7ー21 帝国の策略
ニハル帝国。それは建国782年と長い歴史を持つ国であり、大陸で一番の軍事技術を有している。ニハル帝国には魔法使いが少なく、その代わりに銃という特殊な武器を扱っている。
ニハル帝国は人間至上主義であり、人間以外の種族は劣等種、淘汰されて当然な存在だと言う考えが定着している。その証拠に犯罪者しか奴隷にならないバルト王国と比べ、異種族の奴隷が多く存在ている。
先代帝王ニュアック4世は賢帝と言われ、帝国民の為の政策を数多く取った。だが、保守派の貴族達の圧力により失脚し、息子であり、愚帝と言われるニュアック5世が即位した。
そこからニハル帝国の方針は変わり、他国の利権に首を突っ込む事が多くなった。
そして、ニハル帝国の幹部であるマシュもニュアック5世の命令により、獣人王朝アニニマに手を伸ばし始めた。マシュは読心術と洗脳に長け、様々な魔石を組み込んだ道具を作るのが得意であった。
アニニマに潜入してから10年。気の弱いラクジャの心に入り込み洗脳をしてから全てが順調に進んだ。未来予知の獣人を殺し、夜狼族を殺し、ラクジャを洗脳。あとはラクジャを操り、アニニマを帝国の属国にする事で終わりだった。
だが、ここで邪魔が入った。それがアルクであった。アルクの卓越した戦闘技術でラクジャを一瞬で気絶させ、マシュを追い詰めた。
帝国の魔法を無効化する装置が無ければ、きっとアルクに殺されていた。
だが、こう言う事態を始めから予想をしており、保険は幾つもばら撒いている。
マシュは衛兵駐屯地の本部は向かっていた。マシュがばら撒いた保険を使うつもりだ。
「使者様!?ご無事ですか?」
駐屯地へ走って来たマシュに衛兵が気付くと、安否を気にして駆け寄る。
「ぼ、僕は大丈夫だけど……ラクジャ王が敵に洗脳されて……こ、怖かった……」
マシュはここで初めて子供らしく体を震わせて、涙ぐんだ声を上げる。マシュの事を知らない大抵の大人はこれさえ有れば、簡単に信じ込んでしまう。
「そんな……マシュ様に怪我が無いのは不幸中の幸いです。取り敢えず散り散りになった衛兵達は集めましょう!」
「お願い。後、僕の作った槍も持って行って。きっと皆に力を貸してくれるよ」
「勿論です!さぁ!本部の中で体をお休めになってください!」
衛兵の行動にマシュは周りに気づかれない様に笑う。
(バカな獣達。簡単に騙されやがって)
マシュを本部の中へ連れて来た後、衛兵は散り散りになった衛兵達を集める為に、走り回った。
マシュの作ったと言われる槍は特殊な魔石が使われている。効果は筋力の増加だが、長い間使うと精神が汚染され、やがて操られてしまう。
バルト王国のスキンティア学院闘技大会のシルア=シンアールも似たような状態になったが、短い間使われていた為、精神が汚染しきれずに操る事が出来なかった。
(でも槍は500本しか渡してないからな〜……帝国に援軍を出すように伝えてみるか)
マシュは懐から掌サイズの長方形の箱を取り出した。恐らく帝国が作り出した道具なのだろう。護衛として近くにいた衛兵はマシュに尋ねた。
「マシュ様。それは帝国の作り出した道具ですか?」
「よく分かったね。これは特殊通信機でね。電波を飛ばして遠くの仲間に連絡を取る事が出来るんだよ」
「でんぱ?つうしんき?」
「君達で言うと念話みたいな物だよ。獣人も念話使えるでしょ?」
「なるほど!念話に似たような物が出来る不思議な道具ですか!」
「ちょっと違うけど似たような物だよ」
マシュは特殊通信機と呼ばれた物を手慣れた手つきで操作する。すると、特殊通信機が突然光だし、特殊通信機を耳に当てる。
「あ!エビル?僕だよ、マシュだよ」
『どうかしたんですか?』
「それがさ~闇の使徒が襲って来てさ~助けてほしんだよね」
『分かりました。それじゃあ一個中隊向かわせます。それらの指揮権も全てあなたに譲ります』
「了解。それじゃあ切るね」
マシュは通信が終わったのか、特殊通信機を懐に仕舞い虚空を眺める。すると、そこへ衛兵を集めに行ってた衛兵が戻って来る。
「お待たせしました!アニニマに散らばっている衛兵一個大隊が準備出来ました!マシュ様の合図で出撃出来ます!」
「そう?実は本国にも援軍を要請したんだ。だから援軍が来るまでに衛兵全員に僕の作った槍渡しといて」
「了解しました」
衛兵はマシュが作った魔槍を全ての衛兵に渡すように伝える。全ての衛兵に魔槍が行き届ければ衛兵もマシュの兵となる。
問題はこれからの事だ。もし闇の使徒であるアルクを生捕りにしたとしてもラクジャと始祖神獣が待っている。始祖神獣を相手にすれば、アニニマだけでなく帝国すら滅んでしまう。それに加えて今のアニニマにはミリス教徒が大勢いる。
(あれ?なんで帝国を心配してるんだ?ちゃんと考えれば帝国が滅んでも別に大して痛くない……じゃあ別にいっか!)
マシュは帝国の事よりも闇の使徒であるアルクを生捕りにする為に、作戦を練り始めた。
――――――――――――
アルクの闇魔法である[暗黒領]が消えると、拘束されていた聖騎士が動けるようになった。
「セイラ様。ご無事ですか?」
「軽い打撲だけだ。私よりも怪我をしている者達に気をかけてくれ」
聖騎士は他にも怪我をしている仲間を治療する為に、セイラの下から離れて行った。
セイラは軽い打撲だと言っていたが、白い竜人との戦いで肋骨にヒビが入っていた。セイラから見て白い竜人はかなりの強者で、勝てる自分の姿を想像する事が出来なかった。
(私もまだまだ弱いという事か……)
セイラはまだ自身が弱い事実に悔しがりながらも立ち上がり、被害の状況を確認する為に動き回った。アルクと白い竜人に対峙した者の鎧と武器は破壊されており、使い物ではなかった。するとそこへ、大きな荷物を抱えた聖騎士が走って来た。
「補給班が来た!まだ動ける者は装備をすべて一新しろ!しばらく休息を取ったのちに闇の使徒を追いかける!」
治療を行っている聖騎士以外は補給班の騎士から新たな鎧と剣を受け取り、休憩を取った。だが、セイラは翔太達が居ない事に気付く。
「補給班の君。ショータ達は見なかったか?」
「勇者様達ですか?私は見ていませんね……良かったら魔石で連絡を取りましょうか?」
「よろしく頼む。出来る事なら早めに合流したいんだ」
補給班の聖騎士は懐から魔石を取り出し、魔力を流す。すると、魔石は光だし、声が聞こえてくる。
「私だ。勇者様はお前と一緒か?」
『はい。今は外に居る聖騎士達と合流をしようとしていますが……そちらに合流した方が良いですか?』
「そうしてくれ。場所は太陽城正面城門だ」
補給班は連絡を取り終え、魔石を仕舞う。だが、補給班は気になった事があるのか少し考えた後、口を開く。
「一つ気になった事があるのですが良いでしょうか?」
「気になった事?行ってくれ」
「はい。何故、闇の使徒は聖騎士達を拘束した後に止めを刺さなかったのでしょうか?絶好の機会だと思っていたんですが……」
「確かにな。正直拘束された時は死を覚悟したよ。でも殺されなかった……もしかすると闇の使徒にとって私達を殺すと都合が悪くなるのかもしれない。それこそ私を殺す以上に大事な目的がある可能性がある」
「そうですか……あれ?あそこにいるの獣人の衛兵じゃないですか?」
補給班の言葉で何人かの獣人の衛兵がこちらへ向かっていることに気付く。だが、様子がおかしかった。いつもは姿勢正しく一定の歩幅で走るのだが、目の前の獣人の衛兵は足取りが乱れており、姿勢が崩れていた。そして手には一本の禍々しい槍を持っていた。
「なんか様子がおかしいですね。ちょっと様子を見てきます」
補給班の聖騎士は闇に襲われたと判断し、手を貸しに向かう。セイラも闇に襲われたせいで体調が優れないのだと思っていたが、そんな考えは一瞬で吹き飛んだ。獣人の衛兵が持っていた禍々しい槍に身に覚えがあった。
間違いない。スキンティア学院闘技大会である生徒が使っていた魔槍だ。
「離れろ!!」
「え?」
セイラは考えるよりも先に補給班の聖騎士に獣人の衛兵から離れる様に叫ぶ。だが、そんな声も空しく一本の槍が補給班の聖騎士の胸を貫く。
「え……な、なん……で……」
補給班の聖騎士は突然の事に理解が出来ないまま地面へと倒れてしまう。
「総員!武器を取れ!敵は獣人の衛兵だ!」
セイラの指示と共に魔槍を持った獣人達は聖騎士達を襲い始めた。だが、闇を討伐する為だけに編成された部隊なだけあって、対処が早かった。
戦える聖騎士は直ぐに臨戦状態となり、治療中の聖騎士の盾となった。
セイラ自身も獣人の衛兵と戦っていたが、思うより体が動かなかった。白い竜人との戦いで肋骨に入ったヒビが痛むのもあるが、一番は他国の兵士を殺せないと言う所だ。
他国の兵士を殺して仕舞えば問題となり、立場が危なくなってしまう。
「セイラ様!槍です!槍を壊せば獣人は意識を失います!」
どこからか仲間の声が聞こえ、その方向を見る。そこには魔槍が折られ、倒れている獣人の衛兵がいた。
セイラは仲間の言葉を信じて、獣人の衛兵の魔槍を折った。すると、仲間の聖騎士の言う通り、意識を失います倒れて行った。
「一体何があったんだ?」
倒れている獣人の衛兵を見下ろし、先程の襲撃に困惑していた。セイラは倒れている獣人の衛兵の様子を確かめようと手を伸ばすが、仲間の聖騎士に止められる。
「セイラ様。まずい状況になりました」
「まずい状況?どう言う事だ?」
「さっきの戦いを空鳥族の獣人に見られてしまいました」
「それの何が……ッ!まさか!」
「はい。恐らく我々が一方的に獣人の衛兵を襲ったと勘違いされたかもしれません」
「そんな……撤退をするしか……」
「何がお困りでしょうか?」
「ああ。実は撤退をすることに……え?」
セイラは聖剣部隊をアニニマから撤退させる事を伝えようとするが、聞き慣れない口調、地面から聞こえる声で違和感を感じた。声が聞こえた地面に顔をやると、そこには一人の獣人が顔だけを出していた。
「う、うおおぉぉぉぉぉぉ!?なんだお前は!?」
「あれ?私とした事が。失礼失礼。私は情報屋であり反迫害派のトルソと申します。何かお困りですか?」
トルソと言う獣人は胡麻を擦りながら何があったのかをセイラに聞く。セイラは怪しがりながらも、聖剣部隊がアニニマから撤退する事を伝える。
「それならば私達の元へ来ていただけないでしょうか?」
「何故だ?」
「私……私達はアニニマを操っている者の正体を知っております」
「アニニマを操っている?それはどういう事だ?」
「それ以上知りたいなら私達のーー」
「ふざけるなよ」
トルソは言葉を続けようとすると、聖騎士がトルソの首に剣を添える。
「ただでさえ我々は闇の使徒に敗北した上に何故か獣人の衛兵に襲われたんだ。得体のしれない獣人を信用出来るか」
「それはごもっともです。ですが時間がありません。どうかここでご決断ください」
「ならばこれだけは教えてくれ。この国を操っている者は何者なんだ?」
「帝国の人間でございます」
トルソの言葉を聞いたセイラは絶句した。セイラの知る限り、ニハル帝国は他国に圧力を掛けているのは常識だった。だが、圧力だけでなく操るという情報は初めて聞いた。
もし帝国の人間がアニニマを裏から操っているのが事実ならば、世界問題となる。
「それは本当か?」
「確定情報でございます。そして貴方達がずっと探している黒暗結晶のついても心当たりがあります」
「本当か?ならば話は早い……全ての聖騎士に伝えろ!一度ここを離れて獣人達と行動を共にする!」
「了解しました!
聖騎士はセイラの決断に驚きながらも、他の聖騎士に謎の獣人に付いて行くことを伝える。大半は怪しげな獣人について行く事に抵抗感を感じていたが、セイラが決めた以上反対する者はいなかった。
―――号外―――
太陽城に闇の使徒が襲来!ラクジャ王の執務室を爆撃した後、行方不明!更に混乱に乗じてミリス教の聖剣部隊が太陽城を襲撃し、衛兵を殺害!




