7ー18 太陽城突撃2
アルク達が太陽城を襲撃する少し前。翔太達は衛兵達と訓練しており、今は休憩していた。
一緒に訓練している鬼猿族の動きはとても特殊で、勉強になる部分も多かった。
蓮司は地面に仰向けになりながら隣にいる雪に声をかけた。
「今って何月なんだろうな」
蓮司はこの世界に召喚されてから体感一年近く経ってるいるのでは無いかと感じていた。
事実、アルマダと言う世界には正確な暦が存在していない。それに加えてニハル帝国がいつ戦争を仕掛けてもおかしくない状況になっている。
「そうだね……召喚された時が12月13日で……訓練で一ヶ月。アルクさんの所で半月……それでセイラさんの所で一ヶ月半だから……三月かな?」
「嘘!?まだ四ヶ月しか経ってないのか……」
「でも四ヶ月で私達こんなに強くなったんだよ?一年経てばもっと強くなってそうだけど……」
雪はたった四ヶ月でこれ程まで力を付けた事に驚いていた。事実、アニニマに来るまで一緒に訓練していた聖騎士達も翔太達の成長に驚いていた。
「どうたんだ、蓮司?なんか変な顔してるぞ?」
「翔太。俺達がこの世界に来て四ヶ月経ったって言ったら信じるか?」
「まだ四ヶ月しか経ってないのか……」
「え?もしかして1年経ったって思ってるのって俺だけ?」
蓮司は時間の流れが自分だけ速いのか心配になる。だが、蓮司がそう感じるのも仕方が無い。東京にいた頃とは真逆の世界。それ加えて命の価値が遥かに軽く、いつでも死んでもおかしくない。
そんな世界で必死に生きる為には不要な考えを切り捨てる必要があった。
「三月……あ!チョコレート!」
蓮司は三月になっている事を聞いてから一つだけ思い出す。それは二月十四日のバレンタインデーが既に過ぎていた事だ。
「もしかして、蓮司?こんな世界でチョコを貰えるとでも思ってたの?」
梨花は蓮司のお気楽な悩みに呆れながらも、蓮司に話しかける。
「でもよ〜。こんな世界だからこそ癒しが欲しいんだよ」
翔太達は勇者と言っても思春期真っただ中の高校生だ。本来ならばバレンタインデーで何個チョコを貰ったか競い合い、貰えなかった者を慰めるイベントだ。
「それを言うなら正月に会うはずだった親戚に会えなくなったのが残念だよ」
右頬を赤く染めた翔太と脇腹を抑えている熊鉄が蓮司達の所へ寄ってくる。
「それにしても、熊鉄。お前の戦闘技術どんどん伸びててビビったよ。元不良がここで活きたのかな?」
「うるせぇ。俺は元々格闘技を見るのが好きだったんだよ。それに何回か喧嘩で選手の技を真似てたからな。戦いに関しては俺の方が長い」
熊鉄は翔太とさっきまでしていた模擬戦についてお互いに評価し合っていた。元々は孤立気味であった熊鉄はアルクや盗賊の一件以降落ち着いている。
翔太達は休憩の時間を利用して雑談していると、そこへ聖剣部隊の情報員が走ってやって来る。翔太達はいつもの事だと思っていたが、情報員の切迫した雰囲気に違和感を感じていた。
「太陽城に闇の使徒が襲来!既にセイラ様を筆頭に戦闘が開始している!お前達も急いで合流しろ!」
闇の使徒。その単語だけで翔太達は反応した。それだけでなく、鬼猿族の衛兵達も太陽城へ向かう為に訓練を中断した。
翔太達は身体強化魔法を施し、情報員を先頭に走っている。目の前には太陽城か見えるが、僅かに光の気配と煙が見え始めた。
すると、太陽城を囲う様に白い結界が展開する。
「聖域だ!ペースを上げるぞ!」
情報員は翔太達なら着いて来れると信じて、速さを上げる。すると、上空から一筋の光が聖域の中へと入っていく。それだけでなく、聖域の内側から黒い壁が出現する。
それだけで、翔太達は闇の使徒が優勢になり、戦いが終わったのだと分かった。だが、翔太は心の中で信じていた。
(いくらアルクさんでも聖騎士達を殺さないだろう)
闇の使徒からのこれまでの情報では民間人や兵士を殺したと言う報告は一切無かった。
そうしている内に、翔太達は太陽城に到着するが、情報員は翔太達を止める。
「どうしたんですか?」
翔太は突然立ち止まった情報員を不思議に思っていた。すると、何も知らない鬼猿族の衛兵達も翔太達に追いつき、次々と黒い壁へと突撃する。
その瞬間、黒い壁で何も見えないが叫び声が聞こえ始めた。
「な、なんだこれ!?」
「知るわけないだろ!クソ!自由に動けない!」
「マズいぞ!外に出れなくなっている!」
梨花は衛兵達の言葉から一つの考えがよぎる。それは閉じ込める魔法なのではないか。
事実、入って行った衛兵達は誰一人として出て来ていない。
「これって闇魔法じゃないですか?」
「そうだな……でも聖域と同じだったら魔力切れで無くなる筈だ。それに外にも何人かの聖騎士達が居るからそっちに合流しよう」
情報員は外で待機していた聖騎士達と合流する為に、翔太達を連れて行った。
――――――――――
獣人王ラクジャの息子であるアポロンはずっと夜狼族迫害に反対していた。だが、陽獅族の殆どは夜狼族迫害に賛成していた。
その理由は5年前に未来を見る事が出来るオウルの一言から始まった。
『牙を削がれた狼は牙を取り戻し、偽りの王に噛み付く』
それを聞いたラクジャは夜狼族を除く他の部族に指示を出した。それが夜狼族迫害だ。
それ以前アポロンはとある人物を警戒していた。それは10年前、アポロンが10歳の頃、一人の人間がラクジャに接触した。
その人間は自分の事を「帝国からの使者」と名乗っていた。それからラクジャがおかしくなった。今までは慎重に物事を考えていたラクジャは「帝国からの使者」の言いなりとなって行った。
夜狼族迫害も「帝国からの使者」の提案だった。
そこから5年前、限界を迎えたアポロンは不満や疑問を持つ衛兵を味方にする事が出来、「帝国からの使者」を追放しようと計画を企てた。
だが、それは失敗し、仲間の衛兵達と共に地下牢に閉じ込められてしまった。
3年間、地下牢に閉じ込められたアポロンはそれでも諦められなかった。かつての仲間である衛兵達と絆を深め、新しく地下牢に入ってきた獣人達と仲良くなる事が出来た。
そして、ハリスが地下牢に閉じ込められてからは現在に至る。
アポロンとハリスはラクジャの居るであろ部屋まで走っていたが、廊下に倒れている獣人に気付く。
アポロンは倒れている衛兵に近付き、生きているか確かめる。幸い息はある。
恐らく何かが衛兵達を倒しながら進んで行ったのだろう。そして、遂にラクジャの居るであろう部屋に辿り着くが、扉が破壊されていた。
ハリスは警戒して扉横で部屋の中を伺おうとするが、アポロンは何の警戒も無く部屋の中に入ろうよする。ハリスは慌ててアポロンの襟を掴み、自身の横に叩きつける。
「何をするんだハリス!」
「それはこっちのセリフだ!何の警戒も無く部屋の中に入って殺されたらどうするんだ!」
ハリスとしては冒険者活動により、警戒し中の状況を確かめる事を嫌と言う程に叩き込まれた。だが、アポロンは何の戦闘経験もなく、三年間も地下牢に閉じ込められていた。それに加えて、アポロンにとっては父の執務部屋に入るという事で警戒をしていないのは仕方のない事だろう。
ハリスは少しずつ扉が壊された部屋を覗くと、一人の藍色の髪の獣人と椅子に座っているラクジャが居た。何やら話をしており、ハリスは聞き耳を立てるが、アポロンがラクジャの部屋へと入って行く。
「父上!お話があります!」
アポロンは胸を張りながらラクジャの部屋へと入るが、地下牢に閉じ込めた筈のアポロンが当たり前かのように居る事実に、ラクジャは目を丸くしていた。
「父上!良い加減ーー」
「話を遮るな!」
アポロンは再び口を開こうとするが、藍色の髪の獣人によって殴り飛ばされる。遠くで見ていたハリスは体に見合わぬ力に驚いていた。
「ラクジャ王。もう一度言って下さい。何故迫害をしたのですか?」
藍色の髪の獣人は気になる事を言った。
「そうだな……ここにアポロンも居るからもう一度言おう。貴様、夜狼族を迫害したのはこの国の発展の為だ」
ラクジャは当たり前のように言ったが、ハリスはもっと別の理由があるのではないかと思った。アニニマの発展の為を思うのならば迫害と言う愚かな事をしない筈だ。
ハリスはもっと深く知る為に口を開こうとするが止まってしまう。何故なら藍色の髪の獣人から濃い殺意の匂いが溢れているからだ。
「ふざけないで……ただ単に力を奪われるのが怖いだけでしょ?」
藍色の髪の獣人がそう言うと、ラクジャは反応した。
「あなたは……貴方達は私達から力を奪っただけでなく自らの保身に走った」
藍色の髪の獣人は更にバッグから大量の紙を取り出し、その場に放り投げる。
偶然アポロンの足元まで飛んで来た紙を拾い上げ、中身を確認する。すると、そこには夜狼族になる前の本当の姿や迫害の内容が事細かに記されていた。
「言い逃れは出来ないわよ!私が望むのは正式な謝罪と自分がどれだけ愚かな事をしたかを獣人に伝える事!」
その言葉にアポロンは度肝を抜かれた。謝罪だけならまだしも、全獣人にこの事が知れ渡れば間違いなく王権が失墜する。それだけでなく、隣国であるニハル帝国が混乱に乗じて戦争を仕掛けてくる可能性がある。
だが、ラクジャは何も言わないどころか椅子から立ち上がらない。それを見たアポロン達は藍色の髪の獣人の要求を無視したのかと考えた。
「そう。それが貴方の答えなんですね……じゃあ仕方無い!」
藍色の髪の獣人は氣を解放し、全身に纏わせた。次の瞬間、藍色の髪の獣人はラクジャの目前まで迫り、ガラ空きであるラクジャの顔面に拳を叩き込む。
だが、その拳はラクジャには届かなかった。何故ならラクジャは卓越した技術で、氣を盾にして拳を塞いだからだ。
「マシュ様。如何致しましょう?」
ラクジャは突然この場にいない者の名を呼び始めた。すると、どこから来たのか子供程度の少年がラクジャの横にいた。
アポロンはその少年に見覚えがあった。
忘れもしない。10年前に帝国からの使者としてラクジャに接触し、ラクジャを操り人形にした人間。
「そうだね……殺処分で良いよ!」
その瞬間、ラクジャの執務室は何者かの攻撃によって爆発した。




