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7ー30 始祖神獣ファタン

 『天の怒り』

 それは帝国兵にとっては恐怖するべき兵器であり、その兵器が投入されれば帝国の勝ちと言われる程の物だった。


 そして、『天の怒り』の使用には決まりがあった。


 一つは戦いが停滞し始めた時。二つは帝国兵の退避を待つまで使用出来ない。

 

 だが今はどうだ?戦いは負け始めていたが、帝国兵全員が退避出来ていなかった。それに加えて『天の怒り』は別の場所で爆発してしまった。


 それだけじゃない。これは戦争ではなく帝国幹部の救出の為の援軍であり、使う理由はなかった筈だ。


 帝国兵は目の前で起きている様々な事に困惑していた。そうしている間にも仲間の帝国兵はイレナとリラ、白蜘蛛によって殺されている。


「さて……残りはお前だけになったが……死ぬか?それとは拘束されるか?」


 アルクは地上へとゆっくりと降下しながら、最後の一人となった帝国兵に声を掛ける。既に戦意を喪失し、絶望しきっていた帝国兵だったが、生き残れるという選択肢が増えた事により、瞳に光が戻る。


「わ、分かった!降伏する!俺の知ってる範囲でなら何でも教える!」


 帝国兵は持っていた武器を全て地面に放り投げ、両手を上げる。それを見たアルクは帝国兵の両手を縛り、まだ形が保っている建物の中へと入って行った。


「それじゃあ聞きたいことは大量にあるが……そうだな。夜狼族は知っているか?」


 アルクはまず身内の疑問を解くことにした。その身内とはリラであり、リラと同じ部族である夜狼族について帝国兵に聞く。


「し、知ってるよ。だって帝国内だと有名な奴隷だしな……女、子供の夜狼族は金持ちや貴族共の顔を立てるために買われている。実際に俺の実家で一人だけいたよ。男は帝国内の労働力や剣闘奴隷として働いている」


「そうか。扱いはどうなってるんだ?」


「知らない……だけど殆どの奴らはひどい扱いは受けてないと思う。一部子供に興奮するクズ野郎も居るが、そいつらには絶対に売らないって奴隷商人同士の決まりがあるから無いと思う」


「分かった。それじゃあ少し踏み込んだ事を聞くぞ?研究所……グリモア研究所に送られた夜狼族がいるだろ?そいつらはどうなった?」


 グリモア研究所。その言葉を聞いた帝国兵は驚いた顔をしていた。


「いや、闇の使徒ならグリモア研究所の事を知ってもおかしくないか。そうだな……グリモア研究所に送られた夜狼族は勿論いる。だがどんな事をしているか分からないんだ」


「どうして知らないんだ?」


「あそこは極秘中の極秘とされているんだ。俺だって兵士になる前までは都市伝説だと思っていたよ」


「そうか。リラは何か聞きたいことはあるか?」


 アルクは少し離れた所で帝国兵を睨んでいたリラに声を掛ける。帝国の直接的な被害者はリラであり、この場に居る誰よりも帝国兵を憎んでいた。


「私ですか?そうですね……グリモア研究所って何をしている所ですか?」


 アルクと帝国兵の中で出てきたグリモア研究所。リラとイレナは初めて聞く言葉であり、どんな所か気になっていた。


「分からない」


「は?」


「だから分からないんだよ!グリモア研究所っていう名前は知っているがどんな事をしているのか分からないんだよ!」


 その瞬間、アルクは帝国兵の前に魔防壁を展開する。すると、少し離れた位置に居た筈のリラが、帝国兵に向けて拳を振り下ろしていた。リラの拳はアルクの展開した魔防壁により止められ、帝国兵は助かっていた。


「ご主人!今すぐこれを退けてください!じゃないとこいつを殺せない!」


「落ち着けよ。それに俺も聞きたいことがあるんだ。だから我慢してくれ」


 アルクは帝国兵を殺そうとするリラを落ち着かせようとするが、一向に落ち着かない。それを見かねたアルクはイレナにリラを抑えるように頼む。


「さて。ここからは本題に入るが……なぜお前ら帝国はアニニマに手を出すんだ?」


「簡単な話だ。アニニマ……と言うか始祖神獣の力の一部を手に入れる為だ」


「神獣の力を?仮に手に入れたとしてもどう扱うんだ?あんな国一つ滅ぼせる力を」


「それは知らない。だけど軍部の方では無限エネルギーの政策に使うそうだが……真偽は良く分からないんだ」


「そうか……聞きたいことが多すぎだ……」


 聞きたい事が余りにも多すぎだが、今まで気になっていた事を帝国兵に質問する。


「帝国は今どんな状況なんだ?俺は9年前の帝国は知っているが今の帝国は知らないんだ。それに賢帝の息子が愚帝と呼ばれている理由も教えてくれ」


 かつてアルクは帝国に訪れていた時がある。それは人間の姿となった始祖神龍クラシスにより連れられた帝国であり、9年前の帝国は素晴らしい物だった。


 だが、ニハル帝国に訪れた事のある冒険者に現在のニハル帝国の状況を聞くと酷いものばかりであった。


「今のニハル帝国は酷いものだよ……俺の様な金持ちの家や貴族は普段通りの生活が出来ているが平民は完全に終わったよ。宝石の道周辺は完全に荒廃して今やニハル帝国全土がスラム街になってる……少しでも街の外に出れば人身売買、殺害、強盗なんて当たり前の様にある」


「どうしてそんなに変わったんだ?愚帝が何かやったのか?」


「そうだよ。でも10年前までは先代帝王と同じ政策を取ってたんだ。だけど9年前から人が変わった様な政策を取り始めたんだ」


「どんな事をしたんだ?」


「まずは軍事力の拡張と同時に平民に重い税を課した。それだけじゃない。貴族や金持ちの税金は無しにした。それに加えて今までは帝王権限が行き過ぎない為に元老院って物もあったが今は名ばかりの帝王の財布となってるんだ」


 現在のニハル帝国の帝王であるニュアック5世は先代帝王の政策と真逆の事をしていた。


「それ以外も酷いものばかりだよ。16歳になった女は全て帝王に呼び出されて遊ばれる。それ以外の平民は今まで奴隷にさせてた鉱石採掘に駆り出される。ただでさえ鉱石採掘は危険が伴う上給料も低い……あいつはこのままだと帝国が終わるって事に気付いていなんだよ!」


 帝国兵は今までつもりに積もった怒りや不満を吐き出す様に言った。


「そうか……お前も大変だったんだな」


 アルクは敵だった帝国兵の肩を叩いて気持ちを和らげる。すると、帝国兵は限界を迎えたのか泣き始めた。


「アルク。私達はどうするの?マシュの殺害も失敗したし」


 イレナはリラを抑えながらこれからどうするかをアルクに聞く。


「そうだな……始祖神獣の所に行こう。そもそも俺達の目的は始祖神獣の解放だしな」


 アルクはイレナ達にそう言うと、仲間の傷の手当てをする。そして、セイラ達聖騎士が向かったであろう古代遺跡へ向かおうとする。


「悪いが始祖神獣の所には行かないほうがいいぞ」


 帝国兵は忠告する様にアルク達にそう言う。


「なんでだ?何か知っているのか?」


「一応な。そもそも帝国の目的は始祖神獣の力の一部を奪う事だったんだが……マシュは違ったんだ」


「違った?」


「そうだ。マシュは帝国内だと発明王と言われていて様々な物を発明してるんだが……少し前に闇を発生させる装置を作ったんだよ」


 帝国兵の言葉を聞いたアルクは表情を変え、帝国兵の胸ぐらを掴んだ。


「闇を発生させる装置?てめぇ……何言ってんのか分かってんのか?あ?」


 その場に居る者達はアルクの変わり具合に驚いていた。肝が据わっている筈の魔物の白蜘蛛でさえも体を震わせていた。


「闇を発生させる装置?そんなものが世界に広まったらどうなっちまうのか知ってんのか!終わるんだよ!闇の王が目指してた全てを闇の中で眠らせるのをよ!」


 アルクは帝国兵を雑に壁に投げ、翼を展開する。


「お前達!急いでセイラ達のところに向かうぞ!じゃないとアイツら死ぬぞ!」


 アルクの言葉に従い、さっきまでは帝国兵を殺そうとしていたリラはイレナの背中に登る。白蜘蛛はアルクの背中によじ登り、4人は空高く舞う。


「アルク!場所はどこだ!」


「今探してる……見つけた!左方向だ!」


 4人は古代遺跡の方向へ全速力で向かう。すると、古代遺跡に近付けば近付く程、何かにナイフを向けられている様な感覚に陥る。


 だが、そんなのはお構い無しに古代遺跡へと近付く。古代遺跡が見え始める。周囲には崩れた建物が円を描くように転々と存在しており、その円の中心に大きく綺麗な建物がある。そしてその周囲には聖騎士と獣人がいた。


 アルク達はそのまま大きな古代遺跡へと近付こうとする。その瞬間、大きな古代遺跡は爆発したかのように弾け飛び、内部が見えるようになる。


 その時、奴は現れた。


 全ての色を拒絶するような黒い体毛。全てを破壊に導くような黒い魔力。全てを喰らうような狼。


 奴こそがアルク達が探していた始祖神獣ファタンであった。


「全員!その場から動くな!」


 アルクはその身に感じる死の圧に耐えながら、その場に居る聖騎士と獣人に動かないように叫ぶ。それが幸いしてかファタンは近くに居る聖騎士に目もくれずにアルクを睨む。


「アルク……あ、あい、あいつが……」


「そうだ……無理をするな。少し俺が話し合えるか試してみるよ」


 ファタンの威圧に意識を保つのがやっとのイレナはアルクの言葉に甘え、地面に降り息を整える。リラも自身の遠い先祖に当たる存在を初めて目にしたのか大量の汗をかいていた。


 アルクはファタンを刺激しないように、ゆっくりとファタンの目の前に降りる。


「貴方は始祖神獣のファタンですね?話があるのですが……その足元に居るラクジャを離してもらませんか?」


 アルクはファタンを刺激しないように優しい声音で話す。だがファタン自身はアルクの言葉が理解出来ないのか、首を傾げていた。


 ゆっくりとファタンの近くに寄り、ファタンの足元に転がっているラクジャを助けようとする。だが、それが駄目だったのか、ファタンは遠吠えをした瞬間、アルクに向かって口を開く。


 その瞬間、目に見えない岩が高速で当たったかの様な衝撃を感じる。吹き飛ばされそうになったアルクだったが、気合と根性で耐え凌ぐ。


 ファタンは遠吠えをすると全身に力を溜める。アルクは身構えた瞬間、目にも止まらぬ速度でアルクの目の前に移動する。


 ファタンの牙がアルクの首に当たる直前で、イレナに持たせていたポイントワープを仕込んだナイフを発動させ、ファタンの攻撃を避ける。


 ガチン、と牙と牙の当たる音が古代遺跡群へと響き渡る。


「イレナ。覚悟決めろよ……」


 アルクはここで初めて自信が感じている感情に気付く。その感情とは恐怖だった。ここ数年は恐怖を感じる事が無く、気付くのが遅くなった。


(鈍くなってたか……クソ)


 恐怖とは生物が必ず持つ本能であり、恐怖の感情を失えば生存確率が大幅に下がる。アルクにとっても恐怖や不安は生きる為の大事な物であると信じている。


 ファタンはアルクとイレナを一瞥し、最後にリラを見る。その瞬間、ファタンは驚いた様な顔をした。


「リラ……気を付けろよ……リラ?」


 アルクはリラに気をつける様に言うが、何も返答がない。すると、アルクの横をリラは通り過ぎる。


「リラ!何してる!」


 アルクの言葉にリラは反応を示さず、ファタンへと近付く。そして、ファタンの目の前まで来たリラは両手を広げる。


 死ぬ、アルクはリラの死を予感する。リラの小柄な体はファタンによって噛み砕かれて死ぬ。アルクはそう予想した。


 だが、アルクの予想とは反対に、ファタンはリラの鳩尾に鼻をつける。その瞬間、リラの藍色だった髪は次第に色が変わっていき、綺麗な金色へと変わっていく。


「―――!」


 リラは声にならない叫び声を上げると、金色の氣を放ちながら地面に膝をつく。


 ファタンはリラから離れると、アルク達を殺意の篭った目線を送る。アルクとイレナ、白蜘蛛はファタンの殺意の篭った視線を感じるだけで息が出来なかった。


(初めて感じる尋常じゃないほどの恐怖……クラシスと同じ威圧感……)


 アルクは奥歯を噛み締めながら崩れそうになっている足を立て直し、ファタンと向き合う。その瞬間、体に重い衝撃を感じると、いつの間にかアニニマの遥か上空まで飛んでいる事に気付く。


(あれ?なんで俺空に居るんだ?)


 何故自身が空に居るのかを考えていると、アルクの上に黒い影が現れる。


 その黒い影とはファタンだった。ファタンは勢いよくアルクに突っ込み、アルクを勢いよく蹴り下ろす。


 魔防壁を全身に展開したアルクだったが、ファタンの蹴りで魔防壁は簡単に砕け、生身まま地面へと落下してしまう。


(し、死ぬ!?これ死ぬよ!)


 流石のアルクも死を間近に感じてしまう程の痛みだ。ファタンは追撃をする為に、アルクの下へ降りようとする。だが、それをイレナの龍魔法で邪魔をする。


 ファタンは目の前の人間より龍魔法を使うイレナを危険だと判断したのか、方向をアルクからイレナに変えた。


(立て立て!イレナに押し付けるな!)


 ファタンと言う神相手に単独で動けば虫の様に殺されると判断する。


(魔力を全て龍魔力に変換……ダメだ……魔力が足りない……そうだ!殺した帝国兵がいる!)


 アルクは魔力を最速で補給する為に、帝国兵の死体が大量にある所へ向かう。幸い飛ばされた場所は近く、すぐに着いた。


 この世界に生きる生き物には魔力が必ず存在している。内包している魔力の量で魔法を使えるが、帝国人は魔力が極端に少ない傾向にある。


 だが、ここには大量の帝国兵の死体がある。


 闇を展開し、広範囲で帝国兵の魔力を奪っていく。一人一人の魔力量は少ないが、人数が多い為、アルクの殆どの魔力が回復した。


「9割は回復したか……出し惜しみは無しだ!全部持っていけ!」


 アルクは魔力を全て龍魔力に変換し、イレナと協力する為にイレナの下へ向かった。

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