7ー37 沈んだ太陽は必ず昇る
黒いファタンが最後に放った闇は神の力に目覚めたラクジャによって消された。外から見れば完全勝利と言えるだろう。
だが、アルクにとっては大敗北だった。
「ラクジャ……もう無理をするな。い、今治療してやるから……」
今のラクジャは全身の血管が破裂したのか、体の至る所から血が溢れていた。
アルクは全身から血が噴き出ているラクジャを治療するために、座らせ、闇を流す。だが、ラクジャは闇を拒絶する。
「もう無理だ。どの道もう助からない」
全能神ヌルとの対話でラクジャは既に死を悟っていた。だが、何故か心地よかった。
「アポロン……話がある。こっちに来い」
「は、はい!」
ラクジャに呼ばれたアポロンは直ぐに隣による。ここで初めてアポロンはラクジャの状態を目にした。
「父さん!早く治療を!」
「その必要は無い。お前に言い残すことがある」
「言い残す?死ぬなんて言うなよ……こんな有様の国を纏められるのは父さんだけなんだよ!」
アポロンはラクジャの胸倉を掴みながら叫ぶ。
「もう無理だ。これだけの出血量は絶対に助からない。だからお前に言いたいことは全て伝えたいんだ。聞いてくれるか?」
「クッソ……」
アポロンは涙を流しながら否定していた。否定したかった。だが、アポロンはラクジャの足元にある血溜まりで既に分かっていた。
「済まないな。まだお前とは親子として過ごしたかった……だが俺の弱さのせいでお前の人生を台無しにした。本当に申し訳ない」
「あの時は本気で父さんを恨んだよ」
「ハハ……でもお前と過ごした短い時の中でお前は俺とは違うと分かったんだ」
「違う?なんで?」
「お前は俺と違って想いが強い。洗脳された俺が脅威に思う程にな」
ラクジャは洗脳された頃の記憶を思い出す。あの時は体が自分ではないと思う程に動けなかった。だが、記憶だけは微かに覚えていた。
夜狼族迫害に関して直談判した時のアポロンの目は覚悟が違っていた。それは死刑上等と言えるような目だった。
「俺は常に不安だったんだ。だから帝国に頼ってしまった。けどお前だけは違った……自分よりも遥かに権限のある俺に直談判した……。それだけでも十分違うさ」
ラクジャは首飾りを引きちぎり、アポロンに渡す。
「これは自身が王である事を証明する物だ。これがどういう事か分かるだろ?」
「まさか!」
「分からない事があったら遠慮なく族長共に聞くと言い。そいつらは全員お前の部下になるのだからな。それと……リラと言ったか?お前にはこれを返そう」
ラクジャはリラの方に手を伸ばす。するとそこから金色の塊が現れ、ふわふわと飛んだ後にリラに吸収される。
すると、リラの放っていた金色の氣がより一層輝く。
「他にもアルクに奪われてない族長もいるだろう?そいつらから無理矢理にでも奪い返すと良い。それらは本来陽喰族の物だからな」
「ありがとう」
「感謝するのは俺の方だ……クソ……寒くて仕方ねぇ」
ラクジャは血を失いすぎていたのか、暖かい筈が寒さで震えていた。
「アポロン……もし、困った事があれば……俺の部屋のタンスの中を探すと良い……きっと支えになってくれ……る……」
ラクジャはそう言うと、力なく腕が垂れ下がる。死んだのだ。
アポロンはラクジャの死を否定するのかとアルクは考えていた。だが、意外にもアポロンは王の印である首飾りを強く握り締めている。
そして、立ち上がり叫ぶ。
「我が名はアポロン=アサド!獣人王朝アニニマの新たな王だ!」
アポロンの力強い声に獣人は全員反応する。そして、その内の何人かは跪いている。
「この先!俺がこの国を統治する!そして約束しよう!この国に永遠なる安寧の太陽を齎さんことを!」
アポロンはそう言い切ると、獣人達は歓声の声を上げる。
「本格的な就任演説はまた後で良いか」
アポロンはそう言うと、ラクジャの亡骸を布で包む。恐らくこのまま人目の付かない所まで持って行き、埋葬するのだろう。
そこへ獣人の衛兵を引き連れたオウルがやって来る。
「ラクジャ前王の死体は私が……ッ!」
オウルは衛兵と共にラクジャの死体を持って行こうとした。だが、アルクの剣によって阻止される。
「アルク!何を!」
「ずっと気になってたんだよ。王の側近と呼ばれたお前が元凶である帝国の使者を警戒していなかったことに」
オウルは梟の空鳥族の獣人であり、代々獣人の側近として予知の力を使っていた。そのおかげでアニニマは外部から脅威を避ける事が出来た。
だが、今回は帝国の脅威を予知せずに、神獣の脅威を予知した。そこがおかしいのだ。
帝国の脅威を予知していれば神獣は暴れる事は決して無かった。
予知能力が不完全で有ればそこまでの話だが、アルクにはどうしても気になったのだ。
「それにお前の横にいる衛兵。そいつら操られてるだろ?じゃないとそこまで面を被った顔をしてないぞ」
「……ッチ。勘のいい奴だな」
オウルは舌打ちした後、顎下に手を入れる。すると、顔が剥がれ、そこには顔の皮が無い人間がいた。
「お前。帝国の百面相、エピロだな?」
「いかにも!私は帝国陸軍の者でして。私は……おっと!危ないじゃないですか?」
エピロと呼ばれた男は自己紹介をしようとする。だが、アポロンはエピロの自己紹介を待たずに殴りかかる。
「お前の事なんかどうでも良いんだよ!本物のオウルはどこにやった!」
「オウル?……ああ!あの梟なら私が全部食べましたよ。文字通り骨一本残さず、ね」
エピロがそう言った瞬間、どこから取り出したのか、手に持っていた道具を地面に勢い良く叩きつけた。すると、地面に何かの魔法陣が展開する。
エピロが発動した転移にアルクは見覚えがあった。それはマシュが逃げる際に発動させたものと同じだ。
「アポロン!そこから離れろ!それは転移だ!」
アポロンは運が悪い事にエピロの発動させた転移の範囲内だ。逃げなければエピロと共に敵の本拠地へと転移させられてしまう。
エピロの転移がより一層強く輝いた時、アポロンは転移の範囲外から出ることが出来た。その瞬間、エピロは操られた衛兵と共に転移する。
「ギリギリだったな……獣人の衛兵は諦めろ」
「分かってる。オウルも出来れば探したいが……先に滅茶苦茶になったアニニマを先にやる」
「それが良い……俺は俺でやるべきことをやる」
アルクの言葉にアポロンは疑問に思ったが、先に父親の死体を仮ではあるが、安置するために動く。
アポロンとアルクが話し終わった所を見たイレナとリラ、白蜘蛛は、急いでアルクに近寄る。
イレナ体には黒いファタンと長く戦ったせいか体の至る所から血を流していた。リラは藍色の髪の毛から金色になったのか少し眩しい。白蜘蛛は相変わらず変化は無かった。
「アルク。なんかここに多くの人間が来る気配がするんだが……あの聖騎士共の仲間か?」
「いや……敵だが……狂信共か」
「狂信?なんだそれ?」
イレナはアルクの口から出た狂信が何かは知らなかった。それはリラと白蜘蛛も同様だった。
「説明は後でするから先にクプ二村に戻ってろ」
アルクの切羽詰まった声にイレナ達は頷き、この場から離れる。その後、アルクは仲間の治療をしながら、戦いが終わった事に安堵しているセイラの下へ近寄る。
「どうしたんだ、アルク?もう行くのか?」
「その事なんだが……俺の仲間が狂信共が来るのを感知した」
アルクがそう言った瞬間、その場にいる聖騎士達は動きを止める。セイラですら動きを止めるほどだ。
「だから本当に済まないと思ってる。けどお前達の為でもある。許せよ」
アルクは周囲に魔力を放出する。その瞬間、聖騎士全員の手の甲に小さい魔法陣が出現する。
「これは……あの時の?まさか……待て!」
セイラの制止も空しく、一部の聖騎士を除いて動きを封じられる。
「神は言っている。この世に不浄の存在は必要ないと」
「「「「全ては我等が神の信託通りに!全てはこの世の為に!」」」」
アルクは声が聞こえた方向に目をやる。そこには全身白装束の集団が立っていた。奴らこそが狂信と呼ばれるミリス教最凶の集団だ。
「今更何をしに来た、無能集団?神獣は動けない、アニニマの中心部は崩壊、ミリス教の聖騎士は俺に操られている。もう遅いんだよ」
アルクは全てが遅い事を狂信達に言う。だが、何も返答はない。それどころ狂信全員が武器を構え始める。
「俺を殺しても無駄だぞ。聖騎士達を操っている呪いは俺が死んでも解呪されない」
発動させた呪いはアルクの意思でいつでも解呪出来る。これは聖騎士達の立場を守る為の呪いであるのと同時に、無用な戦いを回避する手段でもある。
現にアルクはミリス教最凶と言われた狂信達との戦いを全力で避けようとしている。だが、狂信達はアルクの言葉に耳を貸さずに、襲い掛かる。
白装束をたなびかせながら短剣をアルクに向かって振る。しかし、その短剣には即効性の毒が塗られている事をアルクは知っていた。
アルクは近距離での戦闘は全力で避けるために、セイラの体を操り盾にする。
「待て」
すると、狂信達の中で唯一顔が見える男が下がるように指示を出す。
「私達の目的は闇の抹殺ではない事は御存知か?」
「はい。ですが不浄の存在は滅しろと神は……」
「今はバルト王国国王と光翼騎士団の勅命により赴いている。つまり目的以外は何もするなという事だ」
「しょ、承知いたしました」
話の流れから戦闘は避ける事が出来たと判断したアルクは、イレナ達に忍ばせていた短剣へポイントワープする。
「逃げたか。まぁ良い。お前達!先に聖騎士達の救助をしろ!闇の誅伐はその後で良い!全ては神の御心のままに!」
「「「「全ては神の御心のままに!」」」」
隊長と思われる狂信が言うと、半分の狂信達は負傷した聖騎士と獣人の治療を始める。もう半分の狂信達は聖騎士に掛けられたアルクの呪いを解くために動く。
「お前は闇の追跡を命じる。追跡だけで無駄な戦闘はするな」
「了解しました」
隊長は近くに居た狂信の一人に命令を下し、アルクの追跡を命じる。
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狂信から逃げる事が出来たアルクは、白蜘蛛が残してくれた糸を頼りに、樹海の中を進みイレナ達の下へ向かっていた。
だが、後ろから一人の狂信が追跡している事に気付く。
本来ならば撃退したい所だが、今のアルクには狂信を相手にする程余裕が無い。それに加えて、追跡している狂信に戦う意思が感じられない。
(大方追跡だけを命じられたな。むしろ仲間に龍がいる事を知らせる事が出来る絶好の機会だ。利用させてもらうぞ)
そうしている内に、アルクはイレナ達と合流する。だが、イレナは転移魔法を発動していなかった。
「イレナ?転移魔法はどうしたんだ?」
「知らない。魔法陣はあってるんだけど……何故か発動しないのよね。どうして?」
イレナは転移魔法が発動しない事に疑問を感じていたが、アルクは今のイレナの状態を把握出来ていた。
「イレナ。それは魔力不足だ」
「ま、魔力不足!?この龍である私が?」
「そうだ。まさか……これが初めてか?」
「そうよ。龍は内蔵する龍魔力のせいで滅多に魔力不足に陥る事が無いのよ」
「じゃあ歩きでアニニマを出るしかない。もう少し歩くと砂漠に出るがそのまま進むと宿場が現れる。取り敢えずそこで休憩を取るぞ」
アルクは危険地帯となったアニニマから離れる為に、歩き始める。




