7ー29 天の怒り
帝国兵の援軍が陽獅族領に近付いた事に気付いたアルクは緊張していた。本当にマシュと一緒に帝国兵を全員殺す頃が出来るのか不安だった。だが、その不安はイレナ達を見た瞬間に吹き飛んだ。アルクが全員を殺すことが出来なくとも、イレナとリラ、白蜘蛛が居る。
陽獅族領に入った後もアルク達は魔力を一切外に出さずに、帝国兵の後を追っていた。時折混乱した獣人が帝国兵に撃たれたが、今ここで救助に行けば全ての計画が水の泡となってしまう。
(助ける事は出来ない。けど仇を取ることは出来るよ。だから安心して)
しばらく後を追っていると、帝国軍援軍は立ち止まる。
(ここは……衛兵駐屯地の本部か?何でここに?)
アルクは何故帝国軍が駐屯地本部で立ち止まったのか訳が分からなかった。だが、駐屯地本部から出てきた者を見た瞬間、帝国軍が立ち止まったのか理解出来た。駐屯地本部から出てきたのはマシュだった。
「イレナ!俺を上に打ち上げろ!」
「うぇ!?わ、分かった!」
突然の指示に気が抜けていたイレナは驚きながらも、アルクを純粋な筋力だけで上に打ち上げる。そして、魔法陣を高速で構築し、魔法を帝国軍に向けて放つ。突然の襲撃に反応出来ずに、大半の帝国軍が炎に包まれて絶命する。
アルクはそのままゆっくりと炎に包まれて死んでいった帝国軍の上に降り立つ。
「よぉ。昨日ぶりだな?死ぬ覚悟は出来ているか?マシュ」
マシュは戦車から顔を出して、アルクを睨んでいた。その顔は仲間の兵士を殺された怒りなのか、突然の襲撃に驚いているのか分からない顔だった。
「アルク……まさかここまで容赦無く殺しに掛かるとは……予想外だよ」
「それにしては余裕そうな顔をしてるじゃねぇか?」
「実際予想外なだけでまだまだ余裕があるんだよ?行け!人形ども!」
マシュの声と共に魔槍によって操られた獣人の衛兵はアルクを襲い始めた。
だが、今のアルクに何の意志も持たない衛兵は何も出来ない。襲って来た衛兵の魔槍を一瞬で破壊し、マシュを殺そうと距離を詰めようとする。だが、帝国軍がそれをさせてくれるはずも無く、銃の掃射や戦車の砲撃でアルクを攻撃する。
「邪魔をするな!」
イレナは砲弾を切断し、リラは白蜘蛛の糸を使い銃弾を防ぐ。
「マシュを優先的に襲え!邪魔なら帝国軍は殺せ!」
アルクの言葉を聞いたイレナは口角を怪しげに上げ、立ちふさがる帝国軍を切断していく。だが、帝国軍も大人しく殺される訳も無く、ある帝国兵は空を飛び、ある帝国兵は鉄の塊の中へと入って行く。
「イレナ!空飛んでる奴より戦車に乗り込んだ奴を先に殺せ!」
「せ、戦車?なんだそれは?」
「目の前の鉄の塊だ!お前の剣の腕なら簡単に切れるぞ!」
アルクに言われ、イレナはようやく目の前の鉄の塊が戦車であることに気付く。
(斬る、斬る……どこを斬れば良いんだ?)
イレナは戦車を始めて見る為、どこに帝国兵が居るのか分からなかった。だが、己の直感を信じて、利き手である右手方向を斬ることにした。
[アレキウス神滅剣・斬鉄]
イレナの剣は戦車の右側を綺麗に切断する。帝国兵を切断することは出来なかったが、戦車は動くことはもう無いだろう。
イレナが戦車を一台破壊しているうちに、アルクは襲い掛かって来る獣人の衛兵を相手にしながら、帝国兵を殺していく。
「クソ!何なんだよ?このバケモノは!」
一人の帝国兵はアルクの圧倒的な実力差に絶望し、自暴自棄となりアルクに襲い掛かる。だが、その帝国兵はアルクに近付けずに、リラによって首の骨を折られて絶命する。
アルク達の圧倒的な実力差に援軍本隊の指揮官は怯えてしまい、後退りしてしまう。だが、それをマシュが後ろから手で支えていた。
「マシュ様……このままでは帝国軍は全滅しています……どういたしましょう?」
「そうだね……アレは持って来たかい?」
「エビナ様に言われて一つ持ってきましたが……もしかしてアレを使うおつもりですか!」
マシュと指揮官の言うアレ。それはマシュが乗り込んでいる白銀の戦車の後ろに積まれていた。マシュはアレを戦車から出すと、慣れた手つきでアレを起動する。
「待ってください!これを使った場合帝国兵は死んでしまいます!ここに連れてきたのは三個大隊。これらを失った場合帝国にも大打撃を与えてしまいます!」
マシュと指揮官は知っていた。アレを使った場合、アルク達を殺す可能性は格段に上がる。だが、それと同時にマシュの救援に駆け付けた三個大隊規模の帝国兵が死んでしまう。
「だから何だ?僕はお前達の上官なんだよ?僕が何をしようと誰にも止める権利は無いんだよ」
「しかしここには家族を持っている帝国兵も居ます!どうかお時間を下さい!」
「分かったよ……それじゃあ10分待つからそれまでに転送装置を多く起動しろ」
「ッ!分かりました!お前達!速く転送装置を起動させろ!手の空いたものは襲撃者の妨害をしろ!」
指揮官の命令に帝国兵は迅速に対応していく。マシュを殺すために少しずつ帝国兵を殺していたアルクだが、帝国兵が転送装置を起動しようとしている所を目撃したアルクは、より一層攻撃の頻度を上げる。
だが、帝国兵の動きは更に洗練され、アルクの行手を阻む。
「面倒だ!」
アルクは殺しても殺しても数が減る気がしない帝国兵と殺してはいけない獣人の衛兵。本当に殺すべき人間が目の前にいるのに、殺す事が出来ない状況。
痺れを切らしたアルクは魔法を放ち、帝国兵と一緒にマシュを殺そうとする。だが、魔法陣が構築した瞬間に崩れてしまう。
魔法陣が構築出来ないのは帝国兵の仕業だと一瞬で判断したアルクは、高く跳び上がり、魔法陣が構築出来るまでの高さを確保しようとする。
高く跳び上がったアルクの邪魔をしようと、複数の帝国兵は銃を撃とうとする。だが、リラと白蜘蛛の連携で帝国兵の銃を奪う。
[炎魔法・炎ノ怒]
アルクは巨大な炎の塊を一瞬で生成し、マシュに向かって放つ。だが、マシュの近くにいた帝国兵は手に持っている機械を弄り始める。
[対魔法機能起動]
帝国兵は手に持っていた機械を勢いよく地面に叩きつける。すると、結界のような物が発生し、アルクの魔法を打ち消す。
アルクは自身の魔法が打ち消された事に驚いたが、マシュの守りが薄い事に気付き、魔法で足場を作り、勢い良くマシュの下へ迫る。
だが、獣人の衛兵が前に出て、アルクの邪魔をする。
「時間だ。それじゃあ『天の怒り』起動するから逃げたい人はじゃんじゃん逃げてね」
マシュはそう言うと、戦車から降りて小さい迫撃砲のような物を地面に置く。
「アルク。これは僕の可天才な妹が作った兵器なんだが……君はこの場にいる全員を助ける事は出来るのかな?」
すると、マシュは迫撃砲を空に向かって撃つ。アルクは小さい迫撃砲は脅威では無いと判断していた。だが、砲弾が通常の迫撃砲の砲弾と違っていた。
小さい迫撃砲から出された砲弾は弾速が遅い上に、不気味な色をしていた。その色は赤、青、黄、緑が混ざり合いかけている様だった。
「いいことを教えてあげよう!それは『天の怒り』と言って国の半分を消滅させることが出来る兵器なんだ!果たして君に獣人や帝国兵全員を助ける事は出来るのかな?楽しみだ!それじゃあバイバイ」
「待て!」
アルクは転送装置と呼ばれた機械の上に立つ。すると、眩い光と共にマシュは光に包まれる。
逃げられる、と瞬時に察したアルクは闇を展開し、闇魔法を放とうとする。だが、アルクの目の前に再び獣人の衛兵が現れる。
「許せーー[闇魔法・地獄炎]」
アルクの放つ黒い炎は獣人の衛兵を燃やし、地上の帝国兵を燃やさんばかりな勢いで迫る。
黒い炎があと少しでマシュに届きそうな所で、転送装置の中に入っていた帝国兵達はどこかへと転送されてしまう。その中にはマシュも含まれていた。
「アルク!あの気持ち悪い色の奴は危険だ!気を付けろ!」
イレナはアルクがマシュを取り逃した事を知らない。何も知らないイレナの言葉に適当に返事をしようとした。だが、出来なかった。
何故ならイレナの言う通り、小さい迫撃砲によって撃ち上げられた不気味な色の塊から異様な雰囲気が漂っているからだ。
「そ、そんな……あれは『天の怒り』」
イレナによって地面に投げ飛ばされた帝国兵の上空に存在している物体を見て、絶望する。
「あれは何なのか知っているのか?」
「知っているさ……帝国兵なら知ってて当然の代物なんだよ……全員死ぬんだな」
「全員死ぬ?どう言う事だ!死ぬんなら役に立ってから死ね!」
「そうか?だったらそうしてやるよ!あれは大量殺戮兵器でな!ここで爆発すればこの国に風穴が開くほど爆発する!」
帝国兵の話を聞いたイレナは顔を青ざめる。詳しい威力は分からないが、帝国兵の言う通りの威力の場合、イレナでも無事では済まなくなる。
「アルク!あれを何とかしろ!じゃないと全員死ぬ!私も!お前も!」
全員死ぬ。その言葉を聞いたアルクは疑問などを全て取り払い、不気味な色の砲弾を壊す事だけに集中する。
[魔法消去]
アルクは撃ち上げられた砲弾が魔法で出来ていると考え、魔法の式を乱そうとする。だが、砲弾は形を変えていない。
(魔法じゃない?確かに魔力は一切感じられない……だったら)
魔法ではない事に気付いたアルクは砲弾を遠くへ飛ばそうと考え、砲弾に近付く。だが、砲弾に近付けば近付くほど体が焼ける様な痛みが増してくる。
体を魔力で纏わせ、焼ける様な痛みを軽減し、砲弾に触れる程の位置まで来る事が出来た。
後は砲弾を掴み遠くへ投げるだけだ。だが、アルクの体は動こうとしない。いや、動けないのだ。
砲弾は遠くから見れば不気味な色だけで済むが、近付けば話が違う。砲弾が纏っている不気味な色は全て高純度の魔石で作られた物質だった。
魔石はまだ解明出来ない物が多い。例えば魔石に傷が付けば自ら魔力を放ち再生する魔石や自ら動く魔石もある。
この砲弾の中にある魔石もそうだ。高純度の大量の魔石を砲弾の中に詰め、擦らせお互いに傷つけあう。その結果、傷を修復するために魔力を溢れさせ、砲弾内で凝縮される。
もし砲弾が何かの衝撃で壊れれば砲弾内で凝縮された魔力が周囲を吹き飛ばされる。それだけならまだいいが、辺り一帯を高濃度の魔力で汚染された地帯となり、生き物が住めなくなってしまう。
(どうする?このままだと全員死ぬ……触れてもダメ壊してもダメ)
アルクは様々な方法で砲弾をどうするか考える。だが、どれもいい案が思いつかない。
(一旦ここを離れた方が良さそうだ。体が熱くてしょうがない)
砲弾の近くに居るせいなのか、魔力で覆った体の所々が火傷のような状態となっていた。アルクは短剣を取り出し、イレナの隣に避難しようとした。だが、アルクは動きを止め、短剣を見る。
(そうだ!空間と一緒に転送すれば良いのか!)
アルクは急いで砲弾の周囲を魔力で包み、ポイントワープを仕込んだ短剣を勢いよく上空へ投げる。そして、短剣が見えなくなるまで待ち、アルクはポイントワープを発動させる。すると、砲弾はその場から消える。
「全員!何かに掴まれ!」
誰かがそう叫んだ瞬間、上空から巨大な不気味な色をした魔力の塊が現れる。これこそがアルクがポイントワープで上空へ飛ばした砲弾が爆発した姿だ。
地上に居る帝国兵は爆発に巻き込まれずに済んだことを喜んでいた。だが、アルクは魔力を全て解放し、陽獅族領を覆う程の魔防壁を展開する。
すると、アルクの魔防壁は鈍い音を立てながらひび割れていく。
「アルク!私も手伝うぞ!」
地上の帝国兵を片付けたイレナはアルクの隣に急いで寄り、魔防壁を重ねて行く。
「重い……何これ……」
「魔力だ。しかも全部魔石から作られた高濃度の魔力だ。安心しろ。もうすぐでこの魔力は無くなる」
アルクの言う通り、魔防壁を押し込んでいる魔力が全て無くなり、何もなかったかの様に魔防壁が軽くなった。
アルクは地上へ降り、マシュを転送した転送装置を拾う。残念な事に転送装置は全て壊れており、追跡が不可能となっている。
「クソ!失敗した……すまん」
アルクは信じてマシュの殺害を託した反迫害派の獣人の約束を破ってしまった事を申し訳なく思った。




