在に至るまでに宿は見つからない上に、サムライと面倒事を起こしてしまった。
これは宿を探す上で厄介な物だった。
だが、メグヤの提案は提案で疑問があった。それは何故、ここまで良くしてくれるのかだ。
「なんか企んでんだろ?」
「勿論!宿代は当然取るよ。それとアルクさんが大陸の方に帰ったら、『万神店』を宣伝して欲しいのよ」
「宣伝って……」
宣伝は今のアルクにとっては縁の無い物だった。
そもそも、マガツヒと貿易をしているのがバルト王国なだけで、宣伝の効果が望めるのが一つの国しかない。それに加えて、アルクは闇の使徒として世界的に指名手配されている。
だが、ここで断ってしまうと宿が取れずに、野宿となってしまう。
「まぁ……。出来る限りの事はやってみようと思うよ」
アルクはここで言い切らずに、やるかどうかを曖昧にする事で、保険を取ることにした。
「保険ばかりだけど……良いや!宿に案内するから付いてきて。あんたらはトモヤ兄にこの事を伝えてきて」
「「ヘイす!」」
メグヤと共にやって来た二人の男は宿を使う事を店長であるトモヤへ知らせる為に、去って行った。
「それじゃあ案内するけどマガツヒとタカマガハラについてある程度教えておくよ」
メグヤはアルク達を宿屋へ向かう道中でマガツヒの事をアルク達へ教えた。
マガツヒとは300年前に建国された五つの島で構成された国だ。だが、元々は一つの国では無く、五つの国であった。それらはお互いの利益を優先するために、戦争と休戦を繰り返し、戦乱の世となっていた。お互いの兵力と物資は拮抗しており、戦争は五つの国が成立してから400年続いていた。
だが、400年続いた戦争を終わらせたのがマガツヒの初代国王であるノブナガ・オダだ。ノブナガは五つの国の一つであるカグハラの国王であったが、情報があまりにも少なかった。とある伝承では『空間に穴が開きそこから生まれ出た』と記されている。
ノブナガの圧倒的な統治と指揮により、カグハラは四つの国を制圧し、300年前にマガツヒを建国した。
「そして、マガツヒの初代国王であるノブナガが使っていた剣が炎の聖刀と言われているんですよ!」
メグヤはまるで自分の功績かの様に胸を張り出す。だが、一代で国を統一して治めたのは凄い事だと、国の運営について何も知らないアルクですら知っていた。
「でも炎の聖刀がそんな昔から存在してるならとっくに所有者が現れてもおかしくないだろ?」
「そこが問題なんですよ。初代国王が死んでからは次の所有者が現れなかったんです。一体何を基準にしてるのか未だに分からないんです……あ!着きましたよ!」
マガツヒの歴史について教えられているうちに、アルク達は泊まる予定の宿に着いた。
ドラニグル以来の高級感漂う宿にアルクとリラは少し気圧されていた。
高級感漂うではなく、明らかな高級宿にアルクは代金の心配をした。
その気になれば金は出せるが、とある目的の為に金は貯めておきたかった。
「ここはタカマガハラ……いや、マガツヒ一の高級宿よ!本当なら庶民がどれだけ頑張っても泊まれないような所だけど安心して!今回の宿代と宿に出される代金は全て私が払うわ!」
メグヤの大盤振る舞いの提案にアルクは感謝の言葉を述べる。
「全然大丈夫!それに……やっちゃいけない事をやる時が一番ハラハラして面白いしね」
その時、凛とした笑顔が邪悪な物となる。恐らく――いや、確実にメグヤはアルクの正体を知っている。
だが、それを敢えて言わずにしている。
「それじゃあ部屋と宿の決まりを教えるから付いてきて」
宿に入ると、メグヤに宿の決まりを教えられた。大半は常識的な決まりだったが、一つだけ気になった物があった。
それは風呂場を覗かない事だ。
「何を言ってるんだ?覗きは常識的に考えてしないだろ?」
「そうなんだけど……毎回居るのよ。女湯を覗くバカタレが」
メグヤが溜息を吐き、アルクは労いの言葉を掛ける。
すると、誰かに裾を引っ張られ後ろを振り返ると、リラは何か言いたそうな顔をしていた。
「温泉って何?」
「あれ?知らないのか?だったらちょうどこの宿に温泉あるから入れば良いんじゃ……ダメだ」
アルクは温泉に入れば良いと言おうとしたが、リラに渡していた魔道具の存在を思い出した。
「公衆浴場が嫌なら個室浴場も入れるよ」
「本当か?それならそっちに行こう」
アルクとリラはメグヤの案内で寝泊まりする部屋へ向かって行った。




