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8-2 魔王の子供

 クラシスが見た予知夢。それは西の島国で眠っていた炎の聖刀が闇に染まり、島国が海底に沈むといった夢だった。イレナはクラシスが何故ここまで焦っているのか分からなかった。


 炎の聖刀が闇に染まる事はイレナでさえも非常事態と分かっていたが、そこまで焦る事なのかと思っていた。


「それがね、炎の聖刀はマガツヒに存在している巨大な黒暗結晶を封じているのよ。もし炎の聖刀が闇に染まれば黒暗結晶が目覚めてしまうの」


「巨大な黒暗結晶?それってドラニグルと同じ規模の大きさですか?」


「島一個分……」


 イレナは信じられない事を聞いてしまったような顔をしたが、聞き間違いだと思い、再び聞き返す。


「規模って……どのぐらいですか?」


「本当の事だからちゃんと聞くのよ。マガツヒの黒暗結晶は島一個分の大きさよ」


 島一個分の黒暗結晶。


 それだけでクラシスがここまで焦っている理由を瞬時に理解できた。ドラニグルの黒暗結晶ですら地下空洞に収まる程の大きさで甚大な被害を齎した。それが島一個分の大きさとなれば被害が想像できないほどの規模になってしまう。


「それだったらアルクとリラで大丈夫なんですか!?今すぐに私もーー」


「大丈夫よ。予知夢ではアルクとリラの二人で解決したわ。無限にある未来で安全に且つ確実に成功する二人を送ったから安心して」


「そうなんですね……じゃあ私と白蜘蛛は師匠とお母様と特訓ですか?」


「そうね。今の貴方達ではアルクに戦いを挑んでもの返り討ちにされる。だけどこのまま特訓すればアルクを超える存在となる」


 クラシスはいつの間にか枝の影に隠れている白蜘蛛を見つめる。どうやらレイリンとの特訓から逃げ出したようだ。


「あら?白蜘蛛ちゃんもうすぐで進化するわね」


 クラシスがそう言った瞬間、白蜘蛛の背中が割れ始める。


 苦しそうな泣き声を上げながら、背中の割れ目から何かが出始める。


 今までは純粋な蜘蛛のような見た目だったが、今回は違った。それは人間に近い頭が背中の割れ目から出ていたのだ。


 クラシスは見慣れているのか涼しい顔をしているが、初めて目の当たりにする魔物の進化に不気味さを感じていた。


「イレナ。魔物の進化の果ては何か覚えてる?」


「し、進化の果て?えっと……新しい種族への変化?」


「大体あってるわ。魔物の進化の果ては魔人への昇格。実際にヴァンパイアはイー・チーと呼ばれるコウモリの魔物の進化の果て。アラクネも蜘蛛型の魔物の進化の果てよ」


「つまり白蜘蛛は魔物から魔人になるんですね」


「その通りよ。今、白蜘蛛ちゃんは魔人族アラクネへと進化している途中なの。これはとっても珍しい事よ」


 そうしている内に、白蜘蛛の背中の割れ目から人間の体が出てきた。だが、下半身が何かに引っかかったのか、苦難している様だ。


「それにしてもホワイトスパイダーがアラクネになるのは始めて見るわね。元々が白いからきっと綺麗なアラクネになるわよ」


 クラシスは白いアラクネを見るのが楽しみと言わんばかりに目を輝かせる。しばらく進化をしようとしていると、白蜘蛛の体が光始め、そのまま地面へと落下する。


 始めは白蜘蛛の新たな姿を見るのが楽しみだったクラシスとイレナだったが、白蜘蛛から溢れ出る魔力量に肝を冷やした。


 白蜘蛛から放たれる魔力量は膨大で、アルクと同格かそれ以上の量だった。


「お母様?この魔力量は魔人特有ですか?」


「そんな訳ないじゃない……進化前は可愛らしい魔力量がなんでこんなに?」


 クラシスでさえ白蜘蛛の膨大な魔力量に驚いていた。


 白蜘蛛の放つ光が収まり、ようやくアラクネとなった白蜘蛛の姿が視認できるようになった。


 通常のアラクネは上半身は人間で下半身は蜘蛛。それは白蜘蛛も同じーーーではなかった。


 アラクネとなった白蜘蛛は何もかもが違っていた。ある筈の下半身の蜘蛛は人間の足になっており、額にある筈の六つの目は無く、一つの目に四つの瞳が存在していた。


「白蜘蛛ちゃん?溢れ出れる魔力を抑えてくれると助かるわ。じゃないと巨大樹が魔力汚染でダメになっちゃうわ」


 クラシスは白蜘蛛から溢れ続ける魔力を抑えるように命令する。アラクネに進化したばかりで頭が動いていないのか、呆けていた。


 これだと直接白蜘蛛を閉じ込めた方が早いと判断し、クラシスは魔防壁で白蜘蛛を閉じ込め、魔力を抑え込んだ。


「お母様が教えてくれたアラクネと全く違いますね」


「そうね……何これ?本当に知らないんだけど」


「お母様ですら知らないなら無理ですね。師匠なら知ってると思いますか?」


「レイリンは私よりも世界を旅してる上に、数え切れない程の殺し合いをしてるから知ってると思うわ。白蜘蛛ちゃんなら私が抑えておくからイレナはレイリンを探して来て」


「分かりました!」


 イレナは白蜘蛛の今の状態を知る為に、レイリンを探しに行く。


 クラシスは白蜘蛛の頭が完全に動くまで耐える事にした。


(片方ずつの目に四つの瞳。そして人間の下半身に腰回りに四つの足……まるで昔にあった魔王に似てるわね)


 アラクネとなった白蜘蛛の容姿が大昔に会った一人の魔人に酷似していた。その魔人とはすでに死んだ魔王であり、暴力的で力が全てで内戦が絶えなかった魔人国を一週間で統一した強者だ。


「あ……」


「調子はどう?少しは頭が覚めたかしら?」


「おかげさまで。貴方は相変わらず綺麗だな」


 白蜘蛛がようやく口を開いたと思えば、口調がおかしかった。それどころか進化前は落ち着いた雰囲気が、今では元気が溢れていた。


「あれ?もしかしてたかが300年で俺の事も忘れたの?いや、そもそも300年前は黒かったし、そもそも雄の体だったから知らないのは当然か」


「300年前……黒くて雄のアラクネ?もしかして……マリグランテ?」


「お?どうやら俺の事は忘れていないみたいだな。それにしても雌の体はなんか落ち着かないな……肩が重い」


「い、いや……それより何で貴方が?300年前に死んだ筈よ」


 マリグランテとは300年前に存在して魔王であり、蜘蛛の王とも呼ばれていた。実力は内戦が絶えなかった魔人国を一人で統一出来るほどの力を持っていた。そして、魔王の中では初めて老衰で死んだ者でもある。


「なんでって……白蜘蛛だっけ?こいつ俺の娘だもん」


「は?」


 マリグランテの突拍子もない言葉にクラシスは困惑した。マリグランテは子供を産む事が出来ない。雄だからだ。もしかしたら誰にも気付かれないように良い雌を見つけ、孕ませた可能性がある。だが、そんな事をすれば腹に宿っている白蜘蛛の魔力で必ず気付かれてしまう。


 そもそも魔人が魔物を産むのは不可能だ。魔人は魔人を産み、魔物は魔物を産む。何もかもがおかしいのだ。


「余計な事を考えていると思うが全部違うぞ。こいつの俺の血液と魔力を使って作り出した。要するに俺の分身体(クローン)のようなものだ」


「そんな事が可能だったの!?今の魔法学では分身体を作ることは不可能よ。もちろん私でさえも」


「確かにそうだ。不完全だったから黒じゃなくて白い蜘蛛になった上に雄じゃなくて雌になっちまったんだよ……って違う!こんな話をしている場合じゃないんだよ!」


 マリグランテは何かを思い出したのか頭を抱え始める。


「俺は一時的に白蜘蛛の体を借りてるだけで時間が無いんだよ!ほら!意識が朦朧としてきた!」


「何してんの!?それを先に言いなさい!」


「魔人国に黒暗結晶が存在している!それも馬鹿でかいのが!場所は魔王城の最深部に存在している!出来るだけ早く行ってくれ!じゃないと今の魔王が……あれ?ここ……は?」


 マリグランテが突然話すのを中断したと思えば周囲を見渡し始めた。


「マリグランテ?」


「マリグランテ?私は白蜘蛛だよ」


「そ、そう……体調はどう?何かおかしい所ある?」


「ちょっと気持ち悪い……頭が痛い……」


「進化したばかりで体が追い付いてないのね。少し寝た方が良いわ」


「分かった……ここで良いや……おやすみ」


 白蜘蛛は自身がクラシスの貼った魔防壁である事を認識すると、そのまま眠りについた。


 アラクネでは無い何かに進化した白蜘蛛だが、喋りが流暢になっていた。


「師匠!早く早く!」


「分かったら!ちょっと待ってくれ……はぁ」


 ここでようやくイレナはレイリンを連れて来た。


 だが、レイリンが寝ている白蜘蛛を見た瞬間、刀を引き抜き、魔防壁を切り裂いた。


「師匠?」


「何故……何故ここに魔王が存在している!説明しろ貴様ら!」


 普段温厚で酒ばかり飲んでいるレイリンだったが、この時だけは珍しく声を荒げた。


「ちゃんと説明するから刀を仕舞いなさい。イレナは白蜘蛛ちゃんと寝室に運んでくれるかしら?」


「分かりました」


 イレナは白蜘蛛を寝室へ運び、クラシスはレイリンに白蜘蛛の状態を説明する。


「そうか……良く考えてみれば奴は老衰だったからな。ワシも歳じゃな」


「それにしてもマリグランテの分身体とはね……白蜘蛛ちゃんの実力を再認識するしかないわね」


「そうじゃな……アルク達も驚くだろう。魔物が魔王と同格に進化したんじゃ……あれ?そもそも力が無かったのになんでいきなり?」


「そこが問題なのよ。進化前と進化後であまりにも差が開きすぎているのよ」


 あらゆる魔物は進化をすることで姿や魔力量、能力が変化していく。だが、それらは緩やかな物であり、白蜘蛛の様な二回の進化でこれ程の力になるのは聞いた事が無い。


「まぁマリグランテの分身体なら可能っちゃ可能だが……伸びしろが怖いな」


「そうね。まぁこちらが喰われないように気を付けましょう」


「分かっておるわ!それよりアルクとリラはどこに行ったんじゃ?」


「二人はマガツヒへ送ったわ」


「お主が?」


 クラシスが頷くと、レイリンは頭を抱える。実を言うとクラシスの転移魔法は精度が悪い。必ず指定した場所とは違う所へ高確率で転移させられる。その為、転移魔法は非常事態を除いて必ずアルクが発動させている。


「ちゃんと場所は指定したか?お主の転移魔法は信用出来ない」


「あ……。ちゃんと指定した筈よ?」


「こりゃあ海の真上に転移させらせるかもしれんな!ハハハ……そこは否定しろよ」


 レイリンは哀れな物を見るような目をしたまま巨大樹を後にした。


「お願い。せめて島に転移して。海の上に転移だけはしないで」


 クラシスは神でありながら、神頼みをしている。だが、クラシスの神頼みは届かなかった。

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