7-13 猫火族族領
オウルの作戦によって衛兵に囲まれたアルクは鬼猿族の衛兵と向き合っていた。
「人間風情が調子に乗るな!」
鬼猿族の衛兵の声を皮切りに衛兵達がアルクを襲う。だが、衛兵の攻撃はアルクにとって遅く見えていた為、大した問題ではない。
一番の問題は鬼猿族の衛兵だ。鬼猿族の一番の強みは機動力だ。その機動力は陽獅族をも上回り、変化自在な動きをしてくる。
現に、目の前にいる鬼猿族の衛兵は尻尾などを使い、いろんな角度から攻撃を仕掛けてくる。
「何故反撃しない?こんなものか、人間!」
「馬鹿者!さっさと決めんか!」
アルクが反撃をしない事を良いことに調子に乗っていた鬼猿族の衛兵だが、オウルの一言で戦局は一気に傾く。
衛兵達との戦いでアルクは何もすることが出来なかったのではなく、一掃するために床に大きい魔法陣を描きながら戦っていた。
「遅いんだよ!」
アルクは退こうとする衛兵達とオウルを目標に魔法を発動させる。
[闇魔法・影の茨]
魔法が発動すると、衛兵やオウルの陰から茨が大量に生え、縛りつける。
「クソ!こんな者!」
「暴れない方が良いぞ。暴れるとお前達を縛ってる茨が更に締め付ける。最悪死ぬぞ」
アルクの一言で茨を千切ろうとしていた衛兵達が動きを止める。
「俺の聞きたいことは一つだけだ。お前達が捕まえた竜人をどこへやった?嘘をつかない方が身の為だぞ」
「答える訳がーー」
「城の地下に閉じ込めている」
「オウル様!?」
「今は命の方が大事だ。それに後で捕まえれば問題ない」
「それにしても予知能力がクセにこれは予知出来なかったんだな」
「仕方ないじゃろ。私が見えたのはお前を降りに閉じ込めるまでだったからな」
「そうか。あとその茨は勝手に溶けるから安心しろ」
アルクはそれだけ言い残して、駐屯地本部を出ようとする。だが、オウルの言葉に違和感を感じた。
(俺を降りに閉じ込めるまで見えた……つまり……)
アルクは食堂の扉を開けるか躊躇った。だが、方法は一つしか無いと思い扉を勢いよく開ける。
「だよな~」
オウルの言葉の違和感。それは既に他の衛兵に知らせている可能性だ。アルクは最初、オウルの近くに居た衛兵に教えていたのかと思っていた。
だが、扉を開けた先には大勢の衛兵がアルクを待ち構えていた。
「闇の使徒だ!手段は問わない!奴を殺せ!」
衛兵の一言で弓を構えていた衛兵達が矢を大量に放つ。その量はアルクの視界を埋め尽くす程であった。
アルクは全ての矢を振り払う事も出来たが、余計な魔力と体力を使いたくない為、一度食堂へと引き返す。
「おかえり。早かったな?」
と、オウルは戻って来たアルクに言う。
「うるせぇ!誰のせいだと思ってやがる」
アルクは別の場所から出ようとするが、正面以外の扉が見当たらない。
「すまんな。この出入り口はあれしかないんじゃ。覚悟を決めた方が良いぞ」
「そうかよ。じゃあやってやるよ」
アルクは正面から切り抜ける覚悟を決め、魔法を唱え始める。
[汎用魔法・雲歩]
アルクは扉を再び勢いよく開ける。その瞬間、アルクの体は霧となり姿を消していく。
「消えた!?」
「そんな筈は無い!その証拠にまだ奴の気配がある!」
獣人達はまだアルクが居ると判断し、警戒を怠る事なく周囲を注意深く観察する。すると、衛兵達の間を霧になったアルクが通り過ぎる。
[汎用魔法・雲歩]は潜入から逃げるのに優秀な魔法だ。それに加えて自身を霧にする為、あらゆる隙間や人混みの間を一瞬で通ることが出来る。
この事は魔法の事を詳しくない獣人達にとっては敵が霧となった事しか知らない。
「気配が……消えた?」
アルクは霧となった瞬間、獣人の間を通り過ぎ、駐屯地本部から離れていた。
「ふう……逃げられたのは良いが……クソ」
アルクは吸魔石で出来た檻に気付かなかったのは失敗だと感じた。その証拠にアルクの魔力量は半分を切っていた。
触れた魔力を回復するのが最優先だと判断したアルクは、ハリスの取っている宿に戻り魔力を回復しようと考えた。
ハリスの取っている宿の近くまで逃げてきたアルクは[汎用魔法・雲歩]を切る。
(確かここを曲がれば……は?)
目の前には間違いなくハリスの取っている宿があった。だが、何故か十人以上の衛兵が宿の前に立っていた。
しばらく遠巻きで見ていると、複数の衛兵に拘束されているハリスが出て来た。
「だ!か!ら!俺は知らねぇって言ってんだろ!」
「黙れ!既に証拠が出揃っている!言い訳は聞かないぞ!」
「だったらその証拠を今すぐに出しやがれ!」
「いい加減に黙ってろ!」
衛兵はハリスの顎を殴る。
(決まった。あれは脳が揺れるぞ)
事実、顎を殴られたハリスは目の焦点が合わなくなり、やがて気絶した。
(ここはまずいな……別の族領に移ろう)
アルクは痕跡を出来るだけ残さないなように、別の族領へ向かう事にする。
だが、アルクが背後を振り返ると獣人が立っていた。
(見られた?やるしかない!)
アルクは反射的にナイフを取り出し、背後に立っていた獣人を殺そうとする。
「待って下さい!鷹の爪団の者です!」
獣人の言葉にアルクは動きを止める。
「えっと……その……団長からこれを……」
獣人は一枚の紙をアルクに差し出す。アルクは警戒しながら差し出された紙を取り、内容を確認する。
「今すぐに猫火族領に向かう。世話になったとハリスに伝えてくれ」
「わ、分かりました!」
アルクは捕まっているイレナを助けるよりも先に優先すべき事が出来た。
ハリスの書いた手紙の内容はこうだ。
『俺が集めた情報によると猫火族の族長に来客が来たらしいが……見た目がフードの被っていて小さい奴らしいんだ。一応なんかあった時の為に仲間に渡すように伝えておく』
ハリスの書いた手紙では猫火族にリラ達が来た可能性のある内容が記されていた。アルクは猫火族についての記憶を思い出す。
(そう言えば猫火族と夜狼族は仲が良かったな)
猫火族は獣人族の中では珍しい平和主義の部族だ。それに加えて楽しいことが好きであり、アニニマに広がっている娯楽施設から娯楽道具は全て猫火族が編み出した。
アルクは魔力消費を極力抑えるために身体強化を使わずに、走って猫火族領へ向かった。
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時を遡る。
「ハァ……ハァ……何とか着いた……」
衛兵達にリラ自身が夜狼族の生き残りだと気付かれてからまだ一日しか経っていないのにも関わらず、通り過ぎる衛兵から通行人までもが夜狼族について話していた。
空鳥族領から抜け出すことに成功したリラと白蜘蛛は一度も立ち止まることなく、猫火族族領へ向けて走っていた。
すると、次第にいろんな部族の獣人から猫火族の獣人が多い事に気付く。
リラは走ると悪目立ちすると判断し、走るのを止めて歩き出す。そして、遂に猫火族族領へ入るゲートに着く。
だが、リラは属領ゲートを通る気は最初から無かった。
(バレないように横道から入りたいけど……夜の方が良いよね)
リラは目立たないように人目に付かないような場所で時間を潰そうとする。幸いなことに猫火族族領の周りは巨大な樹林が多く生えているお陰で身を隠せる場所は比較的多い。
小柄な体のお陰で雨風が凌げそうな穴を見つけ、そこに入る。すると、バックの中で大人しくしていた白蜘蛛は苦しくなったのか、外に出てきて体を伸ばす。
「しばらくここで時間を潰そう。夜になったら動き始めるからその間寝てていいよ」
「ワカッタ」
白蜘蛛は夜の為に眠りに入り、リラは侵入経路を探すために偵察しに行く。
(猫火族は遊ぶのが好きだから夜は警備が手薄になる筈。その時に何か気を引く物を使って入ろう)
リラは猫火族の気を引く為に何が必要か考える。
(猫火族は遊ぶのが好きだし……糸玉でも作るか?)
糸玉を作ろうとしたが、肝心の糸が無い。だが、ここは樹林の中。素材は腐るほどある。
そして、試行錯誤を繰り返して糸玉ならぬ幹玉を作り出した。リラは夜に備えて体力を回復するために休憩へ移る。
遂に夜になり、リラは寝ている白蜘蛛を起こして猫火族族領へ侵入する準備を始める。
族領ゲートでは二人の猫火族の衛兵が守っていた。だが、暇なのかアニニマで広がっているゴイをしていた。
白蜘蛛はリラの指示で松明の光が届かない所に糸を垂らす。衛兵の方では気を逸らす必要が無い程にゴイをやり込んでいるが念の為、リラは幹玉を衛兵達の方へ転がす。
ゴイに夢中になっていた猫火族の衛兵は転がって来た幹玉に目をやる。いくら遊び好きな猫火族の衛兵でも周りへの警戒は怠っていなかった。
「なんだ。ただの……おい馬鹿野郎!やめろ!」
衛兵は転がって来た物がただの玉であることに安堵したが、もう一人の衛兵は幹玉を凝視する。この行動は猫火族にとっては次に遊ぶ玩具を見る目だ。
幹玉を凝視していた衛兵は手に持っていたサイコロを放り投げ、幹玉へ飛びつく。
もう一人の衛兵は幹玉で遊んでいる衛兵を必死で抑えるが、力が強く中々抑えることが出来なかった。
リラは衛兵達が騒いでいるうちに、白蜘蛛が垂らしていた糸を掴み、猫火族族領を囲っている壁を通り越した。
猫火族族領に入ったリラと白蜘蛛は族長が居るであろう屋敷へ向かう事にした。リラの覚えている限り、猫火族族長が代替わりをしていなかった場合は同じ場所の筈だ。
「リラ。場所ワカル?」
「分かるよ。だって前に助けを求めて族長の屋敷に行ったことがあるからね」
リラはそう言うと猫火族にバレないように人目が少ない所を通り、猫火族族長が住んでいる屋敷へ向かった。




