7-12 乱闘
アルクは陽獅族領の中にある牢獄へ向かう最中、すれ違う獣人が闇の使徒である自分よりも夜狼族について話していた。
どうやら、今の獣人にとって闇の使徒よりも夜狼族が大事そうだ。
「なぁ!そこのフードを被ってる外人さん!」
一人の獣人が歩いているアルクに声を掛ける。
「どうしたんだ?」
「呼び止めて済まないな。今うちの抱えてる用心棒達が夜狼族を捕まえようと躍起になっていてな。出来ればあんたにも夜狼族の捜索について手伝ってほしいんだが……情報とか持ってたりしないか?」
アルクを呼び止めた中年の獣人、銀色の毛並みと鋭い爪を持つ獣人。恐らくハリスと同じ銀虎族の獣人が夜狼族の捕獲についての相談をアルクに話す。
ここでアルクは都合の良い獣人が出てきたと感じた。何故なら銀虎族は他の獣人よりも単独で動くことを好み、報告もあまりしない。そして何より自身の手柄を優先してしまう。
「噂だと陽獅族領に向かったって聞いたけど本当かどうか分からない」
「そうか。貴重な情報提供感謝する。お前達!夜狼族の生き残りが陽獅族領で見かけたとの情報が入った!すぐに向かえ!」
「「「「「おう!」」」」
用心棒の銀虎族達は自身の手柄の為に一斉に陽獅族領へ向かった。アルクにとって銀虎族のこの行動は非常に都合が良かった。
アルクは気配を極限まで消し、銀虎族の用心棒達に紛れる形で陽獅族領へ入ることに成功した。後はある程度、銀虎族達を騒がせることに成功すればアルクの作戦通りとなる。
アルクは魔法を使って銀虎族の用心棒と通行人の認識を勘違いさせる魔法を無差別に周囲に展開する。
「おい……あれ夜狼族じゃないか?」
アルクの放った認識を勘違いさせる魔法。それは陽獅族の獣人一人を夜狼族に見間違いさせる魔法。これを通行人が多い道路で、それに加えて用心棒と言う武装集団が居る所で発動させれば結果は見え見えだ。
「捕まえろ!手柄を取れるぞ!」
「捕まえるのは俺だ!」
「俺の方だ邪魔者め!」
最初に動いたのは銀虎族の用心棒だ。流石は用心棒と言うべきか素早い動きで仲間の用心棒を押し避けながら夜狼族と見間違えている陽獅族に迫る。
次に動いたのは陽獅族の獣人達。だが、半分の獣人は用心棒達の騒動に巻き込まれないように離れるのもが居たが、もう半分は手柄の為に用心棒達に負けじと迫る。
そうすると銀虎族の用心棒と陽獅族は絡み合い、次第に自身の手柄の為に殴り合いを始め、乱闘状態となる。すると、その乱闘状態を沈める為に衛兵も集まり始め、現場は更に乱闘状態となる。
アルクは自身の魔法の証拠を消すために認識を勘違いさせる魔法を終わらせ、衛兵達が走って来た方向へ向かう。
道を歩いていると至る所から乱闘騒ぎの話が聞こえてきた。それ程に用心棒達と衛兵達の乱闘が大きかった証拠だ。
「あんた!そっから来たって事は乱闘の現場にいたのか?」
一人の獣人が声を掛けて来る。額に角がある猿の様な獣人。アルクは一瞬で話しかけてきた獣人が鬼猿族の獣人だと分かった。
「そうだが……まさかお前も行くのか?」
「そうしたいが嫁さんに喧嘩はやめろって言われてな……」
鬼猿族は普段では穏やかな性格の者が多いが、喧嘩となれば進んで乱入しようとする性格を持っている。それに加えて敵味方が入れ乱れてる乱闘となれば更に乱入しようとする者も多いだろう。
「そうか。衛兵の駐屯地に行ってこの乱闘を知らせたいんだが道は分かるか?」
「それならここを曲がったら見えてくる筈だ。早く行かないと更にひどくなるぜ」
「分かった。ありがとう!」
アルクは仲間が捕まっている可能性のある衛兵の駐屯地の場所を聞き出すことに成功し、急いで向かった。
「何してる!準備が出来た者から直ぐに現場へ向かえ!」
どうやら駐屯地本部でも乱闘騒ぎを収めるために大勢の衛兵が駐屯地本部から出て行ったようだ。
アルクは衛兵の目を盗み、警備が手薄になっている駐屯地本部入ろうと試みる。それと同時に乱闘騒ぎを沈めるために、追加で大勢の衛兵が乱闘騒ぎの現場へ向かった。
既にアルクの視界に映る衛兵の数は片手で数えられるほどになっていた。
問題はイレナがどの牢屋に入っているかだ。イレナは龍という事もあり普通の檻なら素手で壊す事は造作もない。
だが、見える限りの牢屋では壊れている所が一つもない。つまりイレナはもっと深い牢屋にいる事になる。
(仕方ない……行くか!)
アルクは上から偵察するよりも気配を極限まで消し、イレナを探す方が早いと判断した。
そこで収納魔法からとある仮面を取り出す。これは周りからの認識を曖昧にする仮面であり、始祖神龍のクラシスから盗んで来た物だ。
これを被り目の前を通ると、他人からは被った者を上手く認識が出来なくなってしまう。
アルクは手慣れた手つきで仮面を被り、堂々と駐屯地本部を正面から入る。
だが、アルクは勘違いしていた。獣人の感知能力の高さを。
「なぁ。さっき誰かが通ったが見たか?」
「やっぱりそうだよな?念の為に残ってる奴らにも連絡してくる」
アルクは獣人の感知能力の高さに驚いたがよく考えて見れば、認識が曖昧になっているだけで匂いや気配を完全に消すことが出来ない。
衛兵は仲間に誰かが居る事を知らせようと駐屯地本部の奥へ進んでいく。アルクは急いで後を追い、駐屯地本部の奥へ進む。
衛兵の後を追った先にあったのは食堂らしき広い部屋だった。広い部屋を廊下から見るが何もなく、ただ椅子とテーブルが広がっている。だが、居るはずの衛兵がそこに居なかった。
(明らかに罠だよな?まぁ大丈夫だろ)
アルクは広い部屋へ入る。その瞬間、アルクの予想通りに体中に悪寒が走り、天井からアルクを囲う様に檻が降りて来る。
「やっぱり罠だよな……え?」
アルクは自分を囲っている檻に違和感を感じる。だが、すぐにその違和感の正体を知ることが出来た。
「魔力を吸ってる……魔吸石か!」
「正解じゃ!」
檻に使われている魔石の正体を突き止めると聞き覚えのある声が聞こえる。声が聞こえた方向を見ると空鳥族のオウルと駐屯地本部に残された衛兵達が居た。
「罠と分かっていながら入るとは。浅はかではないか?闇の使徒よ」
「よりによって未来を観たか」
「そうだ。だが予知出来たのは昨日じゃ。もう少し遅かったら失敗していたわい」
「まさか成功したと思っているのか?この程度の檻なんて簡単に壊せるぞ」
「冗談を。これはお前の仲間である龍にも通じた檻だぞ?それを人間であるお前が壊すなんて無理じゃよ」
オウルはアルクが檻を壊せないと完全に思い込んでいる。アルクは収納魔法から武器を取り出そうとするが魔力を吸われている為、上手く収納魔法を展開することが出来なかった。
「仕方ない……ハァ!」
アルクは拳を握りしめ、檻を殴る。通常は普通の人が檻を殴っても壊すことは出来ず、逆に自身の拳を痛める。
だがアルクの場合、師匠のレイリンとクラシスの下で少ない魔力で鉄を砕く技を教わった。いくら檻が魔力を吸っているとはいえ、魔力保有量が多いアルクにとってはまだまだ余裕があった。
アルクが殴った一本の檻は内部から爆発するように砕けていった。
「ほらな?」
「ナッ!!」
「オウル様、お下がり下さい!ここは危険です!」
衛兵はオウルを守る為に後ろへ下がらせた。だが、一人の鬼猿族の衛兵は他の衛兵より前に出ていた。
「貴様が闇の使徒アルクか。俺は鬼猿族次期族長だ。今ここでお前を殺す」
「ハ!やれるもんならやってみろ!」




