7ー20 太陽城突撃4
いつからだろうか。俺が人間に操られ始めたのは。
アニニマの王である事に誇りを持っていた。そして、俺が次の王に選ばれてから代替わりするまでアニニマの歴史、政治、国の動かし方を頭に叩き込んだ。だが、不安だった。
アニニマを導けるか?民達の期待に応えられるか?王としての責務を負えるのか?
継承式が近づくに連れて不安が段々と大きくなり、俺の心を揺さぶってきた。
そして、10年前に闇が発生してから、世界は劇的に変わった。闇を討つために全ての国が討伐を準備を始めた。
それはアニニマも例外では無かった。そして、ある日オウルが未来予知をした。それだけで、不安で押し潰れそうな俺の心は限界だった。
王朝建国の日、演説中に心労で倒れた。俺の演説を見ていた民達は不安を感じ、事実が捻じ曲げられ王朝全域に広がった。
『あの王はもう無理だ』
そこから陽獅族を含む全ての部族の関係が揺らぎ始め、王位を奪うと言う噂まで流れ始めた。
そして、オウルの未来予知で遂に終わってしまうのかと思った。だが、その翌日、帝国の使者がアニニマに訪れた。
子供の様な外見だったが、肩には高い位の証である黒いグリフォンの紋様。
子供にしか見えない帝国の使者はアニニマを導いてくれると言ってくれた。
それだけで俺の心は楽になった。
帝国の使者は様々な政策を始めた。手始めに民の結束を強める為に共通敵を作った。それが夜狼族迫害の始まりだった。迫害以降、民達の結束力は強まった。
そして、帝国の使者は次の政策に移った。年貢の軽減、休日の増加、学院の増設。今まで低下気味だった民の結束力、支持率が段々と高まってくれた。
もう帝国の使者には感謝しか無かった。だが、帝国の使者は最後に一つだけやるべき事があると言った。
それは神獣の封印だった。俺達獣人族にとって始祖神獣は全ての始まりであり獣人族全ての先祖でもあった。流石の俺でもそれには反対した。
だが、帝国の使者は言った。
「オウルの予言を忘れた訳じゃないよね?君達が奪った陽喰族の力は神獣から貰った物。そして君達の先祖は陽喰族からその力を奪った。神獣はきっと怒ってるよ?」
その言葉で俺の心は再び揺らいだ。もしそれが本当ならアニニマに未来はない。それどころか怒った神獣がアニニマを存在ごと消す可能性があった。
「ど、どうすればいい?どうすれば神獣を封印出来る?」
ラクジャの問いに帝国の使者は口の端を吊り上げながら一つの棒をラクジャに渡した。
「それが有れば神獣を封印出来る。僕の指示に従ってくれれば良いよ。後、君に御呪いを掛けてあげるよ」
「これはなんだ?」
「帝国の御呪いでね。意味は勇気有れ。頑張ってね!」
そこからは簡単な話だった。神獣を古代遺跡の地下に呼び出し、帝国の使者から貰った棒を使って神獣を縛った。
これでアニニマに安寧の日々が訪れると信じた。だが、それは間違いだった。体の自由が効かなくなり、帝国の使者の言葉でしか動かなくなった。
「大丈夫。アニニマはまだまだ利用価値はあるから滅ぼさないよ」
そこからは今に至るまで帝国の使者の言いなりとなり、夜狼族迫害に反対していた獣人達の拘束、息子であるアポロンを地下牢に閉じ込めた。
操られていたとは言えそれは決して許されるべきではない。だが、全てが手遅れだった。族長達は操られた俺に怪しがりながらも俺に期待してくれた。もう後戻りは出来ない。死ぬまで一生、帝国の人間の人形となってしまうのだ……
「ジャ……ラ……王……」
何者かの呼びかけに、気絶していたラクジャは意識を取り戻す。霞む視界と共に目を開くが、体中に激しい痛みが走り、体を起こすことが出来ない。
「起きないで下さい!今のラクジャ様は顎が砕かれてる上に全身に火傷を負っているんです!」
顎が砕けている上に全身に火傷。通りで上手く話せない上に体中に痛みが走っているわけだ。
隣でラクジャの治療をしている獣人に目をやる。青い髪で首に白い模様の女性の獣人。一番目立つのは背中にひれの様な物があった。彼女は海豚族の族長ドルフィラだ。
海豚族はアニニマで唯一水の中で長時間過ごせる獣人だ。アニニマ東部は海に面している領土があり、海豚族はそこで暮らしている。そして、海豚族は獣人族で唯一治癒が出来る氣を有している。
「それにしてもいったい何があったんですか?貴方ほどの者が顎を砕かれてる上に火傷を負ってるなんて……」
ドルフィラは凄惨な現場となっている執務室を見渡す。背後には何者かによって気絶させられた衛兵と人間の騎士。それらは大した外傷は無く、綺麗に鳩尾と首を殴られている。
ラクジャの治療を続けているとドルフィラの背後で足音が聞こえ始める。ドルフィラは仲間の獣人の足音だと思いラクジャの治療に集中した。
「動くな」
そんな声が聞こえたのと同時に、ドルフィラに首に冷たい何かが当たる。
首に当てられたのもが剣だと分かると、ドルフィラは無抵抗だと言う事を相手に知らせる為に、両手を上げる。
「武器は持ってないよ。だけど怪我人の治療だけはさせてくれないか?」
ドルフィラは無駄な頼みだと思いながらも頼む。ラクジャと衛兵達を一瞬で気絶させ、大事な書類が沢山置いてある執務室を破壊する者なら治療の許可を与えられず殺されると考えていた。
だが、相手から返ってきた言葉は意外な物だった。
「治療を続けていい。無理だったらすぐに言え。俺がやる」
襲撃者がどんな考えを持っているのか分からないが、ラクジャの治療を再開した。
深かった火傷は治っていき、命に別状は無くなった。問題は砕けた顎だった。今のドルフィラは族長になったばかりで先代の様な高度な治療術は会得していなかった。
ここで治療しなくとも、自然治癒力で顎の骨は勝手に治って行く。だが、治るまでに必要な時間は莫大だ。この襲撃についていち早く説明して貰いたい。
(思い出せ……骨なら砕けた骨一つ一つを肉なら筋肉の繊維一本一本を認識しろ)
先代海豚族族長の言葉を思い出し、砕けた骨を認識しようと試みる。
「遅い。俺がやる」
ドルフィラの遅い治療に剛を煮やしたのか、ドルフィラを後ろに下がらせ、透明な液体をラクジャにかける。透明な液体がラクジャに触れた瞬間、ラクジャから大量の水蒸気が発生する。
「これで付けられた傷は全て治るが……起きれるか?」
襲撃者はラクジャに触れようとした瞬間、ラクジャは剣を引き抜き襲撃者に斬り掛かる。だが、襲撃者はラクジャの剣を弾き、腹を殴る。
「ラクジャさ……ま……あれ?」
ドルフィラは動き始めたラクジャを見るが、目に生気が無く鉄仮面を被っているかの様な無表情の顔になっている。
「父上!おやめ下さい!」
三人の元へ、どこかで見た様な陽獅族の少年が走ってくる。
「父上!良い加減にして下さい!もう貴方は――」
「無駄だ、アポロン」
どこかで見た陽獅族の獣人はラクジャの息子であるアポロンだったようだ。どうりで身に覚えのある顔をしていた。
「どう言う事だ、アルク?」
「洗脳されてんだよ。それに強固な洗脳だ」
「どうするも何も洗脳をどうにかしないと何も始まらない」
「そんな……」
「取り敢えず一発だけ殴る。それが無理だったらアポロン。今度はお前が殴れ」
アルクの暴力的な提案にドルフィラは驚いたが、そんなドルフィラを横目にラクジャとの距離を詰め始める。
洗脳で繊細な動きが出来ないのか、ラクジャのアルクの拳を正面から喰らってしまう。だが、気絶させることが出来ず、反撃をする。ラクジャの拳がアルクに直撃するとドルフィラは思った。だが、そんな拳をアポロンが受け止めた。
アポロンはラクジャの執務室まで向かう途中で、アルクに言われた事を思い出す。
『良いか、アポロン。洗脳は最も親しい者からの衝撃で解ける可能性が高い。今までのラクジャの言動は本心じゃ無い。洗脳によって無理矢理動かされてたんだ。殴るんだったら今までの恨みを全部ぶつけろ。そうすれば治る筈だ』
アルクの言う通り、今までの恨みを拳に込める。
洗脳された父への恨み。夜狼族迫害を決行した恨み。俺を地下牢に閉じ込めた恨み。そして何も出来なかった自分への恨み。
今のアポロンの拳にはアポロン自身では気付かないほどに大量の氣が込められている。今のアポロンの拳を普通の獣人に向けて放てば、死ぬまで体を動かせない程の威力を持っている。だが、相手は獣人族最強と言われたラクジャ。この程度なら大丈夫な筈だ。
アポロンの予想通り、拳がラクジャの鳩尾に直撃する。ほんの一瞬だけ痛みで顔を歪めた瞬間、糸の切れた人形の様に崩れ落ちた。
「よくやった、アポロン。気絶する直前に鉄仮面みたいな顔が歪んだ」
「そうか……新しい海豚族の族長殿。父上の治療を頼めるか?」
「わ、分かりました」
ラクジャの状態と何故アポロンと襲撃者が仲良さげに話しているという疑問が浮かんだが、アポロンの指示に従い、ラクジャの治療を始める。
「アルク。この後はどうするんだ?」
「ラクジャが起きてくれれば良いが……洗脳の影響で起きるのが分からない」
「え?ラクジャ様は洗脳されてたんですか?」
アルクとアポロンの会話により、ラクジャが洗脳されていた事実にようやく気付いた。
「そうだ……名前は何だ?今の海豚族族長の名前は知らないんだ」
「申し遅れました。現海豚族族長であるドルフィラと申します。先代よりも治療術の術はありませんが、頑張りたいと思います」
「自己紹介のこのぐらいにして父上の……ん?」
アポロンはドルフィラにラクジャの治療をするように言うと、今まで暗かった外が明るくなっていることに気付く。
今まではアルクの闇魔法により敵の無力化と拘束、外部からの視界の遮断の為にずっと闇魔法を展開していた。だが、流石のアルクでもずっと闇魔法を発動するのは無理であった。
しばらくすると、アルクとアポロンの下へ二人の獣人が駆け寄った。一人は銀虎族の男の獣人だったが、もう一人は見たことの無い獣人であった。
「丁度いいところに来てくれた。今闇魔法を解いたから外から大量の聖騎士と衛兵が来ると思うから気を付けろよ」
「それはもちろん知ってるが……なんか外からスゴイ威圧感を感じるんだがお前の仕業か?」
「威圧感?あ~……あれは俺の仲間だけど……なんかすごい勢いで来てるな」
アルクがそう言った瞬間、壊れたラクジャの執務室の窓から何かが飛んでくる。アポロンとハリスは飛んできた何かを見る。飛んできた何かは人間の聖騎士だった。
そして、そこへ一人の竜人の女性が飛んで来た。
「イレナ……程々にしてくれよ?」
「仕方ないでしょ?貴方の闇魔法が溶けた瞬間すぐに接敵したんだから。お母様見たいに永遠に魔法を使う事出来ないの?」
「当たり前だろ!俺の闇と魔力だって無限じゃねぇんだよ!そんな事したら魔力欠乏で死ぬわ!」
アルクはイレナの無茶な要求に驚きながらも言い返す。そもそもクラシスは龍に連なる全ての祖であり神。魔力など無限に持っている。
アルクは荒ぶった心を落ち着かせ、今まで何をしていたのかをイレナに聞く。
「地下牢に閉じ込められてる獣人を全部外に出した後に太陽城の中を走り回ってた。それで闇魔法が解けた瞬間にその獣人と戦ってた」
イレナはアルクの背後を指差す。そこにはイレナによって吹き飛ばされ、ハリスと同じ銀虎族の獣人が居た。
「あれ?さっきまでは金色をしてたのにいつの間にか銀色になってる?」
イレナの何気ない疑問にアルクは反応する。獣人にとって体毛が変色するのはおかしくは無い。だが、成人してから体毛が変色する話を聞いたことがなかった。
「ハリス。こいつを知ってるか?」
「知ってるも何も……銀虎族族長のラプターだよ」
「族長……良し!こいつだけ連れてここを離れるぞ!」
「ラプターを!?なんでわざわざ……」
「少し気になる事が出来た」
「待てアルク。それなら父上も一緒に連れて行けば良くないか?」
「そうだな。アポロン、ラクジャを運べるか?」
「やってみよう」
イレナによって気絶させられた銀虎族族長のラプターほハリスが運ぶことになり、ラクジャはドルフィラの手伝いのもとアポロンが運ぶ事になった。
ラプターの体格はハリスとほぼ同じだったが、ラクジャとアポロンの体格は全く違うせいで、アポロンは苦労をしている様に見えた。




