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8ー3 漂流

 クラシスの転移魔法でマガツヒへ送られているアルクとリラ。能天気に流れ続ける外の景色を見ているリラに対して、アルクは不安を感じていた。何故なら転移魔法の術者がクラシスだからだ。


 クラシスの転移魔法は高確率で失敗する。ドラニグルへの転移魔法は珍しく成功したと思いきや、失敗した。マガツヒは島国。下手すれば海の上に放り出される可能性がある。


 もしもに備えてアルクは収納魔法から手のひらサイズのいかだを取り出す。何も知らない人から見れば子供の玩具に見えるが、これも魔道具だ。魔力を流せばいかだを大きくすることが出来る。


「リラ、お前は泳げたっけ?」


「私ですか?泳げないに決まってるじゃないですか。逆にご主人は泳げるんですか?」


「もちろん俺も泳げない!」


「はぁ……。何で聞いたんですか?」


「クラシスの転移魔法は高確率で失敗する。多分海の真上に転移させられる可能性がある」


「つまり海の上に転移したら島まで泳げと?私とご主人泳げないのにどうするんですか!」


「流石にそれは死ぬ。だからこのいかだを使う」


 魔道具のいかだに魔力を流し、いかだを大きくする。アルクとリラは大きくなったいかだの上に乗る。その瞬間、転移魔法陣が音を立てて崩れ始める。


「ほらな。クラシスの転移魔法は高確率で失敗すんだよ……。衝撃に備えろ!海の上に落ちるぞ!」


 転移魔法が終了するのと同時に、二人は空中に放り出される。激しい浮遊感により内臓が浮かび上がる。気持ち悪さを感じたが、次の瞬間には重力が一気にのしかかった。


 マガツヒの島に降りれたと思ったアルクだったが、水の音だけが聞こえる。うんざりしながらも、アルクは周囲を見渡す。


「はぁ……。ここどこだよ……」


 見渡す限りの海でアルクは途方に暮れていた。マガツヒの方向も分からなければどうする事も出来ない。


(仕方ない。飛ぶか)


 アルクは飛行でマガツヒへ向かう事にする。短い詠唱の後、翼を生やしリラの方向を見る。彼女は現在、吐いていた。


「海に出たばかりなのにもう船酔いしたのか?いくら何でも早すぎないか?」


「仕方ないじゃないですか……私は海どころか湖に入った事もないうえに船やいかだなんて初めてなんですよ……。おぇ」


「酔いを止める薬を出すから少し待ってろ」


「はい……うぷ……。てか空飛べるんだったら転移中に翼生やせば良かったじゃないですか……」


「……あ」


「え?嘘でしょ?」


 アルクは転移中でも魔法が使える事をすっかり忘れていた。もし転移中に魔法が使える事を忘れていなければ、海に落ちる事もリラが船酔いする事も無かった。


「ごめんね?マガツヒで美味しいご飯なんでも御馳走するから」


「なんでも!?」


「ああ……無理のない範囲で頼む」


「許しましょう!早くマガツヒへ行きましょう!」


 マガツヒの食べ物を御馳走してくれると聞いたリラはすっかり船酔いも忘れて、アルクに抱えられマガツヒへ向かう。


 だが、見渡す限りの海原で島らしき物が見当たらない。夜が着てしまったら本格的にマガツヒへ着くのが難しくなる。


 アルクはリラに魔法を掛けると上空へ上がり続ける。高高度でマガツヒを見つけるつもりだろう。


「あ!ご主人!島が見つかりましたよ!」


 高高度へ上がっている途中でリラは島を見つける事に成功する。アルクはリラが指刺した方向へ降り、島へ着陸することに成功する。


 このまま行けばマガツヒへ行くことが可能だと考えられるが、それ以前にアルクは容姿を変える事にした。


 マガツヒ人の髪色は茶髪か世界的に珍しい黒髪が普通であり、アルクの白髪やリラの金髪はマガツヒでは異物となり目立ってしまう。


「その金髪どうにかならないのか?」


「無理ですね。ご主人は魔法で髪色を誤魔化せると思いますが、私は魔法が使えないので無理ですね」


「お前にも魔法を掛けられるぞ?ただ魔力の消費が多いだけだしな」


「でもこれからの事を考えると私に魔法を掛けるのは良い判断ではないですよね。魔道具とかは無いんですか?クラシス様は色んな魔道具を作ってるので」


「魔道具か……。髪色を変えてくれるような都合の良い魔道具なんてあるか?」


 アルクは収納魔法に上半身を入れて魔道具を探す。クラシスから貰った、または盗んだ魔道具は大量にある。暇さえあれば魔道具をひたすら作っている。


 だが、アルクが所持しているクラシス製の魔道具の9割が使用用途が不明な物ばかりだ。


 ある魔道具は地面を海水に変えるスコップ。ある魔道具は手そのものをスプーンにする魔道具。


 クラシス本人はいずれ全ての魔道具が役立つ時が来ると言っているが、実際に役に立った魔道具は少ししかない。


「空の色を変える魔道具……本当に役に立つのか?」


 収納魔法の中にある魔道具を探している時に、一つの魔道具に目が移る。


「これは……自分の認識を変える魔道具。そうだ!これならリラの髪色を変えれるぞ!」


 いつ収納魔法に入れたのか分からない魔道具だが、自分の認識を変えれる魔道具なら十分に役に立つ。


 早速、魔道具を設定して起動させ、リラに手渡す。リラが魔道具を手にした途端、リラの髪色が金色から茶色になっている。


「ご主人?髪色変わってないように見えますが」


「それは認識を変える魔道具だからな。リラ自身は変わってなくても俺は茶髪に見えている。これなら魔力を余分に使わなくて済む。ある程度休憩したら集落を見つけるまで動き回るぞ」


「はい!」


 二人はある程度休憩したのち、マガツヒへ行く為に人が住んでいる集落を探すことにした。だが、それは直ぐに解決することが出来た。何故なら、浜辺に三人の子供が居たからだ。


 アルク達は三人の子供達に話を聞くために近付くが、三人の子供は何かを取り囲んでいる。だが、普通の子供には無いはずの物が額に存在していた。


 その物とは額から伸びている角だ。


 マガツヒ人は普通の人間とは違い、魔力を体内に有していない。稀に魔力を有しているマガツヒ人が生まれる事もあるが、それは1000人中3人しか居ない。魔力を体内に有していない人間はこの世界に漂っている魔素に毒されて死んでしまう。


 だが、マガツヒ人の場合、マガツヒに古くから伝わる鬼の角を頭が柔らかい赤ん坊の内に頭に刺す。そうすることで魔力を角から摂取することで生き永らえている。


「少し道を聞きたいんだが大丈夫か?」


「おん?お兄さん誰だ?この島では見た事ねぇな」


「うん。魚を取りに船に乗ってら漂流しちゃってね。少し助けて欲しいんだけど大丈夫かな?」


 アルクは子供たちを怖がらせないように、出来るだけ穏やかな声で話し続ける。


「大丈夫だけど……これをどうしようか?」


 子供の一人が取り囲んでいた物をアルクに見せる。それはどこからどう見て黒暗結晶だったが、拳ほどの大きさに関わらず、闇を周囲に放っていた。


「それはちょっと危ないものだからお兄さんが預かっておくよ。三人に怪我が無くて良かった」


「おう!それじゃあ村に帰るから付いて来てよ。それで詳しい大人の人の所に案内するから」


 三人の子供はアルク達を村へ案内するために歩き始める。村に着くまでに三人の子供はアルク達に声を掛け続けていた。


「漂流したって言ってたけどどこから来たの?」


「バルト王国の海沿いの村に住んでてね。夜ご飯用に魚を妹と取りに行ってたら船が壊れちゃってね。気付いたらこの島に居たんだ」


 勿論全部アルクの嘘である。リラはアルクの妹ではなく奴隷である。


「そうなんだね!ここはマガツヒの一番南の島だけど小さくて大都会のタカマガハラ行きの船しかないんだ」


「タカマガハラって大きいんだね。そこならバルト王国行きの船がありそうだ」


 マガツヒの首都であるタカマガハラへ行ける方法を知った後、アルク達は何気ない会話をし始める。


 すると、数奇屋門が見えてくる。


「着いたよ!ここが僕達が住んでる村。タカマガハラ行きの船は大人に聞けば良いよ!それじゃあ僕達は別のところに行ってくるからね!バイバイ!」


 アルク達を案内した子供はそのまま村の奥へと進んで行った。


「え?普通は村長とかの所に……どうします?」


「どうするも何も入るしかないだろ」


 アルク達は数奇屋門を通り抜け、村に足を踏み入れる。村の人々は初めて見る人なのか、アルクとリラを気にしていた。


 すると、そこに一人の男の老人が話しかける。


「見ねぇ顔だげどどうしたんだ?」


「船で漁をしてたら船が壊れてしまって……」


「そうがそうが。若いもんに声をかけると良い。ワシはもう時代に付いて行けんからな。何が助けになると思うぞ」


「はい。ありがとうございます」


 アルクは老人の言葉に従い、目の前に通りかかった青年に声をかける。


「ちょっと助けて欲しいことがあるんだけど今大丈夫?」


 アルクの声はリラですらびっくりするほどの穏やかな声だった。


「大丈夫だけど……もしかして漂流しちゃった系の奴?」


「そうなんだよ。だからバルト王国に帰りたくてね。ここに来る間に子供達から色々と教えて貰ったんだよ」


「良いぜ!でももう今日はマガツヒ行の船はもう終わっちまったんだ。ここは随分と離れている上に使う人も少ないからな。船を待つなら明日になるぞ」


「そうなんだ……。でも俺達は魔法が使えるから方向だけ教えてくれたら嬉しいんだけど」


「魔法使えるのか!?あ、そうか!あんた等は島の外から来たから魔法が使えるのか!だったら簡単だな!それならここから北に行けばタカマガハラに着くぞ!もうすぐで夜になるから早めに行くか明日にするかが良いぞ」


 アルクは青年にマガツヒの首都であるタカマガハラの方向を聞き出し、感謝を伝え村を離れた。


「良し!ここから止まらないでタカマガハラに向かうけど……酔いはもう無いか?」


 アルクの問いかけにリラは頷き、アルクに抱えられる。


「あの……ご主人?脇に抱えるのはちょっと怖いんですけど」


「そうか?だったらどうする?」


「そうですね……安定性なら前向きで抱えて欲しいです」


「分かった。よいしょっと……髪が邪魔だが大丈夫だろう。それじゃあ行くぞ!」


 リラを前向きに抱えたアルクはタカマガハラへ向かう為に、飛翔した。

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