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7ー22 消える柵

 ラクジャは何かに運ばれている感覚を感じていた。自分よりも小さい何かに運ばれている。目を開けようとするが、瞼が開かない。だが、懐かしい声が聞こえる。


「…え!……良い加減にしてください!起きろ!ラクジャ!」


 すると、自分の頬に強い衝撃を感じ、余りの衝撃にラクジャは目を覚ます。


 目の前には見た事のない陽獅族の獣人。だが、どこかで身に覚えがあった。全く違うが息子アポロンに似ていた。


「お前……アポロンに似ているな」


「何冗談言ってるんですか?俺は貴方の息子であるアポロンですよ?」


 陽獅族の獣人の言葉にラクジャは困惑していた。目の前の獣人は立派な立髪を持っている大人の獣人だ。息子のアポロンはまだ立髪の生えてない子供の筈だ。


 自身をアポロンと名乗る獣人を押し退け、一人の人間がラクジャに詰め寄る。


「笑いが時間がないんだ。今のお前ばどこまで覚えてる?」


 ラクジャは自身の記憶を思い返してみる。帝国の使者と名乗る人間が接触し、謎の紋様が書かれた棒を渡されて以降の記憶が無い。


「そうだ……帝国の使者はどうなった!それに夜狼族達はどうなった!」


 ラクジャは自身の記憶が欠如している事に気付き慌てて立ちあがろうとする。だが、思ったように力が入らずに立たなかった。


「落ち着けラクジャ。順を追って説明する。リラ、お前が持っていた書類はまだ残ってるか?」


「はい!ここに少しだけですが残っています!」


 リラと呼ばれた獣人は人間の言葉に従い、大量の書類をラクジャに渡す。ラクジャは突然渡された大量の書類に億劫ながらも目を通した。すると、ラクジャの顔色が青や赤など面白ぐらいに変わって行き、最終的に顔面蒼白となった。


「これは……なんだ?俺はこの事を知らない……」


 ラクジャは書類に書かれている今までの政策や迫害に関して一切の記憶を持っていなかった。自分が知らないうちに年月が経ち、周りが変わり、政策や迫害について勝手に進められていた。今のラクジャの様に否定するのは仕方がない。


 だが、今やることは嘆く事ではなくどうするかだった。アルクはラクジャの胸倉を掴み、絶望の表情をしているラクジャを睨んだ。


「知らなくとも全て事実なんだよ!ラクジャ!お前が帝国の人間に洗脳されたせいで全てここに書かれた通りの事が起こったんだよ!」


「そんな……では本当にお前がアポロンなのか?小さくて鬣すら無かったお前が?」


「そうですよ……貴方が洗脳されたせいで俺は地下牢に入れられたんですよ」


「そんな……すまない。俺は何と言うーー」


「仲直りするのは後だ。今は帝国の人間の始末と始祖神獣の解放を優先したい」


 アルクは現在に至るまでの経緯をラクジャに説明する。洗脳されていた頃のラクジャと違い、現在の顔は生気に満ちていた。


「つまり全ての族長が持っていると言われている夜狼族本来の力を取り戻させればいいのか?」


「簡単に言えばそうだが実際は簡単に行かないぞ。何せ今までの言論や行動はお前自身の物では無かったからな。下手をすれば暴動が起きるぞ」


 アルクの言葉にラクジャは最悪の事態を予想していたが、現実味が増してくる。今まで信じていた王が人間の操り人形だった。これが民達に知れ渡れば暴動が起きるのは必然的だ。


「だからまずは帝国の人間を殺す事が最優先だが……どうやらもう一人も起きた様だな」


 アルクの視線の先には竜人によって抱えられている銀虎族族長のラプターが居た。ラプターの体にはイレナの戦った後なのか気絶から覚ますために叩いたのか、体中に傷があった。


「何だ?今起きたばかりなのか?」


「そうね。だから全然聞いてないけど……少しぐらい聞き出した方が良かった?」


「大丈夫だ。それにラクジャも目を覚ましたしな。一緒にいた方がラクジャにとってもラプターにとっても都合が良いだろう」


「それなら良いが……取り敢えずこいつをラクジャの隣に降ろすぞ」


 ラクジャの隣に両手両足を拘束されたラプターを降ろす。口は塞がっていないせいか、ラプターはひたすら歩くと竜人に罵詈雑言を飛ばしていた。


「うるさいな……少し静かになって貰おうか」


 アルクはラプターに向かって何かの魔法を発動する。すると耳に響くほど大きかったラプターの声が聞こえなくなった。だが、当の本人は未だに口を動かしていた。


「何をしたんだ?」


「少し音を消しただけだ。それじゃあ単刀直入に聞きたいが……ラプターを説得してくれるか?」


「出来る限りやってみる」


 ラクジャの返答を聞いたアルクはラプターに掛けていた魔法を解く。


「このドブカス野郎が!殺してやるよこの下等種が!」


「待てラプター。少し落ち着け」


「落ち着け?この状況で落ち着けられるかよ!聞いてんのか?このクソ人間!」


「良い加減にしろ!今は話し合いの方が先決だ!それにこいつらは味方だ!」


「味方だと!?襲撃者なんだぞ!」


「では何でここにアポロンとドルフィラが居ると思う?」


 ラプターはアルクとイレナの後ろにいるアポロンとドルフィラにようやく気付く。


「じゃあ本当に味方なのか?じゃあ何で俺は縛られてるんだよ!」


「それはお前が暴れるからだろ」


「いや……それは……」


「取り敢えず話し合おう。それから色々とやれば良い」


「お前が言うなら……だが俺はこの二人を信用してないからな」


「それで良い。アルク、この後どうする?」


「いきなりこっちに振るなよ……そうだな……それじゃあ早速だが力を見せてくれ」


「力だと?何故人間であるお前が知ってる?」


 ラプターはアルクの言う「力」に困惑した。何故普通の人間が「力」について知っているのか分からなかったからだ。


「ちょっと情報屋で買ったんだ。それにここには夜狼族の生き残りが居るんだ。知らない方が可笑しいだろ?」


「そうかよ……それじゃあやるけどよ……」


 ラプターは「力」を見せる事にしたが、何かバツが悪そうな顔をした。


「どうしたんだ?」


「そこの竜人との戦いでちょっとしか持たねぇぞ?」


「別に良い」


 ラプターは渋々「力」をアルク達に見せる事にした。体に力を入れ、透明な氣を解放する。ラプターの体の周囲の景色が陽炎の様に歪む。そして次第に透明だった氣は金色へ変わって行き、それと同時に銀色だったラプターの体毛が金色へと変わっていく。


「これは……あいつに似てるな」


「そうね。この気配はお母様に似ているわ」


 アルクとイレナはラプターから放たれる気配がクラシスと似ている事に気付く。書類に寄れば奪った「力」は始祖神獣により「力」を分けられた陽喰族の物である。同じく始祖神であるクラシスと似たような気配であるのはおかしくなかった。


「どうだ、リラ?何か感じるか?」


「分からないです。でも……あの狼と似たような気配を感じます」


「狼?もしかして少し前に見た幻覚か?」


「はい。あの時見た幻覚の狼もラプターと同じ金色でした……ラプター、少し触れて大丈夫?」


 ラプターは怪しがりながらも渋々頷き、リラはラプターに触れる。だが何も起こらない。


「やっぱり何も起こりません……何でだろう……」


「時間が余りにも過ぎたからじゃないのか?奪った力はその身に合わなくても時間と何度も代替わりをすれば適合し、やがて定着する」


「そんな……遅かったって事ですか?」


「多分な。ラプター、その力を使ってて何か違和感はあるか?」


「何も無い。だが初めてこの「力」を使った時は全身が痛かったぞ」


「そうか……ん?もうすぐで夜になるな」


 アルクは窓に目をやると明るかった空が赤黒くなっていた。そして窓から見下ろせる城下町では松明の光がいくつもあった。


「取り敢えず今日は動かない方が良い。ここはアポロンのお気に入りの場所らしいからな」


「アポロンのお気に入りの場所?通りで俺も知らない部屋なんだな」


「当たり前です。何せ地下牢に閉じ込められる前に使っていた部屋なんでね。ちなみにここは中央屋根裏部屋です。しばらくは衛兵が来ないので安心して大丈夫ですよ」


 ラクジャはアポロンと話していたがどこかぎこちない。アポロンにとっては三年振りの再開だが、ラクジャにとっては十年振りである。


「その……なんだ……操られていたとは言え……いや、言い訳になるな。すまなかった」


 ラクジャはそう言うと頭を下げた。突然のラクジャの行動にアルクとイレナ以外のその場に居た獣人は固まってしまう。ラプターは気まずい空気に耐えられなかったのか、屋根裏部屋のもう一つの部屋に避難していた。


 アルク達も二人の間に話し合いが必要だと判断して、隣の部屋に移った。


「仕方ないですよ、父上。それよりも貴方の知らないこの10年間で俺がどんな風に過ごしていたか聞いてくれますか?」


「勿論だ!それと敬語は使わないでくれ。家族なんだから」


「そうですよね……そうだな!それじゃあ敬語を止めるよ」


 その後二人は夕食の時間も忘れて話し続けた。まるで空いた10年間を埋めるように。


―――――――――


「そんで?俺達はこれから何すんだよ?」


 ラプターはそう言いながらドルフィラの用意した夕食を食べていた。アポロンが見つけたと言われる屋根裏部屋はとても広く、部屋が二つある上に雑魚寝するには十分すぎるほどの広さを持っていた。


「これからは外の様子を伺いつつ封じられた始祖神獣を探すつもりだ。操られてたとはいえ始祖神獣を何の理由もなしに封じたんだ。下手すれば全ての獣人が殺されるぞ」


「そうなのか……って操られてた?誰がだ?」


「誰って……ラクジャの事だが?」


 その瞬間、ラプターは持っていたフォークを落とし、食事を運んでいたドルフィラは固まってしまった。二人にはラクジャが操られていた事は知らなかった。


「操られたってあのラクジャ王が!?一体誰にやられたんだ!」


「操られてた……だから偶に冷たい時があったんだ……」


 ラプターは自分の信じていた王が操られていた事実に憤慨し、ドルフィラは今までのラクジャの態度の正体に気付き、すっきりとした顔をしていた。


「落ち着くんだラプター。それにアルクもそう言うのは本人が居る時に言った方が良かっただろう?」


 イレナはラクジャの居る部屋に突撃しようとしているラプターを押さえつけながら、アルクに注意する。


「すまん。配慮が足りなかったな……という事で今日はもう休むぞ」


「そうだな……暴れようとするラプターはどうする?」


「落とせ」


 その瞬間イレナはラプターの首を絞め、強制的に眠らせた。

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