7-31 沈む太陽昇る凶星
今年もお疲れ様でした!
イレナはアルクを襲っていたファタンと戦っていた。外から見れば互角の様に見えるが、実際はイレナは防戦しかしていない。防戦しか出来ないのだ。白蜘蛛もファタンの隙を懸命に作ろうとするが、白蜘蛛の糸は霧の様に消えてしまう。
正気を失っているとはいえ、神であるファタンの攻撃をまともに喰らってしまうと何が起きるのか分からない。
イレナ自身もファタンの攻撃を全力で防ぐのに集中していたが、疲れを感じ始める。だが、自身に諦めるなと言い聞かせる。すると、少し離れた所から今まで感じていなかった龍魔力が突如現れた。
それが良くなかったのかイレナの意識が一瞬、ファタンから外れてしまう。神相手にそれは余りにも危険で最悪な行動であった。
ファタンはイレナの視線が一瞬離れた事を見逃さずに、首を噛み切ろうとする。ファタンの牙がイレナの首に近付き、イレナは猛烈な死を感じ取る。だが、熱風と共にファタンは何処かへと飛ばされる。
「何してんだよ、イレナ!死にてぇのか!」
聞き覚えのある声が聞こえると、誰かに胸ぐらを掴まれる。
「アルク?何で貴方が龍魔力を?」
イレナの胸ぐらを掴んだのはアルクであった。だが、イレナは何故人間であるアルクから龍魔力を感じるのか理解が出来なかった。
「何言ってんだ?魔力を全部龍魔力に変換したんだよ。前も使っただろ?」
アルクに言われ、イレナは思い出した。二人の師匠であるレイリンとの戦いでアルクは短い間ながらも龍魔力を使っていた。
「そうだったな……それでどうするんだ?このままだと私達に勝機は無いぞ」
「知ってるけど……正直このまま逃げても良いんじゃないかって考えてるんだ」
「なんで!?ここまで来たのに!」
「分かってるだろ?神相手に俺達が勝てるわけないんだよ」
「そんな……ここまで……来る!」
二人は前方から物凄い勢いで迫り来る殺気に気付き、臨戦態勢に入る。だが、それよりも早くファタンは口に高圧の氣を溜めながら、二人の前に現れる。
「シネ」
その瞬間、二人はファタンの氣砲に呑まれてしまう。ファタンの放った氣砲は夜の空を明るく照らすほどの光を放っていた。
ファタンは厄介そうな二人を殺すことが出来、満足したのかどこへ行こうとする。だが、ファタンは歩みを止めて、別の場所を振り返った。
すると、そこには片腕だけが吹き飛んだアルクと無傷のイレナが居た。
「アルク!腕大丈夫か!?」
「義手だから心配すんな……それよりどうしよう……」
アルクはこの勝ち目の無い戦いをどうすれば良いのか考えていた。するとそこへ、ファタンと似た気配が近付いていることに気付く。
(なんだ?ファタンの仲間か?)
ファタンの仲間が高速で来ているのではないかとアルクは身構える。すると、この場へ金髪の獣人が現れた。アルクにはその獣人に見に覚えたがあった。
「まさかお前……リラか?」
「はい。それより……ファタン様。私の事は分かりますか?」
リラはファタンに語りかけるが何も返答がない。むしろ今まで以上に殺気を放っている。返答が返ってこないファタンにリラは苦い顔をしたが、戦意は体から溢れていた。
「無理か……ご主人!一度ファタン様を倒しましょう!」
「はぁ!?さっきまでのアイツの力見てただろ!」
「知ってますよ!ここにいる誰よりも!だから行けるんです!」
「……分かった。信じるがお前が率先して動け。俺達が死に物狂いで合わせる」
「助かります……避けて!」
リラはそう叫んだ瞬間、ファタンは力任せにリラに突っ込んでくる。今までのリラなら絶対に勝てない体格差で押し負けている。だが、今の金髪となっているリラはファタンを細腕で口を地面に押さえられていた。
[龍魔法・龍の弾]
イレナはリラによって受け止められてファタンに向けて龍魔法を放つ。イレナの放った龍魔法はファタンに直撃し、犬らしい甲高い声を上げる。
「やっぱり……あたりだ!」
いつもは落ち着くようにしていたリラは珍しく声を上げる。
「何か知ってるのか?」
「はい。どうやら今の……陽喰族の力は相手の力を喰らう事が出来る様です」
「本当か!……待て。今陽喰族って言わなかったか?」
「そうですけど……言える暇は無さそうですね」
ファタンは太陽城の瓦礫を吹き飛ばすほどの金色の氣を周囲に放つ。だが、アルクは見逃さなかった。放たれる金色の氣の中に闇が混じっている事を。
「ガアアアアアアアアア!!」
ファタンは叫ぶと、一本だった尻尾が9本へと増え、ウェアウルフの様に二本足とある。そして額には第三の目。
それだけじゃない。アルクは古代遺跡から大量の闇が発生したのを感じ取った。
だが、古代遺跡には聖騎士達が居る為、大した問題では無いとアルクは考えていた。
「コ、コロス……ウ、ウラギリ……ギリモノ、モノモノ……コロス」
支離滅裂な事をファタンは言うと、足元から氣を放ち魔獣を生み出す。その魔獣は牛の様な角に虎の頭、トカゲの様な体だった。
アルクは生み出された魔獣を見ると、面倒そうな顔をする。何故なら生み出された魔獣は二体のベヒーモスだったからだ。
「時間が無い。ベヒーモスは俺に任せろ。すぐに駆除する」
「分かった。それじゃあ私はリラを死に物狂いでサポートする」
イレナはそう言うと、イレナとリラ、白蜘蛛はファタンの下へ。アルクは二体のベヒーモスへ向かう。
ベヒーモスはAランクに指定されている魔物だが、厳密に言えば魔獣に当たる。
魔物と魔獣の違いは特性にある。魔獣とは人語を理解出来ない種族であり、魔族への進化が出来ない存在である。反対に魔物は人語を理解出来る種族が多く、魔族へ進化出来る。
ベヒーモスはAランクの魔物の中でもトップクラスと言われており、通常では複数のパーティーと協力して討伐する存在だ。
アルクはそんな二体のベヒーモスを相手にしているのだが、現在のアルクは龍魔力を宿している上に闇を開放している。
つまりは余裕と言う訳だ。一体目のベヒーモスを仕留めるのに心臓を一突き、二体目は口を開いた瞬間に龍魔法を放つ事て仕留めた。
リラ達の援護をしようと、リラ達の居る方向を見る。まだ自分の力を理解しきれていないのか、陽喰族を上手く扱いきれずに、攻撃に隙を作り過ぎている。だが、そんな隙をイレナと白蜘蛛はお互いにカバーしあっていた。
初めは順調で安心していたアルクだったが、とある違和感に気付く。それはファタンが弱くなっている事だ。リラが現れるまでは自身の身に重い死の圧が迫っていた。だが、リラが現れてから重い死の圧は軽くなっていた。
「イレナさん!下がって!」
リラの指示にイレナは直ぐに反応する。そのお陰でファタンの尻尾に直撃せずに済んだ。
「リラ!これからどうする!」
「とにかく攻撃してください!私が隙を見てファタン様の意識に潜り込みます!」
「分かった!アルクも見てないで手伝ってくれ!」
イレナはリラの頼みを快く受け入れ、ベヒーモスを討伐した後のアルクに手伝うように声を掛ける。
「龍魔法をここから惜しみなく使う!イレナも魔力を気にしないで撃て!」
アルクの言葉を聞いたイレナは龍魔法の魔法陣を三つ展開する。アルクもイレナと同じ龍魔法の魔法陣を三つ展開する。
[[龍魔法・龍の炎球・三重奏]]
地上と空中から六つの炎球がファタンを襲う。流石のファタンも全てを避ける事は不可能で、地面とファタンに直撃する。その瞬間、連鎖爆発が起き、天高く火柱が立った。
「リラ!今だ!」
強力な龍魔法を複数個喰らったファタンは怯み、迫り来るリラに反応が遅れてしまう。ファタンに近付いたリラは、ファタンの第三の目を覆う様に手を添える。
すると、ファタンの体から溢れていた殺気は静まり、九本に増えた尻尾が一本へと戻って行った。




