7ー41 帰還
カリキナから手紙を受け取った翌日、アルク達は宿場町から離れた所に移動していた。アルクは地面に転移魔法陣を描き、イレナはその転移魔法陣に魔力を流していた。
「こんなもんかな?イレナは魔力の方は大丈夫か?」
「なんとか……てか何で私が魔力を流すことになったんだ?魔力の回復が早いアルクがやるべきじゃないの?」
「魔力の性質の違いだよ。お前の場合は龍魔力で溢れてるクプ二村に繋がりやすいんだよ。それに対して俺がやるとクプ二村から離れた所に転移しないと龍魔力に邪魔されて転移魔法に影響が出るんだ」
「確かにアルクの言う通り何となくクプ二村の場所が分かる。これもお母様の龍魔力が影響しているのか……まだまだ分からない事が多いな……。お!転移魔法陣が満たされたぞ!」
イレナの言葉を聞いたアルクは遠くで周囲の警戒をしていたリラと白蜘蛛を呼び戻す。そして、アルク達は転移魔法陣の中心に立つ。
「じゃあ転移するぞ。吐かないようにな」
アルクは転移魔法を発動させる。すると、周囲の風景は次々と変わっていき、気付いた頃には見覚えのある花畑になっていた。
「着いたぞ。とりあえず荷物を先に片付けてから休めよ。じゃないとクラシスに怒られるからな」
「分かりました。白蜘蛛も行くよ」
リラとイレナは荷物を置きに巨大樹の中へと入って行った。アルクはクラシスにアニニマで起こった事を報告するために、クラシスを探し始める。
だが、クラシスは直ぐに見つかった。何故ならクラシスからは常に龍魔力が溢れ出しており、それを辿れば一瞬で見つけることが出来る。
「珍しいね、この洞窟に居るの」
クラシスは巨大な穴の開いた洞窟の中に居た。その洞窟とはクプ二村が崩壊する前にクラシスが寝ていた洞窟だった。
見た目はただの洞窟だが奥には祭壇があり、そこに貢物やクラシスが寝ている場所が存在していた。だが、どれだけ精巧に作られた祭壇でも時の流れには逆らえない。祭壇は崩れ落ち、原形は保たれていなかった。
「久しぶりにここに来てみたの。今になってようやく気付いたわ」
「気付いたって何が?」
「ここは寂しい。日当たりが悪いうえに暗くて湿気が多い。何より人がたまにしか来なくて会話が出来ない。でもあの巨大樹は違う。日当たりが良いうえに暖かい。それに加えて話し相手がたくさんいる」
「そんなにここが嫌だったのか?個人的には程良い暗さなんだが」
「時間が経てばうんざりするわよ。所でどうしたの?」
「アニニマで起こった事を報告しに来た。それより先に感謝しないとな。クラシスのお陰で大きな怪我を負わなかった。本当にありがとう」
アルクはそう言うと、頭を下げた。始祖神獣であるファタンの攻撃からイレナを守っただけでなく大きな隙を作ってくれた。
本来なら神はこの世界の出来事には余り干渉しないようにしている。干渉してしまった場合、世界の法則が大きく崩れてしまう。これはクラシス自身から聞いた神のルールだ。
「気にしないで。それにファタンを止める為にしたことだもの。世界に与える影響は微々たる物よ」
「そうか……てか初めて知ったぞ!神には光だけじゃなくて闇も持っていることに!」
アルクは神が光と闇の両方を持っている事は知らなかった。何故ならこの世界において光と闇の両方を持っている生物は存在しない。
「だって神にしか許されていない事だもの。それに昔の私は貴方が神を相手にするなんて思わなかったのよ。それに対しては私も想像力が足りなかったわ。ごめんなさい」
クラシスは神についての情報を少ししか伝えてない事を謝る。神に頭を下げさせる人間は現在に至るまでアルクが初めてだろう。
確かに神と戦う可能性を切り捨てていたクラシスにも責任はあるが、それはアルクも同様だった。むしろ神全員が対話が出来ると思い込んでいたアルクにも責任がある。
「この話はもうやめよう。じゃないと永遠にお互い謝るハメになる」
「そうね。所で他にも用事があるんでしょ?どうしたの?」
クラシスはアルクがアニニマで起きた報告以外の目的がある事を見抜いていた。
アルクは見抜かれるとは思っていなかったのか、少し驚いていたが、アルクは余計なことを言わずに切り出す。
「闇の使い方を教えて欲しいんだ」
闇の使い方をもっと知りたい。これはアルクの純粋な頼みであった。
自身の闇の本体であるアレスとは現在会話が出来ない状態となっている。詳しい事は知らないが、吸収した闇の浄化に全神経を使っているのだとアルクは考え、余計なことはしないようにしていた。
それに対して目の前に居るクラシスは悠久の時を過ごし、大量の知識を有している。教えてもうには大きな機会だとアルクは考えていた。
「私が貴方に?冗談はダメよ。そもそも人神と始祖魔神以外は闇の使い方がそれ程上手くないのよ」
「それでも教えて欲しいんだ。俺の身の回りに闇の使い方を教えてくれる人が居ないんだ。それにこれはあんたにとってもチャンスだと思ってるんだ」
「チャンス?」
クラシスはアルクの言っている事を少しだけ理解する事が出来た。クラシス自身も闇を扱う事は出来るが、闇より光の方が練度も理解度も遥かに高い。だが、逆を言えば光を対策されてしまえば、始祖神龍の光だろうと効果が薄くなってしまう。
つまり二個目の武器を作れとアルクは遠回しに言っているのだ。
「チャンス……そうね。何時までも光だけに頼っちゃダメよね。分かったわ!それじゃあ闇の使い方を貴方に教えるわ!」
闇の使い方を教えて貰えることになったアルクは嬉しくなっていた。光を中心に使っているクラシスと言えど、闇の使い方は確実にアルクより上だ。
「それじゃあ闇の本格な使い方は明日から教えるわ。取り敢えず今日は色々と休憩とかしなさい。じゃないと体壊すわよ」
「分かってるよ……それよりファタンと同じようにいきなり殺しに来ない?大丈夫だよな?」
「大丈夫よ。私はファタンと違って融合を選んでるから闇に乗っ取られる事は絶対に無い。安心して」
「そ、そうか。それなら良かった……ん?融合?どう言う事だ?」
「そう言うことも含めて明日説明するから安心して。それじゃあ私は少し出かけてくるから」
「分かった。それじゃあ気をつけろよ」
クラシスは翼を広げ、何処かへと飛んで行った。アルクは体に疲れが溜まっている事に気付き、重い体を引き摺りながら巨大樹へ入っていった。
すると、アルクは目を疑った。何故ならアルクとイレナの師匠であるレイリンが天井に吊るされているからだ。
今では酒ばかり飲んでいるが、実力はアルクとイレナより上だ。そんなレイリンを天井に吊るす事が出来るのはクラシスだけだ。
アルクは声を掛けようとするが、声を掛けると怒られるような気がした。
「アルク……ワシを降ろしてはくれんか?頭に血が上って気持ち悪いんじゃ」
アルクが帰って来たことに気付いたレイリンは降ろすように頼む。だが、アルクはレイリンの頼みを無視し、存在してないかのように過ごす。
「頼む〜。ワシを降ろしてくれ〜」
「はぁ……。分かったよ」
レイリンの情けない頼みにアルクはため息をつきながら、レイリンを下に降ろした。
下に降ろされた後、レイリンは事の顛末を話し始めた。結果から言うと全てレイリンが悪い。普段レイリンが飲んでいる酒が遂に底を突き、クラシス秘蔵の酒に手を出してしまった。
その話を聞き終えたアルクは思わず絶句してしまった。クラシス秘蔵の酒に手を出したことよりも、レイリンの本格的な酒依存症に驚く。
「レイリン……もう我慢の限界だ!しばらくはあんたの事を師匠と呼ばねぇ!レイリン!ここに正座しろ!」
今まで師匠呼びだったアルクだったが、このままだといけないと判断し、レイリンに怒鳴る。
「する必要は無いと思っていたがやるしかない!レイリン、俺らが次の黒暗結晶浄化に行くまであんたの酒を全て没収する!もちろん買わせないし買うつもりもない!」
アルクはレイリンに向けて酒断ち宣言をする。
「そ、そんな……このままだとワシは……」
「知らん!仮に昔の悪夢を忘れる為に飲んでるんなら多少は目を瞑る!だが、過去のトラウマで酒に溺れる程弱くない事は知っている!」
「だからって酒を断つのは……」
「何も意地悪で言ってる訳じゃない。あんたの体も心配なんだよ。いくら長寿のエルフでも年には勝てないのは自分で一番知っているだろ?」
「……はぁ。弟子にここまで言わせる必要があるワシ自身にも責任があるしの。分かった!しばらくは酒を我慢しよう!」
アルクとレイリンのやり取りを二階から見ていたイレナは少し驚いていた。イレナ自身でさえ、アルクの様にレイリンに高圧的な態度を取った事が一度もない。
(ここまで行けるのは過ごした年月と実力が合わないと無理か……まだまだ頑張るしかないわね)
イレナは今よりも強くなる事を心に誓い、リラの荷物の片付けを手伝った。




