7ー34 沈む太陽 昇る凶星4
アルクが発動した魔道具は[神縄]と呼ばれ、始祖神龍と呼ばれるクラシスの力が宿った代物だ。これが使える条件は、敵に神に近しい力が居る場合にしか使えない。
少し前まではこの魔道具の使いどころは無いと考えていたアルクだったが、まさかこの時に役に立つとは思わなかった。
[神縄]によって縛られたファタンは動けずにいたが、闇は扱えるようだ。その身から際限なく溢れ出る闇で、アルクとイレナを攻撃する。
だが、闇との戦いをクラシスによって、徹底的に叩き込まれた二人にとっては対処しやすかった。
二人の激しい斬撃と魔法により、ファタンは少し焦るがその程度だった。神の操る闇に二人は善戦していたが、ファタンが少し本気を出した瞬間、二人は一瞬で劣勢になる。
「どうするんだアルク!このままだと私達が殺されるぞ!」
「それはこっちだって知りたい!」
イレナの問いにアルクは八つ当たりの様に言う。アルクはファタンの対処法を必死に考えていたが、良い対処法が全く思い浮かばない。
「ぜいやぁ!」
闇に飲まれ、行方不明となっていたリラがファタンの脇腹を殴る。意味のない攻撃だと思っていたアルクだったが、全くの逆だった。
今までは斬撃や魔法が直撃しても痛がる素振りを見せなかったファタンだったが、リラの拳が脇腹に直撃した瞬間、痛みで顔を歪めたのだ。
「リラ!そのままファタンを殴れ!全力で守ってやる!」
リラが心置きなく攻撃が出来るように、アルクは全力でリラを守る事にする。リラは主人であるアルクを信頼し、防御の為に回していた氣を全て拳に集中させ、ファタンを殴り続ける。
「舐めるなよ!下等種共!」
殴られ続け、攻撃したとしても全てアルクとイレナに防がれたファタンは遂に怒りだし、闇をすべて解放する。
解放された大量の闇にアルク達は耐えることが出来ずに吹き飛ばされる。
「手加減してりゃあ調子に乗りやがって!そんなに死にたいなら死なせてやる!」
ファタンはそう叫ぶと、[神縄]を全て引きちぎり口元に大量の闇と氣を集中させる。その闇の濃度はアルクでさえも驚愕する程であり、アルクは全力で魔防壁を展開する。
「死ね!ーー[暗黒気砲]」
ファタンは口元に集中させた闇を一気に放つ。暗黒に染まった氣砲は全てを塵にしながらアルク達へ迫る。
魔防壁へ直撃した[暗黒気砲]は聞いた事の無いような異音を響かせながら、アルクの魔防壁を削って行く。
流石のイレナも命の危険を感じたのか、アルクの魔防壁に龍魔力を流し始める。
「イレナ。お前に頼みがある」
「た、頼み!?なんだ?」
「しばらくここを任せて良いか?その間に俺はいろんな物を集める」
アルクの無茶な頼みにイレナは怒りそうになる。ただでさえ三人で死なない程度までだったのが一人が戦線を離脱する。つまり、今から死ねと言われている様な物だ。
「あんた今の状況分かってるの!?死ぬのよ!」
「安心しろ!こっちに今三人向かっている!」
アルクの言葉にイレナは疑問が生まれたが、直ぐにその疑問が解消された。
何故ならラプターとラクジャ、空鳥族の獣人が見えたからだ。
「アイツらは族長だ!つまり奪った陽喰族の力を扱う事が出来る!」
アルクの言葉通り、三人の獣人は陽喰族の力を扱う事が出来る。
だが、ファタンを止めるには力が足りなすぎる。
「それじゃあ任せた!無理に戦わなくて良いからな!」
ファタンの放った[暗黒気砲]が無くなったと同時に、翼を広げて戦線を離脱する。
陽喰族の力を解放した獣人達はイレナと白蜘蛛の援護の下、ファタンを攻撃する。だが、手加減抜きのファタンに取って、それらは意味を成していなかった。
[神力解放・万象よ。無に帰せ]
ファタンは周囲に黄金の氣と闇を放つ。危機を察知したイレナと獣人達は急いで上へと避難する。
その瞬間、太陽城の瓦礫で不安定だった地面が更地へと変わっていった。
「俺様が優しさで生かしてやったのに……良いだろう。そんなに死にたいなら死なせてやる!」
ファタンはそう呟くと、闇と氣以外の何かを周囲に放つ。リラとラクジャ以外の獣人は氣だけで気圧されていたが、氣以外の強大な力を受けてからは完全に戦意を喪失する。
だが、イレナとリラ、白蜘蛛はファタンの放った強大な力に覚えがあった。
「リラ。この力は……」
「はい。クラシスと同じ神の力です」
「ナレタ!」
ファタンの神力とクラシスの神力は大差ない事に気付いた二人と一匹は、まだ戦えると判断する。
神力とは神と神の領域に踏み入れた者が扱える力であり、この世で最も神聖で強大な力だ。
イレナ達はクプニ村で何度もクラシスと戦い、何度も神力と向き合って来た。そんな三人にとってファタンの神力は大した事がなかった。
「何をしている!さっさと立て!」
神力に臆する事なく戦うイレナ達に対して、ラクジャはラプターとガルーダを立たせようとする。
たが、二人は初めて感じる圧倒的な威圧感、圧倒的な実力差を目の当たりにし、恐怖が感情を支配する。
「怖いか?当たり前だ。例え、太古の力を使ったとしても本能は逃げろと警告をする。そういう風に全ての獣を作ったのだからな……だが、なぜお前達二人は動ける?」
ファタンは獣としての本能を完全に理解し、理性よりも本能を優先する様に、全ての獣を作った。それは獣人もそうだった。
だが、リラとラクジャは動ける。この事はファタンを大いに動揺させるのに十分だった。
「当たり前だ!リラは神龍と呼ばれた者の下で訓練していた!この程度で恐怖を感じるわけないだろう!」
イレナはファタンから感じる神力を受けながらも立ち上がる。
「神龍……そうか!どうりでそこの龍と陽喰族、魔物からクラシスの気配と匂いが出るわけか!良いだろ!先にお前らから喰い殺してやるわ!」
すると、ファタンは大きな体に見合わず、素早い動きでイレナ達に迫る。イレナはアルクに言われた通り、無駄な攻撃はせずに、防御にだけ全神経を集中させる。
だが、神としての力を解放したファタンを前にイレナの防御は悉く破られてしまう。
「ぐうぅ!?」
ファタンによって右肩を噛みつかれたイレナは痛みで顔を歪める。そして、そのままファタンはイレナの右肩を噛み砕こうとする。だが、リラによってファタンの口を抑えられ、そのままイレナからファタンを引き剥がす。
そのまま、ファタンの背中に乗ったリラはファタンの脳天を殴ろうと腕を振りかぶり、勢い良く下ろす。
[神獣の権能・万象を拒絶する鎧]
リラの拳はファタンの脳天に直撃する。今までならばそれだけで大きな一撃だったが、今回は違った。リラの拳はまるで鉄に直撃した様な音を響かせる。
[神獣の権能・万象を貫く千棘]
ファタンは背中に乗っているリラを殺す為に、背中の毛を棘にする。だが、白蜘蛛の糸によりリラをファタンを引き剥がす。
イレナとリラ、白蜘蛛はお互いを援護しながら、ファタンの攻撃を防いでいく。だが、完全に防ぐ事は出来ずに、次々と体に傷が走って行く。
イレナ達の戦いを見たラプターとガルーダは次第に恐怖心が薄まって行く。
「やれるか?だったから早く行こう!」
ラクジャはイレナ達の援護をする為に進もうとする。だが、それをラプターが阻止する。
「お前は片腕しか無いんだ。俺達二人に任せろ!」
「何言ってるんだ!今は一人でも必要だろ!」
「アンタはこの国の王だ!王は王らしく後ろで指示をしてくれ!」
「……分かった。だが文句は言うなよ!」
ラプターとガルーダはラクジャの指示の下、イレナ達の援護へと向かう。
イレナ達はファタンの攻撃を必死で防いでいたが、限界が来たのはイレナだった。
ファタンとの戦いからずっと展開していた光が遂に無くなり、それと同時に力が抜ける。ファタンはその隙を見逃さずに、貫手を放つ。
リラと白蜘蛛はイレナを守る為に手を伸ばすが、頑張りも虚しく、ファタンの手がイレナの腹を抉る。だが、幸いな事に貫通はしておらず、リラと白蜘蛛のお陰で深く無い。
すると、そこへラプターとガルーダが合流し、ファタンを攻撃する。
「遅い!」
ファタンは尻尾を軽く振る。その瞬間、竜巻が発生するが、ラクジャの指示に従って動いている為、被害は軽微だった。
陽喰族の力を扱う事が出来る獣人が二人増えた事により、前線に出る事が出来なくなったイレナの枠が補充される。
だが、それでもファタンを止める事が出来ない。このままでは先に限界が来て殺されるのがオチだ。事実、ファタンの力は弱まるどころか次第に強くなっている。
陽喰族の力が弱点なのは既に知られている為、いずれはその弱点も克服されるだろう。
半ば諦めているイレナだったが、上空からクラシスの気配を感じ取る。それはファタンもそうだった。寧ろ、この中で一番焦っていたのはファタンだった。
ファタンは急いでその場を離れようとするが、リラ達獣人によって動きが制限される。
「全員ファタンから離れて!」
リラは
[神龍の権能・概念を焼き尽くす焔]
その瞬間、真っ白な炎がファタンを襲う。突如現れた二つ目の強大な力に獣人達は驚愕するが、イレナは好機だと判断する。
「「今のうちに体勢を整えろ!」」
イレナとラクジャは同時に言い、全員体勢を整える。ふると、そこへ高速で何かが近寄る。
「遅れてすまん!だが、ようやく全部集まった!」
やって来たのは戦線を離脱したアルクだった。イレナは何故戦線を離脱したのか聞こうとしたが、アルクの左腕にある物を見て、それについて聞く。
「アルク。左腕のやつは何だ?」
アルクの左腕には光る球が9個浮いている。
「これはここに居ない族長達から奪った陽喰族の力だ。これを本来の主であるファタンに返す」




